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  スカイ・ポリス 〜国立特殊能力学園〜 

   ― 学園の怪人編 ―
   16. 飛行艇に乗って




「じっちゃん! じゃあ行って来るよ!」
 青は神殿の執務室で、橘神官と禰宜(ねぎ)、そしてセザール先生を前にして挨拶をした。
 国立特殊能力学園から、二週間前に正式な入学許可証が送られて来て、それまで半信半疑だった青に明確な希望の光が灯ったのだった。
 今日は学園に旅立つ日に相応しい晴天で、輪郭をプラチナ色に輝かせた入道雲が、もくもくと沸いては青い大気に消えて行く。
 そんな輝かしい朝だった。
 青の横に並んで立っていた瑠華は、執務室の窓からそんな空を眺めながら遠い過去を思い出していた。
『……そう言えば、私たちがここに来た日も、目が覚めるような青い空だったっけ……』青はまだ幼くてあの頃の記憶は全く無さそうだが、それが良かったのか悪かったのか、今の瑠華にはまだ判断のしようが無かった……。
「頑張って学業に励むのじゃぞ」
「まかせとけって、じっちゃん! おれ偉くなってじっちゃんや禰宜、セザール先生を守ってやるから!」
 その言葉に普段はとても厳しい禰宜とセザール先生は涙ぐんだ。
 手を焼かされた子ほど可愛いものだ……。
「瑠華もわざわざ青の迎えにここまでご苦労じゃったのう、お前も元気そうで何よりじゃ」
「神官さま、今まで本当にありがとうございました。これからは二人して精進して参ります」
「何を言うのじゃ、これまでもこれからもワシはお前らの後見人じゃからの、何かあったら何時でもここに戻って来るがよい」
「じっちゃん、おれはちょくちょく帰って来るからな、瑠華は恩知らずだからちっとも顔見せなかったけどな……」
「何を言ってるんです、毎月ちゃんと連絡を入れて来てましたよ、あなたの様子を伺う為にね」
 セザールが瑠華を庇って言った。
「え?」
 先に学園に上がった瑠華は、何となく青と顔を合わしづらかったのだ、何時までも経っても青は受験に受からず、能力も一向に開眼しない……、半ば自棄になりつつある弟に、面と向かって掛ける言葉が見つからなかったのだ……、だからそっとセザールに連絡を乞うていた。
 隣で背筋を伸ばして真っ直ぐ立っている姉を青はチラリと見た。
 しかし、何時もとは違うおちゃらけ無しの無表情で、あまりにも淡々として立っているので、なんだか今日は拍子抜けするのだった。
「さあもうお行きなさい。飛行艇に乗り遅れますよ」
 セザールは時計を見た。
 午前八時半を少し回った所だ。
 三人に見送られながら、瑠華と青は深々とお辞儀をして執務室を後にした。


「お前らさぁ、いいのにこんな所まで見送りに来なくても」
 みんなには学校で一通り挨拶をして別れたものの、空港までセイと誠、竜二までもが見送りに来てくれた。
 何時もならエアー・ボードで走る距離だったが、今日は瑠華が迎えに来ていたし、空港の中までエアー・ボードでは入りづらかった事もあって、みんなでメトロに揺られてやって来た。
 しかし、メトロの中でも元気良く振舞ってはいたが、それでもいつもと比べてみんなの口数は少なく、空港に着いてもどことなく表情は沈んでいた。
 巨大空港の一角、ガラス張りの天井を飛行機が縦横無尽に飛んで行くのが見えた。
 ここからはシリウス流星群にある惑星まで、飛び立つ長距離の飛行艇が出ているせいもあって、大勢の人でごった返していた。
 空港内には幾つものレストランや売店が数多くあって、迷子になりそうになる。
 アナウンスは浮島にある”学園都市”第二ターミナル行きの、登場案内をし始めた。
「青、もう行かなきゃ……」
 瑠華が静かに言うと、青は頷いた。
「みんな元気でな」
「青も、頑張れよな! あんなへなちょこ軍団に負けんなよ」
 竜二がニヤリと笑った。
「おう! 任せとけっ!」
「たまには帰って来いよ」
 セイは微笑んで言ったが、その横で誠が泣き出したので、微妙に表情が崩れて泣き顔になった。
「何だよ誠……、セイまでさ……」
 そう言う青も又、涙を浮かべている。
「寂しいよう青……」
 セイが本音を漏らすと、青も誠も、竜二までもが泣き出した。
「あんたたち! いい加減にしなさいよ! 男の子でしょうが、今生の別れでもないのよ、メソメソ泣かないの!」
 瑠華はそう言って、俯いたみんなの頭を小突いて回った。
「痛てーよ姉ちゃん!」
「それに、忘れてないでしょうね? これからが大変なのよ、入学しても厳しい授業に付いて行けずに辞めて行く子だっているんだから、あんただって何時ここへ戻ってくるかも分かんないのに」
「縁起でもないこと言うなよ」
「事実を言ったまでよ、だから寂しいだなんて言って、ここでビービー泣いてる場合じゃ無いってこと!」
「相変わらず瑠華は厳しいなあ……」
 竜二が苦笑いした。
「でもさ、俺らも分かっていたさ、何れ青は学園に行くだろうって……」
 みんなが頷いた。
「なんでさ?」
 驚いた顔して青が尋ねた。
「 何となくさ……、そんな予感……て言うのかな」
 そのとき初めて竜二とセイ、誠が一緒に微笑んだ。
 青が涙を溜めた顔で微笑み返した時、最終搭乗案内のアナウンスが流れた。
「じゃあ、行くよ青。みんなも元気でね」
「うん、瑠華姉ちゃんも! 憧れの制服姿見せてくれてありがとう」
「どう言う意味よ竜二」
「だって、滅多にNSAPの征服って見られないんだぜ、しかも女性徒の制服なんてさぁ、写真撮っていい?」
「ーーーたく! あんたは、エロおやじか! 行くよ青! あんたがバカなのはこいつらのせいだってやっと分かったわ」
「そりゃないよ瑠華姉ちゃん!
「じゃあね、小僧たち」
 瑠華は三人に手を振ると、何時まで経ってもそこを動こうとしない、青の首根っこを掴んでゲートを潜った。
 チューブの中の歩道に乗ると、さっき通って来たゲートはあっと言う間に小さくなって、三人の姿は見えなくなった。
 瑠華がチラリと青の顔を見ると、こらえ切れずに大粒の涙をぼろぼろ零している。
 確かに気が付くといつもセイや誠は側にいたし、竜二さえ幼少の頃からの同窓生で、兄弟のように喧嘩したり笑いあったりして仲良く育って来た。
 彼らが別れを悲しむのが分からないでもない瑠華だったので、先立って飛行艇に入ると席を探して窓際を譲る。
「青、隣には誰もいないみたいだからリュックは席に置いたらいいわ」
「うん……」
 まだセイたちを探しているのだろうか、 向かい合わせの席で、青は外を見ながら虚ろな返事をした。
 この飛行機《ふね》は高速船では無いが、ほんの三十分ほどの飛行時間で第二ターミナルに着く。 そして、現実でありながらとても非現実な場所に足を踏み入れる事になることを、嫌でも青は自覚するだろうと思うと、怖いようなわくわくするような不思議な高揚感に胸躍らせる瑠華だった……。
「いい加減にしなさいよ青、あんたそんなに泣き虫だったっけ?」
 声こそ出さないが、一生懸命こらえても溢れ出る涙が止まらない青を、半ば呆れながらも瑠華は持っていたハンカチを渡した。
「うるせぇ……」
「そろそろスイッチ切り替えなさい。直ぐに学園都市に到着するわよ、そしたら目が覚めるほど驚くようなことが沢山あるんだから、泣いてなんかいられないわよ。第一、今日はルームメイトとの初顔合わせでしょう? そんな泣き顔で会うつもり?」
 青は瑠華に渡されたハンカチでごしごし顔を拭った。
「誰と一緒か知ってる?」
「知らない……」
 瑠華は青が目を合わせないことを尻目に、さぞや驚くだろう青の顔が浮んで、密かにほくそ笑んだ。
「誰か知ってるのか?」
「知らないわよ」
 それは嘘だったが、ここでは思い切り惚けた瑠華だった。
「十三歳から本校に校舎を移すことは聞いてるでしょう? 高等部までの六年間は全員同じ寮、そして同じ校舎を使うのよ。部屋もほぼ同じ面子で六年間過ごす事になるだろうから、ルームメイトとは仲良くしないと、きつい学園生活を送る事になるわよ」
 良く見ると、周りには学園の真新しい制服に身を包んだ、新入生と見られる生徒が何人かいて、一様に緊張した面持ち、或いは期待に胸を膨らませているかのように、高揚した顔で両親と思しき人と話をしていた。
 青は私服だったが、身の回りの物は瑠華が揃えて既に寮の部屋に置いてある為、今日は夕刻のディナーを兼ねた入寮式と、ルームメイトとの顔合わせだけだったので、一旦部屋に戻って着替えても十分な時間はあった。 
 飛行艇が静かに浮き上がり、徐々に速度を増すにつれ、神殿があったオリン岬はあっと言う間に、模型のように小さくなって行った。
「今日は正式な部屋の移動日だから、賑やかだと思うわよ」
「え? だって六年間一緒じゃないのか?」
「初等科を卒業した子は今まで学んでいた校舎や寮を出て、新しくこちらに移ってくるのね。私が今年移動したのは三年生と四年生の変わり目、つまり三年に一度はルームメイトの見直しがあるのよ。勿論、上手く機能している部屋はそのままだけど、中には不協和音奏でる部屋も当然あるわけ、そんな人たちの為の見直しとも言っていいかしら……。新入生は今まで初等科から一緒だったみんなも、より専門的にバランスよく部屋を配置されるのよ。そして上級生になるほど寮の部屋は上層階に移るから、この時期は毎年大移動で大変なのよ。単に下級生が上の階になるのが癪なだけの風習みたいなものだけどね 」
「何? 機能って?」
「私たちは隊を組んで戦闘、移動するでしょう? 何よりもチームワークを重視するわけ。その訓練と言うか、将来の為にも今の内から仲間意識を強めることが目的なのよ」
 青は分かったような分からないような、どうでも良さそうな顔をしていた。
「まあ、今からそんなこと言っても無理よね。とにかく、一生懸命勉強することね、あなたは既にみんなから数年遅れを取ってるんだから」
「うん。任せとけって姉ちゃん! おれ直ぐに追いついてみせるさ」
 そう言って窓の外を見る、さっきまでの泣き顔にもう涙は無く、決然とした微笑さえ浮かべて、漏れてくる太陽の光に目を細める青を見て、瑠華はもうどんな心配もしていなかった。






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