流川冬馬〜心霊ファイル3〜

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14. 殺られる前に殺る?



 当然、学内は騒然としており、連行されたのは広瀬真樹だと誰もが知っていた。
サークルの部屋には心配した面々が、顔を揃えて深刻に受け止めていた。
「冬馬、で、内藤刑事は何て言ってんだ?」
外で電話を終えて戻って来た冬馬に向かって、待ちきれない様子でカオルが尋ねた。
「簡単に説明すると、先ず、真樹先輩は烏川麻衣子の『来てくれないと死んじゃう、』と言う、脅迫にも似たメールで別荘に呼び出され、昨夜みんなと練習場で別れた後、彼女の元に向かったらしいんだ。で、ここからは真樹先輩の供述らしいんだけど、缶コーヒーを貰い飲んでいたところ、急に睡魔に襲われ、気が付いたら朝になっていて、側に麻衣子が居ないので家中探していたら、お風呂場で手首を切って、既に事切れている麻衣子を発見し、警察に通報したという事だそうだよ」
「自殺って事?」
海羅が尋ねた。
「それは真樹先輩の供述であって、警察は今までの烏川麻衣子の行動から、真樹先輩が鬱陶しくなって殺害したんじゃないかって疑っているらしいんだ、」
「烏川麻衣子の行動には確かに頭に来てたけど、殺人なんて絶対あり
得ないよ、」
青ざめた顔でカオルが呟いた。
「ひとつ聞きたいんだけど、なぜ缶コーヒーに睡眠薬が?」
準が尋ねた。一同も頷く。
「先輩は彼女の性格からして、普通のコーヒーとか入れて貰ったら、絶対に何か混ぜられると判断したそうで、冷蔵庫にあった缶コーヒーを貰ったそうなんだけど、車に携帯を忘れて取りに行ったときにもしかしたら入れられたかもって言ってるんだって・・・」
「じゃ、烏川麻衣子は何の為に睡眠薬をコーヒーに入れたの?」
「友人には”彼が許せない!”って言ってたらしいけど、周りは笑って冗談にしか取っていなかったって」
「麻衣子が真樹先輩を殺そうとしていたって事かい?」
準が尋ねた。
「そうだと思うんだけど・・・」
「けど?」
「どうして麻衣子は先輩を睡眠薬で眠らせておきながら、殺さずに自分の手首を切ったのか・・・」
光明が見えてきたと思ったら、急に暗雲が立ちこめる。
「気が変わったとか?”大好きな先輩はやはり殺せない、”とか、思って自殺する・・・」
あの麻衣子に限ってあり得ないだろうと、海羅の案をみんなが却下するように首を振った。
「じゃ、なによ真樹さんが彼女を殺したとでも?」
「それもない、」
カオルがキッパリと言った。
そして、再び一同は沈黙に包まれた。


 項垂れたまま、一同が部屋から外に出てきたとき、冬馬は後ろからカオルに呼び止められた。
「お前に、お願いがあるんだ」
神妙な顔をして冬馬を見ていた。
そう言う顔を以前、見たことがあると冬馬は思った。
何の因果か、ふたりの間には悲しい殺人事件がいつも絡んでくる。
「分ってるよ、警察に行って、様子を見て来いって言うんでしょ」
「すまない・・・」
「僕も思ってたから・・・、」
五メートル先で、海羅が振り向いて僕らを見ていた。
そして、”やれやれ”と言う風に、頭を振ると、回れ右をして駐車場へと向かった。
「真樹はね、そこに犬でも猫でも、捨てられていたら拾わずにはいられない優しい性格なんだ、そんなに簡単に人の命を奪うような奴ではない、絶対に、」
午後の陽光が、カオルの胸元のネックレスを、キラキラと射していた。
「あ、そうだ、カオルさんは知りませんか?手にカットバンを張った人物、右手のこの辺り、」
「さぁなあ・・、どうだろう。それが何か?」
「いえ、いいんです・・・、じゃ、早速、警察に行ってみます。何か彼女の遺品があると思うから、」
「ありがとう冬馬、」
別れを告げて、ぼんやり冬馬を見送っていると、カオルは後ろから準に肩を叩かれた。
「何を頼んだんだい?」
「彼にしか出来ないこと、」
「彼にしか?」
「そうなんだ、ああ見えて結構頼りになるんだ・・・」
微笑むカオルの横顔を、準は不思議そうに見ていた。



それから三年組は近くの喫茶で、お茶を取ることにした。
「あの馬鹿、また警察に行ったんでしょ、」
海羅が怒って言った。
「ごめん海羅、今回はオレが頼んだんだ、」
「カオルが頼まなくてもきっと行ってたと思うわ、でもね、帰ってくると寝込むほどいつも具合が悪くなるのあの子、それを見るのが辛いから、出来るだけ首を突っ込むなっていつも言ってるんだけど」
「やはり噂はほんとうだったんだね、彼が霊に何か訴えられるって言うのは、」
準が微笑んだ。
「映像が見えるらしいのよ、幽霊だったり亡くなる寸前のその人物が見た相手だったり・・・、でも、それがいつも中途半端な映像だったりするものだから、興味をそそられて犯人捜しで、いつも奔走しなきゃいけなくなるの」
「へえ・・・、面白いね」
「そう言えるのは、あの子の苦しんでるところを見てないからよ、この前なんか、夜中に全身血塗れの男の人が現われて、流石に怖くなって24時間営業のファミレスに逃げ込んだらしいわ」
「あのクール面した冬馬が、どんな顔して逃げたか見てみたいものだ、まるでB級のスプラッター映画だよね」
カオルが笑った。
「それも事件と関係あるの?」
「さぁ、普通現われる幽霊は何らかの形で、冬馬が関わっているから出てくるんでしょうけど、ほら、この前の芝洋介って人の幽霊も、結局は冬馬が第一発見者になったから出てきたみたいだけど、その幽霊に関してはさっぱりみたいよ、」
相づちを打っていた準だったが、何となくぼんやりと考え事をしているかのようで、飲んだ後の水のグラスを戻そうとして、コーヒーカップに当ててしまい、海羅の前まで零した水が広がった。
「あ、ごめん!」
「大丈夫よ」
慌てておしぼりでテーブルを拭いている。
海羅も手伝おうとして、ふと気が付いた。
「あれ?そう言えば、準くんて春頃ずっと手にカットバン張って無かった?」
「え?ああ、近所の猫に引っかかれたって言わなかったっけ?」
唐突な問いに、準は驚いた顔をして海羅を見た。
「そうだったっけ?ごめん、でも、綺麗な手をしてるから後に残らなかったのね、そう言えば、去年、一年生を指導してる時に、クラブが眉間にあたって傷してたけど、すっかり直ってるものね、羨ましいわ、私なんか中学の時、弟に引っかかれた傷は化粧で隠さないと消えないもの、」
準は軽く微笑むと、再び俯いてテーブルを拭いていた。
 そんな準を見ながらカオルは、さっき冬馬に聞かれた『カットバンを張った人物』は、彼の事だと気が付いたが、その事についてここで喋るのが得策で無いことは、既に承知していた。




 警察の表玄関には、報道陣がうろうろしていて、奧に車を止めた冬馬は、どうしたものかと思案していた所に、神居学《かむいまなぶ》が現われた。
 有名コーヒーチェーンのチルドカップを手に、運転席の冬馬を見下ろしていた。胸には身分証が風に揺らめいている。
「中に入りたいんじゃないのかい?」
「そうなんですけど・・・、内藤刑事も河合警部補も忙しいんですよね、」
神居は声をたてて笑った。
「勿論、また殺人事件が起きちゃったからね、今回、君は絡んでないんだろう?」
「それが・・・、広瀬真樹はゴルフ部の先輩だし、烏川麻衣子は海羅の事が大嫌いで、十何万もする程の傷を車に付けるような、知り合いのような、ないような関係で・・・」
「要するに、烏川麻衣子の遺品を触りに来たってことだ?」
単純明快だと言わんばかりに、神居は笑って着いて来いと指で合図した。
裏口のゲートでカードを読み込ますと、頑丈な扉が開いて歩いて直ぐの所で守衛に出くわした。怪しい物を携帯していると、ここで呼び止められるのだろうが、神居は軽く微笑んで素通りし、その後を冬馬が歩いて行く。
迷路のように長く入り組んだ廊下を、当然の事だが神居はスタスタと早足で歩く。物珍しさにキョロキョロする間など無い冬馬は、自分より幾分背の高く、堂々とした姿が凛々しい神居の背中を見ていた。
この前に来たときとは逆の、鑑識の部署を経て刑事課に来た時、丁度前から河合警部補と内藤刑事、そしてあろう事かその二人に挟まれて広瀬真樹が歩いて来る所だった。
冬馬を見て三人がある意味、驚いた視線を寄越した。
「どうしてお前がここにいるんだ?」
河合警部補が尋ねた。
草臥《くたび》れたような真樹と、冬馬は目が合った。
「僕もお手伝いしようかな・・・なんて思ったりして」
苦虫を潰したような河合警部補の目線を逃れようと、冬馬は内藤を見た。
しかし、内藤は機嫌の悪そうな河合警部補の前で困惑している。
「この際、また見て貰ったらどうですか?何か分るかも知れませんよ」
神居が助け船を出してくれた。
「サイバー班には関係無いことだ、それに今は忙しくてそれどころじゃないんでね、」
「じゃあ僕が彼に付き添って、鑑識に行って来てもいいですよ、」
微笑んでいる笑みの裏にある神居の、強硬な態度に河合は折れた。
「それは、それは、室長自ら申し訳ありませんね、そっちはお任せしよう、内藤行くぞ」
神居に向かって嫌みを言った後、河合は真樹の腕を取って歩き出す、その後ろ姿に冬馬は声を掛けた。
「真樹さん!」
足を止めた真樹が振り向いた。
「心配ありませんよ、直ぐに出してあげます」
冬馬がそう言って微笑むと、憔悴していた真樹は弱々しく微笑んで頷いた。



「河合警部補は僕のこと信じてないんですよ、まあ普通はそうでしょうけど、神居さんだって信じてる分けでは無いんでしょう?」
「どうかな?」
神居はクスリと笑って、鑑識のドアを開けた。
 その中では、この前と同様みんな忙しそうに動き回っていた。この前と同じ、ガラス張りの部屋に案内された冬馬は、神居が戻って来るまで外を眺めていた。
「丁度、科捜研から烏川麻衣子のバッグ一式が戻って来ていたよ」
「科捜研?ありましたっけここに?」
「科学捜査研究所は、この敷地の北側にある建物がそうだよ、歩いては行けるけど遠いんだよね、そこでは科学、物理、文書、法医、つまり解剖とかも行われていて、総ての鑑定が出来るんだ。施設が近くでコンパクトに纏まっているから便利なんだ」
 そう言って、神居は彼女の遺品をテーブルにひとつひとつ丁寧に並べた。
 携帯、ペンケース、化粧ポーチ、ハンカチ、手帳、etc・・・。
「どれでもどうぞ、」
そう言うと、神居は後ろに退き、窓に凭れて冬馬が何を取るか眺めていた。
 
冬馬が手にしたのは携帯だった。

”真樹の缶コーヒーにクスリを入れる女の子の手、眠る真樹、その時、後頭部に衝撃があって倒れた・・・、身体が動かない、誰かに廊下を引き摺られる、黒いフードのマスクと眼鏡で顔を隠した男、胸で揺れるペンダントトップ!・・・『やめて、やめて!』と叫ぶ麻衣子の声・・・”

ハッ、として冬馬は手を離した。
その驚いた様子に、何かを察知した神居が尋ねた。
「どうした?」
冬馬は自分のバッグを手にすると、底を探って取り出した物を神居に渡した。
「これが何か?」
「犯人がこれと一緒の物を首から下げていました、これはゴルフサークルの者はみんな持っている物です、」
神居はそれを翳して眺めた。
「内藤刑事に伝えて下さい。真樹先輩は犯人じゃ無いって、聞き入れて貰えなければ、内藤刑事に・・・」
「と言うと?」
「まず、烏川麻衣子が缶コーヒーに薬を・・・、たぶん睡眠薬を入れています。それから真樹先輩がソファに横たわる姿をずっと見ていました。その後、痺《しび》れるような衝撃が彼女の頭を襲い、軈《やが》て彼女の身体は自由が効かなくなります。ここからは、第三者が出現します。恐らく彼は《、、》その彼女の身体をお風呂場まで引き摺って行き、そこで手首を切ったのでしょう。彼女の『やめて』と言う悲痛な叫び声が木霊していました」
神居は冬馬を見ていた。
「では、その第三者が誰だか解るかい?」
「それが・・、黒いフードを着て黒っぽいサングラスに顔を覆うマスク姿なので・・・」
「黒いフード?」
「ええ、芝洋介を殺害した犯人と恐らく一緒でしょう、同じ背格好だし・・・、それと、以前、その芝さんのパソコンを触ったときに見た映像に出てきた、殺人者が同じ恰好をしているんです。でも、その殺人は調べて貰ったんですが事件になっていない、若《も》しくはまだ発覚していない事件なんだと思います」
「パソコンの所有者を調べた件だね、」
「ええ、真樹さんから早緒準先輩、それから芝洋介に譲られていったパソコンです。そのパソコンに関連した人物がひとり殺されているんですが、それが誰だか分らないんです、勿論、遺体も出てきてはいませんが・・・」
「でも、その遺体無き殺人を含めて、総てが同一犯人だと?」

「ええ、間違いないでしょう」

「でも、残念ながら僕に解る事はここまでです。」
「伝えよう、君の言うことはきっと彼らも信じるだろう」




 その夜、シャワーを浴びて出てきたところに海羅から電話があった。
『どう?』
「どう?って何が?」
『ムカツク弟ね、警察行って来たんでしょ?具合悪くないか、心配して電話掛けたのに、』
「あのね、ちゃんとそう言えばいいじゃないか、主語と述語が恐ろしく欠けていて、会話になってないよ、・・・って、切るなよ」
『凄い超能力、ムカツイて切るところだったわ』
「と、思ったんだ」
冬馬は笑った。
「今回は大丈夫だよ、この前教えて貰った簡単な呪文と発想の転換、そのお陰で霊は直ぐに離れてくれた」
『そう、良かった。心配していたんだから』
「また、魔除けにでも来てくれるつもりだった?」
『お望みとあらば』
「望まないよ、身の危険を感じるからね、」
『失礼ね、誰が弟を襲うものですか』
「襲ったじゃないか、」
海羅が笑った。
「それより海羅こそ、気を付ろよ」
『そう思うなら、側にいて守ってよ』
「ごめん、今は忙しくて・・・」
『冗談よ、早く真樹さんを出してあげて、きっと苦しんでいるわ。私は大丈夫だから』
「嘘だね、」
『何が?』
「本当はかなり怖いくせに」
『だからって・・・もういい』
見透かされて海羅は口籠もった。
「分っているよ直ぐに片づけて、守ってやるから、少しの間だけ辛抱して」
『きっとよ、』
「ああ、」
目には見えないけれど、ふたりは確かにゆっくりと近づくお互いの距離を感じていた・・・。





 その日、冬馬は事件のあった図書館の観覧室で、小説の続きを書こうとしていたが、つい今回の事件が頭を過ぎり、机に伏せたまま顔を横にして、窓を伝わる雨粒が流れ落ちるのを、見るとも無しに見ながら物思いに耽っていた。
相変わらず真樹先輩は釈放されず、約束を果たしていない冬馬は落ち込んでいた。


「犯人だと言う物証も無い代わりに、犯人でないと言う物証も無いんだ、強いて言うなら彼の中にある”動機”かな?かなり彼は烏川麻衣子を鬱陶しがっていたようだからね・・・、しかも彼女の方にも殺したい動機があった・・・」
次の日、呼び出されて喫茶で会った内藤は冬馬にそう告げた。
「司法解剖では何か出ませんでしたか?」
「ああ、君の言っていた通り後頭部に小さな傷があってね、それはどうやらスタンガンで出来た傷らしいけど、どこにも見当たらないんだ」
「第三者の犯人が持って逃げたとか?」
「そうだとしてもね、考えてくれ、広瀬真樹が彼女の頭にスタンガンを当てて身体を動かなくさせるとする、そして風呂場まで連れて行きそこで手首を切る、それから居間に戻ってきて睡眠薬入りのコーヒーを飲み、朝になって”眠らされていたから何も知らない”と、そんな嘘の供述をしたと仮定もできるんだ、そして警察は”はい、そうでしたか”とあっさり釈放は出来ないだろう?例え、君の目が殺人の一部始終を見ていたとしてもね・・・」
「物証か・・・或いは証拠、」
内藤は苦悩の表情を浮かべて頷いた。





「あれ、冬馬君」
その声に起き上がると、長谷川三郎が立っていた。
「レポート提出があってね、バイトに行く前に少しここで勉強しようかと思って、」
彼はそう言って、隣の席に腰掛けた。
それからパソコンの電源を入れる。
「あの・・・・広瀬君は・・・、犯人なんですか?」
「違うよ、」
「でも、釈放はされていないんでしょう?」
「でも、違う。犯人は他にいるんだ」
三郎を見て、はっきりとそう告げる。
「それより、芝洋介さんの事なんですけど、犯人を連想させるような、何か思い出した事なんてないですか?」
「ごめんね、ないなぁ・・・」
「そうですか・・・、彼はマンションに暮らしていたそうですけど、出身はどこなんですか?」
「確か東京だったと思うよ、あ、そうだ、その最近”変”だって言ってた彼も東京出身だって言ってましたよ。『同郷のよしみだと思っていたのに』って言ってましたから・・・」
「東京?」
「ええ・・・」
東京出身となるとかなり範囲は狭まる筈だ。
雲の切れ間から、一筋の光が差し込んで来たようだ・・・。
「早速、調べて見るよ、ありがとう」
冬馬はパソコンを閉じて、帰り支度をしていた。
「それと、海羅さんのストーカーの方はどうなったんですか?」
「僕はあなたのことを信用していますから、ファン二号に負けないよう見張っていて下さい、今は真樹先輩が心配ですから、海羅はあなたに頼みます」
「え?あ、ちょ、ちょっと冬馬くん、」
既に掛けだしていた冬馬の後ろ姿に声を掛ける三郎だったが、それはあっさり無視された・・・。






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