Citron  シトロン
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22




次の朝、寝過ごした私は厨房でオレンジジュースだけを一気飲みして、食事を終わらせようといていた。
「何か食べられないと・・・」
「いい、寝過ごしちゃったから時間無いの、」
グラスを弥子さんが受け取ってくれる、その時、制服を着た瑠衣がふらりと現われた。
驚いたのは、髪の毛が黒いって事だけで、制服は同じなのに瑠音と少し雰囲気が違う。
そう、どこか落ち着きが感じられ年上っぽい。
「瑠衣坊ちゃま、何か?」
弥子さんがにこやかに尋ねた。
「ミネラルウォーターが欲しいんだけどある?」
「ええ、ペットボトルで宜しいですか?」
「うん、いいよ。」
彼女が冷蔵庫に向かうと、瑠衣は私の方を向いて不思議そうに尋ねた。
「食事に来ないからどうしたのかと思ったら・・・、ここで食べてるの?」
「坊ちゃまも、注意してくださいな、由妃さまはずっとここで私達と食事なさってるんですよ、」
「何でまた?」
瑠衣は少し驚いている。
「みんなと食事の時間が違うの、それより、どうして制服着てるの?」
「ちょっとね、」
悪戯な目をして、彼はクスリと笑った。
「瑠衣坊ちゃま、今日は学校に行かれるんでしょう?責めて今日だけでも由妃様を車に乗せてってあげてくださいな、遅刻しちゃいますよ!」
「え?由妃は何で通っているの?」
「メトロ、時間無いから、先に行きます、じゃ」
挨拶そこそこで足早に厨房を出てきたら、二階から降りてくる瑠音とぶつかりそうになった。
「おっと、」
瑠音は持ち前の反射神経で、さらっと身を躱した。
文句を言おうとしたのか一瞬目を細めるが、後ろの瑠衣に気が付いたのか止めたようだった。
「ごめん、急いでるから」
「今からじゃ遅刻するんじゃない?」
直ぐ後ろで、同じように厨房から出てきた瑠衣が言う。
「僕らと一緒に行こうよ、」
「あ・・・、えっと」
瑠衣にどう説明したものか、考えていたら先に瑠音が言った。
「由妃は僕が嫌いなんだって、だから一緒には通学しないんだ」
「まあ、分からないでも無いが・・・」
「何だよ」
瑠音は文句を言うも、ふたりは仲良さそうに笑った。






左に瑠音、右に瑠衣、麗しき兄弟の真ん中に挟まれた私は、こんな状況でなければ、きっとかなり贅沢な空間に身を置いている、誰もが羨むようなこの幸運を喜ばなくてはならないだろう。


それにしても昨日の瑠音は辛抱強く、私が泣きやむまで抱いていてくれた。
兄のように・・・、恋人のように、その優しい抱擁になぜだか私の心は癒されて、瑠音の携帯が鳴った事で、その腕を解かれた時には少しだけ心許なかった自分がいた・・・。
そして、電話の相手と話をしながら私の頬の涙を拭うと、”大丈夫か?”て顔をして、私が頷くと部屋を出て行った。


でも、今朝の瑠音はいつもと変わらぬポーカーフェイスで、窓の外を見ている。
今更ながら、その気まぐれな性格に、最近適応してきたのかと思う私・・・、昨日の事は既に過ぎた事としてリセット!
天使と悪魔が内在する彼に、その都度、引っ掛かっていては前に進めない。
彼の切り替えが早い分、その方が私としてはありがたいのかも・・・。
「由妃は瑠音と同じクラスだって?」
「ええ、」
「じゃ、瑠音を応援するんだね、残念だな」
「え?」
「今日、球技大会でしょ、僕もバスケの試合に出るんだ、」
「ええー?」
私は驚く。
その時、瑠音がクスリと笑った。
「まったく!その為にわざわざ、帰って来るか?普通?」
「それだけじゃ、無いけどね、」
瑠衣も又、微笑んでいる。
「どっちにしろ、由妃は僕のこと好きだから、僕の応援をするに決まってる」
”兄”をかい?
それはまだ二人の秘密だが、瑠音は平然とそう言った。
「だーれがよ!」
「由妃」
「あり得ないって!・・・」
信じられないこの自信・・・。
いつから私はこのいけ好かない男に、そんな確信を与えたのだろうか?
隣では何が可笑しいのか、瑠衣がケラケラと笑っていた。





車が玄関で止まって、私達三人が降り立ったとき、誰もが振り返り歓声を上げた。
それは主に、瑠衣に向けられていて、みんなの驚いた顔が歓喜に変わって、歓声が上がった。
二分していた人気、と言うのは嘘では無かったのだ。
女の子達が、相当に騒がしい。
後から真鍋省吾がやって来た。
「お帰り、瑠衣」
瑠衣と省吾は微笑みながら、指で暗号のような挨拶をした。
「今年も負けないからな」
省吾が瑠音を見て言った。
「何だよ、二年相手に本気出してさ、わざわざ、アメリカから呼び寄せるなんて、反則だよ」
「勝負は勝負さ、瑠音覚悟はいいな?」
瑠衣が笑って言う。
「上等だよ、受けて立とうじゃないか、」
瑠音は不適に笑った。  


何だか、ワクワクするような心浮き立つ光景だった。








朝のHRが終わると、選手達は体操服に着替えて、それぞれのコートへ向かった。
私は応援組だから、早速、サクラを応援するため第二体育館に向かう。
途中の第一体育館では、男子チームのバスケが行われるらしく、入り口付近では女の子達が賑やかに騒いでいた。
チラリと覗いて見ると、案の定、中には瑠音達が居てウォーミングアップをしていた。
対戦相手は一年らしく、彼らはこの時点で既に相当やりにくそうで、人気チーム相手に萎縮した様子はかなり気の毒だった。
まだ、練習時間だと言うのに、ランニングシュートを瑠音が放っただけで、歓声が上がる。
翠や拓人はパスの練習をしていたが、息の合った所をみると流石に去年死闘したと言われるだけあって上手かった。
このまま、男子チームを見ていたかったが、女子の応援が先だと思いそこを立ち去ろうとしたら、後ろから瑠音に呼び止められる。
「何?」
私は振り返って尋ねた。
ブルーのゼッケンは1だ、瑠音らしい何でも一番で無いと気に入らないのだろう。
「賭けをしないか?」
「賭け?何の?」
瑠音はにやりと笑うと、私の腕を掴んで、人気のない体育館の裏まで連れ出した。
「僕らが優勝したら、”禁断の果実を囓る”って」
「な、な、何でよ!頭可笑しいんじゃないの?」
思わずどもってしまった、とんでもない事を言い出す”兄”だ。
分かって言ってるんだよね?
「優勝しなかったら、僕は一切君から手を引くよ、そして君には静かで、平穏な学園生活が待っている、保証するよ」
優勝されても困るけど、・・・・。
「どうよ?」
「”果実を囓る”のは、どこまで?キス?」
「バカか?子供じゃないんだから」
思いっきりバカにされたが、そっちがどうかしてる。
「あなたこそ頭おかしいんじゃない?兄妹でそんなこと出来るわけないじゃない?」
「何でさ、」
平然と尋ねるな!
しかも、真顔・・・。
「何でって、とにかくあなたは変!」
「そうかな?言っただろ、由妃は僕を拒めないよ、君は僕を兄と知りながらあんなキスをしたんだよ、思い出してごらんよ」
瑠音はニヤリと笑った。
確かに・・・確かに、つい答えてしまった!
うーん、マジで言ってるんだとしたら、頭が変になりそう。
コイツは、一体何を考えているんだろう。
その時、もうすぐ試合が始まると、翠が瑠音を呼びに来た。
「何なら、今証明してあげようか?」
瑠音が私の顎に手を当てようとしたので、私は後ろに一歩下がった。
「証明は、いいからっ!」
そう言って睨み倒すが、瑠音はくくくっと笑ってる。
そして、悪魔の契約書にサインを欲しがっている。
「明日が、楽しみだ」
そう言って、瑠音は笑いながらその場を後にした。


それって・・・、それって、妹に手を出そうとしているわけ?


私は再び目眩がしそうになった・・・。

















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