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 Kiss Me

14




 この頃いつも思うのだが、麗音はあまり外泊をしない。
 なので、朝になって私が迎えに行くと、かなりの確立で女性がお泊りをしている……。
 そして、今日のように私はリビングルームに脱ぎ散らかした衣服や、麗音の使用済みコンドームを拾いゴミ箱に捨てる羽目になる……相変わらず最低!
 たとえ下から新聞を抱えて、コーヒーを入れに上がってくるだけだとしても、リビングの床へ無造作に投げ出された服をそのままにするというのは、秘書或いは雑用係としてどうかと思い、これってわざとじゃないの? と彼の真意を訝りながら、私はそれでも苦々しげにコンドームを片付けるのだった……。
 最近慣れてきたとは言え、考えまいとしても想像力の泉は果てしなく、私が麗音を意識すればするほど、日々私の心は揺らいでしまう……。
 ”ベッドの中ではもっと上手くて激しいよ萌花”
 以前、麗音が言った言葉を思い出して、顔が赤くなる……、一瞬、あの日の艶のある麗音の形の良い唇を思い出して胸がつまる。


 麗音は幼馴染として困窮している私を見るに見かねて会社に雇ってくれたけど、その裏で聖駕が動いてくれたのだろうということは分かっている。
 情けないけど、私は麗音に最低な生活を見られてしまった。
 彼が私に対して決して愛だの恋だの抱いてる筈もなく、かと言って幼馴染と言う昔からの付き合いもあって、聖駕やお爺さまの手前突き放すことも出来ないのが実情なのだ。
 私のことなど何とも思っていない証拠に、帰国して半年にもなっていたあの日、偶然聖駕のマンションに行かなかったら、私は彼の帰国さえ知らなかったという事だろう。
 きっと麗音の中では、既に過去の人物でしか無かったのだ。
 今、彼を私の側につなぎ止めるのものは、祖父の莫大な財産……。
 ――なのに……。 
 どうして私は、今頃になって麗音に惹かれるのだろう……。
 目の前で情事を繰り広げる、自由で奔放な男……。
 三つも年下で、しかもまだ大学生の言葉や態度に惑わされて、どうかしてるとは思ったが、あれから私は側にいる麗音の存在を強く意識していて、ついつい彼の姿を目で追っている自分を諌めなければいけないことが歯痒かった……。
 

 そして、この頃の悩みと言えば、ベッドルームから出て来た彼女らが、私に向ける切るように鋭い視線が痛い……。
 そりゃあ、そうでしょうよ……、将来の夫が女とベッドにいる間、余裕かまして澄まし顔でコーヒー入れてる”いいなずけ”なんて、どこにいる?
 それに麗音は”いいなずけ”がいるから彼女らに結婚は出来ないと、やんわり匂わせているので、きっと嫉妬と羨望との狭間で、彼女らの心境も複雑に違いない事は想像できた。
 なんて、罪作りな男だろうか……麗音て……。
 でも、麗音に言わせると、最初から承諾を得て彼女らが付いて来るのだから、それは彼女らの責任だと、きっとそう言うに違いない。
確かにそうだが……、そんなに淡白でいられる麗音が信じられない、本当に麗音は変わってしまった。
 十五歳までの麗音はどんなに女の子が言い寄って来ても、何人かの仲良しの同級生と、私と聖駕がいれば他の人は目もくれないような硬派な男の子で、家も近かったせいかお互いの家を行き来して、私たちはとても仲が良かった。
 でも、今それを言うと麗音に叱られる。
 ”もう、子供じゃないんだ……”って……。


 だからって、これは無いんじゃないの?
 女物の下着を摘んで溜息を吐く……。


 毎朝、部屋の中で脱ぎ散らかした情熱の残り香のような、上質な衣服を拾う私は惨めこの上ないが、しかし、私は麗音に何を望んでいるのだろうか、彼女らと一切手を切って自分の方を向いて欲しいのか、”いいなずけ”となって将来麗音と結婚したいのか、……いや違う、今の時点でそれは無いと言い切れる。
 何れにしろ麗音の未来は輝かし過ぎて、徐々に今までのように気軽な会話が出来る幼馴染という存在では無くなりつつあったし、第一、私は麗音に対して大きな借金が残っていて、それを返済して人生のリセットをしない限り、彼と普通に接することが出来ないようにも思えた。
 卑屈と言う言葉は好きではないが、自分に置かれた今の状況を考えると、そうなざらるを得ない……。
 まずは、一生懸命借金の返済を頑張ろう。
 もし何時か麗音に本気で好きな人が現れたとき、私はかなり落ち込むだろうが、幼馴染として聖駕と一緒に笑顔で祝福したいが、考えたらそれは少しばかり私にとってはキツイことだろうな……。
 そんな事を思いながら、いつものように私は麗音にコーヒーを入れるため、キッチンに入って行くと、程なく寝室から麗音が出てきてチラリと私を見やるも、そのままバスルームに直行した。
 その後に、この前すれ違った髪が長くて、多分、年が私と同じくらいの綺麗な女性が現れて、目の前までやって来るとカウンターのスツールに腰掛けた。
「私にもコーヒー入れて貰えますか?」
「ええ」
 私が自分の仕事に専念している間、彼女はじっと私の一挙一動を見ているようだった……。
 きっと何か話があるのだろう、気が重い……。
 そう思っていたら、案の定話しかけられた。
「ひとつ聞いてもいいですか?」
「何でしょう?」
 私は笑顔を作って答えた。
「あなたは彼の”いいなずけ”って聞きましたが、これでいいんですか?」
「”これで?”」
「ああ、ごめんなさい……、少し言いにくかったものだから、あなたは彼への感情は無いのですか? こうやって私たちが入れ替わり彼のベッドに入る事は、私たちはそれぞれの存在を知ってますが、あなたはいずれ彼と結婚をされる予定なのでしょう? 彼の女性の存在があなたは嫌では無いのですか?」
「許婚は彼のお爺さまと私の祖父が決めたことなんですよ、今、私は彼に借金を背負わせています。だから彼が結婚すると言ったら、私は拒めないのです……」
「彼はそんなに理不尽は人ではないわ」
 彼女はクスリと笑った。
 あれ? 言い訳を間違ったかなと思い、私は株の話をすべきか少しだけ迷った。
「……それに、これは言いにくい話なんですけど、彼のお爺さまは私と結婚したら、彼に財産を譲る約束をしているようなのです。彼がもし、私の存在に固執してるとするならば、それなんですよ。それに私も彼と結婚することで借金を返済することが出来ますから」
「じゃあ、彼が財産を欲する限り、あなたと結婚するってことなのね、そして私たちとは手を切るということかしら……」
「それは……どうでしょうか、彼のことだから浮気はするんじゃないですか?」
「それでも、あなたは妻の座に居座るつもりなのでしょう?」
「ええ、時が来るまで」
 何かを感じ取ったかのように、彼女の瞳が見開いた。
「……慰謝料のことかしら?」
 彼女は私の”構想上”の強かな計画に苦笑した。
「でも、あなた自身はあの恐ろしく魅力的な麗音に対して、どんな感情も持っていないの?」
「……私たちは幼馴染ですから、勿論、彼のことは大好きですが、恋愛感情はありません」
 そうきっぱり告げたところに、バスルームから出てきた麗音が現れて、彼女の横に腰掛けたので、私は彼と彼女に淹れたてのコーヒーカップを並べて置いた。
「私、彼女からいろいろ聞いちゃった……」
 コーヒーを飲もうとする麗音の横顔に、まろやかな微笑みを向けて彼女が言った。
「何?」
「あなたが、彼女とどうしても結婚したい理由を……、そんなに財産が欲しいの?」
 麗音がジロリと私を睨んだ。
「勿論だろう、財産が欲しくない男なんているか?」
「じゃあ、結婚しても私と遊んでくれる? あなたは結婚しても浮気するだろうって彼女が言うんだけど、ある意味公認なのよ私たちの仲は」
「何考えてんだ、オレはまだ大学生だぞ、結婚なんてずっと先の話だ。それよりお前、もう帰れよ」
「呆れた人。寝るだけ寝たらゴミみたいに扱うのね」
 麗音は新聞に目を通していたが、彼女に両手で顔の向きを代えられて、私に見せ付けるかのような濃厚なキスを受け止めていた。
 静かな室内で、彼らのキスの音が木霊する。
 私は居たたまれなくなり、目を逸らすと自分のカップを持って、ソファへと移動してTVを着けて見る振りをする。
 でもこの女性はまだ良い方かも知れない。
 麗音が常備付き合っている女性はだいたい三人だと思うが、昨日すれ違ったアナウンサーをしていると前に麗音が話していた女性は、私を見る目が非常に怖かった。
 形の良い輪郭に肩ぐらいの髪の毛をした清楚な女性だったが、平然と睨みつけてくるのだ……、その視線の痛さに私は思わず目を逸らしてしまう。
 彼女はきっと、とても独占欲が強いに違いない……。


 そんなことをぼんやり考えていて、ふと現実に戻っても、カウンターの二人はまだキスをしていて、私はなんだかとても間抜けでいて、胸のチクチクする痛みを堪えるのに必死だった。
 そして……、こんな時、私はとても惨めな気分になるのだ……。




「おまえ、喋りすぎ」
 会社に向かう途中の車の中で、突然麗音がそう言った。
 彼が助手席に乗ってる時は、理由がある時……。
 そして、今まさに彼は文句を言い始めた。
「財産のこと? 私たちの関係のこと?」
「両方」
 不機嫌そうに言い放った。
「だってどう考えても不自然でしょう? 結婚相手が毎夜女を連れ込んでも顔色ひとつ変えないで接しているって……、ある程度説明しておかないと」
「だとしても、いいからおまえは喋るな」
「酷い! あなたのお芝居にのってあげてるのに……、おまけに”小芝居”で浮気も公認してあげたし」
 私はクスリと笑った。
「余計なことだ」
「でも、まんざら嘘でもないし……、あなたは私がOK出したら私と結婚する気満々でしょう?」
 チラリと横目で彼を見たら、麗音の瞳が危険に見開いた。
 しまった……と、心の中で舌打ちするも、もう遅かった。
「当然だよ萌花……結婚する?」
「まさか」
「オレ昔から萌花との会話好きだよ。たとえ恋愛感情無くてもきっと楽しいだろうし、何より退屈しないと思うけどな……」
「でしょうよ!」
 女性問題で年がら年中悩むことになって、確かに退屈しないだろう……それってこの上なく最悪。
「昼も、夜も……」
 そう言って、含み笑いをこらえながら笑って私を見ているが、私はサラッとそれを無視する。
「そんなことより、今日のタイトなスケジュール分かってるんでしょうね?」
「予定は頭の中にちゃんと叩き込んであるよ。それに萌花との結婚話はずっと建設的なことだと思うけど?」
 そうでしょうよ……、この財産狙い男め。
「そろそろ萌花も認めないとな」
「何を?」
「キスであれだけ拒めないんだから、きっと身体はもっと拒めないよ」
 ――ったく、またその話ですか?
 折角、話題を逸らしたと思ったのだけど、彼が一枚上手だったか。
「あなたはそれを証明したくてたまらないようね」
 私は麗音を睨みながらうんざりして言った。
「うん。自信ある」
 微笑みながら私を見ている麗音は、何の躊躇も無くそう言いきった。
 そのあからさまな堂々とした態度は、憎らしいけどちょっぴり魅力的だ。
「あのね……、そういう事はこれからも無いの! それに私は彼女らと同じようにあなたを順番待ちする気もさらさらないから」
「萌花、おまえがオレと結婚してくれたら、萌花は順番待ちする必要なんてないさ、オレはいつでもおまえの側にいる」
「しつこい人ね。結婚なんてあり得ないと言ってるでしょう?」
「だって、この身体はおまえのものになるんだよ、オレが欲しくないか? 萌花」
 朝からなんてこと言うんだ、この男は!
 ふざけているのは百も承知だが、真顔で言うな、馬鹿!
 毎度のことながら麗音のおふざけに付き合っていると、その果てしないエンドレスな会話に頭が痛くなる。
 そして、なんだか立場が逆転して、居心地が悪くなってきた……。
「いらないから」
 どうしてこうなるのだろう、こんな話は早々に打ち切りたかった。
「萌花って意外と堅物だったんだよな、そう言えば、オレの知る限り十八の頃までバージンだったし」
「麗音!」
 唐突な過去の話に、思わず赤信号を突っ切るところだった。
「危ない。ちゃんと前を見てるのか?」
 急ブレーキをかけたことに、麗音は冷静に文句を言った。
 ころころ変わる表情や、その思考に私は翻弄されっぱなしだ……。
 そう、確かに麗音は私の全てを知っていると言ってもいいだろう。
 今では考えられないが、そんなにも私たちは仲が良かったのだ。
「顔が赤くなったぞ、相変わらず素直な反応だ」
 シラッと言うな!
 くーーっ、その余裕ぶっこいた表情がむかつく!
「何なら体の関係だけでもいいよ。オレを忘れられなくしてやる」
「まだ言うか!」
 殴ろうとする私の拳はあっさり麗音に掴まれた。
 車内では麗音の軽やかな笑い声が響き、おまけに私はきつく結んだままの指先に、彼からのキスの洗礼を受けた……。
 ギョッとして手を引っ込める私の顔を見て、再び小悪魔麗音は助手席で笑うのだった。
  



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