Citron  シトロン
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18




「由妃、最近新しく出来たモールに寄って行かない?拓人がゲームソフト買いに行くんだって、私達も一緒に行かない?アイスでも食べようよ、」
ホームルームが終わって、私とサクラは教室を出て廊下を歩いていた。
「あ、行きたい!私もCD見たかったの、」
「じゃ、決まり!タクトもアイス食べようね」
近くを歩いていた拓人に、サクラが声を掛けた。
「なんで、お前達が付いて来るんだよ、」
「付いて行くんじゃ無くて、たまたま行くところが同じだと言うだけよ・・・」
サクラはクスリと笑った。
「どっかで聞いたような、セリフだ」
拓人も苦笑いしている、そんな穏やかな下校時刻だった。
玄関を出た所には、迎えの高級車が勢揃いしていて、運転手がお嬢ちゃま、お坊ちゃま軍団を待ちかねている、いつもの光景があった。


その時、ふと、私は後ろから誰かに腕を取られた。
振り向くと、瑠音がそこにいた。
「話の続きがあるだろう、」
文句を言おうとしたが、確かに、あれで彼が納得したようには思えなかった。


瑠音は燻る不振を顔に宿して、じっと私を見ていた。


しょうがない・・・。


「そうね・・・ごめんサクラ、今日はやっぱり止めとくわ」
「ええ?残念!」
瑠音はそこに立っていたサクラと拓人に一瞥をくれて、私を車に乗るよう顎で催促した。
小憎たらしいほどに高慢な態度だ。
そして、逆らうことが得策で無いことを知っているサクラは、肩を竦めて気の毒そうに私を見ると、”じゃ、またね”と言って拓人と一緒に去って行った。






後部座席に乗り込むと、流石VIPの車らしく瑠音は運転席との間にガラス張りの仕切りを設けた。
何だか、子供なのに何となく変・・・。
車は校門を抜けて国道に出る。
「で、その根拠は?」
いきなり、唐突に尋ねられた。
「ママが言ったの・・・」
「君の父親が、僕の父だって?」
「ええ」
瑠音の冷たい視線に、私は声が細くなる。
「良くある話だね、親父は金持ちで軽薄なプレイボーイだし、女はその妻の座を掛けて色仕掛けで迫って来るからね、どうせ、君の母親もその手合いだろう・・・、君が本当に父の子供かどうかは別にしてもね・・・」
この際、母への侮辱は目を瞑ろう、しかし、彼の自分の父親さえ軽蔑してるかのような複雑な胸中が覗いているのを私は感じた。
「何なら、DNA鑑定すれば?」
私は自信満々に髪の毛を掴むと、瑠音の方に差し出したが、彼はその挑発には乗らずに無視して話を続けた。
「その話を、お婆さまは知っているのか?」
「いいえ、さすがにそれは言えなかったから」
「じゃ、君は何をしに日本に来たんだ?まさか、母親に金をせびって来いとでも言われたのか?」
うーーん、我慢、我慢!
「家族に会いたかったのよ、お婆さまや、”お兄様”にね」
私の微笑みとは反比例の法則で、瑠音の顔が段々険しくなってゆく。
「じゃ、あの写真の男性は?」
「この前の家族写真?義父よ、私が二歳の時に母が結婚した相手で、実の娘のように可愛がってくれているの、だから私はあなたのお父様に認知を求めるとか、お金を請求するとか、そういうことは全く目論んでは無いのよ、それに、元々あなたが私に迫ってこなかったら、このことは誰にも喋るつもりは無かったわ・・・、だから事を荒立てたくないのよ」
思案してる瑠音の前で、何て言葉がすらすら出てくるのだろう・・・。
「去年、真紀子さんがお祖父様に会いにLAに来たとき、日本に来てみないかって誘われて・・・、丁度良い機会かなと思ったの、ま、お父様や他の家族は入れ違いにアメリカに渡ったみたいだったけど、面倒な事になったら大変だから返ってその方が良かったと思ってるし、ひとり”お兄様”が残ってると聞いて是非会って見たかったの」
瑠音の鋭い眼差しは、嫌悪感を伴って私を睨み倒していたが、そんな彼を見て、私の中の悪魔は屈託無く笑っていたのだった。
「学校中に知れたら大変よね、あなた妹とキスしたのよ・・・バカみたい・・・」
「君もだろう?仮に兄だとしても、それを知ってたのは君の方じゃないか?」
そう言って、瑠音は私に意地悪く微笑んだ。
嫌みは健在か・・・くそっ。
そして、運転手に車を止めるよう告げ、車は急停車した。


「降りろ、」


「え?」        


「興味は失せたよ由妃、もう降りろ」


氷のような凍てついた瞳と、冷静な声でそう言われた私は、いきなり車から降ろされた。
メトロの駅にも、バスの停留場にも程遠い場所に降ろされた私は、そこから約1qの距離を歩くことを余儀なくされたのだった・・・。
自分が撒いた種とはいえ、思わず遠い距離を歩かされて、道中彼を罵りながら歩いたのは言うまでもない。







次の日、登校すると誰もが私に朝の挨拶をしてくるという、奇妙な現象に出くわした。
それは、校門を潜った時から続いていて、行き交う学生がにこやかに声を掛けてくるので、何事が起こったのだろうかと、サクラと私は顔を見合わした。
そして、教室へと上がる階段を登ろうとしていたら、途中で一年の教室から出てきた女の子に呼び止められた。
「す、すみません!由妃先輩!あの・・・お願いがあるんですけど、」
「何?」
「噂で・・・、瑠音先輩の写真を持ってるって聞いたんですけど・・・」
女子生徒は、少しハニカムように照れながら言った。
どうやら瑠音のファンらしい。
「え?ああ、あの半裸写真のこと?」
「そ!そうです!その写真を是非、私の携帯に送って貰いたいのですが・・・、駄目でしょうか?」
女の子は一生懸命に頼んでいる、後ろには数名女子が控えていて、どうやら代表で私の前に現われたらしい、私とサクラは再び顔を見合わせた。
「いいけど?」
キャーッと女の子達の、嬉しそうな奇声が上がる。
「由妃、でもその事がバレたら、更に瑠音のイジメがきつくなるんじゃない?」
サクラが心配して言った。
「あれ、先輩知らないんですか?由妃先輩は”ゲームオーバー”になりましたよ、」
「ええー?」
サクラと私は、驚きの余りハモった!
「うそ・・・」
「ホントですよ、何でも瑠音先輩の興味が失せたとか・・・聞きましたけど」
昨日、言ってたままだ・・・。
”興味が失せたよ由妃、降りろ”
私は瑠音のイジメから解放されたのだ。
嬉しい筈なのに、何だろうこの心の靄は・・・・。




教室に入って行くと、昨日までそっぽ向いていた級友達が、”おはよう”と声を掛けてきた。
分からないでも無いが、白々し過ぎる態度はどうだろう。
ま、いいか。
「由妃!Congratulations!」
私を見つけるなり、翠が大袈裟に手を叩いて笑っている。
傍らの瑠音は、机の上で反対側に顔を俯せ、寝ていたので表情は分からなかった。
「ゲーム・オーバーだってよ、瑠音の興味が無くなったんだってさ、どっちにしろ中途半端な終わり方だけど、ま、良かったんじゃないの?」
「お礼言わなくちゃいけないのかな?」
私は瑠音の頭上で、嫌みたっぷりに話し掛けた。
「ぷぷっ、強気な由妃が勝ったってことかな?あり得ないよ、瑠音がこんな終わり方したのって・・・」
翠は苦笑した。
瑠音は聞いているのか、いないのか、依然、会話に入ってこない。
「朝からやたら、みんながにこにこして挨拶してくるから、何事が起こったのかと思ったわ、単純ねここの生徒は」
「みんな、王子様のご機嫌取りばかりだからね」
「あなたもでしょう?翠」
「オレ?しょうがないよ、瑠音には弱み握られているからね」
クスリと翠が笑った。
どんな弱みか尋ねようとしたとき、隣の席から、歩美が話し掛けて来た。
「来週の木曜日から、二日間に渡って全校球技大会があるんだけど、由妃さんも何か得意な種目があれば出て貰いたいんだけど、どうかな?これからその話し合いを始めるの」
「球技大会?」
「そう、全学年のクラス対抗試合、男女は別だけど、学年関係なくクラス単位で争うのよ。種目はバスケットボール、バレーボール、ドッチ・ボールの三種目、出来るだけ交代で出るようにしているんだけど、出られなかった人には応援に回ってもらってるの」
「面白そうね」
「出て貰えるかしら?」
「あ・・・、でも私、足痛めたばかりだから・・・今回は遠慮しておくわ」
そうだった・・・、出たいのはやまやまだったけど、折角治ったばかりなので今無理をして酷い事になったら大変だ。
体育の授業でさえ、激しい運動は控えていた。
「それもそうね、残念だけどしょうが無いわよね、じゃ応援の方に回ってね」
「ええ」
「昨日は暴れまくってたくせに・・・」
翠が小声で呟く。
「聞こえてるわよ、翠。昨日は怒り狂ってたから忘れていたのよ、」
「コウが”ひでぇ女だ、本気で殴りやがって”って、言ってたよ」
「当たり前じゃない、どっちがヒドイのよ」
「彼奴らも可愛そうなんだよ、瑠音の手前、どこまでやっていいのか分からないのさ、やり過ぎるとこの前みたいに反対に瑠音に殴られるだろう?」
翠は笑いながら瑠音を見やるが、相変わらず反応は無い。
「みんなして王子様に振り回されちゃって、あなた達って情けないのね」
「君の強さには惚れるよ由妃、オレ君の方に付こうかな」
「バカ、」
私は翠を睨みながら、頭を振って笑った。
翠との、こんな他愛ない会話が、何だか新鮮で面白かった。
私達の話しを聞いていた歩美は下を向いて微笑みながら、用紙の応援欄に私の名前を書き込んでいた。




それから担任が教室に入って来て、朝の挨拶を済ませると、学級委員長である歩美が早速壇上に上がり、球技大会の説明をし始めた。
みんな余程、楽しいのか選手選びでやたら盛り上がっている。
ドッチ・ボール、バレーボールと選手が決まり、最後のバスケット・ボールになって歩美から翠達に打診があった。
「バスケは、去年の準優勝チーム、千石君、一条君、前多高君、前多心君、田中君の五人でいいですか?」
田中君って?拓人?
その時、寝ていた瑠音が起き上がり顔を上げた。
翠が拓人に向けて指で合図する。
「いっちょ、やりますか?今年は負けてらんないからね」
「やりますか?」
そう返答して、拓人も苦笑いを返す。
何?
この仲良し的空気は?


「打倒、真鍋省吾で行きますか?」


瑠音がそう言うと、拍手が起こり教室中が湧いた。
ええ?
この、みんな仲良し空気感は、何なの?


拓人って、みんなと・・・、いや、瑠音や翠と仲良しだったの?


私は、きっとこの時、口をポカンと開けたまま、彼らの親密さを不思議に思いながら、見ていたに違いなかった。





 










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