流川冬馬〜心霊ファイル2〜

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 もっと早く、探して見るべきだった。
その掲示板には大学名から学部まで、そして間宮充のイニシャルを載せて血祭りに上げていた。
”特等生のくせに””退学は避けられない””あいつと同じ講義受けているけど、貧乏くせー奴だ”とか、目も当てられないような内容が、延々と書かれていた。
多分、関係無い奴までが面白がって書いているに違いないが、自殺云々を除いても、本人がこれを見たらかなりショックには違いない。
「大学生も大人げないなぁ・・・」
ポテトチップスを摘みながら、連が言う。
「最初に書き込んだのは誰か、調べてくれ」
早業で連がキーボードを叩くと、あっと言う間に所有者の名が出てきた。
「出たよ。なんだ大学のパソコンじゃん、」
型番をメモする。
「たいへんだぁ。莫大な数のパソコンの中から見つけ出さなきゃ、何台あると思う?」
「何台あっても調べてやるさ、」
「なんで、死んだ人の為にそんなに一生懸命やってるの?」
「殺人を犯していながら、温々と平気な顔をして毎日を送る殺人者が許せないんだ。みんな明日が来る事が当然だと思って生きているだろう?それがある日突然暗闇に突き落とされるんだよ、死者はどんなに無念で悲しいか・・・・。ここにね・・・響いてくるんだよ・・・」
冬馬は心臓に手を充てた。
「ふーん、不思議な能力だよね。なんでオレには無いのかな?」
「は、きっとお前は単純な高野の血が濃いんだよ」
「バカ女と一緒にして欲しくないね。気まぐれだし、単純。あいつ悩みなんてあるのかなぁ」
「いいじゃん、呑気で。でも、毎日気分がころころ変わるのは付き合いきれないよな」
「ほんとだよ、”美味しいパスタ食べたい”なんて言って外出した先で、”やっぱカレーにする!”って、行き先帰るんだぜ、付いてけないよ」
「ねえ、オレもここに来ちゃだめ?いいなぁひとり暮らしって」
「お前がここに来たら、僕は一人暮らしじゃ無くなるし、海羅がひとりになっちゃうだろう?母さんも仕事で殆ど家に居ないだろう?せめて、お前が居てあげないと物騒じゃないか」
「全然、あいつ、ああ見えて結構強いんだぜ、父さんの言いつけ守って、高校三年まで合気道やっていたから。時々、取っ組み合いの喧嘩になるけど、オレまだ負けるし、」
悔しそうに顔を歪める。
「どんな喧嘩してんだよ、お前ら可笑しいよ、絶対」
と言って、冬馬はクスクスと笑った。
「どうせいつも他愛ない喧嘩さ、ケーキを喰った喰わないとか」
「低次元だなぁ」
笑わせてくれる姉弟に、冬馬は感謝しつつも近づく距離に少し戸惑っていたのも事実だった。
”高野の家族とは縁を切ったのだ、会いに行ってはいけない”と父は僕に言いつつも、死ぬ間際、海羅には”冬馬をよろしくたのむ”等との賜った。
単純な海羅は正義感を漲らせ、その言いつけを守る為か、僕の私生活にどんどん入り込んできた。
ま、確かに昔から海羅はファーザーコンプレックスだったので、父の言いつけは母親より効いた。
「聞きたかったんだけどさ、」
「何?」
「一度も僕らに会いたいと思ったこと無かった?」
「勿論、最初の一、二年は家族が恋しかったよ。楽しかったからね。後は親父が身体を壊して、学校辞めて、働いてって、毎日が忙しくて考える余裕も無かったし、堂々と会える様な生活もしていなかったからね」
そんな過去がやけに遠く感じられた。
同じ質問を返すのは、まだ幼かったであろう連には酷なことだと冬馬は考えていた。
でも、連の事だからハッカーの腕前を駆使すれば、冬馬の居場所なんて簡単に分かる筈だし、口に出しては問えない事実さえ知り得る可能性は大きい。
だけど、冬馬はあえてその事に触れなかった。
その方がまだ居心地は良いし、今の付かず離れずの距離が心地良いのだ。
 連は黙ったまま何も言わず、パソコンのモニターを見るとも無しに見ていた・・・。

 午後になって、カオルから間宮充の母親と連絡が取れたので、これから行こうと性急な連絡が入った。
冬馬はパソコンでオンラインゲームに興じている連を部屋に残し、迎えに来てくれたカオルの車で、間宮充の実家に向かっていた。
「充のお袋さんは今は仕事が休みらしい、昨日連絡入れといたから、家で待っててくれている。」
冬馬は、急に好意的になったカオルの態度を考え倦《あぐ》ねていた。
「そんな不思議がらないで欲しいなあ、疑われているとなると当然な行動だと思うよ、」
「分かんないよ、秘密がばれそうになると先に僕を殺るとか?」
静かに冬馬は笑った。
「やめてくれよ、そんなことしたら明日には、海羅にオレが殺されるじゃないか」
運転しながらカオルが笑う。
「オレだって真実が知りたいんだよ。充とは育った環境も、性格も何もかも違ったんけど、親友と言える程に何かとても気があったんだ、イカレてる世界の中で、総てが普通でオレにはとても新鮮だった。」
車は信号で止った。
「何となくお前はあいつに似てるよ・・・」
前を向いたまま、カオルはぽつりとそう呟《つぶや》いた。

 間宮充の母親は、市営住宅に住んでいた。
チャイムを鳴らすと直ぐに出てきた。
「こんにちは、」
「久し振りね、前橋君。良く来てくれたわ」
五十過ぎの少しやつれた女性が、力なく微笑んでいた。
「こいつは後輩の流川冬馬です、一緒にいいですか?」
「勿論よ、どうぞ入って」
充の母は気軽にふたりを招き入れてくれた。
通された部屋は狭く、六畳くらいのリビングの隅に間宮充の写真が飾られた仏壇があった。
線香の煙が一直線に上に伸びている。
家具は少なく真ん中に置かれた小さな座卓とテレビが置いてあるだけのシンプルな部屋で、冬馬は気が滅入るのを感じていた。
カオルは進んで仏壇の前に座ると、暫く充の写真を見てから線香に火を付けていた。
「お茶でも入れるわね」
「お構いなく」
母親が居なくなると、更に冬馬は辺りを見回していたが、充の私物など何も見あたらなかった。
「小母さんには一応軽く説明はしておいた。半信半疑だと思うけど」
「まあね、真っ当な反応だと思うよ。それと、もし私物を貸して貰えるならここじゃない方がいいと思うんだ。僕は触れないからカオルさんが持ち帰ってくれる?」
その時、母親が部屋に入ってきて、二人の前に茶器を差し出した。
「あらから一年が経とうとしているのに、まだあの子が居なくなったなんて信じられなくてね・・・ふらっとあのドアから”ただいま”なんて帰って来るんじゃないかと思ってしまうのよ」
市営住宅のありがちな、ベージュ色した金属のドアを、何と無くみんなが見やった。
「電話で説明したんですけど、流川が言うのには自殺では無いと言うんですが・・・」
「どっちでも、同じことなのよ。もう、あの子は帰って来ないんだし・・・。いえ、あなたを疑っているとかでは無くて、生きて戻らないのなら、私にとって結果はもうどうでもいいことなの」
「いいえ。それは違いますよ。彼は無念で、無念で、この世界をまだ彷徨《さまよ》っているんです。恨みを晴らしてあげないと、彼は天国に行けないんです。それに、彼を殺《あや》めながら何も無かったような日常を送っている犯人を、許せますか?僕は彼の気持ちが良く分かるから絶対に許せない」
充の母親は、冬馬の真剣な言葉に目が覚めたように耳を傾けていた。
「もし息子が自殺でないとしたら・・・、警察が断定した事件に、あなたは間違いだったと言うのですか?」
「ええ、警察だって万能ではありませんから」
そう言い切った冬馬を、呆然と母親は見つめていた。
どこまで信じていいのか倦《あぐ》ねているのだろう。
「真実は、明らかにするべきなんです」
華奢なだけの少年かと思いきや、冬馬の澄んだ瞳の中の果敢な闘志を見て、カオルは今までどこか、曖昧なスタンスだった自分が恥ずかしかった。
結局、自分は充が生きていた頃も、亡くなってからも、彼のことを、全く理解出来ていなかったんだと、カオルは悔やんだ。
 母親は関を切ったように、溢れ出る涙を拭っている。
 充の母親はまだ捨てきれなかった、死ぬ当日まで毎日身につけていた鞄と、その中のパソコン、財布、携帯と、中身はそのまま総てを貸してくれた。
冬馬達はそれを家に帰って来た。
玄関で連を呼び出し、荷物をカオルから受け取るよう催促した。
「どうして?オレが持って入るよ」
「カオルさんはここで、」
「何いってんだよ」
「今日彼の実家に連れて行ってくれたことは本当に感謝していますけど、ここからは僕がやりますから」
連がカオルからバッグを受け取る。
「おまえ、本当はオレを疑ってるな?」
目を細めてカオルが尋ねた。
「違いますよ、ただ気が散るだけですよ、じゃ」
笑いながらそう言って、冬馬はカオルの鼻先であっさりドアを閉めた。気の毒だが、今は静かに帰って貰おう。
「どこに置く?」
「テーブルの上に」
「ほら、オレが持っても何も感じないよ、高野の血は濃いなぁ」
肩を竦《すく》めて、冬馬を見る。
「いいじゃん、そのお陰でお前はハッカーできる程の、抜群の知能を高野から受け継いでいるじゃないか、母さんに似たんだよ」
「つまんないや、」
そう言いながら、気も漫《そぞ》ろな連はオンラインゲームを再開するためにパソコンに向かう。
冬馬はテーブルの上の鞄を見下ろしながら一呼吸して、意を決したようにそれに触れて見た。
”電車の窓から見える海の景色、学友の笑い声、カフェテラスの笑い声、・・・。”
 それから、取り出した携帯からも、同じような情景が、心はまだ軽やかで曇はない。

そして、次にノートパソコンを取り出した。
”研究室、白衣、微笑む教授、同級生の不満顔、後ろから誰かに抱きしめられる・・・”
冬馬は驚いて後ずさりした時、椅子に躓《つまず》いた。その音に連が振り向いた。
「どうした?なんかあった?」
何だ今の?誰に抱きしめられたんだ?女では無いことは断言出来る。
頭が混乱する。
よろよろと椅子に倒れ込んだ冬馬を見て、連は立ち上がって側にやって来た。
俯いて頭を抱えたまま動かない冬馬に、連は冷蔵庫から冷たいレモネードを注いで持って来ると、テーブルの上に置いた。
そして、冬馬が触れたと思われるパソコンを開け、、電源のスイッチを入れる。
「ワームだ。レジストリも壊れている、」
そのとき冬馬が顔を上げ、怪訝な顔をした。
「意図的に?」
「勿論だよ、全く動かなくなってる」
連は感心している。
「直せるか?」
「今日は駄目かな、家にあるソフトをぶっ込むと直ると思うけど?それでも駄目な時はオンラインで勇士に聞いてみるよ。面白いよ、みんなどんな職業なのか、学生なのか知らないんだけど、即答で答えが返ってくるような強者ども達だからね、急ぐ?」
「急ぐけど、今日はもういいや疲れたよ、お前もそろそろ帰りな、」
「じゃあこれ持って帰っていい?明日、学校終わってから届けに来るよ」
「悪いな、頼むよ。先に来てたら下の店でご飯でも食ってな、」
「うん、」
テーブルの上にあった充の私物を鞄の中に戻し、隅に置くと連は帰って行った。
冬馬は後ろから抱きつかれた感触が生々しくて、その夜、なかなか寝付くことが出来なかった。




今日も朝から吉原教授の講義があった。
若く溌剌《はつらつ》とした教授の授業は、情報最前線の仕事とあって学生達からも人気が高かった。
振り向くと、後方の開いている席でノートを取っている充が居た。余程勉強がしたかったんだろう。
今に至っても犯人を見付けられずにいる自分の能力の低さを、冬馬は痛感していた。
「お願いがあるんだ、」
カフェテラスにて昼食の途中に冬馬は、光と茉莉果を前に懇願《こんがん》した。
「この型番のパソコンがどこにあるか調べてくれないか?」
ふたりにメモを渡す。
「大学中の?探せって?」
光は途方も無いであろうパソコンの数を、頭で弾いて計算し戦《おのの》いている。 
「間宮充のカンニングを暴いたパソコンの型番なんだ、例えば吉原教授身辺の研究室とか、そこに出入りする学生とかが怪しいとは思うので、何とか潜り込んで調べたいんだよね」
「あ、だったら同じクラスの田中君に頼んでみようかしら、彼は吉原教授の元でオンラインゲームを開発しているメンバーなのよ、彼の話はいつもゲームのことばかり、流川くんが興味あるって近づいて行けば断りはしないでしょ、後で早速研究室に行って見ましょうよ、流川くんが話をしているうちに、私と光がそれとなくパソコンを調べるわ」
 話は早かった、午後の講義が終わって早速向かった研究室には、田中裕二とその先輩、向井俊がパソコンでゲームに興じていた。
「あ、先輩、さっき言ってた同級生です」
オタク系、少し小太りの田中裕二が愛想良く入室を勧めてくれた。
「こんにちは、情報科学で同じ授業取っている戸田茉莉果です。こちらは流川君と内田君です、二人ともオンラインゲームの開発に興味があるって言ってるんですけど、お話聞かせて頂けませんか?」
「流川って、あの流川?小説書いてるっていう?」
向井俊が、半信半疑で尋ねた。
「あ、はい。」
成り行きはどうあれ、素直に認めなければならないだろうと冬馬は考えた。
「そりゃいい、入って入って」
三人は入室をあっさり認められた。
部屋は思ったより広く十二畳くらいの広さに見たところパソコンは五台、隅にはガラス張りの小部屋があってドアで仕切られている。
教授専用だろう机には、パソコンがあるには違いないが、書類が積み重ねられ殆ど隠れている。
その前の机に一台のノートパソコンが見えた。全部で七台だ。
壁にはパソコン関連の分厚い本が所狭しと並び、何故か上等なコーヒーメーカーが良い匂いをさせて常備してあった。
そこから注いだコーヒーを田中裕二が差し出してくれた。
「教授がコーヒー通でね、どこの喫茶にも負けない味だと思うよ」
その話し通り、舌の上をまろやかな味が転がって行った。
「教授は?」
「早ければ、いつもは今頃来る時間だけど、忙しい方だから学会だとか、講義とかで駆けずり回ってるよ、」
「ゲームは、もう幾つか開発されたんですか?」
冬馬がさも、興味ありげに尋ねた。
「勿論、シューティングゲームはオンラインで公開してあるけど、結構好評なんだ。バグの報告が時々あるけど、手直ししながら進化させている。新しいのは開発途中で、ファンタジー物だけど誰も話を作り込んで行く能力が無くてね、興味あるなら是非君には強力して欲しいくらいだ。できたらノーギャラで」
あまり興味は無かったが、ここで断るには都合が悪いので冬馬は曖昧に笑って誤魔化した。
それから向井俊がコンセプトメイキングと、リサーチの重要性を熱く語る話を冬馬が聞いている横で、光は彼らの視界を遮るように茉莉果の衝立となり、その隙に茉莉果はパソコンの型番を調べていた。
「あ、君、あまりパソコン触らないでくれよ」
流石に、弄くっていた茉莉果に気づいた内田俊が注意した。残りは今触っているパソコンと教授の部屋の中にあるパソコンだ。
「このパソコンは大学の支給ですか?」
直球勝負に茉莉果は出た。
「ああ、教授のお陰でハイエンドのトップクラスを頂いた、ゲーム開発には大いに役立ってるよ」
「へぇ、僕も興味あるんですけど型番教えてくれませんか?同じもの欲しいな」
光が、興味有り気に尋る。
「えーとどこだっけ、ああ、あったあった」
裏のカバーを外すと、あっさり問題のパソコンが見つかった。
「ここのパソコンは誰でも自由に触れるんですか?」
「そうだね、暇なら朝から晩まで張り付いている奴もいるくらいだ」
「何人くらい居るんですか?」
「うちは少数先鋭だから八人でやってるんだ、それ以上は増やさない、でも君は別だよ流川君、是非入部しいて貰いたいね」
その時、ドアが開いて吉原教授が入ってきた。
「おやおや、新入生かい?」
「あ、お邪魔しています」
三人は頭を下げた。
「君たちは確か・・・見かけたことあるぞ」
「情報科学の一年です」
茉莉果がみんなの名を紹介する。
「ああ、君が流川君だね、この前のレポートは良く出来ていたよ、見事だ。」
感心仕切りの吉原に一同は頷いた。
向井達にとっても、教授がそんなに褒めた事はないので、冬馬に唯者ならぬ空気を察していた。
それから一頻りゲーム開発の話をして、教授は奧の自室に入って行った。
何だろう、この胸騒ぎは・・・、何故だか急に、冬馬は不安に苛まれていた。





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