Citron  シトロン
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28




再び男の子達が腕を掴みながら私を立ち上がらせると、実験台の上に私を無理矢理横たえさせた。
 

起き上がろうとするも、ひとりの男の子が私の両肩を押さえ、もうひとりが足を押さえつけていて、彼らの腕力には到底敵わず身動き出来ない。


まるで展翅板《てんしばん》の上の蝶が、針で刺されているみたいに・・・。


彼らは相変わらず蛇のようなねっとりとした薄笑いを浮かべていて、これから起こるだろう最悪の事態を想像して、私は恐怖に竦んでいた。


誰か・・・、・・助けて!


彼らの手が制服のリボンに伸びてきた。
「や、やめて!」
「どうする?亜里沙、やめてだってさ」
笑いながら男の子が顔をあげて、亜里沙を見ている。
亜里沙は勝ち誇ったように、甲高い声で笑った。
それが合図のように、再び彼らの手が私の制服を無理矢理脱がそうとして、ボタンに手を掛けてきた。


暴れれば暴れるほど、容赦なく肩を押さえつけてくる手は一層きつくなり、足を押さえている指が肌に食い込んでくる。


一つ、二つ、制服の前ボタンが弾け飛んだ。


私の目から涙が溢れた・・・。


亜里沙の高笑いが、実験室に響いていた。
そして、男の子の手がスカートに伸びてきた時、私は大声で叫んだ。
「助けてー!!!」
彼らの薄笑いと、熱い息が耳元に掛かる。
「ここには誰も来ないわよ、観念するのね」
亜里沙は、ゾッとするような残酷な笑みを浮かべて、私を傍らから見下ろしていた。


視界が涙で霞む。


何故か瑠音の顔が浮かんだ。


これは、あなたが仕組んだことなの・・・?


今にも抵抗する力が尽きそうだった。



その時、教室のドアが乱暴に開き、誰かが入って来る気配がした。


次いでガラスの砕ける音と、鈍い音が交差するも、何が起こっているのか私はショックで、実験台の上、横になったまま動けなかった。


「由妃!大丈夫か?・・・」


肩を触られて私はビクついた。


目を開けるとぼんやり瑠音の顔が見えた。


両手で私の頬を優しく包んで、覗き込んでいた。
後ろではまだ、誰かが彼らを殴り倒している。
ガラスの割れる音や、椅子が倒れる音が断続的に続いている。
「いや・・・、離して・・・」
「もう大丈夫だから・・・由妃、」
瑠音の手を振り払うように、顔を・・・そして身体を背けた。
怖い、誰を信じて良いのかわからない。
「あなたの・・・仕業なの?」
「由妃!どうして、僕がこんなことすると思うんだ!」
両手で無理矢理顔を向けさせられて、真剣な瑠音の顔を見たとき、その苦痛に満ちた表情から、彼の仕業では無い事が分かった。
涙が止め処なく溢れて、瑠音の顔が霞む。
「亜里沙!」
瑠音が大声で罵倒する。


「瑠音がいけないのよ、あなたのせいよ」


「覚えとくよ、でも、こんな事をしたお前を許さないからな、」


静かにそう告げた瑠音の視線は決然としていた。


流石に瑠音に睨まれてたじろいだ亜里沙は、教室を走って出て行った。


「由妃・・大丈夫か?」
瑠音は私に頬を寄せて再び尋ねた。
美しい顔に浮かぶ苦渋の表情が見て取れた。
「怖かった・・・」
「ごめん・・・」
項垂れた瑠音の額が、私の額にそっと触れた。
「あなたを信じていいの?・・・」
「由妃に嘘は吐かない」
きっぱりとそう告げた。
私が瑠音の背中に手を回すと、瑠音は私の上半身を抱き上げ、台の上に座らせると顔を覗き込んで尋ねた。
「・・・何も・・・されなかった?」
私がゆっくり頷くのを待って、瑠音は大きく息を吸い込んだ。
「良かった・・・」
そして一層きつく抱き締める。
「あのさぁお二人さん、僕らのこと忘れてない?」
その声に振り向くと、拳を真っ赤にした拓人と翠が、額に汗を浮かべて立っていた。
「あいつらかなり痛めつけといたよ、逃げて行ったけど、まあいいだろう。証拠はあるしね」
翠が言う。
「当然、退学だな」
瑠音はあっさり、残酷に告げた。
専制君主ぶりが、チラリと久し振りに覗いた。
「僕ら少し外で待ってるよ」
いつものオチャラケた態度は影を潜め真面目な顔した翠がそう言い、拓人はそれに同意して頷くと泣き腫らした私を気遣うように見ていた。
「ありがとう、翠、拓人・・・」
そして、二人は照れくさそうに微笑むと、部屋を出て行った。




どのくらい時間が経ったのだろう・・・。
瑠音の胸で、私は少しずつ平静を取り戻して行った。
「瑠音、来てくれてありがとう・・・もう、ダメかと思った・・・」
「校門でサクラを見たんだ、確かに由妃と一緒に教室を出たのに、どうしたんだろうと思って尋ねたら、絵里に呼び出されたって聞いて嫌な予感がしたのさ・・・、大当たりだろ?」
「気に掛けてくれてありがとう・・・じゃないと私今頃・・・」
思い出すと恐怖に見舞われ、私は瑠音に再びしがみついた。
「いつも僕の頭は由妃の事を考えているのに・・・、由妃ときたらこれも僕の仕業だと思っていたんだろう?・・・傷つくなぁ・・・」
「だって、今までが今までだったでしょ・・・、私はずっとあなたに傷つけられていたんだから・・・」
「そうだね・・・、ごめん・・・」
その時、瑠音は少し腕を緩めて神妙に私の顔を覗き込むと、顔に掛かる髪の毛を優しく払って言った。
「あの日・・・、君がスーツケースに腰掛けて玄関で佇んでいるのを見た時、僕の心は騒いだ・・・、隣には亜里沙がいたけど、君の側に行きたい程に・・・」
「あの時、私はあなたに呆れていたのよ、悪さは一目瞭然だったから・・・」
「分かってる、最悪の現場を押さえられたんだからね・・・、だからってそのイメージを扶植しようとも思わなかったけど、総てが僕だから・・・」
私は笑った。
瑠音らしい・・・。
「子供じみてるけど、僕は君に抵抗していたんだ・・・、君を否定し続けていた・・・」
「瑠音・・・」
「そうさ、一目惚れなんてあり得ないって・・・・」
見たことの無い、瑠音の真剣な表情に胸が詰まった。
嬉しくて涙が零れた。

「最近は抵抗しなかっただろう?何度も言ったよね、”君が好きだ”って」
「冗談かと思っていたわ・・・、でも、ありがとう瑠音・・・」
瑠音は微笑むと、親指で私の涙を拭ってくれた。
「それと、他にも言うことがあるんじゃない?」
「え?」
「”アメリカに行かないで”って」
「それは・・・私が頼んでも”止めない”って言ったのは誰よ」
「気が変わったかも?・・・言えよ、由妃・・」
瑠音はとびきりの笑顔を私に向けている。
「こんな時に、ずるい・・・」
「知ってるだろう?僕がどんな男か・・・君はいつも言ってるじゃないか」
そう、天使の顔を持つ、綺麗な悪魔・・・。
私は笑った。
「由妃、」
瑠音は微笑みながら私の顔を伺うように、悪戯な目をして覗き込みながら返答を催促をしている。
その、とろけるような笑みには到底適わない・・・。


「瑠音・・、行かないで・・・」
「うん」
満面の笑みを浮かべた瑠音の瞳がキラリと光った。


ああ、切り札を渡してしまった予感がする・・・。


でも、今の私には瑠音の腕の中だけが、安らげる場所であることに違いなく、その背中のシャツをぎゅと握りしめた。












                        






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