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 Kiss Me

27


 私が家でシャワーを浴びて、コンビニで買い物を済ませ、麗音のマンションに戻って来たときには既に十時を回っていた。

 コートを脱いで寝室に横たわる麗音の様子を見に行くと、出て行った時のまま微動だしなかったかのように、上を向いたままじっと目を閉じて眠っていた。
 ただ頬は相変わらず熱で赤くて、苦しいのか眉間に少し皺を寄せている。
 起こすのも可愛そうだからと、静かに部屋を去ろうとしたら後ろから声を掛けられた。

「……遅い……萌花」
 
 怠そうな声は鼻にかかっている。

「これでも急いで来たのよ、明日の用意もしなきゃいけなかったし……。喉乾いてない? スポーツドリンク買ってきたんだけど飲む?」
 
 麗音はしんどそうに小さく頷く。
 私は買ってきたビニール袋からペットボトルを取り出しキャップを緩めた。

「ペットボトルの方がグラスより飲みやすいかな?」

 幾分身体を起こした麗音に、そう良いながら差し出すと、私は彼の頭が高くなるよう枕を整える。
 その際、首筋に触れたら洋服が汗で濡れているのに気がついた。

「麗音、酷い汗。着替えた方がいいよ。寝るの待ってて、今着替えを取って来るから」


 ゆっくりとスポーツドリンクを飲んでいる間も、黙ったままの麗音は本当に具合が悪そうだ。

 私はクローゼットの中から適当に着替えを探すも、普段の麗音はパジャマを着ないので何を持って行ったらいいのか分からなかったが、部屋着とおぼしきTシャツに薄いスウェト地のパンツを持って行った。
 家で麗音は下着を着けないのので必要は無いが、どうやって着替えさせるの? と、私は脳内躊躇した……。
 想像すると顔が赤くなってきそうだったので、考えないようにして寝室に戻ると、当然だろうがもう既に麗音は横になって目を閉じていた。
 可愛そうだけど絶対に着替えた方がいいと判断した私は、麗音の肩を掴んで揺り起こす。

「ねぇ、着替えた方がいいってば、そんな汗を掻いたままじゃ余計具合悪くなるよ」

 私がそう言うと、麗音はくたびれたようにゆっくりと目を開けた。

「じゃ、脱がせて……」

 素直な様はまるで子供の頃に戻ったような錯覚を起こさせる。
 思えばいつもこの調子だった。
『萌花、あれして!』『萌花こうして!』と言って、姉のようによく甘えられたものだった。
 今思い起こしても子供の頃の麗音は私に対して酷く我が儘ではあったが、私はそれでも自分を慕ってくれている麗音が可愛くて仕方なかったので、弟のように彼を甘やかしたのだった。
 しかし、目の前には目も眩む程の美男子にすっかり成長した彼がいる。
 そして離れていた六年間の見知らぬ時間に戸惑って、どう対処していいのかドギマギしている私がいた……。

「……バンザイして」

 なぜだか麗音はその日始めて口元を緩め、素直に両手を頭の上に高く持って行く。
 そして私が下から一気にTシャツを捲って脱がす。
 それから用意していた蒸しタオルで麗音の身体を拭かなければいけないのだが、私の戸惑いを知り、面白がるように微笑む麗音が憎らしかった。

「何笑ってるのよ」

「……あのさぁ、拭いてくれるんだろ? 早くしてよ寒いんだから……」

 こんな時だけ意識は完全に覚醒し、その言葉の明朗さに私は少しばかり呆れてしまう。
 ”……たく!”私は心の中で悪態を吐きながら、意を決して麗音の上半身を拭き始めた。
 相変わらずしみ一つ無く綺麗な身体は程よく鍛えられていてしなやかだ。
 麗音が私を見ていることは無視して作業に集中しなければ、顔が赤らむのは目に見えている。
 だから私は無心で何も考えないようにして麗音の胸を、お腹、首筋から腕を丁寧に拭いた。

「向こう向いて、背中を拭くから……」

 素直に背中をこちらに向けたはいいが、その背中が可笑しそうに笑いを堪えて震えている。

「ちょっとー、何笑ってんの?」

 背中を拭く私の手に、思わず力が入る。

「痛い……、もっと丁寧に拭いてよ、頭痛がする……」

「そのくらい喋れたら上等じゃないの? 上向いて」
 それから素直に上を向いて新しいシャツを着せる間も、麗音は微笑んだままだ。

「で、下も拭いてくれるんでしょ?」
 私は口角を上げて微笑むその憎たらしい口元を抓った。

「下はそんなに汗も掻いて無いだろうから、自分で履き替えなさい」
 そう言って着替えを麗音のお腹に乗せると、”チェッ……”っと言って、がっかりした振りをして笑っている。

「じゃ、いいや、面倒だからこのまま寝る……」

「麗音、面倒でも着替えて」

「だったら着替えさせてよ」
 意地悪そうに麗音は私を見た。
 私がどう出るか探っている瞳は挑発的だ。

「……だってあなた……」
 私が言い淀むと、麗音は益々可笑しそうに再び笑った。

「うん、下着は着けてない……」

「なのに私に着替えさせてと?」

「うん」
 彼は当然だと言わんばかりにはっきりと告げた。


「やだ」


「俺、病人だよ……」
 その病人はニヤニヤ笑っている。

「何だかさっきよりずっと元気そうなんだけど?」

「……頭も身体も鉛のように重くてままならないんだ……、萌花が可笑しくて笑ってるだけだから、実際とんでもなく具合悪いのに……」
 

 うん、そうだと思うよ。
 
 さっきまで九度近く熱があったのだから……。

「ねえ、着替えさせてくれないのならもうあっち行ってよ、眠りたいんだから……」
 今度こそ真顔なのはきっと、そろそろ元気切れらしかった……。

「それに萌花は俺の裸見るの始めてじゃ無いだろう?」
 そうなのだ、昔から何度怒っても注意しても、裸で寝たり部屋をうろうろする癖のある麗音の裸を見るのは始めての事ではないが……。

「それは……子供の頃の話しでしょ! 分別のつく大人になったら恥ずかしいじゃない」
「何を今更……」

 早く会話を終えて眠りたいのだろう、麗音はうんざりしたようにそう言うなり、寝たまま怠そうに腰を浮かして、下に履いていたジム帰りに着ていたスウェットのパンツを脱ぎ始めた。
 私はギョッとして目のやり場に困ったが、きっと本人に他意は無くさっさと着替えて眠りにつきたいのだろう、極力”大事”なモノを見ないようにして服を脱がすのに協力すると、次につま先から新しい服を着るのを手伝った。
 もう絶対に面白がっている麗音の顔も見ないようにして、脱いだ服を集めることに集中していると、麗音に手首を掴まれた。
 目を上げると、そこには真面目な顔して私の顔を見ている麗音の瞳と目が合った。


「……ねぇ、さっきの嘘だよ……」


具合が悪いのだろう、腕を掴んでいた麗音の指は力なく離れて、瞳は半分瞑れかけている。


「何の話し?」


 微かに開いた唇から言葉を紡ぎ出そうにも、さっきまで少しはしゃぎ過ぎたらしく、疲れたのか意識が朦朧としているらしかった。
 私は麗音の頬に手を触れた……、何だか愛おしくて触れずにいられなかったのだ……。
 襲ってくる睡魔と戦うように、思い瞼を懸命に開き黙ったまま静かに麗音は私を暫く見ていた……。


 夜に二人だけ取り残されても、このまま時が止まればいい……。

 麗音と一緒なら、何も怖い物など無いように思えた瞬間だった。


「……眠るまで……側にいて……」


 麗音は静かにそう言って、ゆっくりと瞳を閉じた……。

 
 

   
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