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4.  my home of the cape  


「何よー、驚いちゃったわよ。昨日、あなたの家に電話したら、家政婦さんが出て『千寿さんはここには居ません』って言うんだもの、どこに居るんですか?って聞いたら『高石の家の方に居ます』って、それどこよーって感じ?」
まりあは五番アイアンをゴルフバッグに仕舞うと、ベンチに腰掛けミネラルウォーターを一気に飲み干した。
ボーイッシュな短い髪の毛が汗で顔に張り付いている。
「あの家政婦感じ悪いんだもの、それ以上聞けない頑なさがひしひし伝わってきたわ」
「あの人はあんな人なの、あくまでも祖母に忠実なんだから・・・、でもどうして携帯の方に電話くれなかったの?」
「『電源を切ってます』って・・・」
憐と病院に居た時に掛かって来たのだろう。
 うだる暑さは日々増して校舎が落とした影も濃く、練習場の簡素な日除けは飾りに過ぎず、白いポロから出た腕に刺す陽はちりちりと痛かった。
別にプロを目指してるとか、部活に燃えているという分けではないが、取り合えず三年生と言うことで秋の県大会に向け練習を励んでいた。と、言っても私やまりあは相変わらずの練習嫌いで、スコアは練習量に比例してアップダウンが激しすぎたし、コーチは有能な下級生の側から離れて、なかなかこちらにやって来てくれなかった。
「高石って、もしかして千寿の前の姓?」
今の私は母方の神谷を名乗ってる、二年前の初夏、風が甘く香る頃転校して来たので誰も昔の姓を知らない。転校の理由には神谷の姓を継ぐ者がいないからと、仲の良い友達にも簡単にしか説明していなかった。
「まりあには前に言ったけど、父の死後義母と折り合いが悪くて私は高石の家を出たでしょう。その義母が交通事故で亡くなって、下の弟がまた帰って来てって懇願するのよ、夏の間だけは居ようかとも思ってるんだけど・・・」
 その日のノルマ五百球を漸く打ち終えた私は、まりあの横に腰掛けてこめかみを伝う汗をタオルで拭った。
碧空に、バルーンのような入道雲が沸き立っている。
「でも、どう考えたってそっちの方が楽しそうじゃない」
悪戯にまりあは目を細めて笑った。
 まだ二年余りの友達だが、さっぱりとした気性や興味の類似点がふたりを急速に近づけた。互いの家族を安心させる為、週三日の夏期講習に通っているが、女子大まで一緒に進む約束ができていて、普通に勉強していれば推薦入学で入れるから、結構お気楽な毎日なのである。
 私たちは練習を終えると、シャワーを浴びてさっぱりした後、近くのカフェテリアで軽いランチを取っていた。
「ここで鉄生と待ち合わせしてるんだ。旅行に行ってる兄貴の車乗り回しているのよ、車の免許取れたばかりではしゃいじゃって」
白井鉄生は同い年で、まりあの幼なじみであったが、最近彼氏に昇格した。
「鉄っちゃんてば余裕じゃん、将来有望選手はクラブから引っ張りだこなんでしょう?どこ行くかもう決めたの?」
サッカーをやっている鉄ちゃんは、前年度の国体優勝チームの要となった中心選手で、今からプロへの誘いが後を絶たない。本人はいたって呑気で毎日遊び呆けている。
「ぜんぜん、ミュージシャンになりたいとか呆けたこと言ってるし、」
「冗談でしょう?」
思わずジュースを噴出すところだった。
 確かにギターは昔から弾いていたらしく、友達の助っ人でバンドに入ってライブハウスで演奏したこともある、まりあと見に行った事があったが、確かにそれも悪くはない。
「さあ、どこまで本気なんだか」
まりあは眉間に皺を寄せつつ、笑って言った。
 以前、彼氏がステージで女の子たちに騒がれているの見てどう思う?って聞いたことがあった。その時まりあは『みんなを出し抜いてるっていう優越感はあるけど、演奏している時のアイツはきっと私のことなんか頭に無くて、私を見ていない時の視線はどこまでも遠く、置いてきぼりをくったような悲しい気持ちになる』って言ったっけ、何事にも一生懸命没頭してるときは美しいではないか、そんなときにいちいち女のこと何ぞ考えてる方がどうかしている、それはきっとサッカーにしろ何にしろ、総てのことに言えるだろう。
 青いチェックのテーブルクロスに木漏れ日が揺れていた。
ビルに面した中庭は、頭上を覆う楓の樹か木陰を作ってはいたが、アスファルトから沸き立つ熱気には勝てず、涼を求めてみんな室内に非難していた。
「よう、」
寝起きだろう、いつものきりりとした瞼を腫らした鉄ちゃんが、端正な顔に焼けた肌をより引き立たせる白いTシャツ姿で現われると、その容姿ゆえか知名度ゆえか、周りの視線を十分集めてやって来る様子は、他人の彼氏ながらテーブルで待つ私たちは本当にちょっとばかり鼻が高い。
 これから世に出る人は、すでに取り巻くオーラが違うと思う。まりあの隣に座ると鉄ちゃんはアイスコーヒーをオーダーした。
「暑いよなぁ、あんたらよくやるわ、何好き好んでこんな暑い中、クラブなんてマジやってんのさ」
「鉄生の方こそちょっとばかりプロから誘いがあったって、いい気になってんじゃないの?練習休んで遊んでばかり」
まりあも厳しい。
「誰かが言ってたろ『サッカーばかりが人生じゃない』って、」
「バカ、それはプロが言って様になるのよ、あんたみたいなシロウトが言ったって何の説得力もないわ」
ふたりのやり取りは、まるで私と憐の会話に似ていて、いつも対等で憎まれ口が多かった。十数年の付き合いとくれば、お互い良い面悪い面総てが見えていて遠慮がない。
 鉄ちゃんは、運ばれて来たアイスコーヒーを美味しそうに飲んだ。
「車で来たんでしょ?千寿を送って行ってくれない?」
「いいよ」
何でもないことのように肩を竦めた。
「いいのよ、今岬の家に居るから遠くなるし」
「岬って?」
何も知らない鉄ちゃんに、まりあが事の顛末を簡単に説明した。
「ドライブがてら、いいじゃん?どうせヒマだし、」
相変わらずにこにこ笑って、コーヒーを飲み干した。




「わぁ、絶景じゃない!こんな所に住んでいたの?」
車を降りるなり湾曲した水平の彼方にまりあは目を細めた。
 高い樫の樹がざわざわと揺れる午後は、眠た気にまどろむ静かな空間がそこにあった。
「お、良い波が立ってる、サーフィンできるじゃん」
青いサングラスを頭に乗せた鉄ちゃんは、羨ましそうに感嘆した。
「とにかく入って、冷たい飲み物でも出すわ」
風の通りを良くするため、玄関の扉は開いており、中からTVの音が聞こえていた。
「お帰り、あらお友達?」
菊はテーブルで梨を剥いていて、まりあたちに気がつくと微笑んだ。
「送ってもらったの、級友のまりあとその彼氏の鉄ちゃん」
「お邪魔します」
ふたりは少し照れくさそうに挨拶を返すと、進められたまま椅子に腰掛けた。
「丁度良かったわ、これお食べなさいな、庭で取れた洋梨だけど今年のはとても甘いのよ、憐が食べたいって言うから剥いたんだけど、千寿、起こして頂戴そこで寝ているから」
菊の目線を追うと、奥のソファで憐は寝ていた。
 余程このソファが気に入っているのか、いつもここで猫みたいにくたくた眠っている。
熟睡しているのは規則正しい寝息で分かった。
「起きなさい、梨が剥けたって」
私は膝小僧で憐の脇柄を突っついた。
やがて、薄目を開けた憐は私に気づいて顔を顰める。
「だから助骨も折れてたんだってば、蹴り入れることないだろう・・・」
横になったまま、ぶつぶつ言っている、私はそれに取り合わずテーブルに戻ってきたが、まりあは興味津々、置き上がる憐の様子を見ている。
「美形じゃん」
まりあが驚いたように私に耳打ちした。
 憐はゆっくり立ち上がり、こちらを振り向いた時に、漸《ようや》く、まりあたちに気が付いたのか、ぎょっとしたように髪の毛を書き上げていた手を止めた。
「あれ、高石憐じゃん、」
鉄ちゃんが驚いたように憐の名を呼んだので、私とまりあは顔を見合わせた。
「フルネームで呼ぶな、」
憐は少しふて腐れたような顔をしながらやって来ると、私の横に腰掛けた。
「なに?ふたりは知り合いなの?」
どちらとも無く問いかけた質問に、鉄ちゃんが答える。
「こいつサッカー部の後輩だよ。なんだよ千寿の弟だったのかー」
「あんたサッカーやってたの?」
と問うと、憐は白けた目で私を見た。
「何しに来たのさ」
鷹揚に尋ねる憐の態度を、気にした風も無い鉄ちゃんは、完全に面白がっている。
「憐たら失礼ね、鉄ちゃんは先輩でしょう?」
「いいよ、こいついつもこんなんで、みんなに目付けられてるんだ」
その時、菊が冷えたレモネードと、さっきの梨を小皿に盛って来て、みんなに配ってくれた。
 そして、残った皿を思柚の部屋へ持って上がって行く。
「鉄生ったら鈍感もいいとこ、ふたりの近くに居て兄弟だって気が付かないなんて」
まりあが茶化す。
「無茶言うなよ、苗字違うじゃん。顔も似てないしパズルより難しいと思うよ」
「そうね連れ子同士の再婚だったから、下の弟は別だけど憐と私は血が繋がってないものね、」
「そうなんだ」
意味ありげにまりあの口元は綻んでいる。
 私はわざと視線を避けて、梨を食べることに専念した。憐は飄々としていて、何考えてんだかさっぱり分からない。
「それよりおまえ何時退院したんだ?」
「そういや、見舞い来なかった」
「行ったさ、足とか手とか固定されて凄まじかったぞ、まだ意識が回復してないって看護婦さんが言ってたけど、俺が名前呼んだらおまえ一瞬目開けたんだ、直ぐに閉じたけどな」
「ウソつけ、鉄ちゃんはいつもいい加減だから信用しないね、」
鉄ちゃんはジョークとも、本気とも取れる曖昧さで笑った。
「後輩で俺のこと『ちゃん』付けで呼ぶのこいつだけだよ」
「ふん、」
「そいでもって、俺を殴ったのもこいつ」
「えーっ」
私とまりあは仰け反った。鉄ちゃんと言えば中学の頃からかなりの不良だったらしいから。
「もともとは憐が俺の仲間にやられてんの見つけて仲裁に入ったつもりが、何を勘違いしたのかこいつ俺に殴りかかってきやがったのさ、俺も殴り返したけどね」
ふたりが喧嘩してるとこなんて想像しただけで気分が悪くなりそうだ。
「あいつらといつもつるんでいるじゃないか、オレはあんたがやらせたんだと思ったんだよ」
「失敬な、俺は弱いもの虐めが嫌いなんだよ、でもお前も負けてなかったよな」
知らない憐の一面に私は驚きを隠せない。
「でも、今は仲良くしてるんでしょ?」
まりあが少し心配そうに尋ねた。
「まあね、こいつがサッカーできると知ってからは、みんな手を出さなくなったよな、俺はさあ、こいつ見てると昔の自分を見てるようで切ないのさ」
「何だよそれ」
鉄ちゃんも両親の離婚等で荒れていた時期があったと、まりあから前に聞いた事がある。憐に同じ空気を感じているのだろうか、それについて憐も深く尋ねはしなかった。
 
それから暫し時間は悠長に流れ、程なくふたりは帰って行った。




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