BACK TOP  INDEX  NEXT  
 Kiss Me

22


 そもそも私は麻里奈の結婚相手を知らない。


 ウェブカメラという便利なものがあるにも関わらず、今まで忙しいのとパソコンを買う余裕が無かったのとで、それに取って代わる携帯を使用して姉弟たちとは連絡を取っていた。
 ――が、今の会社に就職すると社員には一台ノートパソコンが宛がわれ、それは主に仕事用ではあったが、別にそれを自由に使っても差し支えないようで、Wi―Fiの整ったこのマンションで利用することができたので、最近なかなか会えない聖駕とはウェブカメラで会話することが多かったが、それはそれでとても楽しかった。


 朝から携帯に麻里奈からのメールがガンガン入る。
 私はベッドで起き上がりながら、何だろうとメールを開いた。
『あんたがパソコン持ってるのは知ってるのよ、さっさと開いてカメラをオンにしなさい』
 ああ……これもきっと聖駕経由の情報に違いないと悪態を吐きながら、のろのろと机に向かい、すっかり観念したように私はパソコンのスイッチを入れた。
 私のIDだって聖駕が教えてなければ知るはずもなく、既に姉からアクセスがある待機中の画像の入ったアイコンを、恨めしく思いながらクリックをした。
 そもそもフランスってだいたい今何時よ……こっちが朝の七時だから、向こうは午前零時くらいじゃない……。
 私はぼさぼさになった髪の毛をかきあげた。
 そして、程なく画面に姉麻里奈が現れた。
『萌花! あんた私の結婚式に来ないってどういうことよ!』
 おお、久しぶりに見る姉はゴージャスに巻き髪をを垂らして、夜中だと言うのに化粧をしたままで私の姉とは思えないほど綺麗だった。
「いきなりその話? 『元気?』とか『久しぶりね』とか、普通は挨拶からじゃないの?」
『それどころじゃないでしょ! たったひとりの姉の結婚式に来れないってどうよ!』
 美しい顔を歪めて怒ると、綺麗な人はいっそう冷酷に見える。
 我が姉ながら怖いよ。
「どうって……お金ないし……、何で今なのよ。その結婚相手とはずっと一緒に暮らしてたんでしょ? フランスでは結婚しないカップルが多いって言うじゃない、そのまま同棲続けたら?」
『なんてこと言うの! この子は!』
 麻里奈の後ろで笑い声が聞こえた。
そして、フラッと四つ年下の弟、空遥(そなた)が麻里奈の後ろに現れた。
『萌花、あんまり麻里奈を怒らさないでくれる?』
 そしてニッコリ笑った。
「空遥! 久しぶり」
『萌花は相変わらずだね、元気そうだ』
 黒髪色白の空遥は我が弟ながら、麗音に引けを取らないくらいに美男子だと思う。身長だって確か百八十センチは超えていて、日本人独特の切れ長二重の涼しげな目元を持つ整った容姿に均整の取れた体型は、パリ辺りではアジアン・ビューティーとして目立つに違いないが、私がそれを褒めると本人はとても嫌がる。麗音と違って空果は自分の容姿に無頓着で、誰にでも優しいし、第一、麗音のように女の子を玩具のように扱わない。
 ステディな彼女が一人いれば、他の女の子には脇目もくれない一途で可愛い所がある。
 だから私も麗音が聖駕を可愛がるほどに、実は空遥が可愛くて仕方ない。
「空遥、ちょっと痩せた?」
『痩せたと言うより、体脂肪絞ったからね』
「ますます男前があがったね」
『だから……、そんなこと言うなって』
 昔から繰り返される姉弟の会話に、うんざりしたように空果は呆れて言った。
「会いたいなぁ」
『だからフランス来いよ、僕も萌花に会いたいよ』
 可愛い弟に”会いたい”なんて言われて、お姉ちゃんの顔はきっと綻んでいる。
 散々、昨日麗音に文句を言った自分を思い出し、少し恥ずかしくなる。
 この際、自分は棚にあげとこう……。
「ほら、私は今麗音に多大な借金してるわけよ。そんな身でフランスなんて行けるわけないじゃない……」
『……”あれ”どうした? ……母さんの宝石』
 空遥が言うのは、母が亡くなる前に形見分けとして、私たちに差し出した幾つかの宝石のことである。
 姉の麻里奈には翡翠の帯止めとダイアモンドのネックレス、私にはルビーの指輪と対のネックレス、空遥には未来の妻に捧げるダイアの婚約指輪だった。
 どれも傷ひとつなく正真正銘の鑑定書付きの大粒宝石だった。
「ダメ。あれだけは何があっても売れないからね」
『萌花……、そんなこと言ってる場合じゃないだろう。売ったって母さんは怒りはしないさ』
 空遥は溜息を吐いて私を見た。
「ダメよ……もうママの形見はこれしか無いんだもの……、何があっても売ることはできない」
 画面の向こうで空遥と麻里奈が顔を見合わせて溜息を吐いた。
『そう言うんじゃ無いかと予想はしていたけどね、あんたは私の結婚式よりママの宝石が大事ってことなのね……』
 姉が傷ついたように言った。
「違う、麻里奈……。例えこの宝石を売っても、麗音に借りている三百五十万には足らないだろうし、借金がある身で旅行なんてできると思ってるの?」
『それも想定内よ。さっき聖駕に頼んで麗音に聞いてもらったわよ。萌花をフランスに呼び寄せて良いかって』
「えええ!」
『夕べ飲んでいたんだって? 聖駕のとこに麗音がいて丁度良かった。萌花のせいで朝から起こされて機嫌悪かったけどな……』
『あんたは嘘つきね、ふたりとも萌花に”旅費を出すからフランスに行くようにと言ってある”って、言ってたわよ。あなた確か大学生の時に遊びに来たとき、パスポートの期限はまだ五年在るって言ってたからそれは大丈夫だとして、結婚式に出る服も私が用意してあるし、勿論、宿はここに泊まればいいしね。ああそうそう肝心なこと言うの忘れてたわ。旅費もここの滞在費も私が全部出すのよ、あなたのチケットは既に手配してあるし、問題だったのは会社を休めるかどうかってこと。勿論、これはあなたの社長に確認済みだけど? もう来れない理由はないわよ』
 姉は私が反論しないよう言いたいことは一気に捲し立て、まるでそれが決定事項だと言わんばかりにいきなり黙って私の反応を見ている、そんな有無を言わせない手回しの良い姉にいつもながら関心する。
 そう……すでに言い逃れできない状況に私は陥っているからだ……。
「……何よ」
『そっちこそ何よ……まだ文句あるっていうの? それにあんたの借金についてちゃんと一度話し合わないといけないと思ってた所よ、それにはここに来て直に話しをしたいから絶対にパリに来てもらいたいの……。……あ、ちょっと待って萌花、聖駕が入って来た』
 三人で通話か?
 なんだか分が悪いんじゃないの?
 程なく爽やかな聖駕の笑顔が画面に映し出された。
『おはよう萌花、麻里奈さん。ああ、空遥もいるんだね。話はついた?』
 空遥は手を振って挨拶をした。
『聖駕おはよう。さっきは朝早くからごめんね。ありがとう、何とか話はついたから』
 麻里奈がにこやかに言った。
「……ついてないと思うんだけど? 行くって一言も言ってないわよ私」
 私は文句をひとつ。
『まだそんなこと言って! 結婚式に来ないならあんたとは姉妹の縁切るからね!』
「麻里奈ーーーっ、そんなこと言ったって……」
『オレが連れて行くよ』
 上半身裸で画面にいきなり現れた麗音がそう言った。
 寝不足なのか何となく瞼が腫れているが、その瞳は憮然としている。
『あら麗音! そうしてくれると助かるんだけど、この子頑固だから一度言い出したら中々曲げないのよね』
『知ってる。それにオレのチケットは自分で取るから心配しなくていいよ麻里奈。とにかくこいつはしっかり届けるから』
『ありがとう麗音! あなたには迷惑掛けるけど、ぜひあなたも幼なじみとして結婚式に出席してくれると嬉しいわ!』
「ああ」
 その時、麗音はニヤリと笑って私を見た。
「何で麗音が行くのよ!」
 あらぬ展開に私は抗議する。
 麗音と一緒なんて絶対に嫌だ、居心地悪すぎる……いろいろな意味で……。
『オレのせいで萌花が麻里奈の結婚式に出られないなんて気分が悪いからな、麻里奈に一生怨まれそうだし、それに麻里奈が結婚するって聞いたらジジイも黙っていないだろうしな。萌花は首根っこ掴まえてでもオレがフランスに連れて行くから』
『やっぱり麗音ね! あははは頼もしいわ。すっかり大きくなって、男前になっちゃったし』
 そう言って、目を細める姉はすっかり麗音の毒牙にやられていた。
 まあ、幼い頃の超美少年時代の麗音を知っている麻里奈は、昔から彼には甘かったが……。
 それにしても麗音とフランスに?
 うーん……楽しいような楽しくないような……、でもワクワクするような複雑な気持ちもあって……。
『とにかくありがとう麗音。これで安心できるわ、あなたからもお礼言って頂戴、空遥?……あら?』
 麻里奈が後ろを振り向くと、空遥はプィと背中をこちらに向けて、歩いて行こうとしていた。
 その肩越しに、空遥の呟きに似た小さな声をマイクが拾った。


『なんであいつが来るんだよ……』


 え?
 空遥――?


 麗音と何かあったの……?


 皆が、それを聞いて氷ついた瞬間だった……が、麗音だけは意味あり気にフッと微笑みを零していた……。





                 
BACK TOP  INDEX  NEXT  


  
Copyright (c) 朱夏 All rights reserved.