Citron  シトロン
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25




瑠衣のシュートは1pの狂いもなく、綺麗にボールはリングを潜った。


そして、試合終了のホイッスルが鳴る。


大歓声の中その場に崩れ落ちる、3クラスの面々・・・、みんな、仰向けになって力尽きていた・・・。


一方、三年生チームは勝利の雄叫びを上げて喜んでいる。
下級生も手を叩いて祝福していた。
これも瑠衣人気の賜なのだろう。


崩れ落ちたままの瑠音に駆寄る亜里沙だったが、放心状態の彼は立ち上がる気配が無かった。
余程悔しいのだろう。
これで二年連続負けた事になるのだから・・・。




熱気醒めやらない会場の中、私の側に瑠衣がやって来た。
「言った通りでしょ、僕が勝つって」
瑠衣が苦笑する。
「優勝おめでとう、」
「ありがとう。でも、どうする彼奴?ショックで立ち直れないよ」
寝転がったままの瑠音を見て、笑いながら瑠衣が言う。
私達の視線に気が付いたのか、その時、瑠音が顔をこちらに向け私達を見た。
「良い経験になったんじゃ無いのかな?上には上がいて、総てが思いどうりには行かないって、」
「そうだね」
私達が笑っている所を、コートの上で、まだ横になったままの瑠音が睨んでいた。


本当にどうするつもりだったの?
ねぇ、瑠音・・・、本気なの?冗談なの?
私には分からない・・・。





表彰式の後、ホームルームに集まった教室では、いつもと変わらぬ賑やかさが戻っていたが、翠も瑠音も疲れたのか机に突っ伏して寝ていた。
コウとシンは級友と試合の話で盛り上がっていたし、拓人は相変わらずひとり静かにゲームをしていた。
担任が選手の労を労った後、簡単に伝達事項を述べてホームルームは終わった。


教室から出ると、どのクラスもホームルームが終わったばかりで、廊下は生徒で溢れごった返していた。
「由妃、一緒に帰ろう」
声の方に振り返ると、瑠衣が省吾さんと一緒に階段を降りて来る所だった。
シャワーを浴びた髪の毛が、まだ濡れていて漆黒に輝いている。
ま、今日くらいは瑠衣もいるから、一緒に帰ろうかと思った。
「お疲れさまでした」
私が二人にそう言うと、彼らは嬉しそうに微笑んだ。
「瑠音は?」
「まだ教室にいたから、直ぐに来ると思うけど」
「機嫌悪そうだよな、あの調子じゃ」
瑠衣が言う。
「教室でもSHの間、ずっとふて寝してたわ」
私達は笑った。
「じゃ、由妃またね!瑠衣先輩お疲れさまでした!」
「瑠衣先輩、楽しかったッス、」
「またな、拓人!」
瑠衣が手を振ると、拓人は嬉しそうに微笑み、サクラと一緒に軽く会釈して玄関を出て行った。


「今度、何時帰ってくる?」
省吾さんが瑠衣に尋ねた。
「うーん、どうかな?夏休みかな・・・、それとも省吾がアメリカに来る?」
「それは、どうかな受験生なんだぜ、一応」
省吾さんは笑った。
「じゃ、由妃は?夏休みは実家に帰んないの?向こうで会おうよ」
「あ、それいいかもね、素敵!」


「瑠衣を狙ってもだめだよ、瑠衣には彼女がいるんだからね」


後ろに瑠音が立っていた。
冷ややかな声に、みんなの顔が強ばる。
「何言ってるの?」
信じられない!
試合に負けたからって、そんなに機嫌が悪いの?
そして、何故か眉間に皺を寄せて私を睨んでいる。


「十七年前、君の母親は獲物を逃がしたかも知れないけど、それは血筋かい?」


バチーン。


私は思いっきり、瑠音の頬を打った。
学生で賑わっていた吹き抜けの広いエントランスに音が響いて、一瞬で辺りは静まり返った。
きっと、瑠音なら私の腕を掴むと思っていたら、意外なことに彼は易々と殴られたのだ・・・。
「瑠音・・・」
呆れたように、諭すように、瑠衣が瑠音の名を呼ぶが、彼はそのまま玄関を出て行き、さっさと車に乗り込むと一人で帰ってしまった。
「バカなヤツ・・・」
瑠衣は車を見送りながら、ぽつりとそう呟いた。
「送るよ、一緒に帰ろう」
省吾さんの申し出を受けて、私と瑠衣は彼の車に乗り込んだが、車内には重苦しい沈黙が漂い、さっきまでのお祭り騒ぎの余韻はとうに消え失せていた・・・。






結局、その夜、瑠音は外泊したきり帰って来なかった。


次の日は休みで、お天気が良かったから、東屋でメールのチェックをしようと来てみたら、先に瑠衣がそこにいた。
「あ、ごめんなさい」
「いいよ、おいでよ、僕もパソコンしていたんだ」
瑠衣はにこやかに微笑んで、長椅子を少し避けてくれた。
「向こうの先生って、授業に出なければそれなりのレポート提出しろって煩いんだよね、毎日、レポート作りで頭が痛いよ、」
「英語は問題ないんでしょう?」
「まあね、日常会話には不自由しないけど」
「じゃ、大丈夫よ、あなたも、瑠音も頭が良いって聞いてるから」
自分の口からするりと”瑠音”と言う言葉が出て、私は少し動揺する。
それは瑠衣も同じだろうか、言葉に詰まったように遠くを見た。
「彼奴、昨夜帰って来なかったよ、余程、負けたのがショックだったのかなぁ・・・」
「自信満々だったから・・・」
「彼奴はいつもだよ、そして傷つきやすいんだ・・」
瑠衣は、はにかむように笑った。
「君を傷つけるような事を言っておきながら、あれで自分も傷ついているんだ、矛盾してるだろ・・・・」
「やっぱり瑠音の事を、一番理解してるのはあなたね、」
「僕?そうだよ、彼奴は可愛い弟だからね。ガキだけど・・・」
私達は笑った。
「でも、どうして君は妹だなんて嘘をついたの?」
「ああ、それはね散々私のことをイジメておきながら、ある日突然”僕の彼女にならないか?”とか”由妃は僕のことが好きだろう?”とか、かって言って煩かったから、妹ってことにしておいたら、放っておいてくれるかと思ったの」
「彼奴はそれでも、”禁断の果実を囓る”賭けをしてきたんだ?」
瑠衣は吹きだして大笑いしている。
「瑠音って、変ですよね?」
「よっぽど、君の事が好きなんだよ」
「亜里沙を愛してるから、彼女の為なら死ねるとか言ってるくせに、どうして私のこと好きだなんて言うのか、不思議でならないわ・・・」
「ま、亜里沙はある意味、妹みたいなものだからね、愛してるとは思うよ。嘘をつくヤツじゃないから、君のことが好きだって言うのも本当だと思うし、」
瑠衣はまだ笑っていた。
「で、君はどうなの?」
「え?」
「好きなんでしょ」
私は言葉に詰った。
癪だけど瑠音の気分に会わせて、私の天秤は日々上下する。
彼が真面目に話をすると心が揺れるし、冗談だと分かるとムカツク・・・。
「確かに、彼奴を理解するのはとても大変だけど、面白いよ」
「迷惑なんです!」
瑠衣はクスクス笑っている。


「私、瑠衣にどうしても聞きたいことがあるんです、」
「何?」
「瑠音には詮索するなって言われてるんだけど・・・気になって、瑠音が”弟を車で殺そうとした”って言うんですけど、それって本当なんですか?」
「それか・・・」
少し、瑠衣の瞳が陰ったのを見て、質問を後悔した。
「話せば長い話にはなるんだけど、簡単に言うと、僕と瑠音の母親が今の母とは違うのは知ってるよね、」
私は頷いた。
「両親が離婚したとき、今の母は既に一番下の弟、陸を身ごもっていたんだ。僕が6歳瑠音が5歳だった。そして後妻として入って来たんだけど、瑠音の気性じゃ懐くわけ無いよね、自分の母を追い出した人だから・・・、当然、成長するに従って父親とも弟とも上手く行かず、いつも口論の毎日だった。唯一、瑠音が家族の中で話をするのは僕と、今年10歳になる妹のまりあだけなんだよ。アメリカに転勤が決まった今年の初め、いつものように親父と瑠音は喧嘩してね”僕はアメリカなんかに行かない”って家を飛び出して、義母の車を車庫から出した所へ、陸が飛び出したんだよ。頭を打って救急車で運ばれたんだけど、幸い軽い脳しんとうと、右腕の骨折で命に別状は無かったけどね、その時、陸は”瑠音にわざと車で跳ねられたんだ”って言ったんだよ。父は瑠音の素行に関しては日頃から眉を顰めていたから、瑠音が何を言っても聴きやしなかったんだ、そして激怒して当然のごとく瑠音を日本に残した・・・」
何だか可愛そうだった・・・。
「ま、そういう顛末さ・・・、一部始終は、庭で兼さんが見ていたので、僕にこっそり教えてくれたんだけどね・・・」
「どうして弟さんは、そんな嘘を?」
「義母はね、僕が言うのも何だけど、そんなに悪い人でも無いんだよ、僕ら兄妹にも気を使っていろいろ世話は焼いてくれるんだけど、瑠音はとにかく母が好きだったから、彼女を恨んでいるんだ・・・、と言うより、もうどうでも良いんだろうけど、仲直りする機会を完全に失ってしまったんだ・・、陸は陸で、いつも自分の母に盾突く瑠音が嫌いでね、あの日は、義母を侮辱した瑠音に謝らそうとして後を追ったら、ガレージの中からいきなり車が出て来て逃げる間が無かったって・・・、そして、”瑠音が憎かったから嘘を吐いてしまった”って、アメリカに着いて暫くしてから僕に告白したんだ・・・あいつも、冷静になってみると瑠音をひとりだけ日本に残してしまう原因を作ったと、罪の意識にかられたんだろうね、」
「お父様は、真実を知ってるの?」
「三週間前に、僕が伝えた・・・、陸も反省しているって、」
兄弟から慕われ信頼を得ている瑠衣がいるからこそ保っている家族の絆・・・、きっと彼がいなければ、瑠音は孤立してしまうのだろうと思うと少し悲しかった。
「それで、何と?」


瑠衣の顔から笑みが消えた。


「父の許可が出て、アメリカに連れて来いと・・・、だから僕は、瑠音を迎えに来たんだ・・・」












                        







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