Citron  シトロン


~ boy meets girl ~
最終話
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29





あの、最悪の日から一週間が経った。




四組の男の子二人と、長谷部絵里は当然の如く退学処分となり、恐ろしくもおぞましい事件の発端者が、自分の孫であったことにショックを受けた真紀子さんは、温情を求める次男夫婦の声にも耳を貸さず、速攻で彼女をイギリスの寄宿学校へ入れることを決めた。
だが、現在は向こうがそろそろ夏休みに入ると言う事もあって、まずは語学学校で暫く勉強してから新学期を向かえる予定で、亜里沙は有無を言わさずイギリスへ送られたのだった。


意外な事に、瑠音は亜里沙を黙って見送り、あっさり決別したようだった。


…どうだろう?


あんなに愛してるとかほざいていたのに…。
薄情すぎないだろうか?
それとも、そんなに亜里沙に対して怒っているの?
だとしたら、彼女には可哀想だけど、少し嬉しいような気もする…。






学園では瑠音が私にぞっこんだと言う噂が流れるも、(実際、公然と平気で私を好きだと言って憚らない)なぜだかヤツはさっさと亜里沙の後釜を作って、一学年上の綺麗な女の子を横に侍らせて廊下を闊歩している。


やっぱ、瑠音は理解不能だ…。


「あの時、ほんとに瑠音が由妃の事尋ねなかったら、大変な事になっていたんだよね、そう思うと今でも怖くって」
カフェテリアでサクラが神妙に話した。
その横では、拓人がランチに付いているカップスープを飲んでいた。
「ほんと助かったわ、サクラにも拓人にもみんなに感謝している」
思い出しても震えが来る。
「で、車を止めるなり瑠音が掛けだして行ったでしょ?丁度、それを見かけた翠も拓人も何かあったんだと思ったんじゃない?二人とも彼の後を追ったの、だって、瑠音が血相を変えて走るだなんて、ただ事では無いでしょう?」
「見たこと無かったよ、瑠音のあんな必死の形相」
拓人はフォークにパスタを絡めながら笑って言った。
「私ね、最初、これは瑠音の仕業かと思って、彼に尋ねたら怒られちゃった」
「そりゃそうだろ!当然だよ、それ酷いや、瑠音が怒るに決まってる。悲痛な顔して君を捜し回ってたんだから」
テーブルの向こう側、一画を陣取っている人々の中にいた瑠音をチラリと見やる。
結局は一緒にランチを食べる分けでも無く、休憩時間に話をするでも無く、亜里沙が居たときと殆ど代わり映えのしない毎日だ。
瑠音の隣には、亜里沙の変わりに別の綺麗な女の子が侍り付き、私は相変わらずメトロでサクラや拓人と通学している。


でも、二人の間に微妙な変化があるのを私は知っている。
季節の移り変わりのような、微かな風向きの違いを肌で感じる瞬間が・・・。


ふと、瑠音がこちらを向いた。


その真っ直ぐな視線に囚われて、私の心臓がドクンと揺れた。










     ***  ***  *** 







「ひとりで何笑ってるんだよ」
東屋でいつものようにメールチェックをしていたら、瑠音がレモネードのグラスをふたつ持って現われた。
薄いブルーのギンガムチェックのシャツが爽やかで、天使のような笑顔と相乗効果をもたらしてとても似合っていた。
「あ、今僕に見とれてたでしょ?」
そう言いながら隣に座る瑠音は微笑んでいてる。
そして、私について、相変わらず感も鋭い。
「え?やだ…」
私は言い当てられて、少し頬が赤くなる。
「夜出かける時には恐ろしく派手柄のシャツなんて着るのに、昼間はそんな爽やかな恰好して、性格同様ムラがあるなぁって思っていたの」
「素直に見とれていた、って言ったら?」
賺した顔して、私を見ながらレモネードを飲んでいる。
まったく持って、その自信満々な性格は変わらない。
「誰からのメール?」
「瑠衣から」
途端、瑠音の目が細くなる。
「何で瑠衣と?」
「何でって、あなたにイジメられたら報告してるの」
「あれから、してないよ…」
瑠音の顔が少し曇る。
本気にしないでよ…と、私はクスリ心の中で笑った。
「夏休みにアメリカに戻っておいでって、帰ろうかな…」
「駄目!」
瑠音、即答。
「どうして?」
「僕と一緒に遊ぶの、日本に来てどこにも行ってないでしょ、行きたい所連れて行ってあげるよ」
「何でよー、笑っちゃう、亜里沙の後釜も出来たことだし、綺麗な彼女と遊べばいいじゃない」
瑠音が口角を上げた。
「もしかして妬いてる?」
「誰が?」
「由妃」
「無いから!」
「由妃が僕の相手してくれないからいけないんだよ、男の子はね、はけ口がいるんだ」
悪びれず綺麗な顔して微笑みながら、平気でそんな事言う。
女好きは、相変わらず治っていない。
「瑠音!何の話よ、もう、あっち行って」
その肩を突いて、彼を遠ざけようとすると手首を捕まれた。


「瑠衣とメールするの止めろよ」                         

                                  
「どうして?」
「気に入らない」
「そっちこそ妬いてるんじゃないの?」
私は冗談交じりにフッと笑った。
「うん、妬いてるよ。由妃が瑠衣のこと好きなの知ってるからね。でも、最初は僕のこと好きだったはずだけど…」


あの日、泣いて瑠衣を見送った日から瑠音は誤解している。


瑠音は私を見ていた。


この気まぐれな天使に、どう返事して良い物か悩んでしまう。


「…その事だけど…」
「…由妃が、瑠衣の代わりに僕を見ていたとしても我慢するよ」
長い睫で瞳を曇らせている。
外の光の中で見る瑠音の瞳は、そんな薄い黄橡《きつるばみ》色していただろうか、とても綺麗だった。
きっと、今まで何でも手に入ってきた瑠音の、最大の譲歩の言葉だと思うと胸が熱くなる。
「瑠音…」

「でもね、いつかきっと、君は僕を好きになる…」


瑠音の瞳に射竦められて、私の胸がざわざわと高鳴る。


「どうしてそう思うの?」
「そんな気がする…」
そして、極上の笑顔を私に振りまいた。


瑠音はそう言いながらも、私が拒否出来ないことを知ってて、微笑みながら顔を近づけて来た。


もう既に………、でも、その事は当分黙っていようと思いながら、瑠音の甘い唇の誘惑を受け止めるのだった。










                              END











                        


                       







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