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  スカイ・ポリス 〜国立特殊能力学園〜 

   ― 学園の怪人編 ―
   21. 人工知能X−DD7




「私が今期、君らにバイオ科学を教えるスミエ・グラです。バイオ科学と言っても、まだ君らにはピンと来ないだろうけど、この授業では多細胞生物の細胞や組織の一部を人工的な環境下で育て、新しい生物や植物を作ったりします。あらゆる細胞の仕組みを理解してこそ、君らの能力にも貢献し、又は遺伝工学的にもとても重要である為、非常に研究が盛んな分野でもあります……」
 隣の青が大あくびをしたのを見て、トオルが机の下で足を蹴る。
『痛っ』
『真面目に聞け』
 声に出さずに口を動かした。
 しかし、数秒後、再び青を見ると口を開けて目を閉じていた……、今度は寝ている……。
 ため息を吐いて、トオルは前を向いた。
 ”バイオ科学”ってなんだぁ? くらいの知識しかない青は、さっぱり理解できない故に瞼が重く圧し掛かってくるのだ。
 しかし、そんな青など無視して教壇ではまだ三十過ぎの若い先生の話が続いている。
 彼は長年ここの研究室でバイオ科学の研究に勤しんでいる独りであり、若いにも関わらず国の代表として各国で講義を受け持つ若きエリートだ。
 そんな彼の話が聞けるだけでもありがたいのに、タイガに至っては机に突っ伏して寝ているようだし、確かに青で無くても難しい内容イコール退屈の方程式が成り立ちそうな、授業のひとつと言って過言では無さそうだった。
 午前中は主に国語、数学、社会、理科といった基本一般教育がメインで、午後になってそれぞれの実地訓練に入る。勿論、その中には体力強化を狙った体術や武術といったものも含まれる。
 トオルにとって評価をあげて主席で卒業すると言う事は、偉大な祖父そして父に認められることにもなるので執着はあるが、タイガを揺すり起こすほど勇気は無かった。
 ”まあ、今年一年様子を見るしかないな……、それで、このチームがどうしようも無いと思った時には部屋を変えてもらおう……”トオルは密かにそう思っていた。


「つまんねぇーーー、おれどうしよう」
「何が?」
 なんやかんや言いながら、次の授業が行われる教室へと、青と仲良く肩を並べて廊下を歩いているトオルであった。
「つまらな過ぎて、授業に付いていけない」
「だろうなぁ……、お前は野生児だからじっとしていられないんだろうよ……。しかし、聞きな。ここに入ったからには全てにおいてチーム分けされている。お前が頑張らないとみんなに迷惑かかるんだからな、わかってんのか?」
「一般科目は別だろう?」
「そう、別だよ。だけど一般教科も頑張らないと落第するよ。俺たちはどんどん進級して、お前は落第してそのままでもいいのか? 何時まで経っても卒業できないんだぞ」
「それは駄目だ! おれは早くスカイ・ポリスに入りたいんだ」
 青はふるふると頭を振って否定した。
「だろ? だったら頑張れ。ま、俺はおまえのことなんて別にどうでもいいけどね。迷惑さえ掛けられなければ」
「出た。てめぇの本音が」
「当然だろう。お前のせいで授業が始まる前から評価Dだぜ。怒らないほうが不思議だろ!」
 笑ってはいるが冷たい目線に、青は言い返す言葉が無かった。
「あいつらも怒ってんのかな?」
 前をそれぞれ歩いて行く、シオとタイガの後ろ姿を見ながら青が呟いた。
「さあなぁ、俺には分かんない。でも、いつもあんな感じだよな……、今までだってあいつらはあまり人とつるまない性格だから」
 確かにふたりとも朝から誰とも話していない……と言うか、誰もが気軽に話しかけられる雰囲気を持ち合わせてなさそうなのだ。
「青くんーー!」
 いきなり声を掛けられ振り向くと、そこには周梨子と青い髪の色をした可愛い女の子が、にこにこと微笑んで並んでこちらに来る所だった。
「やっぱり青くんだ。後姿がそうじゃないかと思ったのよね。次の授業は一緒なのね、よろしく」
「よろしくな……」
 青は照れながら挨拶をした。
「この子はスガ・ノノア私のルームメイトなの、よろしくね」
「こんちには」
 ノノアは恥ずかしそうに挨拶をした。
「こんちわ」
 青は元気よく挨拶をした。
「本当に入学したのね……、いきなりで驚いたわ」
「さっそくやってくれちゃったよねこいつ、入寮式では滅茶苦茶恥ずかしかったよ」
 皮肉たっぷりにトオルが言う。
「来たばかりだもの、ここのルールを知らなくて当然よ。それにあの実力を持っていて、今まで入学出来なかったって事自体、不思議でならないわ」
「何? あの実力って……」
「あ、そうか、トオルは先にここへ戻って来てたから見てないのね。青くんが公園の木を根こそぎ切り倒して、あの辺り一帯を崩壊したのを……」
「うそ……」
「本当よ。木先生も驚いていたんだから……」
「そうなのか?」
 トオルは驚いて確認するが、当の本人は惚けた顔で突っ立っている。
「いや〜余りにも非現実で、疲労で目が覚めた時、おれは夢だと思ってたんだよ……」
 それは青の本心で、今でもそうじゃないかとふと思う。
 だとしたらここに居る自分はとんだ場違いになるのだが、それについてはあまり考えてない。
 なぜならここに来たからには居座ってやるつもりだったからだ。
しかし心の中にはしばし不安が訪れる、なにしろあれからあの能力を使って無いからだ……。
「じゃあ、評価Dの分頑張ってチームに貢献しろよな」
「おう!」
 言うほどに自信は無かったが、元々前向きな性格ゆえ、そこは元気に返事をするのだった。


 やがてみんなは渡り廊下を抜けて、防御術が行われる広い講堂へと出てきた。
そこは教室と言うより、体育館のように広く中央は開いていて、壁に沿って椅子が並べられていた。
 窓は高い所にあって、ぐるりと囲まれた楕円形の室内の壁一面は、弾力性のありそうなエアーチューブのようなふわふわした素材が幾重にも張り巡らされていて、一体ここで何が始まるのだろうかと青は周囲を見渡した。
 ――が、暫くして50過ぎの少し小太り体形の、男の教師が入って来て徐に説明が始まった。
「やあ諸君、私が防御術の東《トン》リーインだ。ここでは自らの体内に発生する因子と気を張り巡らせて、防護壁を作る訓練を教える。最初は個人の強度に差はあるかも知れないが、完全防御壁が出来るまできっちり教えるつもりだ。これは今後、君らの活躍次第では無くてはならない物となるだろう。上級生はみんなこれをマスターして、上級試験をパスして行くんだ。馬鹿にするでないぞ。さあ、みんなお互いの手が届かないくらいに、間を空けて立ってごらん」
 教科書を椅子の上に置いて、みんなは早速辺りに散らばった。
 この教室というか広間には二十数人の生徒がいたが、それでも十分な広さだった。
「そして、両手を上にして手のひらの中に気を集中するんだ」
 教師が手本を見せると、生徒たちが後に続いた。
「先生! ”気”って何だ? 」
「おや……、君は……重形青くんか……」
 先生は青の胸にある名札を見、そして名簿を見ながら微笑んだ。
「おおすまんなぁ、君は今年からの編入生だったな、簡単に説明しよう。この世には陰と陽、マイナスとプラスという対になる、あらゆる物質に存在するエネルギーがあるんだ。それら元々合間見えぬ物質を、自らの体内で因子に作り変えて完全防御壁まで作り上げて行くのが、この授業の目的である。それは諸君らがこれから実践など、戦いの場に出て防御の要となり、身を守る鎧となり得る。上級に上がるほど試験では完璧を求められるので、今から気を抜かぬよう頑張りたまえ、わかったかな?」
「あーーなんとなく……」
 青は分かったような、分からないような苦笑いをした。
「急に言っても無理かな、初等科からの在学生はその辺り勉強しているが、編入生の君には難しいだろうね……、実践を繰り返しながら因子を作り出していく過程が理解できてくると思うから、取りあえずみんなのようにやってみたまえ。君の場合は急には無理だろうから、焦らずとも良い。ゆっくり頑張りたまえ」
「はい」
 青は素直に返事した。少なくてもさっきのバイオ科学よりは面白そうだと思ったからだ。
「さあ諸君! ではもう一度、手を上にして」
 東先生は良く通る大きな声で指示をした。
 そして彼の言う通りにできたトオルは、先生が自ら出した攻撃の”気”を身体に受けても、その場から微動だすることも、少しのダメージを受けることも無く、やり過ごすことができたのだ。
「トオルすっげぇ! これが防護壁と言うのか……」
「こんなの序の口だよ。俺たちは初等部から習ってるからね、先生も手加減してるし」
 そう澄ました顔で言う。
「先生は焦らなくて良いって言ってたけどさ、俺たちすぐ実践に向かうから焦ってでも防御壁はマスターしとかないと辛い目に遭うぞ」
「どういうこと?」
「俺らは誰を相手にすると思ってんだ? 超能力のエネルギーを躱(かわ)すことができるのは、唯一完全防御壁なんだ。それが完全であればあるほど身を守ることが出来る。強いては仲間もね」
「そっか、わかった! 頑張るよオレ!」
 意気揚々と返事する青だったが、それから手の平に”気”を集中することに専念しても、とうとう初めての授業では何も作り出すことができなかった。


 その日は、他に国語、社会、午後になって選択科目別でルームメイトとは別行動となり、武術の授業を受けて、寮に帰ろうとした所を立体映像の監視官に呼び止められた。
 ”彼”は空港で出会った案内係の男性版で、年も似たり寄ったり、しかし、短い金髪の髪の色をした青年で、スーツをびしっと着こなし、背が高くきりりと一部の隙も無さそうに見えた。
『重形青くん、教頭室で先生が呼んでます。一人で行けますか? それとも私が案内致しましょうか?』
「あ、おれいまいち場所が分かんないんだ、案内してくれる?」
『分かりました。それでは、私に着いて来て下さい』
 監視官は青がオートウォークに乗るのを確認して、同じように乗り込んだ。本当に生きているみたいに何から何まで本物っぽい。
『我々を見るのは初めてかな?』
 彼にそう尋ねられて、青は自分がまじまじと彼を凝視していたのに気が付いた。
「あ、ごめんなさい。いえ、初めてではないです。空港で……」
『空港か、あそこのバージョンはまだD−3NPだから、知能指数が低く道案内しかできないんだよ。そうじゃ無くて、君のいた地上にはいなかったのかい?』
「僕の育ったオリン岬はとても貧しい地区だから、ロボットとかはまったく見たことないです」
『オリン岬か、なるほど、あそこは犯罪も多い地区だ。私はX−DD7、正確にはロボットでは無いんだけどね、人工知能で僕らは動いているんだ。ほら私の頭を触ってごらん』
「え?」
 青が戸惑っていると、彼は頭を低くして触るよう促した。
 そっと触れて見ると、鮮明な彼の額の辺りの映像に指が通った瞬間、指が四、五センチ四方の何か硬い機械のような物に触れた。
 しかも、それは空中に浮いているようだ。
『それが私の”頭脳”なんだよ、それからこの映像が送られて来ている。その”頭脳”はバッテリーの寿命が切れる百年後まで動き続けられて、私たちは肉体を持っていないから視覚で見える映像はいつまでも若いんだ』
「すっげぇ!」
 瞳が俄然輝きだす青を見て、監視官は嬉しそうに微笑んだ。
『勿論、いつもバージョンアップされているから、そのうち二百年くらい生きることができるかも知れないよ』
 そう言って、悪戯に彼は微笑んだ。
「いいなぁ。面白いなぁ」
 ワクワクした目でDD7を見ている。
『君は良い子だね』
 監視官は再び微笑んだ。
「そうでも無いよ。ここに来る早々、喧嘩してルームメイトに迷惑かけちゃったしさ……」
『ああ、そうでしたね。映像見ましたよ。まあ、ここは若い男の子が沢山いますからね、喧嘩なんて日常茶飯事です。私が言うのも何ですが、気をつけてくださいね、私もそういう場面に遭遇したなら、映像を記録するようプログラムされていますから』
「そうなんだ」
『君が良い子だから、教えてあげました』
 相変わらず監視官は微笑んでいる。
「だから、おれは良い子なんかじゃ……」
 青は今まで”良い子”なんて言われたことが無いから、微笑む監視官の前で恥ずかしくて口ごもってしまった。
『着きましたよ』
 彼は教頭室のドアを開けて青を通してくれた。
『それでは青くん、また会いましょう』
「ありがとう」
 青は手を振ってさよならを告げると、教頭室の中へ入って行った。


 学長室ほど広く重厚では無いが、非情にシンプルでいて女性らしい教頭室に青は通された。
 教頭は何かの紙面から顔を上げて、青を見るとメガネを外した。
「そこにお掛けなさい」
ベージュ色の布張りのソファは柔らかで、そこへ座ると青はのめり込みそうにふかふかで広かった。
 教頭は書類を持ってやって来て、青の前のソファに浅く腰掛ける。
「今ね、君の編入試験の結果を学長と話していたんだけど、基本科目はまあすれすれ合格としても、肝心な社会科はいけないわね……。今、社会を理解しておかないと先に進んでも、全くついていけなくなると思うのよ。だから放課後、一時間ないし二時間くらい補修を受けて貰うことにしたの」
「ええええええええ」
「あなたの為だから」
 教頭は微笑んだ。
「毎日?」
「そう毎日」
 きっぱりと言う。
「ええええ、マジ?」
「教授方は忙しい方ばかりだから、X−DS6に面倒見て貰うわ」
「例の人工知能の?」
「そう。彼らは実態こそ無いけど、その知能においては抜群の能力を持っているのよ。あなたが初等科までの数式をちゃんと理解できたら、その時はX−DS6から連絡がありますので、いつでも直ぐに居残りは中止します。それともお姉さまに相談しますか? 彼女がOKならば私たちはそれでも良いですよ。瑠華さんはとても優秀ですから」
「ちっ、それだけはやめてくれよ」
「分かりました。それでは、この件はこれで、今日は疲れたでしょうから、明日の放課後から始める事にしましょう。頑張ってくださいね」
 話は終わったと言うように、教頭はソファから立ち上がって自分のデスクに座り直した。
 居残りと言う不名誉と、勉強という苦痛に打ちひしがれた青は肩を落として部屋を出ると、しょんぼりオートウォークに乗り込んだ。






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