流川冬馬〜心霊ファイル3〜

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6. 狂気の少女


 毎度の事ながら、冬馬は海羅に連れられて練習場に来ていたが、レストランの方でパソコンを前に、依然プロット作りで苦悩していた。
海羅はと言うと、前の席に座り真剣な面持ちをして、携帯電話でさっきからずっと喋り続けている。
何かあったのだろうか?
「この前、真琴の車がパンクしていたって言ったでしょう?あれってパンクじゃなく、切られていたんだって」
携帯を切るなり、海羅がそう言った。
「切られていた?」
「ナイフか何かで、それもかなり深く」
「意図的に?」
「らしいわ・・・、もし私のストーカーが関与しているのだったら、本当に怖いから気をつけろって、彼が言うの」
「そうだよ、だから僕も言ってるじゃないか、海羅は軽々しく考えてるって」
「あの人は、本当に違うの?」
「誰?ああ、ファン一号?」
冬馬は笑った。
「多分ね、」
「多分?」
「違うと思うよ」
「どうしてそう思うの?」
「感かな?」
海羅は舌打ちをしたが、数日前の彼の行動を考えると可笑しくて、思い出し笑いをした。
「ま、確かにねぇ・・・」
「だろ?」
冬馬も笑う。
「海羅、おまえグリップ換えたら?ここんとこ剥げかけてる」
入り口に立てかけてあった海羅のゴルフバッグから、スプーンを取り出した真樹が、グリップを観察しながらそう言った。
「そろそろ換えようとは思っていたんだけど」
席を立つと、海羅は真樹の方へ歩いて行く。
「換えてやろうか?丁度、今、店に綺麗なグリップが入荷したところなんだ、」
「あ、是非、お願いします!」
「その代わり代価は高いからな、」
「じゃ、払えない分は身体で、」
海羅は笑いながら、戯けてみせた。
「よし、交渉成立。何色にする?」
真樹も笑って答えている。
洒落になってんのか?と苦笑する冬馬だったが、店の方に入って行く二人を、練習場の方から睨み倒している、烏川麻衣子が目に入った。
 凄い形相だ。
そうして、徐に手袋を脱ぐと、ポケットを探りながら、外の駐車場へと歩いて行く。
その不穏な行動に、冬馬は目が離せなくなっていた。
そして、海羅の車の前まで来ると、エマージェンシーキーを外して、ゆっくりと歩きながら、キーでボディを傷付け始めたのだった。
それを見ていた冬馬が慌てて掛けより、彼女の腕を掴んだ。
「何やってんだ、」
「放して、」
もみ合っている内に、彼女の手からキーが落ちたので、冬馬が素早く拾った。
 そうこうしている間に、騒ぎを聞きつけたカオルや真樹達が、中から出て来た。
「彼女、大っ嫌い、誰にでも色目使って、ちゃらちゃらして、女王様気取りで・・・」
「だからって、これは犯罪だよ」
彼女の前にキーを翳《かざ》しながら、冬馬は静かに言う。
 いつの間にか、側までやって来ていた海羅は、ボディの傷を見て怒るかと思いきや、予想を裏切って笑みさえ浮かべて言った。
「やるわね、」
「笑い事かよ、」
姉の反応に、冬馬は肩透かしをくらう。
「麻衣子、いい加減僕に付きまとうのは止めてくれないか?もう、君とは別れたんだ、放っといてくれ」
真樹が神妙な顔をして言った。
「あなたが一方的に別れを宣告しただけじゃない、私の気持ちはどうなるの?」
「こういう事をしかねない性格だと、気が付いたからね。付いてゆけないよ、謝れよ海羅に、」
「絶対、嫌、」
「序でに、言っておくけど、大学の先輩後輩以外に彼女とは何でもないから、」
「そんな事はどうでもいい、ただ、あなたの周りにいる女《ひと》が憎いだけよ、」
 一同が、唖然と立ち竦んでいた、その前に現われたのは彼女の父親だった。
五十過ぎくらいの、温厚そうな小太り気味の人だった。
「すみません。申し訳ありません、謝りなさい麻衣子、」
そっぽを向いたままの娘は、一向に謝る気配も無く、腕組みをしたまま突っ立っていた。
 流石に父親は平謝りで、自分の名刺を海羅に渡すと、当然の事ながら費用は総て持つからと、警察沙汰だけは勘弁して欲しいと訴えた。
「こんな事であなたの気が晴れるならいいけど、お父様まで巻き込んじゃって可愛そうよ。私には父が居ないから、こうやって一緒に練習できる、あなたが羨ましいと思っているのに、」
しんと静まりかえるような海羅の穏やかな語りでも、凍てついた麻衣子の心は解ける筈も無く、機転を利かせたカオルが手を鳴らして、雨が降ってきたから中に入ろうとみんなを促せた。
 依然、海羅を睨んだままの、娘の行動を非難するでも無く、父親はただ頭を下げるばかりで、中に入って行くみんなを、そこに佇んだまま見送るのだった。
 それから空は本降りになって、雨粒がレストランのガラスに打ち付けて来た。
「オレが知り合いの修理工に頼んでやるよ、帰りに寄ってみよう」
カオルが時計を見ながら海羅にそう言う。
「じゃ、流川君は私が送りましょうか?」
茉莉果が言った。
今日は光が休みで、一人で来たらしかった。
「だから車買いなさいと言ってるじゃない。こんな時、困るでしょう?みんなに迷惑掛けることになるから」
海羅が、頑固な弟を責めた。
確かに、通学には不自由しないが、田舎で車が無いのは行動範囲を狭めるだけだし、何より他人に迷惑掛ける。
一度、考慮しなければならないと思う冬馬だった。
「しかし、麻衣子があんな事するなんて、ほんとごめんな海羅」
真樹は項垂れている。
「私は全然、気にしていないから大丈夫よ、」
誰が見ても笑顔の海羅は、本当にそう見えた。
「あそこまでやると、ちょっと異常だよな。明日、家に行くから何考えてんだか聞いて、叱っておくよ」
レストランの椅子に腰掛けていた一同は、静かに準の言葉に頷いた。



「立派だったわね、海羅さんの対応」
雨の中、茉莉果は運転しながらそう言った。
「うん、まあ、あの人はあまり考えていないからね、それにお金にも困ってないからあんな風に、余裕かませてられるんだよ」
「確かにそれは一理あるかもしれないけれど、そういう風に生きられる事って、素敵なことでしょう?同じお金持ちの娘にしたって、麻衣子さんのように育つ人もいるんだし」
それは彼女の言う通りだった。
だからって、それを認めてしまうと、縦横無尽《じゅうおうむじん》な海羅を認めるようで冬馬は癪《しゃく》だった。
路肩で車を止めてもらうと、冬馬はトランクからゴルフバッグを取り出していた。
「出て来なくてもいいのに、君まで濡れちゃうよ、」
顔を上げると、茉莉果が微笑みながら傘を掛けてくれていた。
ふたりしてビルの入り口まで走ったが、土砂降りの雨の中、傘は殆ど役に立たなかった。
びしょ濡れで、滴が垂れるお互いの顔を見ていると笑いが零れた。
「私っていつもこうね、」
塗れた前髪を掻き上げながら、茉莉果は微笑んだ。
「何が?」
「流川君を助けてあげたいんだけど、私に出来ることなんて何も無いの、だから海羅さんが羨ましい」
「どうして?海羅なんていつも僕のせいで被害被って、今回だって首突っ込むなって怒ってるよ」
「見守ることしか出来ないのなら、責めて側にいたいじゃない?」
真剣な眼差しは、冬馬を少なからず動揺させた。
見るからに育ちの良さそうな彼女に、そんなことを言ってもらう権利があるのだろうかと、自問自答したくなる。
「君はきっと僕を誤解しているよ、高校辞めて僕が何をして生きてきたかなんて、幸せな学園生活を送っていた君らには、到底分かりはしないし、言える様なことでもないからね」
「今の流川君を見ちゃダメなの?過去があるから今の流川君があるんじゃないの?総てをひっくるめて流川くんじゃないの?」
彼女の真剣な表情を見ていると、何故か、遠く暑い夏の日を思い出した。
 入道雲がもくもくと沸き上がり、乾いた風に揺られるひまわり・・・、枯れそうに強烈な日差しを浴びても尚、”何も思い煩うことなんて無いんだよ”とでも言いたげに、紺碧の空にゆらりゆらり揺れているひまわり・・・。
「君は、ひまわりのような人だね、」
「え?」
「君は、純粋で、真っ直ぐで、・・・」
「流川君こそ誤解してる、私はそんなに純粋でもないわ、嫌いな人も沢山いるし、嫉妬はするし、普通の女の子なのに」
そう言って、笑うと落ちてきた前髪を、冬馬が掻き上げてあげる。
 森で迷った子鹿みたいに、茉莉果のピュアな瞳が森を抜ける道を尋ねている。
 そう、まるで”一緒に付いて行っていい?”とでも問いた気に。
「僕の周りで、普通って事がどんなに新鮮か、君は知らないんだよ・・・、」
冬馬の右手が、茉莉果の頬の滴を払う。
「流川君・・・私・・・、」
茉莉果が何かを言いかけたとき、丁度、マリコママが建物の前を通りかかった。
「あら〜〜、あんた達、こんな所で何やってんのよ、中に入りなさい、風邪ひいちゃうわよ。」
 ハイテンションなマリコママの声に、魔法が解けて我に返った茉莉果は、頬を染めながら一歩下がって冬馬との距離を取った。
「あ、え・・と、じゃあ、私はこれで、」
「あら、コーヒーでも飲んで行かない?」
「いえ、流川君を送って来ただけですから、じゃ」
茉莉果は頭を下げて、雨の中、車に戻って行った。
「おじゃまだったかしら、」
笑いながら、ママは承知で尋ねている。
「うん」
冬馬も微笑んで、素直に認めた。
でも、やっと人生の軌道修正できつつある今、ゆっくり前を向いて歩いて行きたい。
何も考えずに・・・。
「いらっしゃい、コーヒー付き合ってくれるでしょう?」
ほぼ、強引に連れて行かれたレストランのカウンターにふたり並んで座ると、”有閑マダムとツバメ”みたく、怪しい関係に見えなくもなかった。
 びしょ濡れの冬馬を見たマスターが、早速タオルを寄越してくれた。
そして、入り口に立てかけてあるゴルフバッグを見た。
「すっかり海羅のペースに嵌《はま》っちまったな」
「あら、良いことだと思うわよ。積極的に外に出て同世代の友人を作ることは。冬馬は内に隠《こも》りやすいから、海羅に振り回されて丁度なのよ」
確かに強引に引っ張って行かれなければ、ゴルフなんて二度と始める気なんてなかった。
そう言う解釈の仕方もあるのかと思いながら、運ばれて来た暖かいコーヒーを口にする。
「でも、店先のラブシーンはどうかと思うけどね、」
ブッと、コーヒーを吹き出しそうになる。
「ママ!」
「あんた、あの子と付き合っているの?」
「え・・・別に」
心なしか声が細くなる。
「あの子、あの人に似てると思わない?」
ママが、マスターに尋ねた。
「あの人って、アリスのことかい?」
「誰?」
「その昔、あんたのお父さんが付き合っていた二階堂アリス。音大の同級生で欧州留学を諦めてまで、あんたのお父さんと駆け落ちした女性・・・。綺麗な目をしていた。そして育ちが良くて、素直な娘だったわ」
「で、どうなったの?」
「最初は駆け落ちした大阪の方で、楽しく幸せに暮らしていたんだけど、やはり彼女は自分の夢を諦め切れずに、彼の元を去って行ったわ。今はヨーロッパで成功して演奏活動してるそうだけど、あれから日本には帰って来てないんじゃないかしら」
ママはなぜ、今彼女の話をするのだろう。
「じゃ、その後で母さんと知り合ったの?」
「え?あ、舞さん?そうなるわね・・」
以外な質問だったのか、しどろもどろになるマリコママが、冬馬は少し可笑しかった。
「舞さんが友人と出かけた店で、ピアノを弾いていたお父さんに一目惚れだったそうだよ、」
マスターが微笑んで言った。
「そりゃそうよね、いい男だったもの。ピアノを弾く憂いを含んだ横顔なんて鳥肌ものだったわ」
ママは昔を思い出すように、うっとりと遠くを見つめていだ。
「中学の時にさあ、私クラスメイトから”オカマ”って苛められてたのよ、ある時、校舎の裏側に呼び出されて、ボコボコにされている所を、身を挺して守ってくれたのが慧だったわ。大事な指に怪我させてしまって・・・」
「おいおい、それから俺が助けに行ったの忘れてないか?」
「そうだったわね、慧だってそんなに喧嘩は強く無かったから、私が泣いていると、祐ちゃんが来てくれたのよね、」
「こいつさあ、大声で泣き叫んでるの、『慧が死んじゃうー!!』って、そりゃぁ学校中に聞こえるくらい」
「あのときは本当に慧が死んじゃうかと思ったのよ、かなり殴られたから。でも、祐ちゃんが来てくれて助かったのよね、」
冬馬には計り知れない父親の遠い過去、現在を生きるその仲間が思いを馳せる、脳裏に刻まれた色褪せた記憶の断片が垣間見えた。
「あんたがいつか、海羅を見てたとき不思議な気がした。海羅がピアノを弾く姿がお父さんとダブってね・・・、お父さんにみっちり習ってるから弾き方とかがやはり似てるのよね、あんたが弾いてくれたら更に涙モノだったわよ、」
「僕は父ほど繊細じゃ無いんでね、」
「そうね、あんたの年であの人はそんなにスレてなかったわ、」
ママと冬馬は、顔を見合わせて微笑んだ。
そうだろうな・・・、冬馬は納得せざるを得ない。
「三人は幼なじみだって?」
「そうなのよ、この人の秘密だってあたしは何でも知ってるんですからね、」
マスターにウインクをしながら、ママは軽快に笑って言った。






「どうしてあんな事したのさ、」
数式を解いていた麻衣子が、ノートから顔を上げて隣に座っている準を見た。
嘲るように微笑むと、麻衣子は当然の事の様に言った。
「嫌いだからよ。それだけ」
「真樹と仲が良いから?」
「そう、真樹さんに近寄る人はみんな嫌い、死ぬほど嫌い」
「でも、真樹は君と別れたんだよ、酷なようだけど、あんな事をすれば彼は離れて行く一方なのに」
「でも我慢できないの、しょうがないじゃない、許せないんだもの。特にあのちゃらちゃらした女、少し美人だと思っていい気になって、」
今の彼女には何を説明しても、理解してもらえそうに無かった。
しかし、これからも納得して貰える事なんてあるのだろうか?
「それでも、君が誤解するような仲ではないから、」
「一緒に居るのを見るだけでも嫌、」
「でも、君にはどうしようも無い事だろう?真樹さんは自由だし縛る事は誰にもできないよ」
「出来たらどうする?私に真樹さんを縛り付けることが・・・、そして、私だけしか見えないようにするの・・」
どこか螺子が緩んだような、ぼんやりとした顔をして、宙を見据えて微笑む麻衣子の横顔を見ていた準は、背筋が寒くなるのを感じていた。






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