Citron  シトロン
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4


ひとつだけ、意外な事に気が付いた。
授業中、瑠音は居眠りするでも無く、お喋りして授業を妨害するような事も無く、黙って前を向いたまま静かに先生の話を聞いている。
パソコンを開くでも無く、ノートこそ取っていなかったが、至って真面目な態度と言っても良いくらいだ。
その後ろでは、翠が顔を伏せて居眠りしていた。
で、瑠音の子分のような斜め前の席の双子、前多《まえだこう》と、心《しん》兄弟はパソコンに入力する振りをして、エロサイトを開いてニヤニヤしている。
同じように拓人はオンラインゲームをしているらしく、激しくキーを叩いている。
でも、指名された生徒が解く数学の公式がすらすら書き込まれる黒板を見ていると、如何に偏差値が高い学園か知らされる。
机の上に流音から、丸めたメモが投げ込まれた。
『お昼一緒に、ご飯食べよう』
不可解な誘いに、私は変顔を返した。
再びメモが来る。
開くと『ブス』と、書いてあった。
ムカツクので『あんたとは一生ランチはしない!!!』と、書いて放った。
瑠音は上から目線で、”しょうがない奴だ”とばかりに、ふっと笑うと頭を振った。
その時、チャイムが鳴って、教科書を閉じるとそれぞれ席を立って、カフェテリアへと向かい始めた。
「折角、ここのルールを説明してあげようと思っていたのに」
廊下を歩いていたら、横から声を掛けられた。
「ここのルール?笑っちゃう、瑠音のルールでしょ?」
瑠音はニヤりと不適な笑みを零した。
「そう、”瑠音の掟”」
「付き合いきれないわ」
今度は私が頭を振った。
「いいわ、言ってみなさいよ」
「”さからうな”」
「他には?」
「それだけ」
「それだけ?」
「ここでは、それが総てさ」
そう言うと、瑠音はスタスタ前を歩いて行った。
「本当だよ、瑠音の機嫌を損ねると、僕だって君を助けてあげられないからね」
今度は翠が横に並んで歩いていた。
「あんな可愛い顔の裏には、悪魔が棲んでいるからね、」
「どうして、みんなそんなに恐れるの?」
「そのうち分るさ」
不可解な笑みとウインクをひとつ残して、翠は仲間が待つテーブルへと歩いて行った。
カフェテリアの入り口で、急に取り残された私はトレイにパスタランチを乗せると、窓際の席に拓人を見つけて前に腰掛けた。
相変わらずイアホンで音楽を聴いているらしかった。
「何聴いてるの?」
彼は驚いたように顔を上げて私を見た。
「ZtoSoon……」
「ええ?知ってるの?それってアメリカのインディーズのバンドよ」
「そっちこそ、知ってるの?」
「BFが好きだったから……」
急に声のトーンが落ちたのを気づかれませんように……。
「だって私、ロスアンゼルスで育ったのよ、Zto Soonは去年やっとメジャーデビューできたバンドでね、それまでは小さなライブハウスで演奏していたんだから、BFに連れられてよく聴きに行ったのよ」
その彼も今はいない……。
「ええ?いいなぁ、羨ましいよ、ライブハウスで聴けたなんて、」
彼の微笑みを始めて見た。感じいいじゃん。
「何よ、いつからそんなに仲良くなったの?」
サクラがトレイを持って、嬉しそうにやって来た。
「拓人の笑顔見たのなんて、何年ぶりかしら」
サクラが茶化す。
「おまえさ、幼なじみじゃなかったらぶっ飛ばしてるぜ」
ニヒルに笑う拓人だったが、ほのぼのした容姿に迫力はあまり無かった。
「ここには中学から?」
「私達は家が近いでしょ、小学校から一緒なのよ。たまたまここを受験したら拓人が居たってわけ、だってここなら中学で入っておくと、余程成績が落ちない限り大学まで楽だからね」
「由妃は?どのくらい日本にいるの?」
「うーん、一年くらいかな?まだ、考えて無いの、」
それは本当のようで、嘘でもあった。
心が癒えることがあれば、直ぐにでもLAに帰りたいのはやまやまだったが、今はまだ色々な意味で、そんな事は考えられなかった。
ただ、帰ろうと思えば何時でも帰れる家があるのは心強かった。
後は、自分の再生能力を信じようと思う。

「由妃さん、良かったらこれから校舎の案内をしようかと思うんだけど、いいですか?」
食事を終えてトレイを返していたら、栗原歩美に声を掛けられた。
昨日とは打って変わって元気そうだし、黒髪を後ろで束ねて優等生然としていた。
私は彼女の後を付いて長い廊下を歩いていた。
「昨日はごめんなさい。案内すると言って、さっさと帰ってしまって……」
「いいえ、大丈夫ですよ」
「一昨日、一条家の玄関でぶつかりましたよね、朝、転校生だって紹介されたとき、私、あなたに気が付いて動転してしまったの、あんな醜態見せてしまったんだから……」
全く持ってどう返答したら良いものか悩んでしまう。
私が瑠音の所行について謝る立場にも無いし、彼女をどう慰めたら良いものかも分らなかった。
「彼らのゲームにまんまと引っ掛かった自分が恥ずかしいけど、もう、吹っ切りましたから……」
「前向きなんですね、」
「あの笑顔で迫られると、拒めます?本気だと勘違いするか、そうじゃないって分っていても、つい許してしまいそうになる……」
「好きだったのね?」
「隠してきたのに、それが仇になっちゃった……、”お高い女だから口説き落とそう”って、思ったんだって……」
そう言って歩美は少し涙ぐんだ。
「瑠音がそう言ったの?」
「いいえ、私達がその……ベッドに横になったとき、こっそり現われ写真を撮った亜里沙さんがそう言ったの……写真はゲームオーバーでもあり、証拠なの」
反吐がでそうな悪行だ。
ま、最後まで行かない所が救いなのだろうか……。
でも、誰の為の?

時間も余り無かったので、足早に校舎を案内してもらい教室まで戻って来た時、廊下に亜里沙とその取り巻きである女の子二人、そして瑠音や翠と言った連中が勢揃いしていた。
私達に気が付くと、クスクスと忍び笑いが零れた。
「優等生も形無しね、こんな写真を撮られてしまって」
亜里沙は携帯を開いて、瑠音と歩美の良からぬ写真を見せた。
見る間に歩美の頬が染まる。
しかし、気丈にも歩美は無視して彼らの横を通ろうとした所、瑠音に腕を捕まれ行く手を阻まれた。
「悪かったよ、君が本気になるなんて思いもしなかったんだ……」
瑠音は悪びれず、泣きそうな歩美に止《とど》めを入れる。
「やめて、瑠音君……」
「君は優等生が似合ってる、駄目だよ、誘惑に負けちゃ」
「私が止《と》めに入らなければ、あなた今頃バージン無くしてたのよ、感謝して貰わなくちゃ」
亜里沙の言葉に周囲が湧いた。
「綺麗に撮れてるのよ、携帯持ってらっしゃいな、写真送ってあげるから」
歩美の頬から涙が一筋零れても、彼らは容赦なく笑い続けている。
遠くでサクラが心配気にこちらを見ていた。
下げずむ笑い声が、私の頭の中で木霊していた。
たまり兼ねた私は、亜里沙の手から携帯を取り上げた。
「じゃ、私にこの携帯頂戴」
唖然としているみんなが見ている中、私は教室を抜けて窓際まで行くと、外の噴水池目掛けて亜里沙の携帯を投げ入れた。
チャポン……、水飛沫を上げて一瞬にして携帯は底に沈んで行った。
「きゃーーーーっ!!」
亜里沙の悲鳴があがる。
ざわめく観客、サクラは頭に手を充てて呆然としている。
「何するのよ!」
回りのどよめきとは裏腹な、瑠音の真顔を見た私は、彼がかなり怒っているのを目の当たりにした。
モーゼが十戒を授けられる前に海を割ったように、今、人垣を二つに別けてゆっくりと側に歩いて来る。
その瞳に、怒りのの炎を揺らめかせ、私を見据えていた。
「由妃……、何てことするんだ。僕の亜里沙を悲しませる奴は許せない」
静かにそう言うと、指で銃の形を作り、私の眉間に標的を定めた。
「おまえは”第二ステージ送りだ!”」
回りから唸り声が洩れた。

そして瑠音は、”バン”と、声を出さずに唇を動かして、不気味に笑った。
 





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