流川冬馬〜心霊ファイル2〜

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「驚いたなぁ、海羅さんと姉弟だったなんて、」
 昨日からずっと考えていたに違いない。光も茉莉果も、まだその話しをする。
冬馬達は講義が終わって渡り廊下を歩いていた。
「お母様は弁護士でしょう?お祖父様は国会議員も務められた方よね?流川君家はお金持ちなんだ」
「残念でした。それは海羅の方、僕は父方の人間だから金も家も無い貧乏な奴なの、」
「でも、お母様じゃない、」
「関係無いね、五年前に離婚してから母親とは殆ど会ってないし、ま、忙しい人だから自宅に帰るのも希らしいけど」
冬馬は母の話題に触れられたく無かった。
胸の奥に閉まってあるパンドラの箱には鍵が掛かっていて、決して開けてはいけない秘密がそこにはある・・・。
 眉間に皺を寄せて、母親の話をする冬馬の様子に気が付いて、茉莉果はそれ以上家族の話題を続ける事は止めた。
「じゃあさ、一緒にまたゴルフやりましょうよ、私達もサークル入ってるのよ。勿論、海羅さんも入ってるし」
「やだね」
「どうしてよ、三年前はあんなに真剣に取り組んでいたじゃない」
そう、父子家庭ではあったが父親が元気で働いていて、金銭的不安など考えた事もなく、将来プロの選手になりたいと、意欲もあった頃だ。
でも、父が病で倒れ、借金があることに気が付いてからは、入院費を稼ぐ為にも高校を中退して働かなければならなかったのだ。
その時に、未来や、希望、夢ををどこかに捨ててきた。興味が失せたと言ったら嘘になるが、何の不安もなく青空にショットを打ち込んでいた頃の自分と対面するのが少し悲しかったのだ。
「カオルさんも昨日は少しやりすぎだったけど、本当はそんなに悪い人じゃないのよ。結構面倒見が良いし、あの通り容姿端麗でしょ。女の子には絶大な人気なの、光はまだビビってるけどね」
「僕ら平民の子は、金持ちって聞いただけでオドオドしてしまうのさ、」
「なんだよそれ」
冬馬は情けないなと、言うような表情をして光を見た。
「カオルさんは雑誌のモデルをしているから、週一で東京に通ってるの。お父様はは市内の総合病院の院長だし、お兄様も外科医なの、確かにお坊ちゃまよね。私達と違って素敵過ぎて、世界がかけ離れ過ぎちゃってるのよね」
悩みなんて全く無さそうで、脳天気な前橋薫
も海羅やシナも、冬馬から言わせるとみんな同じ部類の人間だ。
彼らに恐れる物があるとすれば”退屈”ぐらいだろう。
「あ、海羅さんだ」
 三人は桜の花びらを敷き詰めたような中庭に出て来た。
すると、車の前で腕組みをして立っている海羅と出くわした。
昨日とはうって変わってグレーのカーディガンにブルーとも薄紫とも付かぬ色の綺麗なシャツを着て、派手柄のストールを巻いてはいたが、いきなりトラッドの装いだ。
前から思っていたが、掴みにくい性格同様、着る服も一日でころっと変わる。冬馬は本当に付き合いにくいと思っていた。
「講義終わったんでしょ?」
「うん」 
訝《いぶか》しげに冬馬は頷《うなず》いた。
「ママがさ、入学お祝いにパソコンでも買ってあげなさいって言うのよ、今から行きましょう」
「いらない、持ってるし」
「もう古いでしょ、」
「愛着あるから」
「じゃあ、他に欲しい物はないの?」
「しつこいなぁ。あのさあ、今日は店手伝う事になってるから急に言われても駄目」
冬馬は父の親友であった町田祐二が経営する、クラブの三階部分を、父が病気で倒れ、住むところを失った時から彼の好意により無料で借りていた。
父親の生命保険、小説の印税が少なからず入ってきた今、家賃を払うと言っても受け取ってくれないのでせめて店の手伝いでもしようと、暇なときは店に出る事にしていた。
「じゃ私がマスターに言って今日は都合が悪いって断ってあげる」
そう言うなり、海羅は携帯を取り出しアドレス帳を呼び出していた。
「分かったから・・・強引なんだから全く。良くあの医者は我慢できるなぁ」
冬馬は海羅の携帯を、無理矢理取り上げてため息を付いた。
 光も茉莉果も、ふたりの会話を興味津々黙って聞いている。
「研修医よ、まだ医者じゃないもの」
「どっちでもいいさ、何年付き合っているか知らないけれど、よくあんたに我慢できてるなって不思議でならない」
「私も時々そう思うわ、彼はあんたと違ってお坊ちゃま育ちだから寛容なのよ。」
「あんたが怖いんじゃないのか?だから手をださ・・・」
途中で海羅に口を塞がれた。
茉莉果と光には聞かれたくないのだろう。
海羅にそそくさ促され、二人に別れを告げると冬馬は海羅のスポーツカーに乗り込んだ。
「あなたね、余計なことをべらべら喋るんじゃないわよ」
「どうなったの?医者と進展あった?」
「嫌みなの、それ?研修医って言ったでしょ」
車は急発進する。
「どうなんだよ?
「あなたに関係ないでしょ、」
「あれあれ?」
「うるさい!」
「あれから一年だよ、一年間何も無いなんて、あんたに魅力ないか、あいつゲイなんじゃないの?」
余程悩んで居たのだろうか、一年前、海羅は付き合っている彼氏が、自分に手を出さないのは、魅力がないせいだろうかと冬馬に聞いてきた。普通弟に聞くか?って笑ったが、真剣に悩んでいるようだったので、あの時は「弟から見ても魅力的だと思うよ」と言ってやった。その時の海羅の嬉しそうな笑顔が忘れられない。
「何だよ、あんたらしくない悩んでるの?」
運転しながら海羅はちらっと冬馬を見たが、何も言わなかった。
「また言って欲しいわけ?」
前を向いたまま、海羅は何も答えなかった。。
「”弟じゃなかったらって、思う程に魅力的だと思うよ”って」
丁度、車は信号で止り、海羅は冬馬を見たが笑顔どころかまだ怒っているようだった。
「何だよ」
「心にも無い台詞はよしなさい、素人の俳優じゃないんだから・・・・、それに、ほんとうは違うのよ、もうとっくに別れたの」
「え?」
「私、彼を好きなのかどうか分からなくなっちゃって」
海羅は前を向いてそう言った。
「医者に、女でも出来たんじゃないの?」
「私に男が出来たとは思わないわけ?」
「ふーん」
「何、その気のない返事」
「どっちでもいいし」
「チッ・・・」
チラリと海羅は冬馬を見た。
「何だよ」
「前から気になっていたけど、あんたってほんと他人には無関心よね、」
「面倒じゃん、」
呆れて冬馬を睨む海羅だった。
「なにさ?」
「ひとりで生きていけるって、そう言う態度が嫌い」
「そう?でも、なんとかなってきたよ」
態《わざ》と指輪が当たるように、海羅は開いた甲の手で額を狙って叩いて来た。しかも素早く。
「痛ってー、何するんだよ」
冬馬は両手で額を押えながら叫《わめ》いた。暴力への抗議には耳を貸さない海羅であったが、その考え方は何とかしなくてはならない、と思うのだった。



 結局、海羅がフルスペックのデスクトップパソコンを勧めたが、冬馬は持ち運びしやすいノートパソコンを選んだ。
「折角だから良い物買ったらいいのに、」
「今欲しいのはノートパソコンだから十分だよ、母さんにお礼言っといて」
「自分で言いなさいよ。たまには家に帰って来なさい」
そう、外で一度家族と食事はしたが、家には帰って居なかった。
「あなたの部屋は出て行った時のままなのよ。
もっとも連が物置代わりに荷物を置いてあるけどね」
「帰るつもりはないから、始末していいのに」
「どうしてそんな寂しい事を言うの、」
「今は伯父さんが後見人になってくれているし、父さんからは高野の家には迷惑かけるなって言われてるから」
「迷惑も何も私達家族じゃない、確かにママは私達の事だってずっと昔に育児放棄してるけどね、典型的なワーカーホリックね。父さんが嫌になった理由も今なら解るわ」
キャリアを追い求めた母親と、貧しくても家族を大切にする父親の意見が食い違い、離婚へと発展するのは時間の問題だった。
「ま、ひとりの方が何かと都合がいいんでしょうね」
「なにその皮肉った言い方、棘があるよ」
昔のお姉さん達はどうなったんだろうと思う海羅だったが、今、その事に触れるのは流石の海羅でも躊躇《ためら》われた。
受験勉強期間中は女の影が見あたらなかったので、少しほっとしていたが・・・。
「家族、家族って、ウザイんだよ。何処にいたって家族は家族でいいんじゃないか?それにもう子供じゃ無いんだし、何時かはみんなバラバラに巣立って行くんだよ」」
「言ってなさい、私は父さんにあなたの面倒見るように言われたから、」
「放っとけよ・・・」
ふたりは堂々巡りのような会話にうんざりし始めていた。
「ご飯食べに行こう」
海羅の提案に冬馬も承諾《しょうだく》した。




「どうしてここなんだよ、」
優に駐車場百台は停めることができそうな、ここはゴルフ練習場だった。
「ここの中に入っているお店のパスタが美味しいんだって、」
嫌な予感に躊躇する、冬馬の背中を海羅は押して中へ入って行く。
案の定、レストランに入って行くと、奥の席にいたカオルとその他数名が、冬馬達に気が付いて振り向いた。
冬馬は回れ右をして、帰りたい衝動に駆られた。
「よっ、」
カオルが海羅にとも、冬馬にとも付かない挨拶をした。
「驚いたな、ふたり揃ってやって来るなんて」
「買い物行ってたの、食事しに来たのよ。ここのパスタは絶品でしょ?マスター」
海羅がそう言うと、奥のカウンターから白いユニフォームを着て、顎髭を生やした五十歳台の男の人が笑って手を振った。
「昼間は悪かったよ冬馬、今までオレが誘って一度も断られたこと無かったから、ついムカツいてね」
カオルは椅子を引いて同じテーブルに着いた。ゴルフの練習をしていたのだろう、若者に人気のメーカーのウェアを着て、広告から抜け出たようにお洒落で垢抜けている。
「冬馬、カオルちゃんが謝っているんだから、あんたも謝りなさい」
「すみませんでした」
素直に頭を下げる冬馬を見て、カオルは少し驚きつつ感心をした。
元々単純なカオルは何事も無かったかのように冬馬を受け入れていて、ふたりと同じ今日のお勧めパスタを注文すると、来週遠征する県外のゴルフ場の話で海羅と盛り上がるのだった。
「どう?少し打ってみたら?」
暫くして、退屈そうな冬馬に海羅が聞いた。
「どうしてオレが誘ったか分かる?君が三年前にインターハイに出るほどの実力を持っていたって茉莉果から聞いたんだ。毎年、大学対抗試合があるんだけど、去年は負けてしまって、優秀な人材が欲しい所なんだよ」
「昔の話しですよ、学校辞めてから一度もクラブ振ってないし、興味も失せましたから」
「家に引きこもってばかり居ないで、少しは運動でもしたら?興味が失せたなんて嘘よ、プロになりたいって言ってた人が、昔を思い出すのが嫌なだけなんじゃない?」
冬馬は言い返す言葉が見つからなかった。
 認めたくはなかったが海羅の言う通り、怖い者無しの、夢や希望に溢れていた頃の、自分を思い出すのは辛い事だった。
「オレのクラブ使ってみ、」
そう言って立ち上がり、クラブを取りに行くカオルの後を追うように、海羅も立ち上がり、会計を済ますとフロントに立ち寄って、手袋とカードを買って来て冬馬に渡した。
 その時、丁度外から光と茉莉果が入ってきて、冬馬を見定めるなり、その偶然にふたりは飛び上がらんばかりに喜ぶのだった。
「冬馬!やっとやる気になったのね、」
「嬉しいよ」
「何でふたりして?」
「今日はサークルの練習日なの、だから来たんでしょ?」
冬馬は振り向いて海羅を睨み突けたが、雲行きに気が付いた海羅は、既に背中を向けて他の仲間の元へ行ってしまった。
「来てみ、冬馬」
カオルが自分のゴルフバッグを、空いている打席のキャスターに立てかける。
光と茉莉果も、その後を追って近くに打席を確保した。
しかし、自分の練習そっちのけでカオルの横で冬馬の様子を伺うのだった。
冬馬はもう覚悟を決めていて、カードをボックスに突っ込んだ。
「何番いく?」
カオルに聞かれて五番アイアンと答える。
差し出されたクラブの、グリップの感触が懐かしかった。
軽く素振りをしただけで、冬馬はいけそうな気がしていた。
意外にも身体が覚えている。
「冬馬、190ヤード超えたら一杯飲み物おごってやるよ」
カオルはそう言ってにやりと笑った。
冬馬は自分の飛距離を思い出し、不適に笑う。
「ナメてんの?」
「カオルさん、ヤバイっすよ、高一の時でさえ、冬馬は軽く195は飛ばしてましたから、確かに三年のブランクはあるかも知れませんが・・・」
光が耳打ちする。
「へぇ」
カオルは言葉ほど驚きもせず、なぜか微笑んでいた。
いつの間にかサークルの面々が集まって来ていた。
新入生テストにしてはカオルが入れ込んでいるので、皆が興味を持ったのだ。
数回の素振りの後、冬馬の打ったショットは、正確に真っ直ぐ190の標識を軽く超えて転がって行った。
周りからは「おお」と言う驚きの歓声が上がった。
「ナイスショット」
茉莉果が手を叩いて喜んでいる。海羅はと言うと、ガラス張りのカフェの店内から、コーヒーを飲みながら一応は気に掛けて外をちらちら見ていた。
「流川冬馬、やるじゃん」
感心したようにカオルが言った。それから何発打っても正確に標識を捉えて、軽くその後ろに転がって行くのだった。
「これ、良いクラブですね。ボールにフィットしやすい」
フェイスを覗き込んで冬馬が言う。
「それ、やるからサークル入らない?」
「何言ってんですか」
冬馬は苦笑した。
「ドライバー見せてくれよ」
カオルからドライバーを渡され、それに触れた瞬間、冬馬の脳裏に映像がフラッシュバックしてきた。

 いつか見た、屋上から下を見下ろしていた青年だ。
 舞い散る雪、屋上のフェンス、彼の揺れる前髪、宙に浮く身体、振り向く・・・、空を切る指先・・・、地上に激突、赤い鮮血が地面に広がる・・・。

「うわぁ、」
冬馬は、いきなり声を上げるとドライバーを放り出し、頭を抱えてその場に崩れ落ちた。
「流川くん、どうしたの?」
茉莉果が駆け寄り顔をのぞき込む。顔は真っ青で後頭部を押さえてしきりに痛がっている。
しかし、外傷がないのでどうしたものかとみんなが思案している所に海羅が現れた。
「みんな、大丈夫だから心配しないで、直ぐに良くなるから」
そう言うと、海羅はゆっくりと冬馬を抱えて、カフェ店内の隅の席に座らせた。
「落ち着いて冬馬、ゆっくり息をしてごらんなさい、」
前に、”何か楽しいことでも思い浮かべなさい”って言ったら、”楽しいことなんて何も無かった”と、睨まれたので今回は言わなかった。
痛がる後頭部を撫でながら、冬馬の気が逸れるのを待っていた。
 ”チャンネル”が合ってしまい、スイッチが入ってしまったのっだ。


 冬馬が平静を取り戻した頃には、心配してやって来た光と、茉莉果、そして海羅が、店内にいるだけだった。
「あのドライバー誰の?」
アイスティーを持って来てくれたカオルに、不振気に冬馬は尋ねた。
「オレのだよ。あ、正確には友人にプレゼントした物だけど、使わなくなったのでオレが今使ってるのさ」
それで納得。想念は総べてあの映像の青年のものだった。
「どうして殺されたの?」
その問いには一同が驚き、カオルを怒らせたくない光が口を挟んだ。
「殺人では無くて、自殺したんだよ・・・」
「違う、彼は殺されたんだ」
「冬馬、」
海羅が口を挟んで嗜めた。。
「奴の話はしたくない、」
「自殺だなんて・・・無能な警察だ」
「冬馬、そろそろ帰りましょう」
海羅が席を立った。
「何を根拠にお前はそんな事言ってんだ?」
「僕の小説読んでくれたんでしょう?どこかに書いてなかった?自伝的フィクションだって」
主人公の少年は霊感が強く、念が強い物に触ると、その人物の思いがフラッシュバックして、事件の真相を解明して行く、と言う推理小説だった。
すらすら書けたのは、主人公に自分を投影していたからだ。
「自伝的主人公は僕、事件はフィクションだけど、意外とリアルなんだ」
ドアが空いて海羅が出て行った。
「ええ?本当に見えるの?」
「すげぇ」
光と茉莉果が驚いている。
「いいよ、信じなくても。俄には信じがたい話しだからね」
そう言って冬馬は立ち上がり、花冷えのする夜の冷たい空気の中、海羅の後を追った。

 車のドアが閉った時、海羅が尋ねた。
「どうしてみんなにベラベラ喋るの、」
「いけない?」
「心配しているの、人が冬馬のことを危惧しないかって、」
「光と茉莉果なら心配無いと思うけど?」
自分以外にも、冬馬の秘密を知る人物が居ることが、ほっとすると同時に海羅は少し気に障った。
「何だよ」
「別に」
運転しながら冬馬を見た時、ふたりはちらりと目が合った。
「彼の名前は?」
「間宮充、カオルちゃんの親友だったのよ、でも死ぬほど悩んでいたなんてカオルちゃんは知らなかったから、すごくショックを受けたの。だから暫くアメリカに留学していたわ」
冬馬が再び顔を顰めた。
「まだ痛むの?」
「大丈夫だよ」
「今日泊まろうか?」
「何で?」
「前みたいに・・・・」
「出るってか?」
幽霊の真似をする。
「冗談言ってる場合じゃないと分かってるんでしょう?前の時もそうだったじゃない。スイッチが入ってからはどこに行っても離れてくれなくてあなた苦労してたじゃない」
そうなのだ、本当は厄介なのだ。
頼られても僕には何も出来ないって、断っているのに付きまとわれる。
生に執着、恨みがある分、霊は強力に訴えてくるのだ。




 自宅に着くと、冬馬はシャワーを浴びてさっさとベッドに横になった。海羅はその横顔の苦痛を見て取っていた。
「大丈夫?」
「大丈夫だから・・・」
「あんたはいつだって大丈夫って言うのね、そんなに具合悪そうなのに・・・」
海羅はベッドの縁に腰掛けた。
「具合悪いから助けてくれって言ったって、海羅には何もできないだろう・・・?」
そのムカツク言い方に、海羅はクッションで冬馬の頭を殴ったが、余程具合が悪かったのか、冬馬はぴくりとも動かなかった。
「ほんとうに可愛くないんだから・・・」
取り合わない冬馬を尻目に、海羅はすることが無かったのでコーヒーを入れて、テレビを付けた。
いつも寝ながら音楽をかけたり映画を見ていたので、音は全然気にならない冬馬だったが、テレビを見ながらひとりケラケラ笑っている海羅の声を聞いて、その呑気さに張り詰めていた神経が緩んで行くのを感じていた。
 そうして漸く、うとうととし始めた頃、ベットに重みが加わり、冬馬はギョッとして振り向いた。
「何だよ、ソファで寝ろよ」
「幽霊だと思ったんでしょ」
海羅は人の気も知らないで、ケラケラ笑っている。確かにそう思ったからギクリとしたんだ。
「ソファは嫌、狭いんだもの、寄って」
ずんずんくっついて来るので、冬馬は否応無しにも寄らざる得なかった。同じシャンプーの匂いがする。
「懐かしいね、パパにキャンプに連れて行って貰ったとき、こうやって並んで寝たよね」
満点の星空だった。
幾つもの流れ星を数えて、暖かいホットチョコレートを飲んだ。
母親は仕事で忙しかったので、ふたりはいつも父親と一緒に出かけた。
キャンプに行ったり、泳ぎに行ったり、海羅は両親が離婚する時、本当は父親に着いて行きたかったのだ。
でも、母親に止められ、説得される理由を知って衝撃を受けた。
それが今に至って頭の隅で少し擡げている。
「探してみようか?良い霊媒師さん、その能力を封じ込めてくれるような」
「いいよ、」
背中を向けて冬馬が静かに言った。
「責任感じてるのよ、私があなたの霊能力を目覚めさせてしまったから・・・」
一年前、階段から足を踏み外した海羅を助けようとした冬馬の眉間に頭がぶつかり、それ以来第三の目が開いたように霊が見え始めたのだ。
同じような能力を持っていた父親が封じ込めていた力を海羅が開けてしまった。
しかし、もう、その閉じこめる能力を持っていた父親はいない。
「一生付き合って行く覚悟はできてるよ、ただ、誰も巻き込みたくは無いと思ってるんだけど、好奇心が擡げてくると、解明したくなっちゃって、気が付いたらとても危険な橋を渡ってたりするんだ・・・」
「幽霊には優しいのよね」
「なんだよ、それ」
冬馬は笑った。
「家族には滅茶苦茶冷たいのに、」
「家族ではなくて、海羅にだよ。だってうるさいんだもん」
足で蹴りを入れてくるので、冬馬は笑いながら布団で防御する。
「私は冬馬を見付けて嬉しかったのよ、でも、ホストやってるって聞いたときは、すごくショックだったけど」
「十七のガキが、生きて行くには何でもしないとね」
「連に聞かせてあげたいわ、あのバカは苦労知らずで温々と育ち過ぎて、犯罪まで犯すなんて・・・」
「苦労知らずな点は、あんたも似たようなものでしょ、」
「金銭面ではね、否定はしないわよ。でも、私達には家庭の暖かみとか・・・言葉では表せないけど何かが欠けているのよ・・・」
「望んでも手に入らない物の方が多いのさ、人はそれぞれだよ。パーフェクトな人生なんてあり得ないでしょ、」
「なに、その大人発言」
海羅は冬馬の方を向き、澄ました横顔を見て言った。
「まあいいわ、こうして再び一緒に居られるんだもの」
もう、二度と会えないと思っていたが、友人のバースデーパーティーで偶然再会してしまった。
しかし、それがふたりにとっては苦く辛い思い出となってしまった。
「玩具くらいにしか思ってないんだろう、”ああ、これでまた苛《いじ》める弟がひとり増えたわ”って」
「あれ?霊が見えるだけじゃなくて、心も読めるのね?」
海羅はクスクス笑った。いつの間にか頭痛も消え、背中に海羅のぬくもりを感じながら、冬馬はこんな風にゆるゆるした時間も悪くないと思っていた。
そしていつの間にか、心地よい眠りについていた。






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