流川冬馬〜心霊ファイル2〜

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3



次の朝、海羅は自分の車で着替えをするため自宅に戻り、冬馬は車中で待っていた。
するとそこに連が自転車に乗りながらガレージから出てきた。
「何で、入んないの?」
有名私立校の灰色の制服を着ている。
「これから講義あるし、少しの間だから」
「あのクソ女、支度遅いよ」
冬馬は笑った。連の口の悪さは天下一品だ。誰に似たのだろう。
「またスイッチ入ったって?」
姉弟の間では霊をキャッチしたとき、そう言っていた。
「まあね」
「冬馬はいいなあ、オレにもそんな能力ないかなぁ・・きっとスリリングだよね」
「よく言うよ、恐がりのくせに」
冬馬は笑った。
「退屈しないじゃん」
連も笑う。
兄にだけは懐いている。徐に鞄の中から何かを取り出すと、運転席の前にそれを置いた。
冬馬の眉毛が上がる。
「クソ女さぁ、バカだからパソコンにロック掛けたら使えないと思ってんの、昨夜は海羅のパソコンから、友人と警察の犯罪文書の入手を競いあってたんだけど、あいつのパソコンスペック不足で負けちゃったよ」
後ろからぼこっと音がして、連は頭を殴られた。
「三度目の逮捕記録作りたいの?」
「痛てぇなぁ、暴力女」
「遅刻するわよ、さっさと学校行きなさい!」
連は手を振りながら、自転車に乗って坂道を降りて行った。
「全く、どいつもこいつも・・・」
と、言いながら車に乗り込んだ海羅は、目の前に置いてある巧妙に作られた”うんこ”を見て叫んだ。



「間宮充について何か分かった?」
午前中の講義が終わって、三人はカフェテラスでランチを取っていた。
どう考えても自分より情報通の茉莉果と、光に間宮充について調べてもらっていた。
「彼は優待生でこの大学に入ってるんだ。カンニングがバレると退学か若しくは授業料免除が廃止される、そうなれば普通の母子家庭ではかなりきついからね、結果的には辞めざる終えない。で、吉原教授がその辺りを考慮して、研究室で彼にレポート作成などの仕事を与えて、不問にするつもりだったらしいいんだが、いつの間にか彼がカンニングした話しが洩れて、インターネットの掲示板に書き込まれたらしいんだ。それを苦にしての自殺だったとみんなは噂している」
箸を止めて考え事をする冬馬の様子を、ふたりはじっと見ていた。
「屋上から飛び降りたんだって、遺書は自分のパソコンから送られていた、教授宛のメールらしいわ」
「教授のアリバイは?」
「教授のアリバイなんて、ある訳無いじゃない、仕事の合間に間宮さんが屋上に一息入れに行くのは恒例になっていたし、二人は遅くまでいつも仕事をしていた。その時、あまりにも帰りが遅いので教授が探しに行き、どこにも見当たらなかったので、もしやと思って下を見下ろしたら間宮さんが倒れていたって聞いてるわ」
「第一発見者ってことか・・・」
「そうなるわね」
「校舎には、他に誰もいなかったのか?」
「いいえ、みんな研究室とか図書室とか、週末だったので遅くても沢山人はいて、売店に間宮さんが現れた時には全然そんな自殺するような雰囲気は無く、楽しくみんなと話をしていたと聞いたわ。だから誰もが驚いたの」
「彼の使っていたゴルフクラブがあるっていったよね、後で、連れて行ってくれないか?」
「いいけど大丈夫?」
茉莉果が怪訝そうに見た。
大丈夫だと、冬馬は笑って答えた。

 その日の講義が終わると、冬馬は早速光と茉莉果とサークルの部屋に向かった。
中には誰も居らず、鍵が掛かっていて光がドアを開けた。
八畳くらいの広さだろうか、部屋は比較的綺麗に片づいており、隅のロッカーを開けてこれが間宮充のクラブだと教えてくれた。
冬馬は少し躊躇いがちに、手を伸ばすとアイアンに触れて見た。
・・・・。
あれ?
何も起こらなかった。
どうしてだろう?
「何か分かった?」
茉莉果の問いに冬馬は首を横に振った。何故だろう。
「カオル先輩から貰ったものだからかな?」
「そうなの?」
「元々ゴルフにあまり興味が無かったらしいんだけど、あの通り少し強引な先輩なので、このセットを彼のために買い揃えてまでして、やっと始めたみたいなの、でもあの事件以来このゴルフセットは練習場に置いてあったらしいんだけど、見るのが辛いんでしょうね、ここに持ってきてロッカーに置いたままになってるらしいわ、先輩はここには殆ど来ないから」
どうりで、愛着が少ない分クラブに宿る想念も無かったのだ。



 成果が得られず、構内をとぼとぼと歩いていた冬馬は、建物の中に入って行く充とおぼしき”人物を”見つけた。
「ここにいて、」
戸惑うふたりにそう告げると、充の後を追う。
冬馬が校舎に入ってくるのを待っていたかのように、充は振り返り冬馬を見た。
それから着いて来いとでも言うように屋上へと続く階段を登り始める。
意外にも早いので息を切らせながらたどり着いた時に、冬馬は肩で息をしていた。
そこは誰が植えたのか別世界のように緑で溢れ、いくつかの椅子とテーブルが置かれて、休憩するのには絶好の憩い場だった。
隅にある東屋は蔦が絡まっていてかなり古めかしく、塀に絡まった触手から枝分かれした白い花が風に揺れている。
 そして、冬馬が何気なく塀の手摺りに触れたとき、再び映像が溢れ出して来た。


”舞い散る雪、充の顔、後ろから持ち上げられた両足、振り向こうとしてバランスが崩れる、とっさに手摺りを握りしめようとしたが手が空を切る・・・。”


「流川君!流川君!」
後ろから茉莉果に肩を掴まれ、冬馬は我に返った。
「落ちちゃうかと思ったわ、何してるの、」
半泣き顔で茉莉果は冬馬の腕を握りしめていた。
「来てよかったよ、落ちる所だよ」
光も顔面蒼白だった。
間宮充は犯人を知らない。
それだけは解った。振り向く瞬間に、バランスを崩して犯人の顔を確認する間も無く落ちたのだ。
「怖かった。流川君が落ちるかと・・・」
考え事をしていたので、冬馬は茉莉果が大粒の涙を流し泣き始めたのを見て戸惑った。
「ごめん」
自分の為に泣いてくれる茉莉果への罪悪感と、好感が入り交じった複雑な気持ちで、冬馬は彼女をそっと胸に抱きしめた。

 暫くして、茉莉果の涙も落ち着き、辺りを見回していた光が、ここのエコガーデンの話を始めた。
「ここはエコの一環で、主に物理の教授が率先してガーデンを作ったらしいんだ。夏は木陰が出来て、冷房苦手な人とかはここで休憩を取ったり、昼食を食べたり、理工学部の連中は難しい数式の後でコーヒーを飲んだりするらしいんだ、確かに植物ってのは心を穏やかにさせてくれるよね、そして構内は殆どが禁煙になってしまっただろう?喫煙者はここに来て一息いれるんだよ。エコとは少し矛盾しているけどね。水やりとかは清掃の人が朝晩やっているけど、好きな教授がいてさ、ガーデンはどんどん増殖して行ってるってわけ」
確かに屋上の半分以上が植物に占領されていて、風に揺れる葉影がアスファルトの上で優しく揺れていた。
 穏やかな午後だ。
「あ、海羅さんだ」
塀に凭れて、下を見下ろしていた茉莉果が言った。
海羅が医者と並んで歩いているのが見えた。
何だ、別れてねえじゃん、嘘つきやがって。
「綺麗な人よね、憧れちゃうわ」
手を繋いで歩いているかと思いきや、医者に引き寄せられて腕の中に収まった。
そのまま笑い合ってなにやら話し込んでいる。
「映画のワンシーンみたいだね」
「ちっ、」
冬馬は、下手な台詞を言ってあげて、あんなに心配してやったのにと、急にムカツいてきて憤慨しながらその場を後にした。



 あれから冬馬は海羅にも、カオルにも会って無かった。
嵐の前の静けさとはこのことだろうかと思った。
今日は偶然にも吉原教授の情報科学の講義を受けていた。
四十歳になったばかり中肉中背でスポーツマンタイプの教授だ。その時、ふと何かが気になり横を見てギョッとした。
充が当時のまま、ノートを取りながら教授の講義にじっと耳を傾けているのが見えたのだ。
君はこうやってみんなと一緒に、ずっと勉学に励みたかったんだよね?
でも、死は唐突に訪れた。
君には、当たり前にやって来る明日が来なかったんだ・・・・。
無力な自分に冬馬は気が滅入るのを感じていた。



お昼になってカフェテラスに食べに行こうとしたところ、茉莉果に呼び止められた。
「流川くん、今日お弁当作って来たの、お天気も良いし、外で一緒に食べましょう」
大きなトートバックを翳《かざ》してそう言った。
 その日はピクニック日よりで、風も無く空は抜けるように青かったし、花壇のビオラは咲き乱れ、どこからか花の甘い芳香がしていた。
 ふたりは、中庭のプラタナスの木の下で、芝生の上にお弁当を広げた。
「すげえ、自分で作ったの?」
冬馬は色取り取りで、どれも美味しそうな料理に驚いた。
高野家では家政婦さん及び、父親の作る料理以外、手料理と言う物は食べた事が無かったからである。
「勿論よ、料理は得意なの。食べて、食べて」
「あれ?光は?」
いつもいる光が見あたらない。
「大丈夫、流川君だけに作ったら光が拗ねるから、ちゃんと用意してあるし、メールしたから直ぐに来ると思うわ」
明るい日差しの下でお昼を食べるなんて何年ぶりだろう、第一、ここ数年太陽の光なんてまともに受けて無かったことに冬馬は気が付いた。
これが普通の生活なんだと少し実感する。
 春の風は優しく頬を撫でる。
「冬馬くんさ、どうしてひとり暮らししているの?」
「伯父さんにはお世話になってるから、暇な時は店を手伝いたいんだ。伯父さんはいいって言ってくれてるんだけどそうは行かないからね」
「律儀ね、ご家族は寂しいでしょうに」
「あのさ、海羅と一緒に暮らすなんて考えられる?一日も耐えられないと思うよ」
茉莉果は嬉しそうに笑った。
例え姉であろうと、時々見せるふたりの仲の良い行動には、少し嫉妬したくなる茉莉果であった。
高校の時から、冬馬に会って以来ずっと彼のことが好きだったのだ。
「何だよ、お前らデートか?」
噂をすれば、嵐がふたつ揃ってやって来た。
海羅とカオルである。
学部が一緒らしく、迷惑な事にいつもふたりして連んでいる。
「やだ、そんなんじゃないですよ先輩、」
茉莉果が照れて言い返す。
「お前、顔赤いぞ、図星か?」
「先輩ったら、もう」
海羅は前髪を上げ後ろで束ねて、化粧もシンプルだったので一瞬誰だか分からなかった。
しかも妙に大人しい。
無表情でみんなの会話を黙って聞いている。
何かあったのだろうか?海羅が黙ると妙に不気味だ。
「ういういしいなぁ、海羅もたまには作って来てくれよ」
「冗談でしょ?」
海羅は眉毛をつり上げた。うん、それはあり得ないと冬馬は思う。
「行くわよ、お腹空いたわ」
女王様の一言で会話は打ち切られ、ふたりは立ち去って行ったのだった。


 店に海羅と医者がやって来た時、冬馬はカウンターで注文のハイボールを作っていた。
最初ボックス席で酒を飲んでいた海羅だったが、ひとりホールに降りて行って踊っている。
酔っぱらっているのか足下が覚束ない。
医者もそれを感じたのか、直ぐに席の方に連れて帰った。
それからふたりは親密そうに顔を寄せ合って話をしていた。
「海羅はどうしていつも、あんなに飲んだくれているのかしら?」
カウンターで珈琲を飲んでいた、道路を挟んだ向いのゲイバーのママ、マリコが眉間に皺を寄せて言った。
暇を見付けては、仕事の合間にやって来る。
本人は否定するが周りは認めていない、百sを超えてそうな巨体は、椅子が玩具のように見えた。
勿論、ゲイである。
「さあ、」
素っ気なく冬馬は答えた。
「彼氏とはもう長いよね、あの彼、よく我慢してるわよね」
くっくっくっと大きな胸を振るわせて笑った。
「ですよね?僕もそう思います」
「あれ姉ちゃんじゃないか?かなり酔っぱらってないか?」
奧の厨房から現れたマスターが言う。
「ええ、」
「祐ちゃん、少し海羅に注意してあげなさいよ、若いのにあの娘ちょっと飲み過ぎよ」
「うちではみんなに海羅には一杯以上酒を出すなって、言ってあるんだけど、ここに来るまでにいつもかなり飲んで来てるからなぁ」
「放っとけばいいんですよ、痛い目に合わないと分からないんですから」
「あら、冷たいのね」
「真面目に取り合うと疲れますから」
「海羅は怖い物無しの、お嬢様だからね、」
微笑んでマリコママが言った。
「残念ながら唯一、あいつを止められる人物は死んじゃいましたから」
「慧の事ね、本当に残念だったわ」
マリコママもマスターも、昔から父親の知り合いで仲が良かった。今でも父親の話が出る度、マリコママは目を潤ませる。
「慧は男気のあるいい奴だったわ。祐ちゃんだって負けないけどね」
と言って、長い着け睫をしばたかせ、マスターにウインクして見せる。
「ありがとよ」
マスターは苦笑しながら答えた。
「冬馬、今日は暇だし、もう上がりな、姉ちゃんとこに行ってくれば?」
「いいですよ、彼氏がついているから大丈夫ですよ、じゃ僕はこれで」
「おう、ご苦労さん」
マスターに暇を告げて店を出た。
外の冷えた空気が心地よく、星は春風に震える様に瞬いていた。

 夜中にふと目が覚めた。
気配のする方に目をやると、ルームランプに照らされて、充がぼんやり椅子に座っているのが見え、流石に冬馬はギョッとした。
心の中で悪態をつく。
何なんだよ。
どっと気分が落ち込んで行く。
と、その時、チャイムを執拗に鳴らされ、時計を見ると午前二時だったので、誰だよ、とこちらにも悪態を付いて、ベッドから抜け出しテレビドアホンを確認した。
海羅だ。
ドアを開けると夜風のごとく、海羅が雪崩れ込んできた。
「うぇ、気持ち悪い・・・」
そう言うと、そのままトイレに直行して、ゲロを吐いている。ブーツくらい脱げよと言いたかったが、文句言うその間も無かった。
「何時だと思ってんだよ、」
しばらくして声を掛けると、海羅はじゃらじゃらアクセサリーを付けて煌びやかな手を挙げたが、まだ気分が悪いらしく、顔は便器に突っ込んだままだった。
冬馬は海羅をそのままにして、自分はベッドに潜り込んだ。
付き合ってられない。
しかし、その数分後、海羅はコートを着たまま俯せにベッドに倒れ込んできて、冬馬は再び呻いた。
「海羅!」
「動かさないで、気分が悪いから吐くかもよ・・・」
冬馬は頭を掻きむしった。
それから海羅の履いているブーツと、コートを無理矢理脱がした。
化粧をしたまま、既に寝る体制だ。
「私が・・・何もれきないと思って・・・、手をだすんじゃないわよ・・・」
と、ろれつが回ら無いほど酔っぱらっているのに笑っている。
「誰が!姉に手をだすんだよ」
冬馬は毛布を持ってきて、風邪を引かないようにくるんでやった。
「やっぱ冬馬がいいや・・・」
ぽつりと呟いた一言が、どういう意味かと冬馬が思案している間に、海羅は穏やかな寝息を立てて眠りについた。
 充はとうに消え去り、この部屋に現実を持ち込んできた本人は、スヤスヤと素知らぬ顔して眠る。
一瞬にして部屋の空気を変えた海羅に、闇に支配されそうになっていた自分を重ねた冬馬は、馬鹿馬鹿しくなって苦笑いをするのだった。



 寝返りを打って、何かに頭がぶつかった海羅はうめき声を上げた。
「痛っ」
「こっちの台詞だ、」
声に驚いて、海羅は頭を持ち上げたが、くらくらする。完璧二日酔いだ。
「えー、なんで冬馬がいるの?」
「じゃ、なくて、自分がどうしてここにいるのか思い出せよ、痛ってえな」
冬馬は上半身を起こしたが、目頭に海羅の頭が当たったので手で抑えている。
鉛のような頭を擡げて辺りを見回した海羅は、ようやくここが冬馬の部屋だということに気が付いた。
「覚えてない・・・」
「最悪・・・」
冬馬は首を振った。
「鏡見てみ、化粧が滲んで酷い顔、おまけにまだ酒臭い」
「何時?」
「七時」
「私、車は?」
「知らないよ、医者に乗せて来て貰ったんじゃないの?」
何となく記憶が戻ってきた。
まずい、今日は朝から講義がある。
どうしてこんなに飲んだのだろう。
「着替えかして、シャワー浴びてくる」
冬馬がため息を付いて立ち上がる。
その間に、海羅はカオルに迎えに来てくれるよう電話を掛けた。
 海羅がシャワーを浴びている間に、冬馬はコーヒーを入れてトーストを焼き、優雅にノートパソコンで今日の講義のチェックを入れていた。
「私にもコーヒー頂戴」
「トーストは?」
「いらない、」
キッチンを覗くと、生活の気配が無いほど、どこもぴかぴかだったが、冷蔵庫の中には卵とかベーコンとか入っていたので、ちゃんと自炊もするのだと海羅は感心していた。
「何見てんだよ」
「ちゃんと自分で作って食べてんだ。それに誰に似たんだか相変わらず綺麗好きよね、お風呂だって髪の毛一本落ちてないもの」
差し出されたコーヒーを美味しそうに飲む。
「医者とは別れたんじゃなかったのか?」
「研修医、」
「どっちでもいいよ」
「別れたよ、でも友達として付き合ってるの、悪い?」
「そうは見えなかったけどな」
「そう?」
「医者はまだその気なんじゃないの?あんまり男を振り回すなよ、」
「あら、心配してくれてるわけ?」
ケラケラと海羅は笑った。
「当然だろ?遅くまで男と一緒で飲んだくれて、見てるとハラハラする。父さんが生きていたらどやされるところだぞ、」
「でも、いないじゃない・・・」
「だから代わりに、僕が言ってんの、効き目ないだろうけどね」
そうだと言わんばかりに海羅は鼻で笑い、これ以上話しをしても無駄だと思った冬馬は、その話を打ち切った。
「僕はそろそろ行くよ、」
「どうして?一緒にカオルちゃんに乗せて行って貰いましょうよ」
「いいよ」
そうこうしてるうちに、カオルから下に着いたと電話が鳴った。
ふたり揃って降りて行くと、オープンカーの幌《ほろ》を降ろした車の中でカオルが待っていた。
「こんな所に住んでるのか?クラブの真上じゃん」
「便利すぎて、つい酔っぱらって寄っちゃうのよね、」
「また二日酔いだろう海羅、ま、乗って、乗って、冬馬も乗りなよ、どうせ同じ大学だ」
と笑い、その強引さに冬馬は断り切れなかった。


 途中、海羅は着替える為に自宅に寄った。
何だか最近恒例になってきた。
そして偶然か、今日も連がガムを噛みながら自転車で出てきた。
「クソ女に、大の男二人が振り回されてんの?たいした女だ」
「ガキはさっさと学校へ行きな」
カオルが言う。
「クソ女の振り回され方とか教えてくれるかな?」
生意気に、カオルに向かってそう言い放ち、自転車をゆっくり漕ぎ出した。
「クソガキが、」
カオルの罵声が聞こえたのか、ゆっくりと自転車でユーターンして戻って来るなり、口からガムを取り出してフロントガラスに投げつけた。
しかも、不適に笑っている。
「うわぁ、やめろクソガキ汚ねえなぁ」
カオルが慌てて立ち上がろうとした時、またもや鞄からごそごそ何かを取り出そうとしていた、そして、運転席の前に置いたのは超リアルな”目玉”だった。
しかも血管がビラビラ着いて生々しい。
「なんだよこれー、気持ち悪い、連!てめぇ」
既に連は走り去った後で、辺りには笑い声が響いていた。
「古典的な遊びだ、今でもこんな物あるんだね?」
悠長に冬馬は笑っていた。
「お前ら姉弟は・・・ホントに、先が思いやられるぜ」
ため息をつくカオルであった。それから目玉を摘むとガレージの奥に投げ入れた。
「そうだ、お前あれから大変だったんだって?」
「今でも付きまとわれてますよ、間宮充に」
「え?」
カオルが怪訝そうな顔をした。
「もう、一年以上前の話だぞ、どうして今頃・・・」
「僕が、偶然にも彼の念が隠った私物を触ってしまったから・・・、そして、彼の存在を”キャッチ”してしまった。彼はもしかしたら、僕なら今の苦しみから解放してくれるとでも思ったんだよ」
「良く分からないんだが、幽霊になって彷徨っているってこと?」
「簡単に言えばそう言う事、ラジオの周波数が合ったとでも思ってくれればいい。きっと犯人を見付けて欲しいんだよ。でも、今の僕には分からない。カオルさんはアリバイあるんでしょうね?」
「まさか僕が殺したとでも?」
驚いた顔をして冬馬を見ている。
「警察がどんな捜査をしたのか知らないが何と言おうと、殺されたのは事実だからね、成仏できてないから構内を彷徨っている、霊感の強い奴は気が付く頃だよ、幽霊騒ぎが始まったらなお気の毒だ」
「どうして・・・、殺されたんだ?理由は?」
「それはわからないけど、どうやって殺されたか知りたい?」
カオルは戸惑いながらも頷いた。
「屋上の塀に寄っかかって下を見ていたら、後ろから足を持ち上げられてそのまま落とされたんだ」
「・・・」
カオルは頭を抱えて絶句した。
「彼が振り向いて相手を確かめる間も無く、バランスを崩して落ちた・・・。あっと言う間のようだったよ」
「おまえはそれがどうして分かるんだ?」
「僕は彼の記憶、想念を通じて映像を見せられているんだ・・・彼が見ていない物は見えない。後はこの身体に宿る痛み・・・。宙に浮く身体の、恐怖に満ちた浮遊感や、後頭部の鈍い一撃・・・即死だったでしょ彼・・・。」
「もし、おまえの言う事が本当だとしても・・・」
「本当なんだ。僕は真相を突き止めようと思ってるよ、彼の為に・・・」
ふたりは黙って見つめ合っていた。
 その時、海羅が現れ、ふたりの雰囲気の悪さを素早く感じ取る。
「何よ、待たせたから怒ってんの?ごめーんお昼おごるから、さ、出してカオルちゃん!遅れちゃう」
カオルは海羅に急かされて、我に返ったようにエンジンのスイッチを入れた。
「昨日、間宮充のクラブを見て来たんだけど、もうあれには何も宿ってなかった、そんなに執着して居なかったんだと思う。どうしても彼が身近で使っていた物、気持ちの隠った物が必要なんだけど、何か無い?」
「じゃ、どうしてドライバーはあんなに反応したんだ?」
訝しげに、カオルが尋ねた。
「分からない・・・、ドライバーだけ練習していたとか?」
カオルはそこでピンときた。よく練習場でその日の夕食を掛けて飛距離を競いあっていたっけ・・・。あの頃は楽しかった。
「お前を信じて良いのかな?」
信号で止った時にカオルが言った。
「あなたが犯人じゃなくて、真実を明らかにしたいと思うなら、信じない理由は無いと思うよ」



 講義の間に冬馬は以前、事件でお世話になった県警の新米刑事、内藤始に電話を入れて、間宮充についてかまわない範囲で教えて欲しいと連絡を入れた。
するとその日の午後に会えると言うことだったので、さっそく外の喫茶で待ち合わせした。
「おう、暫くぶりだな」
向かい合わせに座った、二十代前半の内藤始は、温厚な人柄から、どう見ても普通のサラリーマンにしか見えない。
「こんにちは、その節はお世話になりました」
「こっちこそ、弟は元気かい?」
「元気過ぎて、姉はまだまだ手に負えないみたいですよ」
「だろうね、」
内藤始は苦笑いした。
ハッカーで二度の逮捕歴を持つ十三歳の弟は、県警でもある意味有名人だ。
「サイバー班はスカウトしたいらしいよ」
クスクス笑っている。
「ところで、間宮充について何を探っているんだ?」
「探っているんじゃなくて、彼が訴えて来たんです。自殺じゃないって、」
「え?えー?自殺じゃない?どうして?」
冬馬の能力を信用している内藤は、驚きつつ、内心非常に困っていた。
一年前の自殺と断定された事件が、殺人となるとかなり厄介な事になる。
「警察はどんな捜査したんですか?僕が思うに、彼はフェンスに凭れて下を見下ろしていた所、後ろから足を持ち上げられてそのまま真っ逆さまに落ちたんです」
「犯人は分かってるのかい?」
「残念ながら彼が振り向く間もなかったものだから・・・僕にもわかりません。ただ、足を捕まれて落とされたと言う事実しか、」
「親しい人達のアリバイはあったんですか?」
「悪いけど、あの時は海羅さんも事情聴取されているんだ、仲が良かったみたいだからね。でも、君の姉さんは家で弟と母親と一緒だったし、前橋薫はこれも又、家族の証言で家に居たと言うし、他、数人に至っては怪しい人物もいないし、彼に恨みを持つような人物も見あたらない。」
「吉原教授は?」
「ああ、彼は例外だろう。彼と仕事中に居なくなって自殺したんだから・・・、彼が犯人ならそんな危ない橋を渡らないだろうし、第一理由が無い。彼はカンニングの件を不問にしようと、間宮充に書類の整理等、アルバイトの名目で手伝わせていたらしいんだが、少し長くやらせ過ぎたんだろうかと、後悔していたよ・・」
「では、どうしてカンニングの件がインターネットの掲示板に載ったんですか?」
「そこなんだけど、間宮充から直接聞いた前橋薫は知っていたそうなんだ。前橋薫が言うには、最近急に付き合いが悪くなったし、教授の研究室には入り浸っているし、問い詰めたらそのカンニングの一件を話してくれたそうなんだ。『教授には世話になっているから手伝っているんだ』とね、でも、本人曰く掲示板になんて載せていないと強く否定していたけどね、他は間宮充が誰かに喋っていたとしても、その時は高橋薫以外誰も認めてはいなかった。ま、これが殺人事件となるともっともな反応だろうけどね・・・」
「君は、高橋薫は知っているかい?」
「ええ、姉と幼なじみだそうで、仲良いみたいですね。疑っているんですか?」
「うーん、どうだろうね、君の姉さんには悪いけど、家族のアリバイは信憑性に欠けるし、いや、海羅さんのことを言ってるんじゃ無いんだよ、彼女は殺人なんて犯すような人ではないからね」
と、内藤刑事は笑った。確かに、海羅は単純だからね。
「カオルさんも同じような性格ですよ、何の苦労もなく、すくすくと育ってきた人たちだ、彼らは、人の命を奪う事なんて、これっぽっちも考えてないような、呑気な人種ですから、」
「相変わらず君は、冷静に物事を判断しているなぁ」
そう言って、内藤始は微笑みながらコーヒーを一口飲んだ。
「カンニングがバレてそれを苦に自殺と言うシナリオか・・・・、確かに、それだけで自殺をするのには、動機が薄すぎるような気もするな、」
「彼は特待生で入学しているので、その辺りかなり厳しい処分があると思います。留年は濃厚、下手をすると退学もありかも。でも、現行犯に限りますので、その時点で教授が公にしていなかったって事は、後で誰かに指摘されたとしても、シラを切れば通せることもできるんですけど・・・」
「特待生と言う立場上そう言う噂がインターネットに流れて、中傷されると確かに打撃ではあるな、それを自殺動機に持ってきたと言う訳か・・・教授のパソコンに送られた、遺書と思われるメールも、打とうとすれば誰にでも打てそうな、短い文章だったし、持ち歩いていたパソコンからのメールとなると・・・、いや待てよ、その時、証拠品として押収した間宮充のパソコンは、ウイルスか何かで、レジストリいじられて壊れていたそうだよ、サイバー班でさえ直せなかった」
「メールはそのパソコンから送られたもので間違いないんですよね?ますます怪しいなぁ。メールを送った後で、ウイルスでもぶっ込んだのかも・・・。そうなると、そこには、見られてはマズイ何かがあったに違いない。しかも、そのメールが送られた時間をチェックすれば、構内に居た人物が殺人犯の可能性が出てくる・・・」
「まずいなぁ・・・、」
内藤始は頭を掻いていた。
「この件は僕が調べます。警察は今の段階で事件を蒸し返すのも、教授のパソコンを調べるのも、まず無理でしょうから、カオル先輩にお願いをして、間宮充の家族に、彼のパソコンを借りて来ます、まだ、あればいいんですけど。そして、我が家の”サイバー班”にパソコン直させてみますよ、警察には負けないと思いますから」
「確かに、優秀なのが一人いたな」
内藤は笑った。
「悪いなぁ、何もできそうに無くて」
新米デカと言う立場上、証拠も無いのに、しかも一年前の解決済み事件の、捜査をやり直すなんて到底無理だろう。
「迷惑掛けないよう内密にやりますから、心配しないで下さい。それから、カンニングの件を掲示板に書き込んだのは誰かも調べてみます。あの掲示板は巨大だから昔のレスもそのまま有るはず、ま、調べれば直ぐにわかりますよ」
「ひとつ忠告しておくけど、頭を突っ込み過ぎて危険になる前に、必ず連絡して来ること」
そう言いながらも、内藤始は目の前で穏やかに笑っている少年が、どこでブレーキを踏んでくれるのか不安は募るばかりだった。








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