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 Kiss Me

5


 私が気が付いてから聖駕は毎日見舞いに訪れてくれた。
 主に麗音が私に意地悪をしていないか見張る為でもあったが、麗音はあまりここには帰って来なかったので、私は随分気分的に楽に過ごせることができた。
 トキさんには大丈夫だからと看病を断って、日中は本宅に帰って貰っていたので、ひとりでこの広い家を独占できたし、何よりこっそり麗音の部屋を観察できたが、それはベッドルームだけで、書斎にあたる部屋には鍵が掛かっていて、誰も入ることができないらしかった。
「ちっ、用心深い男だな」
 ノブをガチャガチャ回しても、絶対に空きそうに無かった。
「何やってんだ、人の部屋の前で」
 その声に振り向くと、いつの間にか帰ってきていた麗音とばったり会った。
「この部屋だけ鍵が掛かってるんで、そうなるとどうしても入ってみたくなるじゃない?」
「詮索するな、ここには企業秘密があるから誰も立ち入ることはできない」
「そう。悪かったわ、ごめんなさい」
 そして私をじっと麗音が見ていた。
「何?」
「いや、あんまり素直に謝るんで驚いただけだ」
「あのねぇ、企業秘密なんて言われると、やはりそれは踏み込んでいけないものでしょう?だから素直に謝っただけなのに……」
「お前の場合、素直すぎると返って疑いたくなるんだよ」
 ”うううっ”と私は呻いて、引き換えすとリビングに戻ってきたら、そこに聖駕がいた。
「聖駕、毎日いいのに……」
「はい、お見舞い」
 有名洋菓子店のケーキと、ピンクの小さな花束を渡された。
 それが毎日のことなので、流石にそろそろ止めて貰わなくては……。
「聖駕、これは本当に本当に嬉しいんだけど、そろそろ止めてくれる? もうすっかり元気だし、ね」
「僕の気持ちだから、萌花は気にしなくていいんだよ」
 そう言って、いつものように綺麗な顔でにっこりと微笑んだ。
「聖駕坊ちゃまは紅茶でよろしかったですよね?」
「うん。ありがとうトキさん。世話かけたね」
「とんでも無いですよ、坊ちゃん」
「どうして聖駕が謝るの、私が悪いのに……」
「聞いたよ、萌花の大家さんに家賃滞納で萌花は追い出されたって……、直ぐに僕の所に来てくれたら良かったのに、麗音に言われて遠慮したんだろう? 萌花が倒れたのは僕が悪いんだ、ごめんよ萌花」
「止めてよ聖駕! あなたに謝られると私が麗音に怒られるから」
「そうだよ、なんでお前が萌花に謝るんだ」
 案の定、不機嫌そうにそう言った。
「麗音に何を言われようとも、僕はこれからも萌花を助けるからね、だって僕には大切な親友だから」
「ありがとう聖駕」
 私はソファで聖駕に抱きついたので、聖駕も嬉しそうにしっかり抱きしめてくれた。
「前から思っていたんだけど、お前ら本当に恋愛感情なしなのか?」
 麗音が目を細めて私たちを見ていた。
「うん」
 私と聖駕、ふたりが同時に答えた。
「オレ、お前らがキスするの見たことあるぞ……」
 あれは遠い昔、麗音が私と口を利いてくれなくなって悲しんでいた十八歳のあの日、聖駕が慰めて私をハグしていた時、風邪をひいただろうと麗音が額をくっつけて熱を計っていたのを、遠くから見ていた麗音がキスしていたと勘違いしていたのだ、まあ、確かに、唇が触れそうに近かったが……、その後、誤解を解く間もなく麗音はアメリカに飛び経った。
「あれ意外だなぁ、麗音がそんな節操のあること言うなんて」
「可愛くないな聖駕」
 麗音が不貞腐れた。
「僕さあ、麗音も大好きだからみんなで仲良くしたいだけなんだよ。昔みたいにね」
「それは無理」
「何、いきなり。どうしてさ萌花」
「だってもう麗音は昔の純粋な麗音では無いもの、腹黒麗音に成り下がっちゃった」
 ”はははは”と、麗音は珍しく声を立てて笑った。
「萌花は正しいよ聖駕、オレは昔のオレじゃ無いよ」
「何でそんなこと言うのさ麗音、僕の前では昔のままなくせに……」
「聖駕のことはオレも好きだし、唯一オレが素でいられる場所だとは思う。けど、それ以外は鎧を纏わなくてはいけないんだよ」
 それは麗音の本音で、彼が聖駕を信頼しているのも分かっていた。ただ、いつの間にか彼の中から私が除外されたことは悲しかったが、一度彼を拒絶したのだからそれはしょうがないと納得できた。
 プライドの高い麗音が、二度と私に心を開くことは無いだろう。
「それより萌花、呑気にしてるけどサラ金がどうなったか心配じゃないのか?」
「あ、そうだ! 最近すっかり電話が無かったので、待っててくれてるのかと思ってたんだけど……」
「アホか……、オレが立て替えて全部払っておいた」
 麗音は真顔で静かに言った。
「ええええええ! 嘘〜!」
「それは、また、何ゆえに!」
「電話が鳴りっぱなしで煩いからだ!」
「……ごめんなさい」
 ショボンとなる私……、つくづく迷惑を掛けていると思うと、身の置き所が無い。
「総額三百五十万」
 そう言って、借用書と領収書をテーブルに突き出した。
「え? 借り入れは二百五十万のはずよ?」
「度素人が! こういう所は利子が高く付くんだ、払えなければ臓器を売れだの身体を売れだの、横暴な取り立てをして来るんだぞ、弁護士連れていってやっと黙らせたんだからな、二十五にもなってほんとお前ってどんくさいな」
「流石、麗音やるじゃん。まあ、萌花にあんな酷いことを言った罰だよな、僕が萌花に来て欲しかったのに、妬いてるとしか言いようがない」
「煩い聖駕」
 麗音の即答に、聖駕の顔が綻んだ。
「いろいろありがとう麗音。でもね……、まだ私はそのお金を返せる当ても無いんだけど……」
「心配するな萌花、明日からお前はオレの秘書兼運転手兼雑用係だ、働け」
 そう言って、驚いた顔をした私と聖駕の視線を受けて、麗音は鷹揚に微笑むのだった。

 




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