Citron  シトロン
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14




 その話題は公然のタブーだった。
翠の顔を見れば一目瞭然で、戸惑いを隠しきれずに瑠音を見ている。
当の本人はどこ吹く風で、黙々とメールを打っていた。
「それについては・・・本人に聞けば?」
翠が焦っているのは明らかだ。
「だって、本人は私に詮索するなって、教えてくれないんだもの・・・」
私がそう言い終わるか否かの時、瑠音はいきなり立ち上がると、私の前に立ちはだかった。


そして、あっと言う間に右手で私の喉元を掴んだ。


「由妃は詮索好きだね、」
その時、拓人が立ち上がったが、瑠音は彼を制するように左手を鷹揚に挙げた。


「教えてあげるよ、それはね・・・車で跳ねたんだよ、殺そうとしたんだ・・・」


瑠音がそう言うと、教室中がざわめいた。
翠は知っていたのか目を伏せている。
車で跳ねた???
あの写真で見た、可愛い弟を・・・?
「君も殺されたく無かったら、黙ってろ、」
ダイヤモンドのように、どんな物でも切れそうに鋭い眼差しで私を睨んでいる、瑠音の指が喉元に食い込んで、息苦しかった・・・。
そう、私は瑠音が怒る事を承知で尋ねたのだ、ささやかな抵抗だ・・・。
私は瑠音の憎悪を含む熱視線を逸らす事無く受け止め、二人はしばらく睨み合っていた。
気が付くと拓人が、私の喉に掛けた瑠音の手を静かに払った。
すると、意外にも瑠音は静かに黙って椅子に座り直すと、ポケットに手を入れたまま、前を向いていた。
丁度、副担任が入ってきて終業の、ホームルームが始まった。



 その後、帰宅して厨房でみんなと一緒に昼食を取っていたら、ふらりと瑠音が現われた。
白いジャージの上下姿だったが、ブランド物であることは間違いないし、良く似合っている。
悔しいが、精悍な顔立ちや、背の高さから何を着ても様になるのは、認めるしかなかった。
「あら坊ちゃま、お食事は少し後でと聞いておりましたが?」
「うん、そう言ったけどお腹空いたんで用意して貰っていい?」
「はい只今、お持ちします」
弥子さんが立ち上がって、ダイニングへに向かおうとした。
「ここで、いいや」
そう言って、瑠音は私の向いに腰掛けた。
驚いているのは私ばかりでは無く、静子さんや智恵さんも目を丸くして彼を見ていた。
何をまた急に思い立ったのだろうか・・・。
「坊ちゃま、ここはいくら何でも・・・」
静子さんが戸惑いながらそう言った。
「なんで?由妃も食べてるじゃないか、面倒だからここでいいよ」
「向こうに行けば?」
私が言う。
「どうして?」
「だって、あなたがいたらみんな食べにくそうでしょう?」
「そう?」
瑠音は真顔でみんなに聞いている。
誰もそうだとは言えないだろ?!
「いいえ、驚いただけですよ、始めてでしょう?坊ちゃまがここで食べるなんて言い出したの、」
弥子さんが慌ててフォローする。
「何それ?」
瑠音が私の食べていたチャーハンを覗き込む。
「僕もこれでいいや、」
「坊ちゃまには、ちゃんと用意してありますから、天然のヒラメが手に入ったんですよ、」
「これ食べたい」
あんたは我儘なガキか?
「だってこれは・・・まかないですよ、」
「いいよ、」
弥子さんは、本当に驚いていて、兼さんやみんなの顔を見ていた。
「何だよ、」
瑠音が私に突っかかる。
もしかして、ここで私が”弟”の話を聞き出そうとしていると、思っているのかしらと疑ってしまう。
そんな気は毛頭無かったのだけど・・・。
「別に・・・」
「何だよ、」
「うるさい!何でもないと言ってるでしょう?」
「喧嘩売るなよ」
「どっちが?」
子供の喧嘩か?嫌になる・・・。
「喧嘩しないで下さいまし、食事は楽しく食べないとね」
兼さんが瑠音の前にスプーンとフォークを用意している。
「あ、そうだ瑠音様、庭の池に今年も白メダカが孵化してますよ、」
「・・・」
瑠音は黙っている。
「白いメダカっているの?」
「ええ、後で見に来られますか?可愛いいですよ」
兼さんはそう言って、温厚そうに微笑んだ。
瑠音は黙って、配られたスープを口にしている。


何だろう、その静けさは・・・。


それから私達はみんなでテーブルに着くと、急に無口になった瑠音にあえて話しかける事もなく、他愛無い日常の話題で食事が進んだのだった。




 温室から兼さんに薔薇の花を頂いて出てきた所、池の縁に腰掛けて中を覗き込んでいる瑠音がいた。

水面がゆらゆらと太陽に光って、瑠音の顔に反射している。
木漏れ日の下、水鏡に映る中の少年と対を成す彼の横顔は、ゾッとするほど麗しかった。
円周3メートル程の小さな池で、中には藻が蔓延り、蓮が芽を膨らませていて、水面に出た葉は、そよ風に揺らいでいた。
「お母様と一緒に世話をしていたメダカですって?」
今の母は後妻で、瑠音と上の兄とは血の繋がりが無いらしい。
私の声など無視した瑠音が池に手を浸すと、メダカが寄って来て突っついている。
可愛い。
無視かと思われる程に時間が経った頃、瑠音がようやく口を開いた。


「イーサンて誰?」


その時、始めて彼は顔を上げて私を見た。
突然の質問に私は戸惑う。
やはり、あの時、イーサンの名を呼んだのだ。
それを瑠音に聞かれていた・・・。
「昔の恋人・・・」
「昔の?そんな風には思えなかったけどな・・・」
「やめて、その話はしたくない」
「だったら、僕の事も詮索するな」
瑠音は私を真っ直ぐ見ていた。
「そうね・・・」
お互いが傷を隠し合っているようで、何だか切ない。
私がその場を去ろうとした時、後ろから瑠音に腕を捕まれた。


「何度も忠告したろう?・・・」
「あなたが私を怒らすからよ・・・」
「君が僕をイラつかせるんだ、」
そう言うと、瑠音はいきなり私にキスをしてきた。


拒もうと思えば拒めた筈なのに・・・、私は瑠音のキスに答えていた・・・。


その時である。


シャッター音がしたかと思うと、木陰から亜里沙が携帯を持って現われた。


嘲りの笑顔は勝ち誇っている。


「良い写真が撮れたわ、さすが瑠音ね、最強だとか祭り上げられているけど、その由妃をこんなに簡単に落とすなんて」


信じられない思いで瑠音を見たが、彼は口角を上げて笑っている。
二人の罠に嵌った自分が情けなくて、頭がくらくらする。
持っていた薔薇の花を瑠音目掛けて振り降ろすと、とっさに躱した彼の腕にひっかき傷を作って、花は無惨にも足下で散乱した。


私はその場を掛け出していた。


そして、涙は止め処なく溢れて、永遠に止まらないかと思えた・・・。
 







                     






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