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 Kiss Me

17


 しばらくして麗音(りおん)に頼まれたコーヒーを持って行くと、仕事をしてるかと思いきやソファで横になって眠っていた。
 起こすのもなんだから机の上にカップを置き、そっと部屋を出て行こうとしたら、薄目を開けた麗音に呼び止められた。
「こっち持ってきて」
 コーヒーをローテーブルの上に置くように言われる。
 ソファで横になるなんて麗音にしては珍しいことだ。
 昨夜、お持ち帰りしていなかったのだが朝帰りしたのだろうか、だるそうに起き上がってコーヒーを飲む姿はどことなく疲れているようにも感じる。
「なに?」
 じっと見ていたら、ふと麗音が目を上げて私と視線が合った。
「疲れてるみたいだから……」
「うん。昨日翔(かける)の会社の女の子と気が合って……」
「ああ、わかった。その先は言わなくていい。だから昨夜は私に先帰っていいと言ったのね。心配して損したわ……」
 そしたら案の定、麗音の瞳が煌きだした。
「自分だってよろしくやってたくせに、翔に会えたことは俺に感謝してもらいたいね」
「相変わらず嫌な言い方するんだから」
「あいつけっこう本気かもな、萌花(もか)」
 麗音は私の反応を探るように見ている。
「まさか」
 私は笑った。
「いくらマヌケなおまえでも分かるだろう? あいつは本気だよ」
 昨日、何年か振りに会ったばかりで、話が早すぎるし、まして面と向かってどうしてそういう事を言うのだろう。
「ねえ、もしかしてお爺様は例の株の一件、彼に喋ったんじゃないの?」
 翔さんにいきなり食事に誘われたことで、小さな疑問がわきあがっていた私は、素直に麗音に尋ねた。 
 そうだとしたら翔さんの急接近も納得できる。
 でも、麗音と違ってそんな人だとは思えないが……。
「いや、ジジイは喋ってないと思うな、勿論、オレも言ってないし」
「そう?」
「チャンス、萌花。将来桐生財閥を牛耳る男だ。不足は無いだろう」
 意地悪に微笑んで麗音は私を見ている。
「なに言ってるの……、本当はバカでしょ、あなた。言ってることが支離滅裂」
 麗音は何がそんなに楽しいのか、”くくく”と笑っている。
「この前は”ぶっ壊す”とか言っておきながら、今日は”チャンス”ですって?」
「うん。どっちにしろ壊すつもりだから……」
 笑いながら、さらりと言う。
「おまえと翔が上手く行きそうになったら、二人の仲を壊すから。言っただろ昨日」
「そんなにお爺さまの株が欲しいの?」
「それだけじゃないけどね」
 フフンと麗音は笑った。
「じゃ、何よ」
「おまえが翔と付き合うのも面白くないから」
 そこで今度は私が笑った。
「麗音くん、麗音くん、それってもしかして嫉妬ですか?」
「そう言ってもらいたいだろうが少し違うな。オレを二度も振った罰だ」
「二度って……、一度目は仕方ないとして、二度目は株が目当てだとあなたははっきり言ったじゃない」
「だからなに?」
 ……真顔で問うか?
「何って……」
「同じことだろう」
 恐ろしく平然と言う。
「あ、あなたってさぁ麗音! かなり我儘で俺様、それに……」
「かなり美男子」
 そう言って、麗音様とびきりの笑顔を作ってニコリと微笑んだ。
「自分で言うか!」
「だって時々、萌花も見惚れてくれるじゃん」
 つーーーっ、……気づいていたのか、こいつ。
 麗音はほんとタチが悪い。
「まあ、いい。……かなり悔しいけど認めよう麗音。確かにあなたの顔は男前だと思うわ、でも顔だけよ。顔だけ!」
「繰り返すな」
「そこ強調しないと、勘違い男が増長するから」
「オレ勘違いしてるの?」
 クスリと麗音は笑った。
 その可愛い笑顔は昔のままだ。
 ――いや、勘違いではないのだけれど……確かに麗音は魅力的だ、繰り返させてもらうが、顔だけは……。
 あまりにも魅力的だと、周りからちやほやされるのに慣れ過ぎていて、それは返って自分に諂(へつら)う人々を嘲るという、麗音の思考回路は複雑怪奇に折れ曲がっている……。
「あんたは最悪よ。女の敵だわ」
 麗音は”アハハハ”と、声に出して再び笑った。
「だってしょうが無いだろう? 女の方から寄ってくるんだから……」
「だとしても! 片っ端から手を付けることはないでしょう?」
「あのね、時代錯誤の殿様みたく言うのやめてくれる? それに片っ端から手はつけてない! ……少しチョイスはするけどね、胸の大きな娘を……。」
「うわぁ、やっぱ最悪、あなたって!」
「何が? チョイスすること? 胸の大きな娘を選ぶこと?」
「全部!」
 侍の如くバッサリ言い切ると、やれやれと言わんばかりに麗音は天を仰いだ。
「男なら胸の大きな娘は幻想の対象だろう? それでも、運命の人に巡り会えないオレは可愛そうだと思わないか?」
「思わない。それに見つける気もサラサラ無いくせに、のらりくらりと恋愛談義するのはやめてよね」
「キツイなぁ萌花は」
「あなたも来年は社会人でしょう? もう少し大人になったら?」
「おまえには言われたくないね」
「なによ?」
「社会人だか知らないけれど、友人の借金背負うってどうよ」
 ジロリと私を睨んで言う。
 くぅ……、反論のしようが無いことも事実で……。
「あなた私を苛めて楽しんでるでしょう?」
「うん」
 麗音はニッコリ笑った。
「そんな可愛い顔して微笑んでも許さないから」
「……でもさ、翔はほんといい奴だよ。生まれながらのサラブレッドで、人を貶めるような裏表は無い人だ。まあオレが言わなくても萌花は知ってるだろうが、昔とちっとも変わらないのはあいつだよ」
 さっきまでのおちゃらけムードを吹き飛ばし、麗音は真顔で私を見た。
「どうして私にそんなこと言うの?」
「だってオレ翔のこと好きだから」
 あっけらかんとそう言う。
 年が離れているせいか、まあ昔からこの兄弟は仲が良かった。
 ――と言うか、翔さんが麗音をとても可愛がっていて、ついでに一緒に遊んでいる私も妹のように可愛がってくれたっけ……。
 悲しいかなあれは完全に弟と同類か、はたまた猫や犬を慈しむような目線だった。
「ちょい待った、麗音君……、君なんだかさっきから言ってることが矛盾してるんだけど? 自分で気づいてるかな?」
「それはおまえの咀嚼(そしゃく)力の問題だろう?」
「違うと思うよ?」
 うん、絶対に違う。
 ”壊す”と言ってみたり、兄を褒めて私に薦めてみたりと……、麗音との会話はなんだか不毛だ。
「オレ、萌花のこと好きなのかな?」
 そして、いきなりそう言ってマジと私を見た。
 今度は何のゲームだ?
「それをなぜ私に問う?」
「どう思う?」
 気だるそうに横たわって、女の子のように長い睫を揺らすんじゃない!
 可愛いじゃないか!
「知るか!」
 今度はその手できたか……。
「麗音、もしもよ。あなたが私の彼氏、或いは旦那さまになったら、私はあなたが耐えられないくらいガチガチに縛ってやるわ。他に女は作らせないし、余所見もダメ。どう? あなたは耐えられないでしょう?」
「萌花って意外と胸あるよね」
 え?
 麗音は真顔で私の胸元を見ていた。
 ギョとして私は腕で胸を隠す。
「……な、何の話よ!」
「ガチガチに縛っていいよ。萌花がそういうの好きなら、オレも案外好きかも」
「それ、違うでしょ! 何の話をしてる!」
「だから縛るはな……」
 話の途中で私は麗音に背を向けて、とっとと部屋を出てきた。
 その背後で麗音の笑い声が聞こえたが、相変わらず彼とは話しにならないと項垂れる私だった……。 




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