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  スカイ・ポリス 〜国立特殊能力学園〜 

   ― 学園の怪人編 ―
   20. 食べ物の恨みは……自分を恨め




 校舎と寮のビルの間にある食堂は、まるで空中に浮んでいるように、両側から細長い通路で繋がっていて、おまけに天井がガラス張りだったので上からエレベーターーで降りて来ると、中の様子が丸見えで学生たちがざわめく姿が見て取れた。
 青たちを乗せたエレベーターは、丁度、その連絡通路を前に降りてきて扉を開けた。
 高所恐怖所の為に窓際を拒んでいる青は、どうしても通路の真ん中を歩くので、シオやタイガ、そしてトオルを従える格好になっている。
「何だよてめぇ、寄って来んな」
 肩が当たってシオが文句を言う。
「だから言ったろう! おれ高い所ダメなんだよ! なんでここはどこもここもガラス張りで、外が丸見えなんだよ! 」
「だからさっきから真ん中を陣取るんだな、エレベーターの中でも廊下でも」
 トオルがマジ顔で言った。
「なのにさ、こいついきなりおれを三千メートル上空まで連れていきやがって……おしっこちびるかと思った」
「チビったら、ボコボコだったな」
 平然とシオは言う。
「”血が出てる〜”って悲鳴あげていたのは、どこのどいつだ」
「シオが?」
 凡そ信じられないと言うような顔をしてトオルは彼を見た。
 しかし、その当の本人はその日二度目の頭突きを青にした。
「痛ってーーーーーーーーっ」
 再び頭を抱える青……。
「ニュアンスが違うだろうが……」
「どこがだよ! こら、てめぇ、待ちやがれ!」
 スタスタと先を歩いて行くシオの後を、叫びながら追う青を見ていたトオルが言った。
「なんかこのルームメイトやばくない?」
 何気なく言った一言に、タイガの目がチラリとトオルに注がれた。
「トオル、お前が言うか?」
「……え?……」
 タイガは真顔でそう言って先に進み、どう考えても意味がわからないトオルは、ルームメイトの後姿を再び見送るのだった…。


 食堂の天井はガラス張りで、青が想像していた通り茜雲の隙間から、夜の帳前の星が瞬いているのが見えた。
 ”うっひょ〜、中から見ると空中でご飯食べてるみたいだ! 怖いけど楽しいや〜”青が空《うえ》を見て感嘆してると、横から制服を引っ張られた。
「早く着席しろ、田舎者」
 トオルにそう言われて渋々席に座る青だったが、まだ辺りをキョロキョロト見回している。
 ここでは学年別に長いテーブルがずらりと並び、部屋ごとに向かい合わせで座るよう配置されていた。
 正面には横に先生方がズラリと並んでテーブルに着いていて、学者肌っぽい先生から曲者の風な教授まで揃っているが、中にはスカイ・ポリスの制服に身を包んだ木や、他の実践担当の先生が数名いた。
 全員が着席すると壮観で、どこに誰がいるのかさっぱりわからない。
「そう言えば、おれは編入生だけど、おまえらも寮の部屋は変わったんだよな?」
 青が隣の席で澄まして座っているトオルに尋ねた。
「そうだよ。学年があがるにつれ部屋の階層も上がるんだ」
「面倒だな、毎年上に移動だなんて」
「しょうがないよ、やはり上層階は見晴らしがいいし、何より上級生が下級生に見下ろされるのは面白くないからね」
「ああ、さっきの奴らみたいなのが文句を言いそうだ」
「まあ彼らみたいなのは稀なんだけどね。ここでは能力がものを言う世界だから、本来はお互いを尊重し合うからみんな仲は良いんだよ。十歳以下の子だって物凄い能力を持ってる奴なんかいるしね、侮れないんだ。それに上級生が下級生の面倒を見るプログラムもあって、十二歳初等科の6年生になると、カリキュラムで上級生との訓練が開始されるんだよ。持ちつ持たれつ皆そういう風にして次のステップに進んでゆくんだ」
「なんだ、だからみんな知り合いなんだ」
「カリキュラムで一緒になったことがない上級生でも、校舎にあるカフェテリアやこの食堂は同じだから、少なくとも顔は知ってたりする」
「だからおまえは瑠華や莉空さんを知ってたんだな」
「――と言うか、俺を知らない奴はいない?」
 トオルは眉を上げてニヤリと笑ったが、青はその意味を理解できない。
「なんで?」
 真顔で聞かれて、”世界銀行の創立者の孫を知らない奴がいないわけ無いじゃないかと”口に出したいほど呆れたが、所詮このバカに説明してもピンとこないだろうと思うとすっかり諦めた。
「めんどくさい、もういいから、おまえは百年死んでろ」
「なんだよーっ、さっきまで親切に教えてくれてるのかと思ったら……」  
 その時、丁度壇上に学長が上がって行くのが見えたが、青は話を終わらせるつもりはなく、真顔でトオルを見て言った。
「トオル……、おまえってさ、良い奴なんだか悪い奴なんだか、わかんねぇ奴だな……」
「そっか?」
 学長が壇上に立つと生徒から拍手が沸き、横で微笑みながら手を叩くトオルを見やった青は”ちぇっ”と言うと、つまらなそうな顔して前を向くのであった。
「学生諸君、今日は移動日で大変だったと思う、特に一年生、新しい寮はどうかね? 大部屋だった初等科とは違い、四人部屋になってずっと快適さが増したと思う。君たちはこれからより専門的、より本格的な訓練が始まるが、それは今回のルームメイトとのチームワークに関わってくるんだ。現在のルームメイトは各部屋の能力、力を総合的に見て均等になるよう配慮されている。特別授業以外チームは変わることが無く、ほぼ今のメンバーで授業が進むと思ってくれたまえ。まあ、今更私が言わなくても知っていると思うので、上級生は新入生のサポートをよろしく頼むよ。厳しい訓練が続くだろうが、みんな目標を持ってここに来た勇士たちと思っている。挫ける事無く頑張ってくれたまえ。とにかく、入学、進級おめでとう」
  学長がそう言って手を挙げてながら頷くと、満場の拍手が鳴り響いた。
 そして、大勢の給士係が一斉に厨房から現れたかと思ったら、テーブルに料理の皿を置き始めた。
 次から次へと並んだ料理は美味しそうな丸焼きの肉だったり、揚げ物だったり、とにかく青が見たことも無いような、凄く豪勢で食欲をそそる料理に違いなかった。
「みなさん!」
 青が料理に見惚れている間に、学長に代わり四十過ぎの女性が壇上から笑顔で生徒たちを見下ろしていた。
「教頭のオロンです。早くお食事をしたいのは分かりますが、配膳が終わるまでの間、少し話を聞いてくださいね。新入生の中には編入生も何人かいますので、注意事項を言っておきます。先ほど、早瀬学長が言われた通り、ルームメイトはそのままチームメイトに直結します。能力以外の基本科目は別としても、その他は全てチームの得点となって成績に考慮されます。校内での喧嘩、能力の使用は禁止、もし、違反した者がいれば即刻罰の対象となり減点されますので、みなさん気を付けて下さい。それでは、私からの話はこれで終わりです」
 言い終わるか言い終わらないかのうちに、みんなは目の前の豪華な食事を前に再びどよめいた。
「すっげぇなぁ! これ、どんだけ食べてもいいのか?」
「あたり前だ」
 トオルが静かに言ったが、前の席のシオとタイガはさっきから黙ったままで、フォークを取ろうともしない。
 しかし、初めての料理を前にそんなこなどかまってられない青は、皿の底が見えなくなるまでてんこ盛りに食べ物を乗せている。
「なんだ? 食べないのか? おまえら」
 その時、再び壇上に戻ってきた教頭が言った。
「あーーー、すみません。言い忘れましたが、二年生の重形青、リグラス・シオ、ナイガ・トオル、セド・タイガ、そして四年生トロエ・ミキ、ハナリ・コウ、マツウラ・タカシ、マイエ・ラーティン、起立なさい」
 ホール全体がどよめいた。
 口笛を吹いて、煽る者もいる。
 そして、四年生のテーブルでミキたち四人が、二年生のテーブルでシオやタイガが、仏頂面してダラダラと立ち上がった。
「え? なんだ?」
 食べ物を前にして一向に立ち上がろうとしない青の襟を掴んで、トオルが無理やり起立させた。
「なんだよ?」
「そんな気がしていた……」
 タイガとシオが諦め顔で青を睨んだ。
「どういう事?」
 青は立ったまま、まだしっかりフォークとナイフを握っている。
 そして、みんなの視線が何時しか映し出された、上空のビジョンに釘付けになっていた――。
 そこには、今日の午後ミキを蹴飛ばした映像が、ばっちり立体映像で流されていた。
「すっげぇ! 何この映像! 立体映像だ!」
「おまえ、喜んでる場合じゃないぞ!」
 ざわつき始めた場内を見回して、トオルが諦め顔で言った。
 そして、映像はさっきのエレベーターの喧嘩に移り、シオに羽交い絞めされた青が写しだされた。
「……もしかして……まずくねぇか?……」
 嫌な予感が頭を掠めた青は、呆然と映像を見ながら呟いた……。
「ちゃんと話は聞いていたか……流石のお前も、理解できたろう……」
 前に立ったままのシオが、これ以上ないほど冷たい目をして青を見ていた。
「この者たちの所業により両チームの評価Gは免れません、そして今夜の食事は抜きです。即刻退場なさい」
 教頭が壇上の上で高らかにそう告げると、やんややんやの野次馬喝采であたりは歓声に包まれた。
「まじかよーーーーーっ!」
 みんなが注目する中、テーブルを離れるシオとタイガに続いて、トオルも出て行こうとしたが、何時まで経ってもテーブルを離れようとしない青の首根っこを掴んで、ズルズルと引っ張って行く。
「おまえ、ナイフとフォークを離せ、みっともない!」
「まじまじまじ? 飯食えねぇの〜? あんな豪勢な食事なのに…… 」
「自業自得だ」
 入り口に居た寮監が気の毒そうな顔をして青を見た。
 彼女は青が再びミキたちと喧嘩しないよう見張りも兼ねている。
 青から取り上げたナイフとフォークを彼女に渡したトオルは、まだ青の首根っこを掴んだまま、シオとタイガが乗り込んだエレベーターに慌てて飛び乗った。
「マジかよ……まじまじ? 食い物の恨みは恐ろしいんだぞ……」
「自分を恨め! お陰でおれたちまで巻き添えを食ったんだぞ!」
「悪かったよ〜、だってさ、あいつらがバーディー・バーディーをからかうからムカついたんだ! 今晩の食事を一番楽しみにしてたのはおれだよ〜! 二度としないと誓うから……」
 あっさり自分の非を認められ、涙目で許しを乞われたらトオルとて、それ以上何も言えなくなってしまった。
 シオは青に背を向け外の景色を見ていたし、タイガは腕組みして黙ったまま目を閉じている、ふたりに関して今の状態が怒ってるんだか無いのか、まだ良く彼らを知らないトオルにはわからなかった。
 ”まあ、普通は怒るよな”そう思ったが、この険悪な空気漂うエレベーターの中で、言葉にする勇気はないトオルだった。


 やがてエレベーターは彼らの部屋がある二十七階に着いて扉が開いた。
 シオとタイガは先に部屋へと歩いて行ったが、トオルは青を連れてこの階にある広いレクリエーションルームへと歩いて来た。
 ここは休憩室みたいなもので、大きなテレビジョンや幾つものソファ、端末機、そして壁には自動販売機がずらりと並んでいた。
「お前お腹空いてるんだろう?」
「うん……」
「こんな時は、ここで買うことができるんだ。メニューがあるだろう、このメニューボタンを押して、センサーに手をかざせば数秒後に暖かい食べ物が出てくる。何食べたい?」
 サンドウィッチからハンバーガー、パスタ類から緬類、揚げ物、ほぼ普通の食べ物をこの機械は網羅しているようであった。
「ハンバーガーかな……」
 トオルはハンバーガーのボタンを四個押して、機械に自分の手をかざした。
「いいよ、おれがおごるよ」
 流石に申し訳ないと思った青は、トオルに申し出た。
「別にこれくらいどうってことないさ、おれ金持ちの坊ちゃんだし」
 そう言って、トオルはニコッと笑った。
 普通ならムカつくところだが、なんだか今は腹が立たなかった青である。
「ほら持ってな……」
 トレイの上にバーガーを四つと、チキンやポテト、それにジュースをそれぞれ四個ずつ、食べきれないほど次から次へと載せている。
「もういっか……早く帰んないと、あいつら先に何か食べるかもな」
 そう言って、最後のジュースをトレイに乗せ終える。
 当然、それを持つつもりなど全く無いトオルは、ポケットに手を突っ込んだまま青の前をスタスタと歩く。
「おまえいい奴だったんだな……」
 後ろからそう声を掛ける青は、目には涙を溜めて鼻水をすすっている。
「おまえ、汚いなぁ! 鼻水垂らすんじゃないぞ!」
「うん……」
 そう言いつつも、ズルズル音を立てている。
 まあ、両手が塞がってるからどうしようも無かったが……。
「まあなあ、しょうがないか……おまえとは腐れ縁だし」
 ”――と言うか、こいつには命を救われたんだし……感謝はしているんだぜ”トオルはふとそんな事を思った。
 あの洞窟から海への脱出で、始めて”死”が間近にあることを知り、そして底知れない恐怖も感じた……。
 なのにあのピンチをこいつは飄々《ひょうひょう》と切り抜けた。
 そう、なんだか生きることに関して、こいつは羨ましいくらいにとても逞しいのである。
 トオルの顔に思わず笑みが零れた。


「あ……」
「何だよ……」
 嫌な予感に、先に歩いていたトオルが振り向いた。
「鼻水が落ちた……」
「おまえ! 食べろよそれ! 落ちたやつ、おまえが食べろよ!」
 誰もいない長い通路で、トオルの悲鳴に似た甲高い声が木霊した。    






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