流川冬馬〜心霊ファイル3〜

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4. Pure blue


 シナ行きつけの、バーのドアを海羅が開けると、”ハッピー・バースデー海羅!”と言って、クラッカーやフラッシュが一斉に焚かれ、中から人がどっと溢れてきた。
「主役が来たぞ!」
カオルが仰々しく花束を差し出して、驚いている海羅を出迎えた。
「なによ・・・みんなして、」
シナや冬馬、茉莉果に光、そしてゴルフサークルのみんな他、研修医の元彼、沢渡真琴《さわたりまこと》まで一同介して海羅を出迎えた。
「寂しかっただろう?誰も誕生日に触れなかったから、泣いてなかったかい?」
笑いながらカオルが海羅の顔を覗き込んで、反応を伺った。
「そうよ、誰も何も言わなかったから、てっきり私の誕生日なんて忘れ去られているんだと思ったわ、」
そう文句を言う海羅の前に、巨大なバースデーケーキが運ばれて来ると、みんなから大合唱が起こり、勧められるままに蝋燭の火を吹き消すと拍手で湧いた。
「おめでとう海羅、」
そう言って一番にシナが、プレゼントの箱を渡した。
中を開けると、普通の学生には到底買えそうにないブランド物のバッグが現れた。
「シナ、こんな高価な物、」
「いいの、いいの気にしないで」
そう言って頬寄せ合ってハグする二人の、醸し出す空気は何と無く妖し気だ。
黒のシースルーのドレスを着たシナは妖艶に笑って、飲み干したグラスのお変わりを求めてカウンターに消えた。
 それからカオルがヨーロッパのブランド新作腕時計を、元彼がネックレス、光と茉莉果が一緒だと言って、ストールを恥ずかしそうに手渡した。
「私達、そんなに高価な物も買えなくて・・・」
「何言ってるの、とても嬉しいわ。来てくれるだけで良かったのにプレゼントまで・・・、気を使わせてごめんなさいね」
海羅は真顔で、二人にそう言って感謝した。
「冬馬は?」
手ぶらの冬馬を目ざとく見付けて、海羅が聞いた。
「僕?忘れてた・・・ごめん」
「信じられない、」
確かにこの所いろいろあったが、本当は忘れていた分けでは無かった。
 何が良いかずっと考えていたが思いつかず、ずるずると当日になってしまったのだった・・。
今日も早めに出かけて茉莉果と物色していた冬馬だったが、いまいちこれと言う物が無くて、諦めてここに来たのだった。
「ま、これでも飲んで、」
と、冬馬が差し出したネクター・アンペリアルを見て、海羅の好きなシャンパンを覚えていたと言うことだけで、少しだけ機嫌が直るのだった。
「あのさ、今度から誕生日の前にリクエストしてくれる?そしたらそれ買ってくるから」
「うわっ、相変わらず真心のないセリフ、誰かサインペン持ってない?」
海羅がそう言うと、どこからかペンが現れた。
 そして、冬馬の腕を取ると、手の甲に”一日、召使い券”と書き込んだ。
「なんだよこれ、」
「見てのとおり、”召使い券”よ。お望み通り、私のリクエスト。一日中こき使ってやるから、覚悟なさい」
冬馬は鼻で”フン”と笑った。
「まったくみんな役者なんだから、冬馬、あなたもよ知らぬ振りして」
「激、寂しそうだったな」
「あたりまえでしょう、誰も祝ってくれないからしょうが無く、弟を誘おうかと思ったら、唯一の弟からも振られちゃって、私のことなんて誰も気に留めてくれていないのかと思うと、泣きそうになっちゃった」
それは寂しがり屋の海羅の本音だった。
 あの時の、憂いを帯びて轢くピアノの音は、冬馬の心に染み入った。
「どうして、いつもみたいに自分から誕生日だって言わなかったのさ、」
「冬馬はこのところ大変だったじゃない、昨日だってそれどころじゃなかったでしょ」
「海羅は時々、優しいね」
「どういう意味よ」
睨む海羅の視線を受けて、冬馬は微笑んだ。
「上手かったよピアノ。ラ・カンパネラもワルツも父さんの好きだった曲だよね」
「そう、パパの言いつけは結構守ってるのよ。”海羅は素質があるからピアノ習いなさい”って、言ってたでしょう。私、調子に乗るタイプだから、褒められるとその気になっちゃうの」
「だろうね、」
二人は笑った。
昔、二人の間にあった濃密な時間が頭を掠める。
父は昔、音大を出てオーケストラでピアノを轢いていた。
でも、芽が出ず酒場のマスターに成り下がった苦い経験があった。 だから、息子には勧めなかったが、海羅には教養としてピアノは習っといて損は無いからと、自ら手ほどきをして、暇を見付けては教えていた。
遊びと勉強の合間に演奏した、連番曲を弾く海羅の楽しげな笑い声の記憶が、遠い過去から郷愁を呼び覚ます。
幸福だった記憶の欠片・・・・。
 その時、ふっと海羅の視線がはぐれて、こちらにやって来る沢渡真琴を見た。
「カオルに僕も招待されちゃったんだ、悪かったかな?」
「なぜ?こっちこそ恐縮しちゃうじゃない、プレゼントまで貰っちゃって」
沢渡も又、カオルや真樹と同じ高校の先輩後輩だった。
この辺りでは、一、二を争う進学高である。
海羅に一目惚れした沢渡の意向で、カオルがふたりの仲を取り持った経緯がある。
「こんばんは冬馬君」
「久し振りですね」
如何にも育ちが良さそうな笑顔で、沢渡は微笑んだ。
「海羅は君の話ばかりしているよ、妬けちゃうくらいにね」
「余程嬉しかったんでしょう、苛める弟がひとり増えて。それよりクラブで僕らは、よくあなたが海羅の傲慢さに愛想を尽かさない事だって、感心しているんですよ」
「あなた何言ってんのよ、」
そう言って、冬馬の脇腹を抓《つね》る。
仰け反る冬馬を見て、光や茉莉果が笑っていた。
 普段はあまり喜怒哀楽を示さない澄ました冬馬の一面は、いつも海羅によって剥がされる。
 奧の方では切り分けたケーキに、女性陣が群がっていた。
そこには広沢真樹や、早瀬準がいてカオルと共に女の子に囲まれて、嬉しそうにグラスを傾けていた。
海羅と茉莉果も呼ばれ、光までもが後を追ったので、冬馬は沢渡と二人っきりになった。
「あの・・・、姉とは別れたんですか?」
「どう思う?」
「さあ・・・、姉は別れたと言ってるんですが・・・」
沢渡は苦笑いした。
「じゃ、そうなんだろうな・・・」
歯切れ悪くそう言って、少し悲しげな笑顔を作った。
「僕が振られたのかなあ、仕事が忙しくてね、彼女に構ってられなかったんだよ、気が付くと彼女の気持ちが離れてしまっていた」
「でも、言ってましたよ。”よく分からない”って」
気の毒になった沢渡に、希望を持たせてあげたかった。
すると彼はにっこり笑って冬馬を見た。
「君は、良い奴だね。一度、ゆっくり君と話したかったんだ」
ウェイターが運んで来た水のグラスを取ると、彼は一口飲んだ。
「お酒は飲まないんですか?」
「いや、そんなこと無いけど、今日は彼女をね、送って行ってあげたいから飲まないようにしているんだ。知っているだろう?彼女、酒癖悪いからね」
と言って、沢渡はクスリと笑った。
そう、毎度の事だった。
クラブに来ても、海羅はいつも足が覚束《おぼつか》ないほど酔っぱらっていて、介抱するのは沢渡だった。
「彼女のことは誰よりも好きだけど、一人前になるまでは、脇見をしないつもりなんだ、今、やらなくてはならないことが沢山り過ぎてね、それで彼女に愛想を尽かされても仕方ないと諦めるよ」
沢渡の誠実な性格が如実に表れていて、冬馬は海羅が彼を逃すと、彼以上の人物に巡り会えないような気がした。
「でも、どうなんだろう・・・」
どういう意味だか、沢渡はそう言って軽く微笑み、グラスに残っていた水を飲み干した。


 それから二次会三次会と、カオルが音頭を取って近くの店に傾れ込み、それに広沢真樹まで加わって、盛り上がらない筈がなかった。 あっと言う間に午前様になって、明日の授業の事を考えてか、漸くそれぞれが帰路につき始めた。
茉莉果と光は同じ方向だからと、いち早くタクシーに乗り込んで帰って行った。
「じゃ、車を回して来るから、ここで待っててくれる?」
沢渡は海羅と荷物持ちの冬馬に向かってそう言うと、駐車場に向かってビルの谷間に消えた。
「あんた、車どうすんの?」
「あ、忘れてた。あなたお酒飲んで無いでしょう?タクシー代払うから、家まで乗って来てくれる?明日授業あるからどうしても車が必要なの」
「面倒だな、じゃ今日は店まで僕が乗って帰って、明日の朝、迎えに行くよ」
「うん、どっちでもいい」
タクシーを捕まえようと、カオル達は車道にまで出て、指笛を吹いてアピールしている。
かなり酔っぱらっているのは、真樹や準とじゃれあっている事からも察しが付いた。
「今日はあまり酔ってないじゃん」
海羅はふと、冬馬を見たが何も言わなかった。
そうしてるうちに、沢渡が歩いて戻ってきた。
「ごめん、車がパンクしちゃったらしいいんだ、タイヤ換えてると時間掛かるから、冬馬君、海羅を送ってあげてくれるかな?」
「パンク?」
聞きつけたカオル達が、千鳥足でやって来た。
「しょうがねぇなぁ、手伝ってやるか」
「先輩に向かって、お前なに言ってんだよ」
真樹がカオルの首を絞める。
「わかった、わかった。やらさせて頂きます」
「そうだよ」
と、言って真樹に頭を一発ぽかっと殴られる。
「おまえらはいいよ、先に帰んな、じゃな」
カオルは冬馬達に手を振ると、真樹の肩を抱いて駐車場へと向かった。
「ごめんね、じゃ、頼むね冬馬君、気を付けて」
手を振って沢渡も後を追う。
「野郎ばかり残して大丈夫かしら」
「他の三人はともかく、沢渡さんが付いているから、大丈夫なんじゃないの?彼はいつも損な役回りだね」
「嫌み言ってないで、早く車回して来なさいよ」
「僕は優しくないからね、一緒に駐車場まで歩きな、酔いも冷めるだろう?」
「やだ、疲れて歩きたくない」
一向に歩く気配の無い海羅は、ガードレールに腰掛けて、子供のように駄々を捏《こ》ねた。
「そんな所にひとりでいてさ、恰好のストーカーの餌食じゃん」
それを聞いて、海羅はギョっとしたように立ち上がり、スタスタと歩いて行く冬馬の後を追うと、その横で歩調を合わせた。
「あのさ、自分の貰ったプレゼント、ひとつくらい持ってあげようって気は無いのかな?」
両手一杯のプレゼントに、目を落として訴えたが、海羅が手にしたのは花束ひとつだった。
「これ綺麗でしょ、ブルースターのピュアブルーって言うの、バラと同じくらい大好きな花なの、」
真昼に輝く、南の海のような色をした、小さな花びらが可憐だ。
「冬馬にあげようか?」
「なんでさ?」
「ブルースターの花言葉は、『信じ合う心』よ。少しは家族を信頼してもいいのよ」
冬馬は何も言わず、表情も変えずに前を向いて歩いていた。
「あなたは何か、いつもよそよそしいのよね、」
「多感な時期に五年も離れていれば、しょうが無いと思わないか?」
「だとしても・・・」
「まして、僕が何をしてきたかなんて、母親にも言えない事が山のようにあるし、」
海羅は黙って、冬馬の横顔を見ていた。
そう、過去が暗い影を落としていたのだった・・・。
それについて多分海羅は殆ど知っていて、それを武器にナイフのような鋭い言葉で冬馬を時々攻撃する。
 それが原因でいつも喧嘩に発展するが、なんとなく何時の間にか仲直りしているのは、姉だからか、海羅だからかだろうか・・・。
「あれ?冬馬、身長伸びた?」
「なんだよ、いきなり」
冬馬は苦笑した。
「そんな気がする」
「どうでもいいじゃん、そんなこと」
「そうよね、」
「そうよね?」
会話になっていない。
今更だが、海羅の思考に付いて行くには切り替えの早さが肝心だ。
何時だって突拍子もない人だから・・・。
暗いアスファルトの歩道で、二人の靴音が響いていた。
「あの人、良い人じゃん」
「あの人?真琴?」
頷く冬馬の横顔を、海羅は見ていた。
「なんで別れたの?」
海羅は口を噤んで前を見ていた。
「まだ、好きだってよ、海羅のこと」
「知ってる」
それ以上、その話題には触れられたくなさそうなので、冬馬は黙って歩いていた。
その付かず離れずの距離感が、今の二人の関係を象徴していた。
「二年前、クラブであなたに出会わなかったら、私達一生会わなかったかな?」
「そうだね」
「そうだね?」
海羅はいつもの癖で、非難するように眉毛の端を吊り上げた。
「揚げ足、取るなよ」
冬馬は笑った。
「冷たいのね、私は凄く会いたかったのに」
「レールがね、違っちゃってたんだよ。君が明るい地上を走る電車なら、僕は地下鉄の暗いトンネルを潜って行くメトロのように、陽の光は当たらないんだ。出会った時の海羅は、僕にはとても眩しかったよ・・・」
「でも、会いたかったでしょ?」
強引に答えを導こうとする海羅に苦笑しつつも、冬馬は観念して本心を告げた。
「そうだよ、会いたかったよ」
今日、一番の誕生日プレゼントを貰ったみたいに、満足をして海羅は微笑むのだった。





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