BACK  TOP  INDEX  NEXT 
  スカイ・ポリス 〜国立特殊能力学園〜 


  3. 海に落ちた地図



 
 すべての配膳を終えて、やっと食事にありつけることになった青は、トレイを持ってセイ達を探した。
「おーい、こっちこっち!」
 南側のテラス横のテーブルで、セイが手を振った。
 隣のテーブルには瑠華たちのグループ他、学園の生徒達も大勢が座っている。
 彼等は既に食事を終えて談笑する者、テラスから透き通ったエメラルド色の海を見て、その綺麗さに感嘆する者など、様々に午後のひと時を楽しんでいた。
「ははははは、お前、掃除やらされてたんだって?」
 いつの間に帰って来たのか、セイの横に座っている竜二がケラケラ笑った。
 さっきまでの敵は、同じテーブルで食事をとっていた。
「お前はどこから入ったんだよ」
「俺? 今帰って来たところ、どさくさに紛れて午後から授業に出ようと思って」
 そう言って、竜二は外で買ってきたらしいハンバーガーを囓った。
 こういうところは抜け目のない竜二だったが、不器用な青はいつも目玉をくらって罰を受ける羽目になる。
「今日は奴らが来るって知ってたから、先生たちもそれどころじゃ無いと思ってね。それにしてもうじゃうじゃ居やがるな」
「青ったらさあ、あのテラスにいるだろう? プラチナ色した髪の子が、彼をさぁ女の子と間違えて爆笑もんだったよ」
 セイはまだ笑いをかみ締めて言う。確かにシオは隣の女の子よりも背は高いが、
何より華奢であどけなさが宿る中性的な顔をしていた。
「男かぁ? あんななよっちい奴が男? しかも学園の生徒なのかよ」
「竜二、声がでかいよ」
 セイが口止めする間も無く、テラスに凭れていた学園の生徒数人が、怒った顔をして振り向いた。
 勿論、噂の張本人であるシオや、さっき梨子と言って自己紹介してくれた女の子も、一斉にこちらを見ていた。
「なんだよ
 竜二は悪びれてない……、まあ、いつだってそうだが……。」
「ゲス野郎は黙れ」
 シオの隣にいた同年代らしき、少し長めの薄グレー色した髪の、背の高い少年が竜二に言った。
「なんだと!」
「おまけに単細胞」
「おまえ喧嘩売ってんのか? 上等じゃねえか」
 竜二が立ち上がって少年を殴りかかろうとしたので、流石に青は止めにかかった。
「やめろって竜二」
 ふたりの間に入って、青は竜二の胸を押さえた。
「負け犬の遠吠えか?」
 少年は青たちを見て、勝ち誇ったような薄ら笑いを浮かべた。その見下したような高慢な態度は、青の怒りに火を点けた。
「こっちは訓練受けてるんだ、喧嘩じゃ負けな……」
 ドスッ。
 少年が言い終わらないうちに、隙を見てぶち込んだ青の拳が少年の腹にあたり、その拍子に彼が手にしていた機械が、宙を舞って外の海へと落ちて行った。海面まで百メートルはあるだろうか、更に水深は百メートルはあり、その切り立った岸壁にこの建物は建っていた。
「あーーーーーーーーっ!」
 青の素早いパンチが効いたのも驚いたが、何より彼等が焦って見ていたのは機械の方で、そこに居た誰もが固唾を呑んで深い海の底に落ちて行く、小さな機械の固まりを見送っていた。
 一瞬にして、さっきまでのざわめきがピタリと止んで、辺りは重苦しい静寂に包まれた。
 みんなの視線は、信じられない程の高速パンチを喰らわせた青と、腹を殴られて機械を落とした少年に集中していた。
「バカーーーーー、トオル! どうすんのよ!」
 梨子《りこ》が怒鳴った。
 トオルと呼ばれた少年は、さっきまでの強気から一転蒼白な顔して、二度と取り戻すことのできない機械の行方を呆然と見つめていた。
「あんた、あれを落としたと言うことが、どういう事か分かってるわよね……」
 近くにいた瑠華が、トオルの首に腕を回してドスの効いた低い声で囁いた。
「あ、あの……え……と、すみません瑠華先輩……」
「ああああ最悪! 渡された物を壊しても無くしても、二度と同じ物を貰えないのは分かってるんでっしょうね!」
 今にも瑠華に、首を絞められそうなトオルに梨子が詰め寄った。
「でもさ、まだ始まってないんだし、木先生に話してみれば……」
「あっまーーーい! そんなことは絶対あり得ない! 無くした場合は自分たちで何とかするしかないのよ!」
「く、苦しいです瑠華先輩!」
「あんた、私たちに評価Dを付けるつもり?」
 トオルの首が更に閉まる。
「なんだなんだ? 余程大事な物らしかったんだな」
 連中の血相を変えた様子を見ていた青と竜二は、彼等のただならぬ慌て振りを見て、大変な事になったという事実だけは分かった。ただ、テラスから身を乗り出して下を見ていた莉空とシオのふたりは、妙に冷静な顔をしていた。
「黙れおまえら! 元はと言えばお前が悪いんだろうが!」
 トオルは青に叫んだ。
「あんなに簡単に訓練生が殴られると思ってなかったんでさぁ、こっちが驚いたぜ」
「わからない奴らだな、手加減してやったんだよ! それよりどうしてくれるんだよ!」
「あれ〜、今度は俺たちへ責任転換か? 油断した自分が悪いくせによ……」
 その時、瑠華の回し蹴りが青の腹にジャストフィットして、青は5メートル程後方に吹っ飛ばされた。
「おまえもな!」
 周りの者が息を呑む。
「ぐえっ! 痛っーーーーーーーーーーっ、油断しちまった……」
 青はお腹を抱えたまま、頭を床に着けてうずくまっている。
「殺されたいか青」
 瑠華が青を見下ろしながらそう言い放ち、トオルの胸倉を掴んだので彼は思わず咽せ込んだ。
「我がチームの女性達はなかなか気が強いねシオ」
 莉空とシオはクスリと笑った。
「やめるんだ」
「先生!
 何時の間にか、側に来ていた木京介が手を翳して騒ぎを制止した。
「放してやれ瑠華。まあ、詮索の要となる大事な機械を、海に投げられちぁあ頭に来るのも当然だろうけどな」
「当たり前です! 大事な地図なのに!」
 瑠華が喚きながら漸くトオルを放した。
「そうですよ先生! 怒って当然でしょう? それとも新しい物を貰えますか?」
「それは無いな」
「ほら〜〜〜〜やっぱり、木先生ってばケチっ」
 梨子が文句を言う。
「違うよ、今回はまだ捜索始まって無いわけだし、どうしようか一瞬考えたんだけどね、余分な計器は持って来てなかったんだよ」
「じゃ、私たちに地図無しで探索せよと言うんですか?」
「瑠華、でも君はここの出身だし地図が無くても大丈夫なんじゃ……?」
「先生! ここは何層にもなる居住区ですよ。しかもトラップ岬まで逃げられたとなると、もう迷路としか言いようがありません。青のように毎日遊び呆けてる奴ならともかく……」
 そこで瑠華は、何かを思い出したように言葉を止めた。
「そうだ先生。確か規則では無くした物は自分たちで探して対処しろでしたよね?」
「そうだ」
 瑠華の目がキラリと輝いた。
「じゃ、先生! 洞窟探査の地図代わりに、青を連れて行っていいですか?」
「えええええええ」
「えーーーーーーっ」
 みんなが一斉に声を出した。
 青も叫んだ!
 突拍子も無い瑠華の提案に、木でさえ黙ってしまった。
「あり得ない! こんな度素人に僕らの任務が務まるわけ無いだろう」
 真っ先にトオルが反対した。
「その度素人にさっき、いきなり殴られたでしょあんた……」
「うん。確かに」
 隣で梨子があっさりそう言って頷いた。
周りで、このチームの成り行きを見守っている人々も、頭を振って納得している。
「うげっ……」
 トオルは悔しさで、言葉にならない言葉を漏らした。
「確かに、こいつはバカだけど、勉強もしないで遊んでばかりいたお陰で、洞窟に関してはほぼ網羅してます。度素人のこいつを連れるなんて、ほんと足を引っ張られるとは思うんですが、地図が無いのでは話になりません。」
「バカバカ言うなドブス! だ〜れがお前達に洞窟の案内なんかするもんか! ふん!」
「瑠華さんも冗談すぎるぜ、足手まといになっても手助けになる分けがない!」
「確かにトオルの言う通りで、こいつは学園の受験に3度も落ちたバカで無能な奴で本当に足手纏いなんだけど……」
「てめーーー瑠華! 自分が一度で受かったからって偉そうな口利きやがって、エアーボードでオレに勝ったことなんて無かったくせに」
「ふん、あんたに合わせてあげてたのよ、今だって負けるわけないのよバーカ」
「何だとーっ」
「クソガキが! 勝負したいわけ? 何時でも受けてたつわよ!」
「やってやろうじゃないか! ドブス!
「じゃ、丁度いいじゃない。私たちこれから洞窟に入るんだし、勝負ついでに私たちの地図となって中を案内しなさいよ!」
「おう、やってやらぁーーーーっ!」
「男に二言は無いな!」
「あったりめえよっ! かかって来やがれドブス!」
 怒りで爆発したまま拳を高く振り上げて、青はふと考えた。
 あれ?
「はい。先生決まり! こいつを案内役として連れて行きます! いいですね先生」
「……まあなぁ」
 事の成り行きに木は苦笑いした。
 まんまと瑠華の策略に乗ってしまった青は、何が何だか分からぬまま、いや何かが可笑しいのには気が付いているが、今必死にクールダウンしようとしているが、この成り行きを理解できないでいた。
 勢いで案内すると言ったものの……。
 何かが違うような……。
「ほら、急いで荷作りして来なさいよ。三日分の食料は勿論、自分が必要と思われる物。そしてエアーボード。ただし、自分で持てる分だけよ、誰もあんたの荷物なんて持っちゃくれないんだから。ほら、早くして!」
「………」
 青は何が何だか分からない。
「まあ、しょうがないね認めよう。青君は未知数だなぁ。君の言う通り助けになるのかハンデになるのか、賭のようなものだね」
 木は笑って青を見た。
「何でい! どうせあんたのことだからオレのことハンデになるって思ってるんだろ!」
「青! 木先生に向かってそんな口効くんじゃないわよ」
「へん! いいんだよ! どうせもうおれは受験しないんだからな、オレにとって先生でも何でもないやい!」
 一瞬、瑠華の顔が曇ったのを見逃さなかった木だったが、手を叩いてその場の空気を変えた。
「とにかく、もうあまり時間が無いから青君は準備して来なさい。セザール先生には俺から話しておこう。みんなはもう一度装備の確認をして策を練ること。じゃ、一時間後に神殿前の広場に集合だ」
 その言葉を合図に、みんなそれぞれのチームで集まった。
そして、青もわけのわからぬうちに荷物をまとめに帰るのだった。
「莉空先輩……、これって……いいのか悪いのか……、超チームワークが悪いと思われるんですけど」
 恐る恐る梨子は莉空の顔色を伺ったが、意外にも莉空は笑っていた。
「地図が無いと話にならないからね。洞窟に詳しい者がいるとこっちも助かるだろう。シオもトオルもそれでいいね」
「足手まといになったときは置いてくらりゃいいんだ、どこかの店にホログラム地図くらい売ってるだろう」
「甘いわね、ここに精通してる青ならともかく、地図ですって? 地下何層にもなっている全部を網羅した地図なんてあるわけ無い。迷子になったら最後、探すのも大変だし下手したらここから出られなくなるわよ。だから渡したでしょう? 私たちだけの追跡装置、絶対落とさないようにね、アームの機械で各位置が確認できるから。序でに私と梨子とで他のチームにひとつずつ、鞄に追跡装置を入れて来たから、それぞれのチームの位置も確認できるってわけ」
「すごい!」 
 腕に付けている装置に目をやりながら、トオルの瞳が輝いた。
「流石、やるな瑠華先輩」
「このくらい他のチームも何らかの対策取ってるはずよ」
「そうだね、今回は殆ど実践に近いから気を抜かぬようにね。トオルと梨子はまだ任務に出たことないんだよね?」
「はい。シオ君は初めてじゃないのね?」
 梨子が尋ねた。
「ああ」
「僕と瑠華、僕とシオは一緒に任務にでたことあるけど、今回のチーム編成は殆ど初めての顔合わせだ。僕が言わなくてももうみんな心得てるだろうけど、特殊部隊と言うのはある意味チームワークがとても重要だからね、任務成功の鍵はそこにあると言っても過言では無いと僕は思ってる。実践はそう言う意味でも個々の能力がとても試される場となりうるんだ、みんなで頑張っていこう」
「はい」
「マイクはチャンネル3に合わせておいてくれ、僕ら7班のチャンネルだ。瑠華、青の分あるかな?」
「あるわ。ひとつ余分に持ってきてたの」
「じゃあ彼が返って来たら着けてあげてくれ、一通り彼にルールの説明をしたら……驚いた。早いね、もう来たよ」
「あいつは、何時だって遊ぶ準備万端だから、リュックには必要なものが普段から揃ってるのよ」
 瑠華は苦笑いしながら青を見た。
 みんなが振り向くと、頭には緑のゴーグル、手には愛用のエアーボードを、背中には黄色い大きなリュクサックを背負い、パンパンに膨らんだ荷物の中から収まりきれなかった黒猫のぬいぐるみ、マルの頭が覗いている。
 瑠華が近寄りマルに手を掛けようとしたとき、青がその手を振り払った。
「触んな」
「相変わらずこの小汚いマルを持ってんのね、あんた幾つよ」
 腕を組んで青を見下した。
「うるせっ、家を離れる時は必ず連れて行くんだ」
「可愛い」
 梨子が笑った。
「おいおい、こんな奴で大丈夫なんですか? 瑠華先輩!」
 トオルが不平を漏らす。
「なんだとぉ!」
「おまえと違って俺らはお遊びじゃない。この試験を機に本物の任務に就く事もあるんだ。真剣なんだよ!」
 イラッとトオルが言い返す。
「なんだ〜〜〜! オレにはお前を案内する義理はねぇ! 自分たちでとっとと行きやが……」
 その時、瑠華の拳がトオルの頬に鈍い音を立てて当たった。
誰もが驚いている間に、瑠華は青の耳を引っ張って仲間から外すように、遠くに歩いて行った。
「……痛って……、あの姉弟凶暴だな……」
 トオルは頬に手を当てながら涙目になっている。
「確かに……」
 梨子は笑って、気の毒そうにトオルを見た。
「僕の出番は無さそうだ。全部瑠華が仕切ってくれるから、今回僕は楽だなぁ」
 莉空が笑う。
「莉空先輩、笑ってる場合じゃ無いですよ。青君が案内を拒否したらどうするんですか?」
「大丈夫だろう。瑠華はああ見えてもかなり冷静に事を運んでると思うよ」
「そうかなぁ……、でも瑠華さんて見かけに寄らず気が短いんですね……しかも手が早い……、でも面白いのは青くんで、学園では美人で通っていて、人気者の瑠華先輩に”ドブス”なんて言えるなんて……、なんだか大物振りを感じます」
 梨子が羨望と驚きが入り交じった眼差しを、遠くにいる瑠華に向けた。
「おい、莉空、お前らのチームどうなってんだ? なかなか賑やかそうじゃないか」
 5班のリーダージロイ・アッシュがやって来て、莉空の肩に手を置いた。
 彼は灰色の髪で莉空と背格好も年も同じで、ふたりは良く似ているが少しばかり莉空をやんちゃにしたような笑顔で笑った。
 そして、ふたりの周りにチームのみんなが集まってきた。
「まあね、面白くなりそうだよ」
「余裕で笑ってやがる。でも今回ばかりはオレのチームが先に教官を捕まえてみせるぜ」
「言ってろアッシュ」
 莉空とアッシュは微笑み会った。
 彼等は幼い頃から一緒に勉学に励み、任務を遂行したり、又は時にライバルとしてチームを率いて実習に参加したりする同窓生だ。おまけに低学年の時からずっと寮の部屋も同じで、気心も知れていて親友と言って良いほど仲が良かった。
「お、シオ。相変わらず独りだけ次元が違う顔しちゃって、今回お前が俺のチームに居ないのは残念だな」
 シオは素知らぬ顔をして、腕の小さな機械をいじっていた。
「おーい、シオ無視すんなよ!」
「アッシュ、白々しく偵察に来るな」
 その繊細で大人しそうな容姿とは裏腹な、年上だろうが誰にでもぶっきらぼうに喋るシオに、今更みんな驚きはしないが、莉空にしろアッシュにしろ、間違いなく彼らがシオを可愛がっている事は確かだった。
「あれ? シオくんご機嫌ななめかな?」
「僕のチームをからかうなよアッシュ、自分のチームの心配でもしてろ」
「そうよ! 先輩ったら失礼しちゃう! 私たちじゃ不足だとも?」
 黒髪の女の子が膨れて文句を言う。
「そうだそうだ! 真由の言う通りだよアッシュ先輩!」
 十四歳の早手草《はやてそう》と、一つ年下の夕宇良《ゆううら》が抗議する。
「あ、悪りぃ、悪りぃ。シオとは回数こなしてるから慣れてるもんでさぁつい……あはははは」
「何が”あはははは”だよね、ちょっとばかしかっこいいと思って、何を言っても許されると思ってるんでしょ? 先輩」
「何の話だよ宇良」
「でもね、でもね、学園人気投票では莉空先輩が一位だったんですからね、ちなみにアッシュ先輩は二位でした」
「宇良、それ仕返しか? 始まる前からチームワーク乱すこと言うねぇ」
「先輩こそ!」
 それでも格別気にする風も無く、余裕で笑っているアッシュを、宇良は”可愛さ余って憎さ百倍”って顔で睨むのだった。
「アッシュ、おまえのチームも揉めてるじゃないか」
「違いない。でも負けないよお前には」
「うん。受けてたつさ」
 学園bPとbQの二人は、爽やかな笑顔で微笑み合うのだった。





 




BACK  TOP  INDEX  NEXT  




Copyright (c) 朱夏 All rights reserved.