Citron  シトロン
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20




メトロが同じだったサクラと拓人と三人でお喋りしながら、いつものように校門をくぐって玄関付近まで来たとき、偶然、瑠音の車が静かに横に着いた。
無視しようと歩み続ける私に、車から降りてきた瑠音が声を掛けてくる。


「由妃」


私は心で悪態を付きながら、ゆっくりと振り向いた。
懐かしい天使の笑顔で、私を見て微笑んでいる。
そして、彼から声が掛かるなんて、何日振りだろうかと考えていた。
嫌なのは、少しばかり心が騒いだからだ。
サクラと拓人は気を利かせて、先に教室へと向かう。
「どこか行きたい所ある?」
「え?」
「お婆さまが、由妃が折角日本に来たのに、仕事が忙しくて何処にも連れて行ってあげてないから、僕に連れて行けって、」
私は舌打ちした。
瑠音はそれが気に入らなかったらしく、微笑みながらも眉間に皺を寄せた。
「どうして私があなたと出かけると思ってるの?」
「そう言ったよ、でもね、お婆さまもこれを機会に仲直りしなさいってさ」
本気で言ってるんだとしたら、可笑しくて笑ってしまう。
「瑠音、私は別にあなたと仲直りなんて望んでないもの、」
「でも、僕が望んでいるとしたら?」
そう言って、笑みを湛《たた》えながら瑠音は私の手を握り、そして、そのまま口元に持って行くと、呆気に取られている私を見据えながら、嫌がる事を承知で手の甲に素速くキスをした。
「な、何やってんのよ、」
私は動揺しまくりで、瑠音の手を振り払った。
完全無視の後、急転直下こちらを向いている。
相変わらず、瑠音は何を考えているのだろう。
「もしかして、”ステージ”変えて再びゲームを始めたんじゃ無いでしょうね?」
余りの豹変振りに、私は怪しんだ。
「どうしてそんな必要が?由妃はもうとっくに手の中に落ちてるのに・・・」
何!?その自信!
あり得ない!
しかも、”妹”に対して使う言葉か?
「由妃、最近、僕が相手しなかったから拗ねてる?」
マジと瑠音の顔を見た。
それは”兄”としての発言だろうか?
まあいい・・・。
それよりも今日の雲一つ無いような青空の如く、彼のご機嫌なわけが私は知りたい。
「拗ねてもいないし、仲良くする気も無いし、私に話し掛けることも止めて」
「やっぱ拗ねてるじゃん、」
瑠音は微笑んだ。
恐ろしく、都合良く解釈してくれる。
「いいよ、」
「何が?」
私は尋ねた。
その天使のような微笑みの裏で、今度は何を考えているんだろう。



「禁断の果実を囓っても・・・」



「な・・・、何言ってんの・・?」
瑠音は私の瞳を見て、微笑んでいる。
思ってもいない発言に、私は思わずどもってしまった。
からかってるんだろうが、ドギマギしたのは私の方だった。
「面白いよね」
いつものように、本気とも冗談とも付かぬ態度で微笑みながら、少しばかり悪戯な思惑を宿した瞳で私を見ていた。
本気で言ってるとしたら、イカレ過ぎている!
彼の思考回路はどうなってるの!?



その時、HRの時間を告げる予鈴が鳴った。
「もう、私を放っておいて」
「由妃・・・」
鷹揚に溜息をついて私を見ている。
「あなたと居ると、ほんとうに疲れる」
それは私の本心で、また、それが本気だと彼自身が知っている事で、さらに苛ついているようだった。
危険に、目を細める。
「放って置いた代償がどんな物か、君に分からせてあげないといけないね、」
さっきまでの微笑みは消え失せていた。
「どう言う意味?」
瑠音の目線がふと泳いで、近くで私達を見ていた一年の女子に止まった。
この前、瑠音の写真が欲しいと言ってきた女の子だ。
何?
「まあ、いい、そのうち分かるだろう」
凄んでた顔に笑みを零すと、その場に私を残して瑠音は教室へと向かった。







その日、一日中、瑠音の言葉が頭から離れなかった。
どういう意味だろう・・・。
朝にあんな提案をしたかと思ったら、あれから視線はおろか、言葉も交さない徹底無視の体勢だ。
それが不気味で、心が落ち着かなかった。

HRが終わり、教室を後にして降りてきた一階が何やら騒がしい。
普段なら無視して通り過ぎる所だったが、今朝の瑠音の態度が気になっていた私は、人混みをかき分けて中を覗いた。
するとそこには、あの女の子を前に、彼女の携帯を手にした瑠音が、私を見つけて徐にこちらを向いて言った。
「来たな由妃、」
「何?」
訝かしげに見る私を、嘲るように瑠音は笑った。
「君が犯した代償だ」
そう言うと、彼女の携帯を掴んだまま、一年の教室を抜けて窓際まで行くと、そこから見えていた”由妃の泉”へと、彼女の携帯を投げたのだった。
携帯は一度、天使の天然大理石彫刻に当たって破損した後、下の水の中に落ちた。
例え防水携帯だったとしても、これでは普及しようが無いだろう・・・。
瑠音はそれを心得ていて、態と大理石に当てたに違いなかった。
みんなから同情の溜息が洩れる・・・。
「何するの!」
鞄で瑠音を殴ろうとしたら、素速く腕を捕まれた。
「君の責任だよ、あれほど忠告したのに、僕の写真を流しただろう・・・」
目を細めて私を睨んでいる。
その瞳は静かだが、激高を含んでいた。
「だからって彼女は関係ないでしょ!」
「いいんです、由妃先輩・・・私が悪いんです・・・、私が友人に回した写真があっと言う間に広まってしまって・・・・」
女の子は泣いていた。
同級生の友達がその肩を抱いている。
「可愛そうだろう?由妃の軽率な行動で、彼女がこんな目に遭って・・・、君が悪いのにね・・・」
瑠音は終わったとばかり、私を掴んでいた手をいきなり放すと、唖然と佇む私をそこに残して、微笑みながら教室を後にした。
確かに約束を破った私も悪いけど、一年の女の子へのこの仕打ちはどうだろう!
酷すぎる!
何てヤツなの!







私の怒りは治まらなかった。
家に帰って来たとき、エントランスからちらりと瑠音が書斎に入って行くのが見えたので、そっと二階に上がると瑠音の部屋に忍び込み、彼の携帯を探した。
すると、奇跡的にも机の上にそのまま置いてあって、私は易々それを手にすると一旦自分の部屋に引き上げて荷物を置き、着替える間も惜しんで庭の池に向かった。
しかし、どうだろう・・・、そこには一足早く来ていた、池の縁に立ったまま中を覗き込んでいる瑠音の後ろ姿があった。
一瞬、躊躇したがもう引き下がれなかった。
「瑠音!どうしてあんな酷い事ができるのよ!」
私は彼の側に立つと、携帯を池の上で翳すように、手を伸ばして言った。
「本当にあなたって、最低・・・」


その時、こちらを向いた瑠音が・・・、あれ?


何か違う・・・。


髪の長さ、色・・・・。


思わず私の手からするりと携帯が落ちた瞬間、横から伸びた手がすんでの所でそれを掴んだので、携帯は池に落ちるのを免れた。
私は驚いてその手の主を見ると、そこには紛れもない制服を着た瑠音が立っていた。



じゃ、この目の前の、瑠音にソックリな顔して微笑んでいる人は・・・・。


もしかして・・・?



















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