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 Kiss Me

24


  
 一瞬、凍りついたのは麗音だけでは無かった。
美海の爆弾発言に私や、麗音の彼女までもが魔法に掛かったように動けなかったのだ。
「驚いた? 麗音さんの為にとっておいたの、嬉しい?」


「全然」


 しかし、麗音(りおん)はあっさり却下した。
「どうして? 美海(みみ)が欲しくないの?」
「欲しくないし、バージンは面倒だからいらない」
 無表情で麗音は、じっと美海を見つめて言った。
「美海は麗音さんにバージンを捧げることだけを夢見ていたのに……」
「悪いな美海。バージンはお断りだ」
「じゃあ、行きずりの男とさっさとやってこいと? そしたら麗音さん美海を抱いてくれる?」
 美海は怯むどころか、更にその上のぶっ飛ぶような提案をしている。
「そうは言ってないだろう! 自分を大事にしろ美海!」
 言い聞かすように微笑みながら、首に巻かれた美海の腕を優しく振りほどいて、こちらに向かおうとした麗音の腕を、美海は再びガシリと掴んだ。
「じゃあ、バージンを捨てたら、美海とHしてくれる?」
 思わず声が大きくなってしまい、辺りに木霊して下校途中の学生が数人思わず振り向いた。


「声がでかいぞ美海」
 流石に少々焦った麗音が、美海に小声で言った。


「バージンを捨てたら、美海とHしてくれるのね?」
 にっこり笑うと、美海は麗音と顔を突き合わして小さな声で言う。
「声を潜めても同じ言葉は二度繰り返すな! しかも瞳を輝かすな美海!」
「美海は麗音さんにバージン捧げたいの!」
 駄々を捏ねるような美海の大声に耐え切れず、麗音は後ろから羽交い絞めのような形で彼女の口を両手で塞いだまま、車から降りたばかりの私を見つけて訴えた。
「萌花! こいつ何とかしろ!」
「何とかって? 美海がこんなに懇願してるんだからバージン貰っちゃえば? お手のものでしょう?」
 眉間に皺を寄せた麗音とは対照的に微笑む美海は、下から彼の顔を覗きこんで”うん、うん”と首を振る。
「頷くんじゃない!」
 そんな彼らのドタバタやり取りを尻目に、麗音の彼女が私に近づいて来た。


「こんにちは」


 彼女はにこりと微笑んで、私も同じく”こんにちは”と無難に返事を返した。
 殴られて以来、いや、もっと以前からかも知れないが、やはり彼女らと距離を取るのが癖になっている気がする。
「私、不思議だったんですよ」
「え?」
「だってあなたは彼の婚約者でしょう? 私たちのことをどう思ってるんだろうって……」彼女は私の顔を見ていたが、私がどういう反応をしたものかと思案してる間に、言葉を紡いだ。
「最近、私たちを泊まらせないのはあなたに気を使ってるんでしょう? あなたは彼のことをどう思ってるんですか?」


 麗音ーーー、助けて、私は何て答えるべきなの?


 チラリと麗音を見ると、美海に前から抱きつかれながらも、顔はこちらを向いて私たちの様子を見ていたので、彼の訝しそうな目と視線が合った。
「彼は私のことをなんて言ってますか?」
「”彼女はオレの財産にしか興味がないんだ、だから何をしても何も言わない”って……、本当に彼のことなんとも思っていないんですか?」
「まあ……そうですね」
 他に何と言えようか……。
「でも彼は言いました。”オレたちは祖父の財産目当てで結婚するんだ”と……、そうなんですか?」
 美海に捕まったままの麗音は、目線だけこちらに寄越してはいたが、どうやら助け舟は来ないようだ。
「……ええ」
「私は彼に百万回愛の言葉を囁いても、彼の心に響くことはないです。求められるのは身体の関係だけ……、それでも私は彼を愛しているから応じるしかないのです。身体の関係だけが唯一私と彼を結び付けられる絆なのですから……。最初から彼はそう言いましたが、彼に抱かれれば抱かれるほど、彼の全てが欲しくなります。彼はいったい女性を愛すると言うことを知っているのかと思うことがありますが……、何時かは私だけを見てくれる日が来ればいいという思いに縛られていて、彼と離れられないのです……」
 女性は身も心も好きな人とでないと気軽に関係をもてないのとは反対に、男性の欲望を満たす相手が一概に愛する相手と限らないことはわかっているが、それにしても麗音の素行の悪さは限界を超えている……。
 裏返せば今現在、本気の彼女が居ないと言うことだろうけど、そんなことはこの娘の前では言えやしない。
 いや、でも本命がいたら落ち着くのだろうかと、疑問が湧かないでもないが……。
「あなたたちの間に、愛は存在しないのですか?」
 悲しげな瞳で彼女は私を見ていた。
 言葉にできないだけで立場は、目の前の彼女と変わりはしない私が何を言ったらいいのだろう。
 嘘の結婚話にこんなに真剣になっている彼女を見ていると胸が痛い。
「私たちは元々幼馴染ですから、麗音が小さな頃からとても仲良しでした。恋愛の”愛”は無いかも知れませんが、家族の”愛”に似た感情は他の人よりも強いと思います。だから私たちはきっと上手くやれます」
 単に”幼馴染”を強調して、普通の愛のない結婚とは違うと言いたかった。
それは少なからず彼の名誉の為だし、彼女が彼に抱く微かな希望を持つことの不毛さを感じ取って欲しかったからである。
 酷なようだけど麗音が今まで彼女を本気で愛して無かったのなら、きっとこれからも彼の愛を貰う確立は低いだろうと思ったからである。
 さっさと見切りをつけるのが彼女の為だと思う私は、自分にもそう言い聞かせなければならないだろう……。
 彼女は力なく微笑むと、軽く会釈して去って行った。






 で、私たちは美海と別れて例の如く車で会社に向かっていたのだが、助手席に乗り込んできた麗音は、さっきから黙ったままの私を見て話かけてきた。


「さあ、今度はなんなんだ? 言えよ」


「何を?」
「おまえの不機嫌そうな顔を見るのは好きじゃない」
「……」
 丁度、信号で停車したので、私はじっと麗音を見た。
二人は車の中で互いの腹を探り合うような視線を交わす。
麗音て……、もうどうしようも無いくらい酷い男になってしまったのだろうか……。
「なんだよ」
「いい、やめた。喧嘩したくないから」
「それって喧嘩売ってんじゃないのか?」
 麗音はクスリと笑った。
「とにかく、文句があるなら今話せ」
「麗音ってさあ……本気で好きな人っていないの?」
「……」
「いないのなら、同時に複数の人と付き合うのはやめて、責めてひとりとじっくり付き合ったらどうなの?」
「勘違いするから嫌なんだ。自分は特別な存在だと……、例え最初に本気で付き合う気は無いと言っても、次第にオレを束縛してくる。いい例がお前を殴った奴……、あの日、別れ話を切り出したんだ。だからおまえに八つ当たりしたんだろう」
「そうだったの?」
「この前の一件で、流石にオレはおまえにまで危害が及ぶとは思って無かったから、考えさせられたよ。で、さっきのあいつにも別れ話をしたんだ、でも、あいつは”身体の関係だけでもいい”って聞かない……、同じ学部で毎日顔合わすから今は惰性で付き合ってるけど、止めないとな……」
 そう言って、麗音は私を見た。
 麗音と再会して以来、なんだか凄く真面目な会話してることに気がついた。
 そして初めて麗音の本心を聞けたような気がして私は何だか嬉しかった。
「オレは萌花が殴られただけで済んだことに、ホッとしている……」
「どういう意味?」
 驚いて麗音を見た。
「刺されでもしたら大変じゃないか……」
「まさか! でも、心配してくれてありがとう」
 私は大笑いしたが、意外にも麗音は笑ってなんかいなかった。
「笑ってろ、みんなどんなにオレの彼女になりたいのか知らないんだおまえは」
「自惚れてる」
 私は麗音の真剣な顔を見て再び笑ったが、知ってる……、みんながどんなに麗音の”特別な存在”になりたいと思っているのか……。
「萌花に傷一本でも付けたら許さないところだ……」
「……」
 真面目な顔でそんな事を言う麗音を、私はじっと見てから言った。
「麗音はさあ、そういう事を無造作に言うから、みんな自分は特別だと勘違いするんじゃないの?」
「おまえは勘違いしないのかよ?」
「麗音を知ってるから”しない”」
 クスクスと麗音は笑った。
「勘違いしてもいいのに、おまえにしかこんなことは言わないから」
「……あ、そうね。忘れてた。あなたにとって確かに私は”特別”なんだったわ」
 再び麗音は苦笑する。
「違うよ。それ抜きにしてもおまえは放っておけないんだよな……バカだから……」
「なによそれ!」
 憤慨する私の横で麗音は笑っていた。
 こんな屈託の無い笑顔の麗音は好きだ。
 これからいろいろあるだろうと思っても、いつまでもこんな気楽な会話ができたらいいなと思う。
 幼馴染として、友人として……。


「そろそろ潮時かな……」


 どういう意味だか、ぽつりとそう言い前を向いた麗音の横顔は、決然とした意思を感じられて、どこと無く大人びて見えた……。



   
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