Citron  シトロン
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13





 外は雨だったので、トレイを持ったままカフェテリアのレジ横で、私とサクラは何処で食べようかと思案していた。
そこへ、後ろから拓人が現われた。
彼もまた、パスタランチの載ったトレイを持っている。
「来いよ、」
拓人は平然とした顔で、生徒達で溢れているテーブルへ行くと、強引に割り込んで自分の席を確保すると、そこにいた人達に席を詰めるよう言った。
すると、どうだろう、あっさりテーブルが空いて、私とサクラ二人の席が出来たのである。
「さすが、拓人!伊達にボクシング習って無いわね、瑠音も怖いけど、拓人も怖いって?」
サクラがそう言うと、拓人は苦笑した。
「将来ボクサーになるの?」
私が尋ねた。
「まさか・・・、だったらこんな進学校に来ないよ、親父がさあ息子が殴られるのは忍び無いって、経営の方に回れって言うからさ、大学に行こうと思ってるんだ。それに自分に学が無いのを恥てるんだよ」
「拓人のお父さん見た目は怖いけど、実はとても優しいのよね。お母さんが仕事で疲れているときは代わって、妹のお弁当作ってくれるような人なの」
「おべんとう?」
「サクラ、ばらすなよ、」
拓人は笑う。
「天下の”田中ジム”の会長が、朝エプロン姿でお弁当作りなんて、想像しただけで笑えちゃうでしょう?」
私達は笑い合った。
拓人も苦笑いしている。
きっとサクラは朝、翠が言った”ステージをあげる”って事の意味が、どんなに恐ろしいものか腐食させるように、私を笑わせてくれているんだと思う。
きっと、彼女自身もどんなに不安な事だろうに・・・。




六時限目の授業が終わって帰ろうとした所、その日始めて瑠音が口を利いて来た。
「帰るぞ」
「いいわ、私はメトロで帰るから」
「お婆さまに言われてるから」
「いいってば」
頑なに拒む私に、愛想を尽かしたように瑠音が言う。
「じゃ、僕は亜里沙と帰るから君はひとりで車を使え、その方がいいんだろう?」
そう言うなりスタスタ教室を出て行こうとする。
そうは、いかないだろう・・・、私は溜息をついて、その後ろ姿に声を掛けた。
「わかったわよ、一緒に帰ればいいんでしょ?」
私は心配そうなサクラに手を振り、別れを告げた。
級友達の好奇な視線を集めながら車に乗り込むと、車内には朝と同様に重苦しい空気が充満した。
低く唸るエンジンの音、時折激しく打ち付けてくる雨音以外、悪天候から隔離されたような車内は静まり返っていた。
「だから、嫌だったのよ、どうしてそんなに急に無視るわけ?」
前を向いたままの端正な横顔は、表情ひとつ変わらない。
頭にくる・・・、私はそっぽを向いて窓に吹き付けてくる雨粒を見ていた。


「キスのひとつくらいで、親密になったとでも?」


耳を疑うような、冷酷な言葉に私は振り向いて瑠音の顔を見た。
1ミリたりとも、その表情に変化は無い。


「・・・思わないけど・・・、」


池の波紋のように、私の心に動揺が広がった。
天使のような美貌の少年の、心に潜む邪悪な悪魔。
「良かった」
前を向いたまま、そう言う瑠音の残酷さを、その時改めて知るのだった。









 ついに中間試験が始まった。
数学のテストが終わり、理科の用紙が配られて数分後に、どこからか私の机に丸めた用紙が投げ込まれた。
顔を上げても、必死に回答を書き込んでいる姿勢の級友達の後ろ姿しか見えず、誰から来たのか見当も付かぬまま、何だろうと思い広げて見ると、そこには化学式や記号がびっしり書かれていた。


その時である。


「先生、」
前の席でコウが手を挙げた。
「なんですか?前多君」
「森下さんがカンニングしています」


え?


一斉にみんなが私を振り向いた。
確かに、手にはメモ用紙を持っている。
やられた・・・。
典型的なやらせに、私はあっさりと引っ掛かったものだ・・・、少しだけ自分が情けなかった。
教師は私の側にやって来ると、呆れたような顔をして私の手からメモ用紙を取り上げ、”いらっしゃい”と言って、私を席から連れ出すと、ふたりで教室を後にした。
背中で教室の扉が閉った時、コウの奇声が聞こえて来た。





 担任は、私の言葉を信じかねていた。
理事長の遠縁だと言うことを差し置いても、メモを開いて見ていたと言う決定的瞬間が何よりの証拠でもあったからだ・・・。
そして、理事長室に連れて行こうか迷っているようだった。
その時、ドアにノックの音がした。
「どうぞ、」
ドアが開くとそこには、学級委員長である栗原歩美が立っていた。
「先生、お話があるんですけど」
「今じゃなきゃ駄目?先生、森下さんとお話してるんだけど、」
「彼女の事です、今回の件で」
歩美は担任を真っ直ぐ見て言った。
「じゃ、お掛けなさいな」
「いえ、私はこのままで・・・、私見ていたんです。彼女の机の上に、前多君が丸めたメモを投げるのを、」
「確かなの?」
「ええ」
担任は溜息をついた。
「私もね、森下さんの言葉を信じたかったけど、どこにも証拠がなかったのよ。栗原さんが見ていてくれて良かったわ、」
「じゃ、私はこれで・・・」
歩美は一瞬、私を見たが何も言わなかった。
出て行こうとする背中にお礼を掛ける。
「ありがとう」
振り向いて、歩美は私を見て微笑むと出て行った。
流石、委員長、勇気がある。
なるべくしてなった人だ。
「ごめんなさいね、森下さん。今度は前多をとっちめなきゃね、あなた教室に戻って代わりにコウを呼んできてもらえる?」
担任も少しだけ肩の荷が降りたのか表情が明るくなり、やんちゃな生徒を叱る準備に備えようとしてシャツを巻くし上げたのだった。






「コウ、先生が呼んでいるわ」
教室に戻ると、帰り支度を済ませ、HRを待つばかりのコウが驚いたような顔を私に向けて寄越した。


「え?オレ?」
「あんたしかいないでしょ?あんな浅はかな智恵で人を陥れる人物は?」
教室のあちらこちらで忍び笑いが洩れた。
憮然とした態度で出て行くコウを、見送っていた私の側にサクラがやって来た。
「大丈夫?」
「ええ、濡れ衣は晴れたから」
「良かった〜、どうなる事かと思ったわ」
サクラはほっと一息ついたように微笑んだ。
側を通り過ぎようとした時、拓人に声を掛けられた。
「あんたもほんと苦労するね、」
「味方がいたから今回は助かったみたい、」
私は横の席に座っている歩美と微笑み、目配せを躱しながら席に着いた。
「由妃、再び生還〜〜、」
翠が茶化して言った。
憎らしいほど、澄ました顔して瑠音は携帯でメールをしている。
「翠、私あなたに聞きたいことがあるの」
「何?なんでも聞いて、」
楽しそうに目を輝かせている。


「瑠音は、どうして弟を殺そうとしたの?」


その質問に、翠は勿論、教室中が凍てついた。 








                     







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