Citron  シトロン
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12





 我を忘れるような長いキスの後、当然の事ながら私は困惑していた。
瑠音も又、いつもの嫌みったらしい笑顔を向けてくるかと思ったら、意外に何を考えているのか真顔で私を見下ろしていた。
目が合う・・・。
何だか、沈黙が息苦しい。
「怒らないんだね?」
そう言って瑠音が笑った時、私はハッとして彼が携帯を握りしめていないか確認をしたが、彼の携帯は枕元に置かれたままになっていた。
瑠音が苦笑している。
「なぜキスしたの?」
「僕は由妃が好きだからね」
また、それか!
今まで以上に、私を痛めつける為か、からかいの延長か、どっちにしろタチが悪い事に変わりはないだろう・・・。
「じゃ、君は?」
「・・・わからない・・・」
それは私の本心で、戸惑っていたのは事実だ・・・。
あんなに嫌いだったはずなのに・・・、空いた心の隙間に入り込んで来た、瑠音と言う悪戯な悪魔・・・。
その広げた翼から舞い散る羽に、媚薬でも仕込んであったのだろうか・・・・。
「これが”第一ステージ”だったら、ゲームオーバーだったよ。でも、その方が良かったんじゃない?」
「証拠が無いじゃない、亜里沙もいないし・・・」
「だから・・・、これが”第一ステージ”で、僕が本気だったら、由妃は簡単に落とせていたと言う事実、言っとくけど君のプライドは粉々だね」
瑠音の自信は癪だけど当っている、今、写真を撮られていたら、明日には学校中の笑い者だ・・・。
ゾッとした・・・。
なぜか拒めなかった自分が情けなかった、本当は寂しくて誰かに守られたかった、優しくされたかった・・・なんて、諸悪の根源である彼の前では、死んでも口に出したく無かったが、その彼の前で鎧を脱いでしまった私・・・。
そろそろ、空元気な私・・・。
余裕をかます瑠音に背中を向けたが、彼はそんな心を見透かすように、後ろから腕を回してきた。
「僕も一緒にこのまま寝ようかな、眠くなってきちゃった」
瑠音の腕が毛布の上から私を包んでいる。
本気で寝る体制だ。
「瑠音、私に殴られたいわけ?」
私は背中を向けたまま、彼に尋ねた。
「神に誓って何もしないよ、本当に眠いだけだから・・・」
「だったら、自分のベッドへ行きなさいよ、」
「寂しいからやだ・・・」
あんたはガキか?
試しに手を払おうとしたが、瑠音は笑いながら余計きつく腕を回した。
「きっと、由妃も寂しいと思ったのさ・・・」
言い当てられて、私は振り返ると瑠音の顔を見た。
眠そうな瞳を半分隠し、綺麗な顔で微笑んでいる。
「どうしてそんなに人の気持ちが分かるのに、歩美にあんな残酷な事が出来るの?歩美がどんなに傷付いたか、わかってるんでしょう?・・・」
「亜里沙の為だからね・・・」
「じゃ、亜里沙が自分の為に死んでくれって言ったら、あなた死ねる?」
「死ねるよ、」
嘘偽りがなさそうな真顔で、平然と言う瑠音が怖かった。
きっと、本気なのだと思うと、私は何故か少し悲しかった・・・。
「少しの間でいいから・・・黙っててくれない?・・・」
まあいいか・・・、誰かに守られているような感覚が、例え瑠音のものだとしても、今は暖かい体温が心地良い・・・、そして、私は何時しか眠りについていたのだった・・・。






 私はイーサンとサンタモニカマリブ Pacific Coast Hwy の、眺めの素晴らしい海岸線を彼のBMWカブリオレで北上していた。
今夜、彼の家で開かれるパーティーに向かっていたのだった。
空は何処までも遙か遠く青空が広がっていて、軽やかな空気は澄んで心地よかった。
イーサンの少し伸びてきた金髪が風に靡いている、時折私の方を向いて微笑む彼の碧眼はこの空のように深く青く輝いていて、横顔を見ているだけで私は胸が焦がれた。
「マイケルとケリーは?先に行ってるの?」
二人は高校の仲間で、今日は大勢の人が集まる。
「二人は先に行って、ケイタリングの采配をしている筈だよ、なんせ、僕の誕生日パーティーだからね、主役は遅れて到着した方が盛り上がるだろう?」
「あなたは何時だって、一番の人気者よ、」
「僕はユヒの一番だったら、それでいいよ、」
私達は笑いながらキスをした。
彼と付き合ってそろそろ一年になる。
国際色豊かな高校ではあったが、イーサンは生粋の白人で親類には国会議員を務める程の大物がぞろぞろ控えている。
そんな名家の出身だ。
だから、彼から近寄って来たときには少し警戒した。
でも、彼がお金持ちの息子でも全くスレてなくて、明るく明朗な少年だと知った時には既に私は恋に落ちていたのだった。
「君のお祖父ちゃん、おっかないよね、さっき僕の耳元で何て言ったと思う?」
「なんて言ったの?」
「君を悲しませるような事があれば、夜中に日本刀持って行くぞってさ、」
「やだ、お祖父ちゃんたら!」
祖父らしいと私達は笑った。
「僕がそんな事すると思う?君を悲しませるなんて、」
「どうかな?分からないでしょ?」
「何だって?」
イーサンが戯けて笑う。
そんな、いつも通りの幸福で穏やかな夕暮れだと思っていた・・・。


その時、横からいきなり大きな犬が、車の前に飛び出してきた。
イーサンは慌ててハンドルを切るが、スピードを出し過ぎていた為か、犬は避けられたものの、車はその拍子にもの凄い勢いでレストランの外壁にぶつかり、横倒しになって漸く止まった。
イーサンは額から血を流してハンドルに項垂れている、私も又飛び散ったガラスの欠片で無数の傷をしているし、何より車の前が原型を留めて居ないほど破損が激しく、足を挟まれて身動き出来なかった。
イーサンの名を呼んでも返事がない!
溢れ出る血が彼の顔を幾重にも滴り落ちていく、そして不自然に曲がった左腕を見て私は恐怖に包まれていた。
「イーサン!イーサン!」
何度、声を掛けても彼からの返事は無かった・・・。




「由妃・・・、由妃!」
私は身体を押さえつけられている事に、ハッとして目が覚めた。
瑠音が、不安気に私を見下ろしていた。


夢か・・・・。


窓を打つ雨の音、湿度を含んだ部屋の温もり・・・、現実が急に迫ってきた。
そしてリアル過ぎる夢に、心が軋む。
「うなされていたよ・・・」
瑠音の手が伸びて私の頬に触ろうとした瞬間、私は彼に背中を向けて拒否をした。
蘇った恐怖に意識が縛られている。
鍵を掛けたつもりだった、苦い記憶・・・。
「大丈夫?」
瑠音が近寄る気配に、私は頭から毛布を被って彼を完全にシャットアウトした。
過去の思い出に、胸が張り裂けそうだった・・・。


私が黙っていると、瑠音は何も言わずに部屋から静かに出て行った。


もう、忘れた筈なのに・・・、吹っ切れた筈だったのに・・・、ふとした瑠音の優しさに安心したのか、苦い過去が顔を出した。




 その日を境に、診断書を出している二日間は瑠音に会わなかった。
食事は部屋で取ったし、何より瑠音に会いたくなかった私は、彼を避けるように部屋から一歩も出ることは無かった。
きっと、真面目に学校に通っているんだろう。
日中は静か過ぎて、構われなければ、それはそれで拍子抜けする。
気まぐれな王子様は何処だろう・・・、ふと、そう思ったりした・・・。


 久し振りの登校に、玄関を出ようとした所で真紀子さんに呼び止められた。
振り向くと、その傍らには瑠音が立っていた。
無表情な顔からはどんな思惑も読めない。
「雨が降ってるのよ、今日は瑠音と一緒に車に乗って行きなさい、いいわね瑠音?」
「はい」
高揚無く、しかし、はっきりと瑠音は返答する。
断りずらく、しかも理由もないので取りあえず私は瑠音と車に乗り込んだが、車中の彼は全く言葉を交す気など無いらしく、私の事など無視して窓に頬杖を付いて前を見ていた。
その不機嫌な理由は?
そして今、何を考えているのだろう。
戸惑わされる瑠音の沈黙。
その態度から、今度はどんなイジメが待ち受けているのだろうかと溜息が出た。


 私が瑠音の車から降りたとき、当然の事ながら周りの者は驚いていた。
息の詰まるような車内から一目散に降りた私は、振り向きもせずにその場を後にして教室へと向かった。
「由妃!」
私を見るなりサクラが手を振った。
「心配してたのよ、」
「もう大丈夫だから、少し古傷が痛んだだけだから」
「良かった、それに由妃が居ないと寂しくて」
サクラは微笑んだ。
「って、言うか、自分が次のターゲットになるんじゃないかって、ビビってんじゃないの?」
拓人が笑って突っ込む。
「酷いわね、本当に心配してたのよ、でも、少しは当たってるかも・・・ごめん由妃」
「ホラね」
正直なサクラに拓人は笑った。
「でもその時は、拓人が助けてくれるんでしょ?」
私は言った。
「オレ?やだよ、サクラのことなんて知らないね」
「幼なじみに対してそれは無いんじゃない?」
少しふくれて、サクラが文句を言う。
「でも、近くにオレが居るから今まで難を逃れていたんじゃないのか?こんな生意気な奴、オレならとっくに”ステージ”送りだけどね、」
私達は笑い合っていた。
そこへ瑠音と翠が入って来た。
「お、懲りずに出て来たな森下由妃、」
翠は笑ってそう言ったが、瑠音は私を完全無視して席に着いた。
「この前はコウを倒してまでお前を庇ったかと思いきや、今度はどんなことして、瑠音の機嫌を損ねたんだよ、ステージのレベル上げるってさ、」
「え?」
私やサクラ、拓人までも驚いて一斉に瑠音を見た。
当の本人は素知らぬ振りして前を向き、教室に入って来た教師を見ていた。
これ以上、何が起こるのだろう、流石に私はその言葉に怯んでしまった・・・。












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