流川冬馬〜心霊ファイル3〜

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15. 明らかになる過去



 ハッチバックのドアを開け、後部座席に自転車を積んで、校門前から攫《さら》うようにして、冬馬は連を車に押し込んだ。
「急にどうしたのさ、」
「ちょっと調べて貰いたことがあってね、」
「オレに犯罪を犯せとでも?」
前を向いたまま、クスリと冬馬は笑った。
「酷いや、この前は人を牢獄に入れて置いてさ、」
「何言ってんだよ、あんな経験、そうそう出来ないんだぞ、社会勉強出来たんだ感謝しろよ、」
連は、ケラケラ笑っている。
「で、今度は何を調べるのさ、」
「大学の在学生のデーターを調べて欲しいんだ、簡単だろう?」
「なんで自分でしないのさ、」
「お前の方が得意だろう?」
”チッ”と言って、連は横を向くと鼻で笑った。
ま、彼に取っては朝飯前のことだろう。


 途中でテイクアウトの中華を買い込むと、二人は冬馬の部屋へ帰って来た。
「母さんには電話入れておいたよ、今日は帰って来るらしい」
「事件はどうなってんの?冬馬は犯人が分っているんだろう?」
春巻を頬張りながら、連が尋ねた。
「解らないから、これから調べるの、」
「見えないの?」
「と言うか、フード被って眼鏡とマスクじゃね、誰だか分らないよ」
「じゃ、冬馬の能力を知ってる者の犯行?」
「変装は犯罪の常識だし、どうだろうね、もし、僕の能力を知っての変装だとしたら、身近に犯人が居そうで怖いよ。ただ、今回の事件も、図書館の事件も、犯人は同じだと思うんだ、」
「ふーん、確信があるんだ」
「これから調べるの、さ、食べたらやって、」
冷えたウーロン茶を連の前に差し出しながら、冬馬は連の食事を急かすのだった。


「理工学部、三年在籍の電気電子工学科で、東京都出身者を探して」
「ほい、」
カチャカチャとキーボードを叩いたかと思うと、あっと言う間に名簿が出てきた。
 上から下へと丹念に見て行くと、そこには何と長谷川三郎、早緒準と名前が連なっていた。
「長谷川三郎も東京都出身だったのか・・・」
「って、誰?」
グミの袋からひとつ摘むと、口に含んで尋ねた。
「海羅のストーカー、1号」
「ああ、あの萎《しお》れたバラの花束くれた人?」
「ちょっと変態チックなんだけど、ギターを弾かせればアマチュア世界大会第二位取っちゃうような人、面白いよね」
「へぇ、オレ習いたいな」
「ギター、興味あったっけ?」
「あるような、無いような・・・」
「何だよそれ、」
冬馬は笑った。
「しかし、準先輩は東京出身だったのか・・・連、この早緒準について調べてくれ」
暫し、調子良くキーを叩いていた連だったが、途中、”うぇ”と言って手を止めた。
「何?」
驚いて尋ねる。
「コーヒー味のグミから、オレンジのジュレが出てきた・・あり得ないでしょ、」
と、顔を顰めている。
オイオイ・・。
「真面目にやれよ、」
冬馬が頭に拳骨を入れる。
「痛いなぁもう・・・、ほら出てきたよ。家族構成、父、母、双子の弟、・・」
「え?双子?」
「おまけにその弟、犯罪記録あり、窃盗、傷害の前科一犯」
「驚いたなぁ・・・」
「父親は有名企業の重役、母親は専業主婦、弟武は現在行方不明」
「じゃ、長谷川三郎は?」
「両親は下町でギターの講師をしてる、父親は有名人のバックバンドでギターを弾いたりしてるみたいだね、十八歳の高校生の妹と四人暮らし、普通の標準家庭みたいだよ、因《ちな》みに犯歴なし」
他ざっと目を通したが、これと言って引っかかる人物は居なかったが、取りあえず名簿をプリントアウトした。
その時、カオルから電話の着信音が鳴った。
『冬馬?昨日言っていた事なんだけど、』
「昨日?」
『カットバンを貼った人物』
「ああ、分ったんですか?」
『準だよ、早緒準、海羅が覚えていたんだ。春頃だったろうか・・・暫く貼っていたよ、そう言われてみれば右の親指の下の方、袖で隠れるか隠れないかの所だったんで、あまり気が付かなかったんだけど・・』
「・・・」
『それがどうかしたのか?』
「いや、今は何とも・・・、その理由とかは分ります?」
「猫に引っかかれたとか言ってたな、でもかなり長く二週間ほど貼っていたよ」
「そうですか・・・、とにかくありがとうございます」
カオルは何か言いたそうだったが、冬馬はその気持ちを十分察知していながらも、簡単に礼を言って電話を切った。
調べなければいけない事が増えたから・・・。
「連、早緒準、又は、早緒剛の健康保険の記録を調べてくれ、」
連は再び口にグミを放り込むと、肩を竦めた。
「結局、弟を犯罪に荷担させるんだから・・・、捕まった時は温情よろしく!」
そう言って敬礼した。
「分ったから、早くやれ!」
「人使い荒いなあぁ、」
その時、再び連が顔を顰めて、口からグミを吐出そうとしたのを見て、冬馬は口に手を充てやめさせた。
「真面目にやれ、」
それをごくんと飲み込むと、涙目で連は抗議した。
「死ぬかと思った、今度は何だったと思う?オレンジグミの中から、山葵《わさび》ジュレだった、これ売れてんのかな?」
箱を持って眺めていると、冬馬に睨まれているのに気づいて目を逸らした。
「はい、はい、分ったよ」
そして、渋々机に向き直ると、あっと言う間に記録に侵入した。
「四月二十五日、兄の早緒準が形成外科で黒子《ホクロ》を取る手術をしているな、」
「黒子?腕の黒子を取ったのかな・・・どうして?あれって顔とかは女の人が取るのは聞くよね、男が腕のホクロなんて取るか??」
「時々、黒子には癌になるようなものも有るって聞くけどね・・、だったら素直にそう言わないかな・・・」
「カルテには書いて無いよそんなこと、単に気になったから取ったんじゃないか?」
連はキーボードを叩いて、あっさり言った。




 次の日、冬馬はカフェテリアで内藤刑事に会った。
「早緒準について調べて欲しいんですが、」
「何か分ったのかい?」
「今は詳しいこと言えないんですけど、彼の弟は犯罪歴があるんですが現在は行方不明でして、その辺りを重点的に・・・」
内藤は額に手を充てた。
「ああ、どこでそれを調べたなんて聞かない事にしよう・・・、全くもう」
「すみません」
冬馬は苦笑いした。
「ところで先輩はどんな様子です?」
「彼には有能な弁護士が付いたから、こっちとしてはやりにくいけど、もし、彼が無罪だとしたらやり込められるだろうなぁ」
「だから、さっさと釈放すればいいのに・・・」
「こらえてくれよ・・」
二人は苦笑いする。



あんな事があった後だから、人が少ないかと思いきや、その日も以外と練習に来ている一般人も多く打席は賑わっていた。
練習日だと言う事もあって、一階の一画にはサークルのメンバーが集まっていた。
百球ほど打った所で、海羅は椅子に座って額の汗を拭った。
隣の茉莉果も笑って後に続く。
「風があるけど少し、今日は蒸せますね」
「今日は光くんはお休み?」
「ええ、彼レンタルショップでバイトしているんです。時々、交代が居なくて急に仕事が入るみたいなんですけど、」
前の打席では、準がドライバーで二百六十は超えてそうな豪快なショットを打っていた。
「流川くんは練習しないんですか?」
ガラス窓の向こう、レストランでパソコンと格闘している冬馬を、チラリと見やって茉莉果が尋ねた。
「今日は私の運転手、彼奴、流石に次の作品が遅れているって、出版社の方から催促があったみたいなの、今は真樹さんの事で頭は一杯で、それどころじゃ無いのにね」
海羅は冬馬を見ながら笑った。
「流川君は優しいから」
「茉莉果ちゃんは冬馬のこと好きなのね、」
「え?あ・・・、は、はい」
「複雑だけどね、あの子」
「でも、優しいんです」
海羅は茉莉果を見て微笑んだ。
「そうよ」
「私、時々焼いちゃいます、余りにも海羅さんと流川君が仲良いんで」
「私が構うと、構うほど嫌がるんで、アイツ面白いんだけどね」
今度は茉莉果が笑った。
「それはでも、どこか深いところで信頼関係が出来てるからですよね、家族であり、姉弟のであり、恋人関係のような・・・」
「それはあまり意味がないかもね・・・」
前を向いて微笑む海羅だったが、心の中で”たぶん・・・”と、付け足していた・・・。


それから暫くして、茉莉果が帰って行った。
準はまだ、前で打っている。
スライスボールが出る海羅の指導を、カオルがしている所に冬馬がやって来た。
「内藤刑事がこれから来てくれないかと言うんだ、」
「これから?」
時計を見ると九時を回る所だった。
「何か事件について分った事があるんじゃないかな?真樹さんの様子も聞きたいし、」
「じゃ、海羅はオレが送って行くよ」
カオルがそう言った。
「すみませんカオルさん、じゃ、お願いします」
冬馬はそそくさと、その場を後にした。
「彼奴も大変だよな、真樹の事、芝洋介の件、お前のストーカー、おまけに出版社からの催促・・・そりゃ書く間無いよな」
冬馬の後ろ姿を見送りながら、カオルはため息を付いてそう言った。
その時、社長が呼んでいると、事務所から女性がカオルを呼びに来た。
「ちょっと行って来る」
準と海羅はみんなが居なくなった後も、暫く打っていた。
「まだ、スライス直ってないよ」
前から準が笑って声を掛けた。
「もう少しだけ被せてみたら?」
「このくらい?」
「そうそう」
すると綺麗に真っ直ぐ飛んで行った。
「ありがとう、」
「いつも思うんだけど、君は筋が良いよね」
「準君はカオルや冬馬と違って、教えてくれるのが優しいから」
「そんなことないよ、」
「冬馬なんて上手いくせに、私がスライスボール打とうが、フックしようが、ちっとも教えようという気が無いもの、可愛く無い弟だわ」
「彼は忙しいんだよ、」
準は笑って、冬馬を庇った。
「準君も、確か弟さんが居たのよね?」
「ああ」
少し驚いたように、海羅を見た。
「不肖の弟だけどね、」
「そんな事言って・・・、”同じ大学に来れるよう勉強の面倒見たいけど、彼のプライドが傷つくから”って優しい事言ってたじゃない、」
「そんなこと言ったっけ?」
「言った。忘れたの?”あいつならきっと立ち直ってくれる、そう信じているんだ、だから今は冷たく接している”って・・・」
準は黙って聞いていた。
「兄弟っていいな、私も弟たちが仲良いから羨ましいわ」
苦笑すると、準は背中を向け、残りのボールを打ち始めた。

カオルが中々帰って来なかったので、心配した準が様子を見に行った。
  
「まだ少し時間が掛かるそうだよ、」
そう言って、買ってきたチルドカップのコーヒーを海羅に渡した。
「ありがとう、」
そう言って、海羅は一口飲んだ。
「そろそろ僕は帰るけど、送って行こうか?」
「そうね、そろそろ帰らないと母が心配するから、お願いしようかな、」
扇風機の前で、風を受けながら答えた。
それから時計を見て、十時を回っている事に気が付くと、海羅はクラブを片付け始めた。
「じゃ、カオルに言って来るよ」
「じゃ、お願いね」






「早緒準、剛兄弟は幼い頃から東京の有名私立小学校に通っていたが、剛が大学受験に失敗して浪人生となるが、その頃から良くない連中と知り合い、街で喧嘩、窃盗、傷害事件を起こしている。兄、準について、芝洋介の殺害当時のアリバイは、自宅に帰宅途中だとかで無いし、烏川麻衣子の事件の夜は、深夜だと言う事もあって就寝中だったと答えている。そして、弟剛は現在行方不明だとさ・・・、君が調べた通りだね」
「他には?」
「ふたりは本当にそっくりの一卵性双生児で、両親に聞いた所、見分けるのには手首にある黒子《ホクロ》ぐらいだそうで、幼い頃はよく間違ったって言ってる」
「え?手首のホクロ?どっちにあるの?」
「弟、剛の方だ、」
「確かに?弟の方?」
「そうだ、それがどうかしたか?」
冬馬は人差し指を唇に持って行き、頭を整理する為、時間を要求した。
『弟剛にホクロ?では、兄準の手首にあったとされるホクロの除去手術はどういう事だ?それから・・・、あの血塗れの人間・・・、剛?準?いや、準では無い、あの時も、今も生きている・・・。では、既に死んでいるとされるもう一人の人物とは・・・?』
冬馬の脳裏に、あらゆる出来事がフラッシュバックした。
ポケットからいきなり取り出した携帯で、冬馬は海羅を呼び出した。
十回、二十回、携帯は鳴り続けるが相手は出ない。
それからカオルに電話をすると、直ぐに出た。
「カオルさん?海羅そこに居ます?」
「それがさ、真樹の親父さんと事務所で話をしている間に、先に帰っちゃったらしいんだよ、」
「どうやって?」
「練習してた奴に聞くと、準と一緒に出て行ったって言ってるんだけど、ひとこと言って帰ればいいと思わないか?心配するよな、」
彼が言い終わるか終わらないかの内に、電話を切って今度は準にかけ直す。
コールしても出ない。
「どうしたんだよ、」
内藤が心配げに尋ねる。
今度は自宅に電話を入れる。
「なに?また犯罪の荷担はゴメンだけど?」
連が出た。
「海羅は?帰ってきた?」
「まだだよ、何で?今日は冬馬が送り迎えするんじゃ無かったの?」
言葉にならない冬馬の声を聞き取った連が、急に真面目に聞き返した。
「どうかした?」

「海羅が居なくなった・・・・」








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