Citron  シトロン
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6


 次の日、教室に入って行くと、机の上に数学の教科書が置いてあり、その上にナイフが突き立てられ、机には”Death”と彫られていた。
そして何ともお洒落なのは、ナイフにクロスの付いたチェーンが巻き付いていた事だった。
感心しながらナイフを手に眺めていると、瑠音が入って来たが、彼は私など無視して横を素通りして席に着いた。
今日も、級友達は遠巻きに私の様子を伺っていたが、相変わらずよそよそしい目で見ている。
私はそのナイフを手に窓際に行き、昨日、瑠音に切られた髪と反対の髪をひと房掴むと、ナイフで梳いて同じ長さに揃えた。
風が吹いて、サラサラと飛んで行く。
空は眩しい程に青く、初夏を思わせるように日差しがきつかった。
髪を払う私を奇異な目でみんなが見ていた。
そして用済みになったナイフを畳むと、昨日と同じく下の噴水池目掛けて投げた。
チャポン、と言って水飛沫が上がる。
丁度、いいところに池があった物だと、私は苦笑した。
やがてホームルームが始まり、一限目の授業が国語だった事もあって、私は机に頬を付けて寝る事にした。
「何だよ」
瑠音が私の視線に気づいて言った。
「教科書無いからふて寝する事にしたの、気にしないで、あんたに背中見せると後ろから刺されそうなので、綺麗な顔を見ている事にするわ」
無表情な顔で、私を見ていた。
それを聞いていた翠がクスリと笑う。
「面白いね、由妃って、至上最強の挑戦者かも」
瑠音はいつものように、口角を少しだけ上げて笑った。
「”第1ステージ”の方が良かったかな、オレと瑠音で由妃を落とすの、」
「やだね、」
瑠音が即答する。
「あり得ないし、あんた達、最悪!」
私が言う。
「ゲームだよ、みんな、ゲームだと分かってて楽しんでいるのさ、真剣に取る方が可笑しい」
”あんた達にとってはね”と、私は心で呟いた。
「由妃、向こう向けよ」
「言ったでしょ、綺麗な顔を見ているって」
私がクスリと笑うと、瑠音はいきなり立ち上がったかと思うと、私の顔に自分の顔を近づけて来た。
「何すんのよ、」
手の平で、その綺麗な顔を押さえる。
でないと、キスする勢いだ。
私が慌てる事を知ってて、わざとやっている。
「鬱陶しいんだよ」
そう言って着ていた制服の上着を脱いで、私の頭へ被せた。
瑠音がいつも着けているシトラス系のトワレが香った。
ま、いいか、折角の暗闇が出来た、このまま寝ようと目を閉じる。
「何だかんだ言って、瑠音、由妃に取り合っているし、」
翠がそう言って笑っている。
そして、瑠音の舌打ちが聞こえた。






 お昼になって、トレイを手に席を探していたら恐ろしい現象にあった。
開いている席を見つけて、歩いて行くと辿り着く前に席が埋まるのだ。
どの席も同じで、私が近寄ろうとすると、必ず誰かが先に座る。
全校生徒を完全に敵に回した事に、今更ながら気が付いた。
しかし、見事な統率力に私はあっぱれ感心した。
トレイを手に呆然と突っ立っている私を、瑠音様は奧の席で笑って見ていた。
こうなればしょうがない、私はカフェテリアから出て外の芝生の上、花びらが殆ど散ってしまった桜の樹の下に座り込むと、青空を見上げながらランチを取った。
これも良いかも、空気は爽やかだし、なんせ断然気持ちが良い。
「キモイ、何笑ってんの」
声のする方に振り向くと、拓人が横に座ろうとする所だった。
「どうしたの?」
「どうしたって、ここオレのランチの場所、君に先を越されちゃったけどね」
そう言って、拓人は持ってきたサンドウィッチの袋を開けた。
「中、煩くて鬱陶しいじゃん、」
「まあね、私どこうか?」
「なんで?いいよ、別にここはオレの私有地じゃないしね」
拓人は笑った。
「私と一緒にいたら、あなたに迷惑かかるかも・・・」
「オレに?誰も手を出す奴なんていないさ」
不適に笑ってる。
「そうよ、チャンピョン勢揃いのジムの息子をどうこうしようなんて、誰も考えないわよね」
見上げると、サクラが立っていた。
「ジムの連中、強面《こわもて》ばかりだからビビッちゃうわよ」
「実は私もLAで少しだけど、ジムに通っていたことあるの、」
「マジ???」
サクラと拓人が同時に言った。
「大袈裟じゃないの、エクササイズみたいなものよ。だって向こうは物騒なのよ、祖父が女の子は身を守る術を知らなければいけないって言って、剣道や、柔道、あらゆる物を習わされたわ、」
「少なからず、ここで役にたつかもよ」
「やめてよ」
私は笑った。サクラも笑った。
「あなたには手を出さないよう、私が守るわ」
「由妃ったら、それは私が言わなければならない台詞なのに、ごめんね何も出来なくて」
「何言ってるのよ、」
目の縁を赤く染めて、サクラが精一杯微笑んでいた。
その横で、拓人は昼寝を決め込むと、目を閉じて仰向けに寝ころんでいる。
時間は穏やかに過ぎて行ったが、教室に戻ってきた私に、再び災難が訪れた。
体操服がズタズタに引き裂かれていたのだ・・・・。
「よくやるわ、でも、誰だか知らないけれど、ありがとう。これで暫く怠い体育の授業サボれそうだから」
回りから忍び笑いが洩れた。
びりびりに破けた体操服を摘むと、私は笑ってゴミ箱に捨てた。
「それとも、私に体操服貸してくれる?」
澄まして、席に座っている瑠音に向かって尋ねた。
亜里沙がその机に腰掛けている。
「いちいち絡んでくるな、」
「だって元凶はあなたでしょう?」
「瑠音が指示しなくたって、駒は揃っているのよ、自由に動いてくれるの」
亜里沙が肩を竦め、悪びれずに笑って言った。
双子の片割れ、コウが微笑みながら自分がやったと言わんばかりに、ナイフで爪を研いでいた。
「だから最初から私達のグループに入っていたら良かったのよ、せっかく仲良くしてあげようと思っていたのに、今のあなたは全校生徒を敵に回しているのよ」
私は声をたてて笑った。
「別にここが総てではないし、ここにずっと居るわけでもないし・・・」
何気なくそう言いかけたが、瑠音の瞳に危うい煌めきを見つけて私は口を閉じた。
「そう言う気なら、君を追い出すまではやめないからね」
やはりそう来たか、私が音を上げてアメリカに帰るまで、容赦なくイジメは続く事になるだろう。
目の前で、せせら笑う瑠音が本物の悪魔に見えた。





 
                        
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