Citron  シトロン
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27




瑠音がアメリカに行く・・・。


その言葉を聞いた時から、私の心にぽかりと空虚な空間が広がった。
こんなにも、私の中で広がり続ける彼の存在に戸惑いながらも、否定すらできない事実をそろそろ私自身認めなくてはいけないと思う・・・。


瑠衣が去って三日経った。
あれから言葉通り瑠音は私に近寄っても来ないし、話し掛けても来なければ、家や学校ですれ違っても目を合わす事も無く、ある意味徹底的に無視された。
そして、それが良いのか悪いのか私には分からない・・・・。




そんなある日の夕刻、ひとり東屋でパソコンを見るとも無しに見ていたら、珍しい事に亜里沙がふらりと現われた。
見た所、可愛い顔を歪めたその表情から、恐らく友好的な話題では到底無さそうに見えた。
「聞いたわ、あなた瑠音と賭けをしたんですってね、」
どこまで聞いたのだろうか、その瞳は憎しみに満ちていて、腕組みをしたまま私の前に立ちはだかって見下ろしていた。
「瑠音が賭けに負けたからアメリカに行くって言ってるんだけど、本当なの?」
「負けたら”平穏な学園生活が送れるようにする”って、彼が言ったのよ、」
「どうしてアメリカなのよ?」
「それは分からないわ、彼が決めた事であって、私だって瑠音がアメリカに行くなんて言い出したから驚いているんだもの」
「あなたでは無く、瑠音がここを去るのはおかしいわ、ここは彼の家なのよ、」
「だから、私には分からないと言ってるでしょう?理由は彼に聞けば?」
「瑠音は”約束だから”としか言わないの、そんな約束や賭けなんて卑怯だわ、」
総ては彼が言い出したことであって、私に止める術は無く、そうすることが正しいのかどうかさえも分からなかった・・・。
結局、いつも瑠音に振り回されている・・・。
「でも、瑠音がアメリカに行くことになって家族と一緒に暮らせる事が、喜ばしい事だとあなたは思えないの?一人だけ日本に残ってるなんて変でしょう?家族なのに・・・」
亜里沙は恐ろしく冷たい目をして失笑した。
「そんなの、理由にならないわ、瑠音は瑠衣以外は家族だとも思っていないんだから、あなたは瑠音のことを知らなさ過ぎる、それともそれで知ってるつもり?」
「じゃ、ここに居て欲しいのなら、あなたが引き止めたら?」
私は知ってる、瑠音がこうと決めたらきっと誰の言う事も聞かないだろうと言う事を・・・、きっと亜里沙が止めてもやめないから彼女が私に文句を言って来ているのだ・・・・。


そんな彼なのだ。


そして、私だって戸惑っている。
”平穏な学園生活”が、単なる私への無視程度かと思っていたら、彼自身が目の前から居なくなるなんて想像もしていなかったのだから・・・。
「あなたのせいで瑠音がここから居なくなっちゃうなんて、許せない!」
「私のせいだとしたら謝るわ」
私が冷静になるほど亜里沙は逆上し、長椅子のクッションを掴んだかと思うと、それでテーブルの上に置いてあったノートパソコンや、グラス、携帯を払いのけてたので、テラコッタの上に落ちて散乱した。
砕けたグラスから零れたレモネードが広がっている。
「覚えていなさい!あなたを許さないから」
美しい顔を歪めてそう吐き捨てると、亜里沙は踵を返して去って行った。








学園では、密かに瑠音がアメリカに行くと噂が流れ始めていた。
今日も廊下で、以前、携帯を瑠音に壊された女の子に呼び止められた。
「瑠音先輩がアメリカに行くって本当なんですか?」
この前、あんなに酷い事をされたのに、それでも悲痛な半泣きで私を見ていた。
まだ瑠音教は冷めてないらしい。
「どうして知ってるの?」
「みんなが噂しています、何でも、由妃先輩との賭けに負けたとか・・・」
いったいどこから”噂”は広まるのだろう。
「ほんとうなんですか?」
「賭けの話は別としても、アメリカ行きは多分ね・・・、彼の気が変わらない限り・・・」
誰が喋るのだろう、早いなぁ・・・。
みんなが落胆していた。
そして、私に罪悪感が生まれる・・・。




教室に入り机に着くと、翠が話し掛けてきた。
「由妃、瑠音を説得してくれよ、アメリカに行くなんて馬鹿な考えはよせって、」
「どうして私が?言うわけないじゃない、散々痛い目にあってきたのに」
チラリと瑠音を見るも、相変わらず彼は顔を上げようともせず、聞こえてないのか聞こえない振りをしているのか、携帯をじっと見ている。
いわゆる、無視って言うやつだ・・・。
「うわっ、冷てっ、でも、そうだよな・・・」
翠はひとり納得している。
瑠音は相変わらず携帯から目を離さない。
「オレ、瑠音がいなくなると困るんだよなぁ、」
「どうして?」
「だって、オレ瑠音の事好きだもん、」
私を見ながら、翠は大真面目な顔をしてサラリと言った。
「え?・・・ど、どういう意味よ」
「え?あー、由妃!今変な風にとっただろ?」
私は思いっきり頷いた。
「ふたりはそう言う関係なの?」
ゲイとか、ホモとか・・・・?
「バカかお前、」
その時、始めて瑠音が私を見て言った。
本気でバカにしてる時の顔で、眉間に皺を寄せて目を細めている。
「”つまらない”って意味だよ」
「だって、アメリカじゃちょっと可愛いくて、お洒落だなって思う男の子がいると、大抵はゲイだったりするのよね、」
「ここは日本です。それにマジでそう思ったわけ?こんなに女好きの二人を捕まえて、」
翠が呆れたように私を見て言った。
「それもそうね」
変に納得する私・・・。
「だろ?」
嬉しそうに微笑む翠は、意外と単純なヤツかも知れないと私は思うのだったが、その傍らの少年については、摩訶不思議でつかみ所が無く相変わらず対処に困る。
「ねえ、朝からみんなに聞かれるんだけど、ほんとうにアメリカに行くつもり?」
瑠音は更に目頭に力を入れて私を睨んだ後、無視するように携帯に再び視線を落とした。
お、怒ってる?・・・。
「由妃、無視されてやんの、」
「瑠音、」
「うるさい!”行かないで”とか自分が頼んだら、止めるとでも思ってるのか?」
ムカツク言い方!
彼は再び目を上げるも、冷淡な瞳には以前私を見ていた時と同じく、嘲りが炎の如くチラホラと見え隠れしていた。
「ぜーったい、言わない!」
「止めないから」
瑠音は澄ました顔でそう言った。
賭けに負けたからって、ほんとうに私の前から居なくなってしまう瑠音では無いだろう、それは言訳で、家族との仲直りが出来る絶好の機会で、その事はきっと誰も知らない・・・。
そう思う事で気を紛らそうとしたが、左隣に瑠音の気配を感じながらも、そこが空席になるのかと思うと溜息が出たのだった・・・。





「亜里沙はどうするのかなぁ・・・」
サクラがぽつりとそう言った。
帰りのHRが終わって、いつものように私とサクラは教室を出て廊下を歩いていた。
「まさかアメリカまでは付いて行かないでしょ」
「さぞかし由妃を恨んでるんでしょうね、」
賭けについての一連の出来事をサクラに話すと爆笑し、瑠衣と同じく”由妃のこと本当に好きなんだね”と、最後には真面目な顔して言った。
私は苦笑いを返すしかない。
「由妃さん!」
その時、私の名を誰かが呼んだ。
そして、声を掛けた人物を見やると、亜里沙の取り巻きのひとり長谷部絵里が横に立っていた。
「ちょっといいかしら?」
話がサクラに聞こえないよう手招きをした。
そして、私が近づくと耳元で囁いた。
「亜里沙が瑠音の事であなたに話があるんだって、一緒に来て貰えないかな?」
気が重かったが、今日断っても、必ず明日同じ事を言われそうだし、嫌な事はさっさと済ました方が良さそうだ。
「サクラ、ちょっと用が出来たの、先に帰ってくれる?」
「大丈夫?」
サクラは相手が相手なだけに、心配そうな顔をして寄越した。
「大丈夫よ」
私は安心させるように微笑むと、手を振ってサクラが玄関を出て行くのを見送った。


さて・・・。
気が重いが、亜里沙とはちゃんと話し合って置かなくてはいけないと思う。


「こっちよ、来て」
絵里は第一校舎を抜けて、土曜の授業も引けて人影もまばらになった第二校舎の渡り廊下を通り、薄暗い理科室へと案内した。
遠くのグランドで部活をしている人達の喧噪が、時折届くくらいで誰にもすれ違う事無く、辺りはしんと静まり返っていた。
絵里が教室のドアを開けると、中には亜里沙が椅子に座り、彼女と同じクラスの四組の男の子二人が、その脇を固めるように立っていた。
「よく来てくれたわ」
亜里沙は昨日とは打って変わって笑顔で応対した。
「話しって?何?」
「どうやって、瑠音の気を惹いたのか知れないけれど、あなたの思い通りに瑠音が動くなんて許せないわ、今まで瑠音は私の言う事以外、誰の言葉にも耳を貸さなかったのに・・・言ったでしょう?私あなたを許さないって」
「だから?」
「まったく、その強気な態度はどこからくるのかしら?気に入らないのよね、痛い目に合わないと分からないようね」
亜里沙はそう言うと、男の子に向かって何やら目配せをした。
タチの悪い薄ら笑いは、コウやシンと又質が違っていて、その視線はゾッとする程私に絡んで来る。
彼らは躙り寄って私を捕まえようと側に来た・・・、私は思わず入ってきたドアに向かったが、絵里が出て行けないようドアの前に立ち塞がった。
彼女をどけようとしてる内に、あっと言う間に後ろから男の子に肩を掴まれる。
そして亜里沙の前に連れて行かれると、強引にその前に跪かされた。


「あなたには、ほんと我慢ならないわ、自業自得だと後悔するのね」


亜里沙の傲慢な微笑みに、私の背筋が凍り付いた・・・。
  













                        
                        







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