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 Kiss Me

28


  あれからすぐに麗音は眠りの国に旅立ったかと思ったら、今度は意識を手放したことによって、二度と目を覚まさないのでは無いかと思えるほどに、夜中も、朝になって太陽が顔を出し始めた頃にも、全く起きる気配が無く殆ど微動だせずに眠り続けていた。
 カーテンを開けると、差し込む薄陽が眠り続ける麗音の輪郭を浮かばせて、彼はまるで人形のように青白い顔をして横たわったままで、私は急に不安にかられて麗音の顔を覗き込んだ。


 熱が下がったのか頬の赤みは取れていたが、唇が乾いていて血の気が無く、いつもより顔色が悪いのは当たり前だが、返ってそれが若手のやり手経営者の毅然とした仮面を取り外させて、どこか無防備であどけなく、普通の大学生と変わらない年相応の姿をさらけ出しているようにも見えて、私が気後れから少しばかり解放されるように思えるのは不謹慎だろうか……。
 いつもの麗音は自信満々でどこも隙が見あたらず、そして私の心の中まで見透かされそうな真っ直ぐな瞳で私を見るから、それが私の躊躇となって麗音の前に出るとついつい鎧を纏ってしまうのだ。
 やはり六年前とは全く違ってしまった……。
 今、こんなに近くにいても本当に遠い存在、顔の造りがすっかり一人前の男性になった麗音を見ていると、見知らぬ他人のようだと思いながら、私はじっと麗音を見下ろしていた……。

 すると、いきなり麗音の瞳が開いた。

「何だ、キスしてくれるのかと待ってたのに……」
 そう言って、怠そうではあったが口角を上げて密やかに微笑んだ。

 ボカ!
 これは私が病人、麗音の頭を殴った音である。

「するわけ無いでしょ! 風邪っぴきに!」

「萌花……、病人殴るなんて、頭がぐるぐるするだろう……」
 流石の麗音も目を閉じて訴えたが、でもその口調はいつもと変わらぬほどにテンポ良く、そもそも元から朝に強い麗音だったから、青白い顔色を除けばご機嫌麗しそうに見え無くもない。
「麗音てさぁ、前から思ってたけど朝からテンション高いよね……、まあ私が怒らせてない限りだけど」
 恐らく言葉尻を取って薄く笑っている麗音にそう言いながら、持ってきた水のボトルを手渡すと、麗音は幾分枕を高くして起き上がるとゴクゴクと水を飲んだ。
 そして側に置いてあった体温計を取り出して、麗音に熱を測るよう促した。

「大丈夫だって」
「何が?」

「このくらいの熱なら全然平気……」
「でしょうよ。目覚ましがいらないほど朝が平気なのは相変わらずなのね、そんなに機嫌良く起きられて羨ましいわ」
 それは本心だったが、半ば呆れたように麗音に言った。

「まあね、だから朝からワンラウンドできるのかも」
「どういう意味?」

「SEX」

「痛ててててっ」
 私が麗音の口元を抓る。

「どこが病人よ! 朝からそんな話しはしない!」
「オレ、萌花をSEXで失神させる自信あるよ」

 ”あ〜〜?”
 この男はホントに何を言うか!
 私は顔が赤くなるのを感じて、照れ隠しと怒りの狭間で麗音のふたつある枕のうちの一つを掴むと、そのにやけた顔に押し当てた。
”ピピッピピッピピッ”
 そこで時間切れのように体温計が鳴る。

「7.8°だって……、かなり下がったけど、今日は会社休んでじっとしててね」
「休んでる暇ないんだけどな……」
 麗音は溜息を吐く。
 そうなのだ、現在確かに麗音の仕事は立て込んでいて、休む暇は無いと言って過言では無い。
「大丈夫よ。今は少しゆっくりして休んで、SEXする暇があればその時間を仕事に回せばいいんじゃないの?」
 私はお返しと言わんばかりに嫌味たらしくそう告げた。
「何言ってんの? SEXはSEXで楽しむ為にあるもの、それが分かんないなんて、おまえが付き合ってきた男ってろくなテク持って無かったんだな」
 く〜〜〜、返す言葉を探してる間、麗音はクスクス笑って私を見返していた。

「図星か……」
 そして、再びニヤリと笑った。

「あのねぇ……、マジ殴っていい? 私は冗談でも朝からそんな話題は嫌いなの? 出勤前の忙しい時間に下ネタトークに付き合ってる暇ないの、わかった?」
「思い出したよ。そうだなおまえは昔から品行方正、良いところのお嬢様まっしぐらな性格だったもんな」
「あんたもでしょうが? アメリカに行くまでは、スレてない良い所のお坊ちゃまだったわよ確か!」
「オレが変わったとしたら、変えてしまったのはおまえだってこと。完全スレてしまったのはおまえのせいだと言うことだ萌花。どう責任取ってくれるよ?」  
「どうして私なのよ!」
「だっておまえがオレを振ったから、オレはアメリカ行きを決めたんだ」


 え?


 それは初耳で……。

麗音は仮面を被ったような真顔で私を見ていた。
「なんで驚くの? あんなに急にアメリカ行きを決めたのはおかしいと思わなかったのか?」
「……思わなかったわよ……、だってあなたはいつも気まぐれで……、私の事を……好きには違いなかっただろうけど……、それは姉のような感情で……」
「あのねぇ! まあいいや、確かにあのときは萌花はオレに対して弟のようにしか思ってなかったんだろうけど、オレは結構真剣に悩んでたんだぜ。おまえが翔のことを好きだと知っていたから」
「知ってたの?」
「わかるさ、あんだけ毎日一緒にいたら」
「知ってて、私に告ったってこと?」
「うん」
「どうして……?」

「オレ自虐的だから」
 そう言って、麗音はニコリと笑った。

「まあ、それもあるけど元々両親から勧められていたんだよアメリカ留学。将来の為にしっかり向こうで勉強するようにって……。オレもその通りだと思ってたんだけど萌花の事が気になって、それならいっそ踏ん切りつけようかと思ったのも事実」
「そんなの始めて聞くよ……」
「留学したかったのは本当だけど、生まれた時から許嫁だと言われて、ずっと一緒に育ってきた萌花と離れるのも寂しかったんで、幼いオレはそれなりに悩んでいたと言うわけさ……」
「あんたは、お爺様達の策略にまんまと乗っかってしまったってわけね」
「策略?」
「そうよ、許嫁だと言う”擦り込み”。婚約者だと思いこまされていたのよ」

 そこで麗音はこれ以上無いくらいの冷たい目線を私に送ってきたが、そのまま黙ってしまったので、具合が悪いのかと思っい始めた矢先に重い口を開いた。

「いいよ。そう思うことで萌花の気が軽くなるのなら……」

 再び二人の間に沈黙が訪れたが、視線は絡みついたままだった……。

「……で今は? まだ翔のことが好きなの?」

「……どうしてそんなこと聞くの?」

「オレが知りたいから」

 しっかりと見開かれた瞳に抗えないと思った私は、少し心をさらけ出す気持ちを固めてぽつりと話し始めた。

「昨夜ね、思ったの私……。もしね、今地震とかきてこの世界に麗音とふたりっきりで取り残されても、文句を言いながらも麗音は私を守ってくれるだろうって……、そして、麗音と一緒ならどんな恐怖でも乗り越えられるって……」


 意外にも麗音は少し驚いたように私を見ていた。

 そしてふっと口元を綻ばせる。

「……違う?」
 私は少し躊躇いがちに尋ねた。

「違わないよ……、今までも、きっとこれからもオレは萌花に弱いから……」
 麗音は負けたと言わんばかり、仰向きになると目を静かに閉じて、軽く微笑みながら溜息を吐いた。


    

                     ……To be continued


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