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  スカイ・ポリス 〜国立特殊能力学園〜 

   ― 学園の怪人編 ―
   23. 深夜に忍び寄る影



 食事が終わって部屋に戻って来た青は、制服のまま北の窓際にある自分のベッドへダイブした。
 それぞれのベッドは互いの足を向けるように、十字の通路を挟んで区切られている。
 青が床に投げたバッグの中から、教科書も訓練服も飛び出して辺りに散乱した。
「散らかすなといつも言ってるだろう! それにお前、寝るのなら制服脱いで寝ろよ。皺になるじゃないか」
 トオルが注意するも、青は睡魔が襲ってきてもう返事どころでは無かった。
 ベッドへ突っ伏したまま、もはや眠りの国に行きかけている。
「うん……」
「訓練服とかシャツはランドリーボックスに入れると、朝には届けてくれるからちゃんと入れろよ。ここだから……」
 と、振り向いてピクリとも動かない青に言うが、既に全く反応が無かった。
「しょうがねぇなぁ……」
 トオルは部屋の隅に設えてあるランドリードアを開けて、青が床に落としたバッグの中から訓練服を取り出すと、ボックスの中へ放り投げた。
「――たく、世話の焼ける奴だ」
「放っとけよ」
 リビングのソファに腰掛けながら、トオルの様子を見ていたシオが言う。
「いや、おれは綺麗好きだから、許せないんだこういうだらしないのは」
「 じゃ、毎日おまえがランドリードアに、放り込むことになるだろうよ……」
 あっさりそう言い捨てて、シオは手にしているノート型端末に目を落とした。
「本当はあの制服も脱がしたいくらいなんだ……。朝になったらきっと皺だらけになると思うと許せない……」
 シオは口角を少し上げて苦笑いしたが、端末から目を上げることは無い。
「タイガは放課後ジムへ行ってるらしく、疲れているのかご飯食べたら即就寝……。まあ、彼は自分の洗濯物はちゃんと始末してるけどね」
「いいじゃん静かで」
「どうしてここの住人は部屋に帰って来るなりみんな寝るんだ? この部屋の者は協調性がなさ過ぎる。もっと会話しようよ」
 その時、シオが再び顔を上げて、じっとトオルを見て言った。
「トオル……おまえ、ウザイよ」
 トオルの目を見てそれだけ言うと、シオもまたソファから立ち上がってベッドルームに入って行った。
「何だよーーっ、おまえまで! もっと話をしようよ! 仲間だろう?」
 トオルの叫びは広いリビングで、無機質に木霊した。




 今、何時だろう……。
 青は突然目が覚めた。
 この暗さは真夜中には違いなかったが、月明かりが差し込む部屋の中で、青は何か違和感を感じた。
 だいたいどうして目が覚めたのだろう……、何か……何かを感じたような気がする……。
 しかし、しばらく目をパチリと開いてじっとしていても、物音ひとつしなかったので、青は再び眠る体制を作るべく仰向けになった。
 その時、――。
 薄っすらとではあったが、天井を何かの大きな影が横切った。
 それが人間なのか、生物なのか姿は見えないが、闇に何かが蠢く気配を十分に感じて、青の額に汗が浮んだ。
 誰か、――何かが居る?
 ゆっくりと、本当にゆっくりと頭を持ち上げて足元の向こう、シオのベッドを覗いたが、シオはちゃんとベッドに居た。
 それからトオル、タイガのベッドを見ても、みんなちゃんとベッドの中にいた。

 ――では、誰だ? 

 この気配は何なのだ――。

 この厳重なセキュリティの中、部屋に入って来る侵入者なんてあり得ない。
 金縛りのように、身体が凍てついて恐怖で竦むのがわかった……。
 喉が引き攣って痙攣しそうだし、指先から血が引くのがわかる……。

 その時、闇の中で影が動いた。


 やはり誰かが居る!


 そして……。
 ――こっちにやって来る!


 何かが、こっちにやって来る……!
 

 青は気づかれないようゆっくりと頭を下げ、暗がりの中で薄目を開けた。
 誰かの寝息がする中、衣擦れの音を立てて大柄な男の逞しいシルエットが、ベッドルームの入り口に立ち塞がったのを確認した。

 人間だ――、でも信じられないくらいとても大きい、そして暗闇で目が赤く光っている!
 なんだ?
 人間か? 
 魔物か?


 男は暫く入り口に立ったまま、辺りを見回して誰かを探しているようだった。
『もしかして……』
 青の予感は当たって、男はゆっくりとシオのベッドに近づき、そして、月明かりでシオの顔が確認しやすいように、窓辺に立って眠っている彼の顔を見下ろしていた。


 まさか……。


 血管が切れそうなほど脈打ち始めた青は、指が動くか確かめた……、 いつの間にか、指先は火がついたように熱かった。
 この感覚はあの時と同じだ……、大丈夫かも知れない……。


 しかし、失敗したら……?


 そう考えると、心臓が爆発しそうだった。


 でも、やらなければシオが危ない。
 男がシオに向かって手を伸ばそうとした瞬間、青は素早く起き上がり自分のサイドテーブルを両手で掴むと、男目掛けて力の限り投げつけた。
 そのテーブルは、男に逃げる隙も与えない程のハイスピードで直撃し、防弾ガラスをも突き破って、物凄い爆音と共に男を外へ投げ飛ばした。


 獣のよう巨体が闇に落ちて行く……。


「うわっ、なんだ、なんだ?」
 トオルの悲鳴に似た声がした。
 高層ビルの間を吹き抜ける風に乗って、割れたガラスが部屋の中や外へ雪のように散らばる中、青は窓際に駆け寄り男を確認しようとしたが、下の食堂の屋根に当たって砕けた サイドテーブルは確認できても、そこに男が落ちた様子は無く、ただ、パラパラと落ちてゆくガラスだけが、その更に下の地面へと続く暗闇の中へ吸い込まれ行った。
 しかし、それはガラスや金属片に過ぎず、男が地面に叩きつけられたような不快な音は、流石にここまで聞こえて来なかった。


 消えたのか……?


「何だ―――!!!」
 その轟音にみんなが飛び起きた。
 その様子を見ていた青は、彼らが熟睡していたことに始めて気が付いた。
 外からの強風で、室内にある教科書がヒラヒラとはためいている。
「何があったんだ?」
 タイガとシオは窓の近く、青の側までに駆け寄り外を眺めたが、トオルが部屋の明かりを点けて改めて部屋を見回すと、爆撃をうけたような惨状にみんなは呆然とした。
「なんだよこれ……」
「何したんだ? おまえ……」
 トオルとシオが交互に尋ねた。
「お前ら気がつかなかったのかよ……」
「何をだ……」
 みんなが一斉に発言した。
 しかも、青に非があるような明らかに怒った顔して、みんながじっと答えを待っている。
『これは不味いんじゃないか……? 誰も気が付いてなかったなんて……。』
ただ、ひとりだけぼうっと窓際に立ち尽くして、今度は額から出る冷汗を拭う青だった。
誰一人、男の姿を見ていないだろうから、どう言っても信じてもらえそうに無かったからである……。
「そうだ! おれトイレに行きたくなって目が覚めたんだった! ちょっと行ってくる!」
「てめぇ、待ちやがれ! 説明しろ!」
 シオが叫ぶも、みんなの怖い視線を避ける為、早足でトイレに駆け込む青だった。



 時計は夜中の三時を回っていた。
 学長室の明かりは煌々と灯り、先生方が出たり入ったり慌しかった。
 その横で、むっつりと草臥れた顔で、青ら四人はソファの椅子に座って、青の事情聴取の審議を確かめに、部屋に向かった先生方の報告が来るのを、じっとして待つしか無かったのだ。
「本当に居たのか? その変な男が……」
 凡そ信じられないと言った口調でトオルが尋ねた。
「おれはお前らが、あそこまで熟睡してることじたい信じられないよ」
 そして、青は大あくびをひとつした。
「……俺は、いったん深く眠りについたら、なかなか起きられないからな……」
「俺もだ」
 トオルの言葉にタイガも頷いた。
 黙っているところを見るとシオもそうなのかも知れないと青は思った。
「しかし……、あんな音がして一瞬で目が覚めたのに、その”男”を見ることも無かったぞ……。本当に、本当に居たのか? お前、夢でも見たんじゃないのか?」
「夢ーー? 夢だとーーっ? ……。夢かな……?」
 急に自信が無くなった青は、額に汗を掻くのを感じて頭を抱えた。
 前回もベッドで目覚めた時に、自分でも夢を見ていたと思ったくらいだ、今回もし本当に夢だったのなら、大変な事になる……、下手すれば退学ものだ……。
 瑠華の罵声が聞こえて来そうで、青はより不安になった。
「何言ってんだよ! お前、自信無いのか? 夢見てたなんて言うとぶっとばすぞ!」
 トオルが叫んだ。
「そう言われても、自信ない……」
「アホか……、防弾ガラスを割るほどの力で、テーブルを外へ投げておいて夢だと……?」
 タイガも呆れている。
「だよな……よくあのガラスを割ったものだ……。あのガラスが割れたの初めて見たぞ」そう言ってトオルは、タイガと顔を見合わせた。
 恐らく落ちこぼれのレッテルが貼られるつつある青の、未知なる能力がかいま現れた間の悪さの同情も含まれていた。。
「オレの側に立っていたって?」
 以外にも、シオは冷静な顔して青に尋ねた。
「うん。さっきも言ったけどさ……、最初はみんなのベッドを見渡していたんだ、そしてお前を見つけると近寄って、暫く側で立っていたんだ……。それで、おれは、もしそいつがテレポーターだと、お前に触れたとたん連れて行くんじゃ無いかと思って、そいつがお前に手を出そうとした瞬間、テーブルを投げつけたんだ……」
「それが、先生だったとしたら? どうするつもりだ」
「違うと思う。だって、そいつは異様に背が高く、上半身裸で肩は物凄い筋肉がついた逆三角形の体形で、背中に毛が生えているようだった……。そして何より目が……、暗闇で目が真っ赤に光っていた……。そんな、獣のような先生なんて居ないだろう?」
「確かに……。それに、この前の奴らとも違う……」
 その時、多分シオは青のことを疑っていないと、トオルもタイガも思った。
 それは、青の話しを真面目な顔して真剣に聞いていたからで、いつものシオだったらとっくにソッポを向いて、このソファで横になって寝ていた事だろうう……。
 何か思いあたることでもあるのだろうかと誰もが思った。
「うん。全然違うさ」
 思いだしても、ゾッとすると言ったように、青は珍しく顔を顰めた。
「どう思うシオ?」
 さっきから難しそうな顔をしたシオにトオルが尋ねた。
「いずれにしても、もうじき先生が帰って来ると解ることさ……」
 ここで考え事をする時の常で、シオはソファに深く腰掛けると、頭をヘッドにもたせ掛け、北の大地特有の繊細な彫り物が刻まれた天井を、見るとも無しにぼんやりと見ていた……。  


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