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 Kiss Me

21


 麗音はいつも会社の玄関からは入らず、私と一緒に駐車場まで来るので乗り降りは楽だった。
 恭しくドアを開けるのも嫌うから車を駐車場に着けると、勝手に降りてくれるので非常に助かる。
 まあ、この年で運転手付きなんて、一般人からすれば嫌味この上ないことを認識しているからで、第一、このスポーツカーではそういった動作は似合わないとも思う。
 今日も地下の駐車場からフロアへと向かうエレベーターに二人で乗り込んだ。
 私が何気なく上昇ボタンの点滅をぼんやり見ていると、隣に立っていた麗音がクスクス笑っているのに気がついた。
「なによ?」
「おまえさぁ、よくやるよね」
 笑いながらも麗音の目線が、私の身体を下から上へと泳いでいる。
「何が?」
「鏡見てみろよ」
 そう言って肩をつかまれ、エレベータの中で後ろの鏡に向き直された。
 ピシリと後ろにひっつめた顔に黒い眼鏡が光っている。
 麗音が何を言わんとしてるのか手に取るようにわかっていた。
「これが何か?」
「まるで結婚に興味が無いオールドミスの典型だ」
「実際、無いですしね!」
 私は平然と言ってやったが、麗音は不服そうに眉毛の端を吊り上げた。
「萌花〜、 オレは綺麗な女性が好きなんだ」
「だから? 私とは関係ないでしょう?」
「側には綺麗な秘書を侍らしたい」
「じゃ、明日もこれだね、ここは飲み屋じゃないし」
「萌花、頼むからやめてくれ」
 そう言って私の眼鏡を掴むと、麗音は自分が掛けてみて度が入ってないのを確認したのか”フン”と鼻で笑い、そのままサングラスのように頭に乗せた。
 すると前髪が持ち上がって端正な顔が露になり、私はあんなことがあったにも関わらず、その綺麗な横顔に朝からときめいてしまった。
 くやしいけど、やっぱ麗音はかっこいい……、それを認めないわけにはいかない。
 ああ、私ってマゾかしら……麗音のせいで朝から女に引っ叩かれて、それでもこうやって見惚れているなんて……しっかりしろ自分。
 ひとり叱咤激励していたら、いつの間にかフロアに着いてエレベーターのドアが開いた。
社員が麗音を見止めて朝の挨拶を交わす。
 眼鏡なしでは麗音の後ろに隠れてしまいたいほどに、殆ど素っピンに近い顔が急に恥ずかしい。
 確かに私も本当に大人げないと再び反省する……。
「ちょいと、眼鏡返しなさいよ」
 私は社員の手前、後ろから小声で麗音に言った。
「嫌だね、恥ずかしかったら化粧しろ。これは業務命令だ。それにマナーでもある」
 麗音は無表情でジロリと私を見た。
 マナーねぇ……、まあ確かにそうかも知れない……。
 時々、良いこと言うかもこいつ……なんて心の中で密かに考えていた。
「まあまあ、今日も朝から賑やかですね、何のいがみ合いしてんです? 昨日の喧嘩も凄まじかったですが」
 都さんがパソコンから顔を上げて私たちを見た。
「都さん見てよこれ、昨日、化粧が濃いって言ったら今日はいきなり殆どノーメイクで来やがった。しかも、こんな小道具まで用意してさ」
 麗音は頭上の眼鏡を指差した。
「返してよ」
「返さない」
 都さんはすったもんだする私たちを見て、大袈裟に溜息を吐いた。
「……私に言わせてもらえれば、どっちもどっちですかね。とっとと仕事して下さいな社長、今日も大幅に遅刻なんですけど」
「いつも冷静だね。敵わないな都さんには、じゃあ仕事するとしますか」
「はいはい」
 そして都さんに手で追い払われた麗音は、渋々自分の部屋へ入って行った……。
 私の眼鏡と一緒に……。




「どうしてここに麗音が居るのかなぁ、聖駕」
 私の目の前で聖駕(せいが)はニコリと、屈託無い可愛い笑顔で微笑んだ。
 ここは彼にして所謂B級グルメとも言っていいほどに、ざっくばらんな居酒屋である。
 初めての給料でおごる約束をしていたが、聖駕は気をつかってくれたのか居酒屋がいいと言うのでこの店になったのだ。
 しかし、その賑やかな店内の一角で、テーブルを挟んだ目の前に麗音と聖駕が微笑みながら並んで座っている。
 ああ……この店には、どう考えても不釣合いな二人だ。
 聖駕はまだ学生ぽいからマシだとしても、今日の午後、企業に出かけていた為にいつもより更にきちんとした格好の、ブランドスーツに身を固めた麗音は、ことさらこの場所に似つかわしくない。
「今日会社に萌花を向かえに行ったでしょ? その時に聞いたんだよ今朝の一件、酷いよね何時かはこうなるんじゃないかと心配してたけど……、あんまりだから僕からも麗音を叱っておいたよ。だからね、今日は萌花の奢りで出かける予定だと言うと、今日は是非奢らせてくれって麗音が言うから連れて来ちゃった。いいじゃないか奢らせれば、本当に麗音は酷いと思うよ」
 そう言って聖駕が麗音を睨んだ。
「そういう問題じゃないの、私はプライベートで麗音の顔は見たくないの。折角久しぶりに聖駕といろいろ話ができると楽しみにしていたのに……。第一、この店に麗音は似合わない」
 そのとき注文していたビールが届いた。
「酷いな萌花は。なんでさ、オレ好きだよこういう店。食べ物美味しいし」
「そうだね。これ食べてみて麗音、この地鶏のから揚げほんと美味しいよ」
 聖駕がかいがいしく皿に取り分け、麗音の前に食べ物を置く。
 私はそんなふたりを前に、ビールを飲みながら訝しげにじっと二人を見ていた。
「なんだよ」
 ふと麗音が顔をあげて私を見た。
「なんか怪しいのよねふたりの雰囲気……、この前なんかあった?」
「何かって?」
 麗音が目を細めている。
「麗音ってもしかしてバイ?」
「バイだったら? どう思う?」
 その余裕の微笑みが、妙に怪しく感じられるのはどういうわけだろうか……。
「別に何も。昔から麗音は誰彼かまわずもててたからね。不思議ではないわ」
「あれ覚えてる? 中学二年になったばかりのとき、サッカー部の主将にえらく気に入られた麗音が、その主将に捕まり部室でふたりっきりになったことがあったよね、僕らが助けに行った時、麗音泣きそうな顔してたっけ」
「当たり前だ! あのときはホント、”やられる”かと思った……、今思うとゾッとするな」
 聖駕が笑い転げていた。
 中二と言えば、麗音が少女のように可愛かった頃だ。
 今よりもっと色素が薄く、髪はクルリと巻き毛で肌は透けるほどに色白、この物怖じしない性格も相まって、校内で目立たない筈がなく、一挙一動すべてが注目の的だった。
「まあ、萌花はどっちにしろ何も思わないと思うよ。軽蔑するとか嫌がるとかは無いだろうね、その証拠が僕の大事な親友であるってことだろう」
「うん。麗音がバイでも全然かまわないよ。でも、そうなの?」
 私は興味津々で尋ねた。
「おまえはどうしてそんなに気になるんだ? この前からずっとそんなこと言ってないか?」
「そうなんだよ。萌花はずっと疑ってるんだ。麗音と僕の関係を……、何度否定してもね」
 聖駕は不機嫌そうな麗音の横で、可笑しそうにクスクス笑っている。
「だって、怪しすぎる。麗音は聖駕にだけはとても優しいし、聖駕の言うことなら何でも聞くし、気づいてた? 麗音が聖駕を見る目つきは普通じゃないのよね」
「普通じゃないって?」
 麗音は呆れたように私を見た。
「愛おしそうに見てるのよね」
「おまえ、殴るぞ」
 真顔で言う。
「だとしたらそれは僕が弟みたいな存在だからだと思うよ。だって物心ついた時から殆ど一緒に育ってるんだよ。僕だって麗音や翔兄さんは本当の兄弟のように思ってるから、大切な人には違いない」
「私には憎悪の眼差ししか送りつけてこないのにね」
「もしかして妬いてるのか?」
「うん。妬いてる。その十分の一でいいから優しくしてくれないかなぁ」
「バーカ、おまえと聖駕は違うんだよ。それとも萌花、オレのものになるか? だったら優しくしてやるよ、心も身体も」
 そう言ってニヤリと笑う麗音に、ふりふり左右に頭を振る私であった。
「馬鹿だこいつ……、あんたの頭は女と寝ることしかないの?」
「無いな」
 ブッとビールを吹き出しそうになる。
 そう堂々と宣言されても困るではないか!
「それ反対だよ麗音。僕二人の板ばさみは嫌だからね、今でさえ間に入って宥めるの大変なのに……、株のことだって驚いたんだから。どうりで萌花に執着してると思ったよ。どうか麗音の毒牙に落ちないでね萌花」
 今度は麗音が”ハハハ”と笑った。
「でもこいつ最近翔と食事に出かけたりしてんだぜ」
「だから? 嫌な言い方ね」
「オレと翔を両天秤にかけるつもりだ」
 ちっともそんな気はないのに、そんなことを言われると不快だ。
 大企業の御曹司を手玉に取るほど私は図々しくないつもりで、身の程知っているが、麗音は不思議なほどそうは思っていないことが、私にとっては返って不可解なことだ。
「翔兄さんと? 翔兄さんには確か付き合っていた人がいたはず……」
「別れたんだって」
「そっか、じゃいいじゃん。翔兄さんは麗音と違って誠実だし、面倒でないから」
「聖駕、それはオレが面倒だって言ってる?」
「そうじゃないか、麗音は性格折れ曲がってるから何考えてるんだかわかんないし、実際、面倒な人だと思うよ」
「上手いこと言うなぁ聖駕は」
 私は手放しで喜んだ。
「うるさい」
 いつものことだが麗音は聖駕に頭が上がらず、本当に可愛い弟を見るように甘やかしている。
 この六年間の間に麗音は何度か帰国したが、私には一度も会ってくれなかったのに、清雅には必ず会って帰っていることを私は知っている。
 聖駕は私に気を使って何も言わなかったが、まだ屋敷に住んでた頃に空港からのタクシーが桐生の家の前に止まって、そこから麗音が降りて来たのを見たことがある。
 駆け寄って声を掛けたかったのはやまやまだったが、私にはそれが出来なかった。
 あの時から、私と麗音の間には海の底のような大きな海溝ができていたからだ……。


「ところで萌花、麻里奈が結婚するんだってね。勿論、フランスには行くでしょう?」
 聖駕が突然そう言った。
 麗音がふと目を上げて私を見る。


 あらら――。


 聖駕ったら麗音の前で言っちゃったよ……、内緒にしてたのに……。
 案の定、麗音の訝しげな視線が私は痛い……。
「聞いてないぞ……」
「え? まだ麗音に言って無かったの? 」
 当然とは言え、聖駕は驚いている。
「うん……」
「だって行くんでしょ? 三週間後だよ」
「なんだって? どうして言わないんだ萌花」
 麗音の顔は完全に怒っていた。
「行くつもりが無かったから……」
「ええーーっ、どうして? たった一人のお姉さんだよ、その結婚式なんだよ」
 聖駕が驚いて言った。
「それ誰に聞いたの聖駕」
「空遥《そなた》だよ、萌花から結婚式出席の連絡が無いからって心配してたよ。空遥は麻里奈さんとアパルトマン所有しているだろう? 麻里奈さんは今は殆ど新居の方に居るんだけど、萌花はどうなったってしつこくらい聞いてくるんだって。彼女にも連絡取ってないでしょう萌花」
 ”行けない”なんて、言えるはずがない……、だからズルズルと日々が過ぎて行くばかりで……。
 空遥か……そんな所からバレたのか、まあ、無理もないかな……、私が友人の借金背負い込んで、苦労してるのを知っているから心配してるのだろう……。
 聖駕と空遥は同級生で、勿論、仲も良いから今でもチャットで連絡し合っているのは知っていた。
 たとえ口止めしてても同じか……、音信普通になったらきっと空遥は聖駕と連絡取るだろうな……。
「絶対に行くべきだよ」
 聖駕が力説する。  
「だって……私にはそんな余裕ないし、しかも麗音に借金してる身で行けるわけないじゃない」
「だから黙っていたと言うのか? バカかおまえは! そんな大事なことを……」
 怒った麗音は憮然と言った。
 私の態度が気に入らないのだろうけど、私にもケジメと言うものがある。
 今、図々しく海外旅行などへ行ける筈がない……。
「行くべきだよ萌花、費用は何とかするから」
「オレが出す。それに暫くオレへの返済もいいから」
 麗音がきっぱりと告げた。
 薄々は感じていた……、二人がきっとそう言うんじゃないかと。
 だから言いにくかったのもある……。
「だから嫌だったの、あなた達に話すのは! そう言うと思ったから話さなかったのよ」
「何でさ……」
 聖駕が悲しそうな顔して言った。
「分かってよ、もうこれ以上、あなた達に迷惑掛けたく無いの」
「萌花……」
「この話はもうやめて……。本当に私はフランスに行く気は無いから」
 美麗な青年二人の怒りと哀れみが入り交じったような視線に耐えられなくて、ビールを口に運んでみたが、それはとてもほろ苦く余計に私の心を沈ませたのだった……。




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