流川冬馬〜心霊ファイル3〜

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1. 森に夢見る 〜Un Sueno en la Floresta〜


『森に夢見る Un Sueno en la Floresta』 のギターの音色が、校舎の少し開け放された窓から漏れていた。
六月の梅雨空に、まったりと心地よく流れ出る弦楽器に、石畳の上で海羅はふと歩調を緩め、その音が聞こえて来る窓を見上げた。
その時、不意に音が止み、暫《しばら》くして窓際にやって来た青年は、下に海羅《かいら》を見付けて”ギョッ”としたような表情を作った。
海羅も又、素晴らしき音色の持ち主が、”彼”だと言うことに気が付いて、がっかりしたように頭を振ると、視線を無理矢理反らして、講堂へと再び歩き出すのだった。


「か、海羅さんがそこにいた、」
長谷川三郎は、隣でギターのチューニングをしていた同級生の芝洋介に、興奮して紅潮した顔を向け、どもりながら言った。
「ああ、お前の憧れの君か・・・」
顔を上げずに、芝は下を向いたまま笑って言う。
「しまった、写メ撮るの忘れていた!」
「お前さ、まるでストーカーじゃん、毎日こそこそ隠れて彼女の写真撮るなんてさ、」
そして顔を上げて、微笑みながら芝は三郎を見た。
「ストーカーだなんて、人聞きの悪い!ファンなんだってば、」
「どっちでも同じだと思うよ、でもお前の行動は、物陰に隠れて彼女の写真撮ったりして、犯罪だと思うよ」
芝は笑いながらも冷静に物申した。
「ストーカーの定義とは、つきまとい、待ち伏せ、相手の行動を知り得る状況にあることである。ほら、お前のしている事と同じじゃないか」
「違うね、僕は彼女に満たされない恨みも無いし、怨恨の感情の充足の為に写メを撮っているわけでもないから」
「じゃ、何だよ」
「綺麗な空や、花は、写真に撮って残して置きたいだろう?それと一緒だよ、彼女はとても綺麗だし、写真に留めて置きたいじゃないか」
憤慨したように三郎が言うので、芝は鼻で笑って、再びチューニングを始めた。
 それから暫くふたりはギターを弾いて過ごしていたが、いつもより言葉少ない芝が気になった三郎が話しかけた。
「どうした?なんか元気ないね?」
「そうかな?」
そう言って、芝は指を止め、顔を上げた。
「ノッて無いときの君の演奏は直ぐにわかるよ、キレがないからね。僕らそろそろ一年の付き合いがあるんだよ、悩みでもあるの?」
「そう言うわけでもないんだけど・・・」
「君らしくないなぁ・・・さっきまでは僕が突っ込まれていたのに、今度は僕が突っ込んでいるや、」
芝洋介は溜息を付いた。
「前に話しことがある、友人の事だけどさぁ、」
「ああ、」
「彼とは部屋を行き来して勉強したり、夜になると一緒に飯食ったりしてさ、結構仲良くしていたんだよ。しかし、或る日をきっかけに、人が変わったようにまるっきり性格が変わったんだよ」
三郎は頷いた。
「何か変じゃないか?」
真剣に芝が見るので三郎は戸惑った。
「え?ぼ、僕に聞かれても・・・そうなの?彼にも何か悩みでも・・・」
「無いね」
芝は即答した。
「この前なんか廊下ですれ違ったんだけど、素知らぬ振りして行くんだよ、しかも鼻歌なんか歌ってやがった。悩みなんてこれっぽっちも無さそうにな、」
人間誰しもバイオリズムってものが有るのではないかと、言いたかった三郎だったが、あまりにも芝の表情が真剣だったので、言えなかった。
「でも、僕には少し確信があるんだ。そのうち分かるさ・・・」
誰に言うとも無く、窓の外の遠くを見つめて、芝洋介は少し微笑みながら呟いた。


ゴルフ練習場にあるレストラン『Spazio delizios 』の、窓際のテーブルで、冬馬はパソコンを開いて次回作のプロットを練っていた。
「何やってるのよこんな所で、折角練習に連れて来たのに」
海羅はウェイトレスにアイスコーヒーを注文しながら、冬馬の真向かいに座った。
 長い髪はポニーテールに結んであったが、ノースリーブで短め丈のラメ入りポロの裾からは、座った時点で背中が覗いていた。
 打席に立つと誰もが寄ってきて、スウィングのコーチをしたがるはずだ。
そこに座っているだけで、場所が華やぎ、目を奪われるような、自他共に認める超美人だったが、性格の悪さは弟しか認めていないところが、冬馬は不思議でならなかった。
好きとか嫌いだとかの問題では無くて、その存在自体が超越しているような気がする。
じゃ、何者なんだよ、って突っ込みたくもなるが・・・。
「そろそろ次回作に取りかからないと・・・、せめてプロットでも見せてくれって、編集者から催促があったんだ。」
「大変ね、大先生は」
皮肉混じりで大げさに、海羅は肩を賺して見せた。
 それには取り合わなかった冬馬だったが、眉を顰めて意地悪な姉を見た。
 大学受験の気晴らし書いた、自伝的要素を含んだ一作目の小説が、たまたま世間の陽の当たる場所に出ただけで、二作目なんて考えていなかった冬馬は、なかなか筆先が進まなかった。
「でも、あなたの周りはいつも小説のネタがごろごろ転がっているじゃない、ま、身を挺《てい》して取材してるようなものだけどね」
黙ったまま、冬馬はマジと姉を見た。
「何よ」
「相変わらず、イヤミ炸裂、絶好調だな」
海羅は悪びれずケラケラ笑って、アイスコーヒーを一口飲んだ。
「ねえ、もうすぐ夏休みじゃない、みんなでハワイ合宿しようって話しがあるんだけど、あなたも行くでしょう?」
いつも、こんな時、海羅は当然のように尋ねる。
「行かない」
「どうして?」
「どうしてって?そんな金無いし、生活費稼がないといけないんでバイトするつもり」
そう言って、冬馬はパソコンを閉じた。
「冬馬ってさ、私が誘うと一度は必ず断るよね?」
あれ?そうだっけ?そんな気もする・・・。
「分かってるんでしょ、学費も、生活費も心配無いってことは」
「だから、高野の家には世話になるつもりは無いって、いつも言ってるじゃないか、両親は離婚したんだし、今は小父さんが父親代わりだからね」
「またそんなこと言って、パパは亡くなったんだし、意地張ってないでさっさと帰ってくればいいのに、そうやっていつまでも苦学生の振りしてればいいんだわ」
ふたりに不穏な空気が流れ出した所で、丁度カオルが現れた。
「何だよ、また喧嘩でもしてたのか?重いって、空気が、」
手で払う素振りを見せて笑った。
「冬馬ハワイ合宿行かないって、」
カオルは"OH!NO" って、大袈裟に外人の振りをして両手を掲げたかと思うと、いきなり冬馬を羽交い締めにした。
「何だと〜、」
「痛ててっ・・・、カオルさん!痛いって、」
冬馬が降参すると、ようやくカオルは彼を自由にした。
「どうせまた、バイトがあるとか言ってるんだろ、」
以外と鋭い。
「そうです。僕はあなたたちと違って、上限無しのクレジットカードをくれるような親は持ってませんからね、」
カオルは、否定もせずにクスリと笑った。
「それより、そろそろ試験があるのに、そんなに呑気に構えていていいんですか?勉強してるようには見えないんだけど?」
「あのさぁ、いったい、うちの親父が、幾ら大学に寄付してるんだと思ってんだよ、こんな時の為にじゃないか」
カオルは意味ありげに、ニヤリと笑って冬馬の肩を叩くと、隣の椅子に腰掛け鷹揚にウェイトレスを呼んで、アイスティーを注文した。
「え?嘘だろ・・・」
驚く冬馬を見て、海羅が吹きだした。
「冗談よ、本気にしないで」
ふたりは冬馬を馬鹿にしたように、目を丸くして笑って見ていた。
「マジになってんの?お前、以外と純情」
引っかかった事に満足して、カオルはケラケラ笑っている。
 冬馬は彼らの洒落にならないジョークにムカついて、そっぽを向いた。
 あり得そうじゃん。
予定はいつも遊び優先だったし、夜な夜な繰り出す街で飲んだくれてる彼らが、一体いつ勉強していると言うのだ、そんな彼らの家柄を考えると、方程式のように答えが出てきてしまった。
 そうするうちに、冬馬を見かけた茉莉果と光が練習場からやって来た。
「なんだ、来てたんだ」
光が、グローブを外しながら、にこにこ笑って声を掛けてきた。
「ここに居たんだ?」
薄い桃色のポロシャツ姿の茉莉果が、冬馬を見て嬉しそうに言った。 二人が醸《かも》し出すほのぼの感は、冬馬を心地良く、それと同時にほっとさせてくれた。
「おーい、誰だよ、さっきから何度も携帯が鳴ってるじゃないか、うるさいから取れよ」
カオルが、みんなを見渡してそう言った。
 しかし、誰も取ろうとしないので、音のする方へ耳を集中すると、みんなの視線は一斉に海羅に向けられた。
「何よ、」
そして、音が止んた。
「メールよ」
「海羅、うるさいだろ、さっきから何度も鳴ってる」
カオルが注意すると、海羅は渋々ポケットから携帯を取り出し、テーブルの上に放り投げた。
「なんだよ、」
そんな、ふてぶてしい海羅の態度を見て、冬馬が非難した。
「最近ずっとなの、フリーアドレスを使って、悪戯メール送ってくるの、毎日二、三十件よ、余程ヒマなのねこの人」
「見せて」
冬馬が尋ねると、海羅は古い物からひとつ、メールを開いて見せた。
『今日の君は一段と綺麗だ。ああ、その横に僕が居られたらどんなに嬉しいだろうか』
「げっ、」
一同、溜息が洩れた。
「今来たメール開けましょうか?」
『そのラメ入りのポロ、君にとても似合ってるよ。ガラス越しに見える君は、まるでショーウインドウの中の美しい人形みたいだ』
見終わるや否や、みんなは席を立つとガラス窓に近寄って、その向こう、夕闇が迫り来る駐車場を見やった。
「誰も居ませんよね」
光が言った。
「それらしき怪しい人物はね」
車にバッグを積み込む五十代の男の人が居たが、無防備な姿からは今しがた怪しいメールを打ってきた人物と、特定するのは難しそうだった。
「それってストーカーですよね、海羅さん綺麗だから・・・」
気の毒そうに茉莉果が海羅を見た。
「気味悪いでしょ。こんな風に誰かにずっと見られているなんて・・・」
「いつから?」
冬馬が尋ねた。
「メールが来はじめたのは二ヶ月前くらいかな?でも今みたいに一日何十通とかでは無かったの、たまに来るぐらいだったのよ。だから余り気にも掛けて無かったんだけど」
「勿論、送り主は調べたんだよね」
「連に見て貰ったの、そしたらフリーアドレスを次から次へと変えて送り着けているって・・・一度は盗難に遭った携帯からだったわ」
結構、用意周到な奴だ。
「でもね、相手は誰だか何となく分かっているわ」
海羅がそう言うと、一同は”えーっ”と言って、一斉に振り向いた。
「だれ?」
カオルが答えを急かした。
「見たことないかなぁ、カフェテリアとかで良く近くに座っている、ギターケースを抱えた男の子、気配に振り向くといつもあの人が居るの、」
「ああ、知ってる。そうだよ、食事の時、いつも近くに座ってるよな」
思い出したかのように、カオルが声を荒げた。
「とっちめなきゃな、」
「どうせ、取り巻きにやらせるんでしょ、それに殴るのなら、ちゃんと確信を得てから殴った方がいいと思うよ、」
冷静に、冬馬が提案した。
「お前まだあの時のこと、根に持ってんな、」
ふたりの出会いは、一発触発寸前だった。
 遠い過去のようでもあるが、まだ二ヶ月足らず前の出来事だった。
「カオルさんは、単細胞だからね」
カオルに対して、偉そうに苦笑する冬馬を嗜《たしな》めるために、海羅は頭に拳骨《げんこつ》を一発入れた。
「痛っー、」
冬馬は痛さに頭を抱えながら、額をテーブルに着けて呻《うめ》いた。
「でもね、本当に彼かどうかはまだ分からない事だし、カオルちゃんは手を出さないでね」
「おまえ、怖くないのかよ、何かあってからじゃ遅いんだぞ」
「大丈夫だよ、この人、合気道三段持ってるから、そこいらの軟弱男には負けないだろうし」
テーブルに伏せたまま、顔を顰《しか》めて冬馬が否定した。
「えー、ほんとなんですか?凄い!」
感心したように茉莉果と光は、無表情の海羅を見ていた。
「どうしてこの女《ひと》がネイルしないか知らないだろう?」
「どうして?」
「幼気な僕ら《おとうと》を打《ぶ》つためさ、」
海羅は冬馬にニコリと笑ったが、目は笑っていなかった。
それを承知の周りから失笑が洩れる。
「ま、それだけじゃないけどね、嫌いなのよ、飾りに髪の毛が引っ掛かっちゃって、何をするにも厄介だし、爪を飾らなくても私は私だし」
マジ顔で賺《すか》す海羅に、すっかり魅せられたような茉莉果と光は、羨望の眼差しで見ていた。 
「こらーっ、何やってんだよ、練習に来たんじゃないのか?」
一斉に振り向くと、四年の広瀬真樹《ひろせまき》と、カオルと同級生の早緒準《はやおじゅん》が手袋をしたまま立っていた。
「おまえらさあ、今年こそは地区優勝狙ってるって時に、やる気あんのかよ?」
 広瀬真樹は練習場のオーナーの息子で、当然の事ながらここは庭みたいなものだったので、ゴルフサークルの連中は自由にここを使わせて貰っていた。父親はこの辺りの不動産を手がける資産家で、地元では知らぬ者がいない程の有名人であった。
 喝を入れる真樹に、立ち上がったカオルは彼の肩に、馴れ馴れしく手を掛けて言った。
 カオルも背は高かったが、真樹も負けてはいない、百八十pはあるだろう。
ふたり並ぶと、雑誌から抜け出たような美男子振りだ。
「まぁまぁ、先輩落ち着いて。今年は僕が苦労して良い逸材を探して来ましたから、そんなに目くじら立てなくても大丈夫ですよ、な、冬馬!」
「え?僕?」
突然、ご指名の冬馬は当然戸惑った。
「先輩に言ってあげなさい。中学ではインターナショナルチームのメンバー、高一の時、インターハイに出場するところだったって・・・」
「だった?」
「そうです」
調子良く、カオルが答える。
「”だった”とはどういう意味だ?」
真樹は、目を細めてカオルを睨んだ。 
「要するに、僕、高校中退したんです。それから今年まで凡《およ》そ三年間、一度もクラブ振ってないんですよね、率先力として期待されても困るんですけど?」
「こらぁ、カオル!」
そそくさと、笑いながら外に出て行くカオルの後を追って、真樹は駆け出した。
「相変わらずだなぁ、あのふたり」
準が笑った。
「何だかんだ言って、仲が良いのよ」
グローブを嵌《は》めながら海羅も笑った。
「確か、ふたりは同じ高校の先輩後輩だったんですよね?」
茉莉果が笑って尋ねた。
 ガラス窓の向こう、練習場の方ではカオルと真樹がクラブのフェイスを握って、何故かフェンシングの真似事をしていた。
何やってんだか、思わず、ぷっと吹き出しそうになる。 
「面白い人達ですね、本気で怒ってんだか、無いんだか、」
と、光も笑った。
「本当だね、毎日飽きないよね、彼らを見ていると」
そう言う準の後方で、ふと気が付くと、ひとりの少女がこちらを向いて、腕組みしながら海羅を睨んでいた。
「ねえ、彼女誰?さっきからずっと私のこと睨んでるみたいなんだけど?」
「ああ、烏川麻衣子《からすがわまいこ》だろ、烏川って土建屋さんの娘なんだけど、ここで知り合った彼女のお父さんがシングルさんでね、僕にゴルフを教えてくれる変わりに、来年受験の彼女の家庭教師をしてくれって言うので、週二回教えてるんだ。あ、でも、ちゃんとバイト料はくれるんだけどね。」
準は笑って言葉を切った。
「彼女、真樹さんと昔付き合っていたみたいなんだ、でも、少し変質的なところがあってね、直ぐに別れたらしいんだけど、未だに彼女は真樹さんのことが大好きで、彼に近づく女性は全員敵視しているんだ、で、ああいう風に君を睨んでいるわけ、」
ガラス越し、ずっとこちらを向いたまま、微動だしない。
「こわっ」
光が身震いする。
「叱っとくよ、ごめんね」
「準くんが悪いわけじゃないから」
「海羅は、ストーカーや、嫉妬魔という変質者に大人気だな、」
「殴られたいわけ?」
海羅は冬馬を睨んだ。
「さあ、みんな、もう少し練習しようよ。折角ここまで来てるんだからさ」
薄い草色のポロシャツを着た準は、その性格同様、穏やかな口調でみんなを誘導した。
 海羅はと言うと、何時までも席を立とうとしない冬馬の首根っこのシャツを掴むと、有無を言わせず、ズルズルと引っ張って行くのだった。


路肩に車を寄せて、冬馬がトランクからゴルフバッグを取り出す間、海羅はルームミラーでじっと見ていた。
ガラスをノックすると、窓がゆっくりと開く。
「海羅、気を付けて帰れよ」
「心配してくれるんだ」
「一応、大事な姉だからね・・・」
”本当にそう思っているの?”とでも、言いた気に海羅は眉の端を上げた。
「じゃ、どうして私を”送って行こうか?”とか、ひとこと優しく言ってくれないのかな?」
「だって、車持ってないから、」
「この車貸すから、送り迎えしてくれてもいいのよ」
「講義の時間違うし、」
海羅は舌打ちをして笑った。
 それだけは勘弁してくれ、いい加減海羅に振り回され放しなのに、これ以上一緒にいたら疲れるし・・・、冬馬はそう心で呟いた。
 その心を読んだように、海羅はそれ以上何も言わずにギアをチェンジした。
「ほんとうに気を付けろよ」
「分かってる。大丈夫よ、合気道三段だし」
そう言って、海羅は窓を閉めながら車を発進させた。
「あれって、嫌みのつもりかな?・・・」
冬馬は車が交差点を回って見えなくなるまで、ぼんやりと見送っていた。







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