流川冬馬〜心霊ファイル3〜

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10.  ゴルフ場にて、姉弟喧嘩



  そのゴルフ場は空港から車で三十分、市内から四十分程で国道からは一分も掛からない、海を見下ろせる眺めの良い立地にあった。
玄関からレストラン、そしてお風呂場の総てから壮大なオーシャンビューが望めて、リゾート感たっぷりだ。
飛行場が近いせいもあって県外客も多く、レストランでコーヒーを飲んでいた冬馬の周りでは、全国各地、或るいは、隣国の韓国語まで耳に入ってきた。
そして、水平線が湾曲しているのを見て、地球ってほんとうに丸いんだと実感できる絶景だ。
「ひとりで何やってんの?」
声のする方を見やると、海羅が立っていた。
「道が空いていたんで、以外と早く着いたんだ」
「迎えに来てくれても良かったのに、」
「そうだね、」
「”そうだね”って・・・・、あなたの口癖ね」
柔らかな物腰でそう言うが、いつまでも一定の距離を保とうとする冬馬の、決して自分から申し出ない不親切な態度に、ある種の拒絶を感じ取るのだった。
「昨日あれからどうした?」
コーヒーを注文して、向いの椅子に腰掛けながら海羅は聞いた。
「どうしたって、帰ったんじゃなかったの?」
「私達、ご飯食べに行ったの」
”遅くなったから帰りましょう”って、僕らに別れを告げたのは海羅の方だったのに・・・。
長谷川三郎があんな事になったのに、恐れを知らない海羅の横着さに憤慨する。
「夜、出歩くのは控えたら?」
「だって、お腹空いたんだもの」
「ストーカー問題が解決した分けじゃないのに、危ないだろう?」
「同じ夜に、二度、不幸は起こらないわ」
そう言って笑う。
この人は、全然分ってない。
そして、冬馬がどんなに身を案じているか、知りもしない。
「そっちこそ、どうしたのよ、茉莉果ちゃんはあんたが昔付き合っていた女たちとは違うのよ、ちゃんと送り届けたでしょうね?」
うわっ、ムカツク言い方。
「当然、海羅に言われなくても大切にしてるよ。ちゃんと門限がある、良識ある家庭の女の子だからね」
「あなた私に喧嘩売ってるの?」
笑いながらも、目を細めて海羅が言う。
「どっちが、」
真顔で冬馬も返答した。
「悪かったわね、”良識ある家庭の子”じゃなくて、夜の街を徘徊する点では、お互い様でしょ。言っとくけど、あなたの方がずっとタチが悪かったけどね、」
「僕はもう卒業したよ、海羅は相変わらず飲んだくれてるじゃないか、」
「あんたさぁ、機嫌悪いだけなの?それとも、やっぱ喧嘩売ってる?」
笑みはとうに消え失せていた。
「海羅といると、十六の頃のろくでもない自分に戻った気がする、忘れてはいないし、忘れてはいけないといつも思ってるよ、だから、言葉の端々で嫌み言うの止めてくれないか?」
「そっちが、人のことアバズレみたいに言うからよ、」
海羅も負けてはいなかった。
「言っとくけど、別に僕は自分が茉莉果に相応しいなんて、思ってもいないから、」
冬馬はそう言って、無表情で黙ったままの海羅をそこに残して、レストランを去って行った。

 どうして、いつもこうなるのだろう・・・。



「おまえら、いい加減にしろよな。姉弟喧嘩は家でしろ、」
カオルがセルフカートを運転しながら、助手席にいる冬馬に向かってそう言った。
憮然と腕組みをしたまま、冬馬は黙ってカオルの苦情を聞いていた。
後ろの席には茉莉果と準がいて、笑っている。
急遽《きゅうきょ》、海羅が組を変えてくれと言い出したのだ、勿論、冬馬と回りたくないからだ。
「悠長に仲良くコーヒー飲んでるかと思いきや、降りて来るなりこれだもんな、お前らホント1時間も保《も》たないよな」
カオルの愚痴はティーグランドまで続いた。
全部で五組、ひと組目に入った海羅は、真樹と光と三人で回る事になった。
みんなが揃った時点で、真樹の挨拶が始まった。
「今日、来れなかった人も沢山いるけど、秋の四国大会に向けて、今年は優勝奪還の為に頑張って行こうと思ってるんで、みんな一丸となって頑張りましょう。慣れ親しんだコースなので今更戦略は言いませんが、ビリになった人は恒例の地獄の配達人と化しますので、覚悟しといてください。では、みなさん、死にものぐるいで頑張りましょう」
「なに?地獄の配達人って」
冬馬がカオルに聞く。
「ああ、みんなのゴルフバッグの引き替えを預かって受け取り、それぞれの車に乗せる役目、ここってさあ、駐車場から上がってくるのに階段があるじゃん。車の鍵預かって、バッグ担いで階段往復するのって、結構きつくて大変なんだよ、今日は十九バッグあるからな、ビリになったら覚悟しとけよ冬馬、みんな必死なんだ」
げっ、聞いて無い・・・。
で、急にやる気モードに入らざる得なくなる冬馬だった。
一組目がティーショットを打ち終えて、カートを発進させた。
レディスティーがレギュラーティーとあまり変わらなかったので、飛距離の心配をしたが、海羅は男性陣の近くまで落ち着いて飛ばし、二打目で難なくグリーンに乗せると、パーセーブしたらしかった。
グリーンから振り返って、カオルが余裕でOKサインを出した。
どうやら全員パーらしかった。
「うわ、不味《マズ》い」
「流川君が焦ってるなんて、珍しい」
茉莉果はピンクのサンバイザーの下から微笑んだ。
「単なる練習くらいにしか思ってなかったし、」
「うちのサークルはそんなヤワじゃないんでね、」
カオルがニヤリと不適に笑った。
そして、ドライバーの素振りをした。
「行くぞ、」
そう言って、打ったボールは二百五十ヤード、フェアウェーがとぎれた所まで飛んで行った。
「やるね」
準が次に打つと、二百四十ヤード、やや右ラフで止まった。
「さ、冬馬君、先輩に腕前を見せてくれたまえ」
素振りをする冬馬の後ろで、カオルが冷やかす。
「プレッシャー掛けたって無駄ですよ、」
「オレのボール追い抜いたら、夕飯おごるよ」と、カオル。
「乗った、」
笑って即答する冬馬を不安げに見守る茉莉果だったが、その心配は無用だった。
冬馬のボールは青い空を真っ直ぐ貫いて、カオルのボールの更に十ヤード前で止まった。
「こいつは驚いた、やるね流川、真樹さんが見たら喜ぶだろうに」
準がそう言うと、カオルが頭を振った。
「まだまだ、先は長いんだよ、二年のブランクかどんな物か教えてやろうじゃないか、」
茉莉果のショットを見守っている冬馬の、後ろ姿に向かってそう言った。
「ナイス・ショット!」
流石、元ゴルフ部、茉莉果も順調に着いて来る。
後ろの組に挨拶をすると、一番飛距離が出た者が運転するという、暗黙の了解で冬馬がハンドルを握って出発した。
朝の喧嘩は抜きにしても、お天気は良く空気は乾燥していて、風が心地よかった。
前の組は調子良いのか悪いのかは分らなかったが、三人なので順調に進み、時折ショートで追いついたとき、真樹や光は後ろにやって来たが、海羅だけはカートから降りる事もなく、静かに携帯でメールをしていた。
「今度は何を言って怒らせたの?」
姉弟がお互いカートから降りようとしないのを見て、茉莉果が尋ねた。
「昨日あれからあのふたり食事に行ったんだって、ま、それはいいけどさ、あまり夜出歩くなって言っても素知らぬ振りでさ、頭に来るよね、こっちは心配してるのにさ、」
茉莉果は冬馬に同情して頷いた。
「結局、いつもの傷つけ合い合戦になってね、お互い止まらなくなってしまうんだ・・・」
 前の組がティショットを打って移動した。
そして、グリーンに着いてボールをマークすると、後ろの組に打つよう合図した。
「しょうがない、冬馬行け、」
カオルが言う。
「しょうがないって、僕パーだったんですけど?」
茉莉果がクスリと笑った。
さっきのホールで、カオルはバーディーパットを外して、精神的ショックだったのか、ずっこけボギーにした。
百五十ヤード、ピン側一メートルに冬馬のボールは付いて、グリーンから歓声が上がった。
そして準、茉莉果、カオルと続いて、遠巻きながらもみんなグリーンにオンした。
  グリーンに行ったとき、真樹が持っていた旗を貰った冬馬は、海羅がパーパットを入れたのを見て、『ナイスパー』と声を掛けたが、聞こえていたのかいないのか、全く無視して前を素通りして行った。
 『僕の方が怒っていいんじゃないか?』と思ったが、当然それは口に出しては言えなかった。
 

そうして、あっと言う間にハーフラウンドが終わり、スタート室前まで帰ってきた。
スコアはカオルがツーアンダー、冬馬がパーセーブ、準と茉莉果がツーボギーで並んでいた。
「茉莉果、頑張ったじゃん、」
カオルが感心して言った。
「ありがとうございます!」
「ショック、オレ、新入生に並ばれちゃったよ、しかも女の子に」
準は悔しそうに苦笑いした。
「ま、ゴルフに年齢は関係無いからね、地獄の配達人も先輩後輩関係ないから、午後は頑張りたまえ、」
高笑いしながらレストランに向かうカオルの後を、渋々付いて行く三人だった。
休憩時間は約一時間三十分あり、隣合わせで真樹の席の近くへ座ったカオルは、早速、真樹のスコアカードを覗き込むと、勝ち誇ったように拳を握った。
「笑ってな、俺はOUTコースが好きなんだ、後半巻き返してやるさ」
真樹は余裕をかました。
「えーと、海羅がパーセーブ、光が、・・・え〜、光四十?」
「や、やめて下さいよカオルさん、そんな大きな声で、」
慌てて光はカオルに懇願した。
「真樹先輩と一緒だったから緊張したのよね、」
「海羅、お前も威圧攻撃したんじゃないのか?」
「そんな事無いですったら、海羅さんは優しかったです」
先輩に挟まれて、光はある意味完全に舞い上がっていた。
「光ったら、可愛そうに”地獄の配達人”候補ね」
「みんなそんなに上手いの?」
冬馬が茉莉果に尋ねた。
「まさか、私達、高校からゴルフ部所属の者はハンディくれないけど、大学入ってから始めたメンバーも沢山いて、その人達は上限無しでハンディ貰えるから、返って私達が叩いちゃうとマズイのよね、」
「君はほんとうに、カオルに無理矢理入れられたんだね、」
準がビールを一口飲んで、笑って言った。
「はい、気が付いたら・・・入ってました」
「このサークルはさ、一応初心者大歓迎、って名目はあるんだけど、地区優勝がかかってる時は、上級者集めてラウンドレッスンしたり、合宿したりして人数制限するんだ、今日みたいな日はまだお遊びなんで、必死こかないからみんなで楽しくラウンドするんだけどね。それに、うちはゴルフだけじゃなく冬が来たらスキーに行ったり、キャンプに行ったり、何せ、宴会部長がカオルだからね、楽しく無いわけがない」
そのカオルは、次々とラウンドを終えてレストランに上がってくる組の、スコアをチェックするため、各テーブルを楽しそうに回っている。
そんなカオルを『雑誌で見た顔だ』と、若い女性客がヒソヒソ話しをしながら見ている。
当の本人は普段からそういうのに慣れているし、態と楽しんでいる所があるので、余計目立つ事をするのだ。
今だってスコアの悪かった新入生の首を腕で絞めている。
そのあまりの騒がしさに、真樹が後ろからカオルを羽交い締めにしてテーブルに着かせた。
「真樹さんだけだな、カオルを止められるのは」
準がクスリと笑った。
「後ろの組はスコア散々だな、光、安心しな、六十、叩いてる奴がいたぞ、」
「僕、ハンデ無し組ですから・・・これでもゴルフ部だったもので」
すっかり落ち込んでいる光だった。
現地集合、解散だったのでみんな車で来てるに違いないが、三年、四年生はビールを美味しそうに飲んでいて、冬馬含め二十歳以下の者達は公衆の面前と言うこともあって我慢していたが、サークルでもゴルフ場及び、公共の場での飲酒は堅く禁止してあった。
やがて時間が来て、一組目がラウンドに向か為に席を立った。
カオルが冷やかす為に後を追うようにして席を立ったので、みんなして一緒に階段を降りていた。
その時、前からラウンドを終えたばかりの、学生らしい若い四人組が現われた。
「あれ?広多じゃないか」
黒いポロシャツを着た青年が、真樹を見て言った。
「久し振りだな、西谷、」
「お、カオルに準まで勢揃いじゃないか、」
真樹の後ろにいた二人に目を移して笑って言った。
「今日はサークルのメンバーと来てるんだ、お前は?」
「ちょっと遠征、十月のリーグ戦ここだろう?君のホームコース視察も兼ねてね、」
「そういや、去年優勝した時のメンバーだな」
西谷の友人が頭を下げた。
「今年も負けないよ、僕らは最強だからね、勝つ自信あるかい?」
「どうかな?」
穏やかに真樹が返答を返す横で、カオルが雰囲気をぶち壊した。
「相変わらず、すげぇ自信じゃん、西谷堅《にしたにけん》、」
「高橋薫、上級生への言葉に気をつけな」
目を細めた西谷は、カオルを見据えた。
「オレは別にお前の、下級生じゃないし、真樹先輩に下級生の躾けがなってないとかも、ほざくなよ」
「カオル、」
静かに窘《たしな》める真樹だった。
「負け犬の遠吠えにしか聞こえないんだけどな、カオル、」
西谷は、後ろの学友と共に笑ってカオルを嘲った。
その時である、その西谷の胸ぐらを掴んだ準が、殴ろうと拳を上げたので、近くにいた冬馬が慌てて止めた。
「先輩、ラウンドの時間ですよ」
高揚無く冷静に言い放った冬馬の言葉に一同が我に返り、湿を打ったように静まるその場を納める為、更に準の腕を力を入れて降ろさせた。
西谷の嫌みより、カオルの悪態よりも、もっとみんなを驚かせていたのは、いつも大人しい準が殴りかかろうとした事実で、みんなを唖然とさせていたのだった。
こんな所で喧嘩して出場停止処分にでもなったら大変なことになるので、真樹も西谷も仲間を引き連れ、挨拶そこそこに慌ててその場を後にした。

「西谷は昔からあんな皮肉屋でヤナ奴だったけど、驚いたのは準だよ、人に殴りかかろうとするの始めて見たよ、」
カートの運転をしながらカオルが冬馬に言った。準はミスショットして遠くをひとりで歩いていた。
「今まではどっちかと言うと、オレを止めてた方だったからな」
カオルが笑う。
「少し飲み過ぎたんじゃないの?」
「酔う量じゃないよ、車の運転しなきゃいけないから」
「準先輩って、以外とカッとなりやすいんですね」
後ろの席から身を乗り出して、コソッと茉莉果が言った。
「前は全然あんなじゃ無かったよ、物静かで、冷静で、オレらがバカやってると、後ろで穏やかに笑っているような・・・、」
みんなして小声で話していたら、いきなりゴツっと音がしたかと思うと、カートが傾いて冬馬は左に転けそうになった。
茉莉果も必死で手摺りに捉まっている。
「先輩〜!」
「あ、悪りぃ〜、余所見《よそみ》してたわ、ここってまだ電動じゃ無かったんだよな、」
カートから降りながら、カオルは笑って言った。
「知ってるくせにー、」
「笑ってる場合じゃないから、」
珍しく冬馬が突っ込みを入れながら、前タイヤが溝に嵌《はま》っているのを覗き込んでいた。
それを見ていた準が走ってやって来る。
「何やってんだよ、カオル、」
苦笑しながら様子を見ている。
「ほらみんなで担ぐぞ、持って」
それは以外と重く、軽四の脱輪よりも力がいった。
「え、以外と重いなカートって、」
「感心してないで早く持ちな」
みんなのブーイングを受けながら、カオルは尚も笑い続けるのだった。



19バッグと10個の車のキーを預かったのは、意外にも後半スコアが大幅に崩れた茉莉果だった。
流石に放っとけなかったので、冬馬は一緒になってバッグを運んだ。
光も手伝おうとしたが、カオルに雑用を言いつけられレストランに上がって行った。
「ごめんね流川君、」
額の汗を拭いながら茉莉果が笑った。
「何考えてるんだろうね、女の子にこんな事させるなんて」
ゴルフバッグは嫌がらせのように重く、カオルのバッグに至っては中に鉄アレイでも仕込んであるんじゃないかと思う程、肩にショルダーストラップがのし掛かってくる。
階段がきつかったので、冬馬でさえ両肩に一個ずつ抱えるのが精一杯だった。
茉莉果には出来るだけデュアルストラップの付いたバッグを持たせた。
最後のバッグを車のトランクに積み込んだ時には、二人とも肩で息をしていて、冬馬は車に寄っ掛かり、茉莉果はその場に座り込んで笑い合った。
「きっっー、」
「脇腹痛くなっちゃった・・・!」
茉莉果が笑う。
「どうせ、カオルさんが考えた事だろうけどさ・・・、自分ではやったことないんだろ?」
「全然!いつもスコア良いんだもの、」
「ーったく!イジメだよねこれ」
「流川君が助けてくれなかったら、私、倒れていたわ」
「ほんとだよね、」
陽が少し傾き、そよ風が吹いて少しだけ清涼感をもたらしてくれた。
頭上でパームツリーがサワサワと揺れている。
「流川君はいつも優しいから」
「そんな事ないよ、」
「だから一緒だと、安心していられるの」
照れを隠すように冬馬は、横を向いて笑った。
「ありがとう、嬉しいよ」
「前にも言ったけど、私は流川君に何の助けも出来なくて、自分が歯痒いわ」
「側に居てくれるだけでいいよ、君の穏やかな存在感に癒されるから」
冬馬はそう言って、茉莉果に手を差し出した。
「さ、みんなの所に戻ろう」
立ち上がった茉莉果と手を取り合って、再びきつい階段を登るのだった。


そんな二人を、二階のレストランから見ていた海羅に、冬馬は気づいていなかった。






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