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 Kiss Me

1



 何時ものように、午前三時にホステスの仕事を終えた私は、聖駕(せいが)のマンションの鍵を取り出して、ドアを開けると勝手に部屋へ入った。
 少しばかり酔っているので、拙ない足取りで靴を脱ぐと、真っ直ぐ聖駕の寝ているベッドルームへ入っていく、部屋のサイドテーブルの明かりがついているので、ベッドで眠っている聖駕の頭が、シーツから半分覗いているのが見えた。
 私は聖駕を確認すると、安心してその横に仰向けになるよう倒れ込んだ。
「ふうぅ、疲れた! 聖駕ーーー、聞いてよ、今日はどこかのハゲオヤジにおしり撫でまくられちゃってさあ、あんまり頭にきたもんで、”触るな!”って怒鳴ったらいきなりクビだって〜、どうしよう……サラ金のお兄ちゃんは払えと催促するし、今月の家賃も払えるかどうか……」
 聖駕からは何の反応も無い、完全に眠っているのだろう。
 腕を天井に伸ばすとイミテーションの宝石がジャラリと音を立てた、その一つ一つを外しながら、私は何時からこんなイミテーションを着ける女になったんだろう……、母は”そういう物を着け始めるとイミテーションの女になるのよ”お金が無いのなら着けない方がましよ”そう言っていたっけ……、でもすっかりイミテーションの女に成り下がってしまった。
 橘萌花(もか)25歳、昼間は普通のOL、夜は親父たちのご機嫌を取りながら水商売で働いている。
 最悪なのは、去年友人に借金を踏み倒されて、サラ金融から日々催促の毎日で、マンションの家賃さえままならない……、言ってて更に暗くなる……。
 桐生聖駕(きりゅうせいが)は弟の同級生でもあるし、四つ年下の幼馴染でもあって、私とは大がつくほどの親友で、大学生活をこのマンションで謳歌している。
 だから酔いつぶれた日には、ここに泊まっていくのが習慣になりつつあった。
「ねぇ……聞いてる?」
 ピクリとも動かない聖駕に肘鉄を食らわした。
 その時、ベッドルームの入り口に、人の気配を感じて私は驚いて起き上がった。
 あ、あれ?
「僕はここだよ、萌花」
 良く見ると、上半身裸で下にバスタオル一枚、そしてニコニコ微笑んでそこに立っているのは、当の本人聖駕だった。
「ええええ? じゃ、だ、誰これ?」
 その時、もそっとシーツが動いて、乱れた髪の間から見えたのは、懐かしいはしばみ色の瞳(本人は自分のルーツからアヴァーヌ色だと言っていたが)だった。
「えええ! 麗音(りおん)?」
 実に六年ぶりの再会となるのに、嬉しさの欠片も見あたらない冷たい目で、私を見据えていた。
 まあ、夜中の三時に起こされたら当然か……。
「そこまで成り下がったか、”元いいなずけ”」
 恐ろしく冷淡な答えが返って来た。
「なんでーーー? どうしてここに居るの麗音! あなたアメリカに留学中よね?」
「萌花、怒らないでくれる? 麗音が黙っていてと言うから言わなかったんだけどさ、こいつ三ヶ月前に帰国してこっちの大学に通っててね、僕と同じ経済学部に編入したんだ。向こうでIT企業を起こしたってのは言ったよね、今年から日本に拠点を移したんだって、麗音は将来有望なIT業界の若き社長だよ、あ、今も社長か」
 聖駕は私の驚きようを見てクスリと笑った。 
 しかし、私はベッドで横になっている麗音の胸を殴った。
「何で帰国してたら一言いってくれなかったのよ!」
「どうしておまえに言わなきゃいけないんだ?」
 こいつ、真顔だ!
 真顔で言うか?
「うわっ、なにその言い方、私たち幼馴染じゃない……それに”元いいなずけ”だし!」
「六年前に解消しただろ! それに”元いいなずけ”強調すんな!」
「あんたが言ったんでしょ!」
「このクソアマどっか連れ出してくれよ聖駕、煩せぇ」
 そう言って、麗音はシーツを手繰り寄せようとする。
「ははは、萌花カンベンしてやれよ、麗音は今横になったところなんだよ。今日はソファで眠ってくれないか? 萌花」
 麗音の上半身裸の姿、聖駕のバスルームから出てきた姿を見て、私は腐女子的予感がひらめいた。
「もしかして、麗音……聖駕の手に落ちたか?」
 そう言って、真実を確かめようとして、シーツをはぐろうとした私の手を麗音が払った。
「てめぇ、そんなにオレの裸が見たいのか? 想像通り何も着けて無いよ、知ってんだろ、オレがベッドでは何も着けないってことを!」
 彼らは従兄弟同士で、聖駕より麗音はひとつ年上になる、彼らの祖母はフランス人で、その血が彼らには少しばかり顕著に現れている。
 そして、彼女の習慣によるのかは分からないが、聖駕も含めて桐生家の者は裸で寝る習慣があった。
 まあ、聖駕の場合は私が泊まりに来た時は、気を使ってパジャマの下を履いてくれるが……。
「そこじゃない麗音、とうとう聖駕の手に落ちた? かと、聞いたの」
「殴るぞ萌花……」
「だって一緒に寝るんでしょ? 裸で……」
 麗音が上半身起こして枕を投げて来た。
 頭を直撃して、酔いが回ったかくらくらする。
「萌花、なんか凄く嬉しそうだな」
「私はなーんの偏見もないからね麗音、その道に走っても」
 バイな聖駕はともかく、麗音がノンケな事は知っていたが(でも時々怪しい? しかもアメリカ帰りだし……)、誤解されて甚だ鬱陶しそうな顔を見るのが、何だかとても愉快になって笑い転げてしまった。
「聖駕! こいつを早く向こうに追い出してくれ!」
「萌花……」
 聖駕が気の毒そうに私を見て言った。
「分かったわよ、麗音様の言うとおり!」
 私は立ち上がると、枕を麗音の頭目掛けてぶつけた。
「萌花ーーーっ」
 そう言うわけで、麗音の激怒と共に、私は男二人の怪しい寝室から追い出された。

 
 

 
                     
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