Citron  シトロン
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次の日、私はお礼を言ってサクラに体操服を返した。
昨日の騒動の後、偶然なのかやっと要さんから体操服が届いたのだ。
「由妃ったら、ホント脅かすんだから、私死んじゃったかと思ったわ」
「ごめん、悔しいから誰か入って来ないかと、プールの底に沈んで考えていたの」
「前多兄弟はまんまと引っ掛かったって分けね、」
私達は笑った。
「でも、どうして瑠音君まで一緒に早退したの?ってみんな言ってたんだけど、」
「単に、授業サボれるからじゃないの?それより、生徒会長が瑠音に意見してたけど、何者?始めてよ、瑠音が大人しく人の意見を聞いているの見たの」
「真鍋さんでしょう?彼、素敵よね。前からよ、彼にだけは瑠音君も従順なの、元々、お兄さんの親友だし、子供の頃から知ってるらしいから」
ふーん。
「お、いた。裏切り者サクラ、」
コウは教室に入って来るなり、鞄でサクラの頭を叩いた。
「何するのよ、」
「お前のおかげで、昨日は散々な目に遭ったんだぞ、覚えとけよ」
その時、教室に入ってきた拓人を見つけたコウは、サクラをひと睨みして自分の席へと戻って行った。
「どうした?」
拓人が、コウを目で追いながら尋ねた。
「おはよう、拓人。”覚えとけ”って、脅かしてるのよ、昨日、由妃に体操服貸したことで、自分達までプールに入るハメになって、私を恨んでるんでしょ」
「まったく、面倒な奴らだな」
拓人は苦笑いしながら席に着いた。
「昨日、大変だったんだって?オレずっと中庭で寝てたから気が付かなかったんだ」
拓人が私を見て言う。
「ま、きっちりお返しはしたけどね、」
「君が浮き上がらないので、奴らは焦ってプールに飛び込んだって聞いたけど、」
「そうなのよ、ビビッてる奴らの顔を見せたかったわ、」
三人は一緒に苦笑した。
「一分経っても由妃が上がって来ないものだから、二階から見ていた瑠音もさすがにマズイと思ったんじゃない?彼がコウに指示したのよ、だから双子も焦って、ふたりしてプールに飛び込んだの」
そうだったのだ・・・、ああ残念、瑠音の驚いた顔が見たかった・・・。
そうこうしてる間に、噂の瑠音が翠と一緒に教室に入って来た。
今朝、厨房で朝食をとっていたら静子さんが破かれた航空券を持って現われた。
何でも、瑠音の部屋のゴミ箱に捨ててあったらしい。
”お金持ちは、何て勿体ないことするのかしら!”と文句を言っていた。
もしかしたら、両親が向こうに呼び寄せようとしているのかも知れない、そんな昨夜の電話でのやりとりを思い出した。
そんな事をぼんやり考えていたら、目の前に国語の教科書が投げつけられた。
投げつけた本人は、椅子に凭れ賺した顔して前を向いている。
「要さんが君に渡してくれってさ、さっきそこで合ったから」
多分、要さんは瑠音が嫌がる事を承知で頼んだに違いない。
或いは一種の、瑠音への警告かも・・・。
チラリと瑠音が私を見た。
「なによ」
「昨日の写真は?」
「え?あんたの半裸写真?」
「なんだよそれ、」
翠が、即座に反応する。
「こいつ、僕がシャワー浴びた直後の写真をこっそり撮ってやがる」
「それは、あんたが私の水死体になり損ねの写真を撮ったからでしょう?」
「なにー?それって、見せて見せて、」
翠は喜んでいる。
瑠音が携帯を開いて、昨日の写真を翠に見せていた。
「このまま放っとけば、朝には水死体だったんだけどな」
「げ、ホントだ。顔が水に浸かってるよ、」
「命の恩人に向かって、生意気なヤツ」
そう言えばそうだ・・・、あのまま瑠音が来ていなかったら今ここに私は存在しなかったかも?
そう思うと、鳥肌が立った。
「で、瑠音の写真は?」
翠に催促されて、私は渋々携帯を開いた。
「おお、麗しき瑠音様の半ケツ写真だ」
上半身裸で、腰に巻いたタオルが落ちかかった横向きの艶姿だ。
「まさか、それをどうこうしようなんて馬鹿な考えをしちゃいないよね」
「どうしようかなぁ」
私は少しだけ自分の優位を自覚した。
どれだけの悪ガキを相手にしているとも考えずに・・・。
「そう言う気なら、これを印刷して校内にバラ撒こうかな、それともネットに載せようか」
瑠音は別の写真を開いて、私の目の前に翳した。
「ぎゃーーーっ、」
私が悲鳴を上げる。
泡が辛うじて大事な所を隠してはいたが、身体の線が浮き彫りになったイケナイ写真だ。
やはりコイツは私が心配した通り、他にも撮っていたのだ!!!
「あんた、いつからバスルームにいたのよ、変態なんじゃない?」
瑠音の携帯を取り上げようとするが、亜里沙の時とは違ってそう簡単には手に入らなかった。
「どうする?この僕の携帯も”由妃の泉”に投げ入れる?」
「なによ、”由妃の泉”って、」
翠が笑って説明をする。
「下の噴水池、君があんまり物を投げ入れるものだから、みんな密かに”由妃の泉”って呼んでるのさ」
回りが笑ったので、どうやら本当らしい。
「誰に喧嘩売ってんのさ、ここでは十年早いよ、由妃」
「瑠音、やってみなさいよ、別にどうってことないわ」
その真意を疑うように、瑠音は小馬鹿にしたように私を見ている。
「あなたのお遊びは、下らな過ぎる」
「そして、僕の由妃は相変わらず強気だ」
「誰の”由妃”よ!!!」
瑠音は私を見て、にこやかに微笑んだ。
その笑顔に、私は嫌な予感がした。




 五時限目に体育なんて最悪だ。
お腹は張っているし、眠いことこの上ない。
今日は緊急職員会議が入ったとかで、体育の授業は各学級対抗の男子は屋外でサッカー、女子は体育館でバスケットボールとなった。
しかし、まともに試合なんてしてる男子は少なく、教室に戻ったり、カフェテリアに行ったり、銘々の自由を楽しんでいた。
コウとシン他、数人の男子は、女子の試合を見に来ていた。
当然、みんなに無視られている私は補欠組で、観覧席にて座って見ていた。
三組は普段スポーツをしない歩美や、サクラが入っている時点で何だか既に
雲行きが怪しく、四組は亜里沙とその取り巻き三人がメインで選ばれていた。
キュッキュッっとワックスに軋むシューズの音が体育館に響いている。
亜里沙は以外にも慣れた手つきで歩美からボールを奪うと、あっさりシュートを決めてしまった。
四組の観覧席から歓声が上がる。
サクラも多少はやったことがあるのか、機敏に動いてはいたが他のメンバーが足を引っ張ってボールが繋がらず、四組が再び得点を重ねた。
「あなた、さっき進路妨害したでしょ、反則よ」
亜里沙がサクラに文句を言った。
「反則なんてしてないわよ」
「したわ、足を引っ掛けられて転びそうになったのよ」
「してないわ」
亜里沙は持っていたバスケットボールをサクラの顔面へぶつけた。
その拍子に、サクラが倒れた。
「痛い・・・何するの、」
顔を押さえながらサクラが反発した。
当てられた額が赤く腫れている。
「邪魔なのよあなた」
取り巻きの女の子達と亜里沙が再びボールを握りしめて、振り上げようとしたとき、私は亜里沙の頭目掛けてボールを当てた。
彼女は蹌踉《よろ》めいたが、脇の女の子に辛うじて支えられた。
「私は見てたのよ、サクラは何も反則なんてしていなかったんだから」
亜里沙は取り巻きの女の子に脇を抱えられながら、美しい顔を歪め恐ろしい形相をして私を睨んで言った。
「よくも、私にボールをぶつけたわね、」
亜里沙は後ろを振り向いてコウとシンに何やら合図をすると、双子とその仲間数人が女子コートへずかずか入ってきて、不意を突かれた私はいきなり両腕を掴まれると、コウによってどこからか持ってきた紐で、観覧席の手摺りに腕を縛り付けられた。
用意周到過ぎる。
計画していたのだろうか?
これも瑠音の指図?
「今度はあなたが受ける番よ、」
そう言って、亜里沙が私にボールを投げつけた。
素速く横を向いたが、左眉の辺りにボールが当たり、嬉しそうな亜里沙の笑い声がいつもより更に甲高い。
「良い機会だ、昨日のお返しをさせてもらうよ」
コウが薄笑いを浮かべて、私を睨み付けながら投げた剛速球は、私の頬に命中した。
口の中が切れたのだろうか?
じわっと、鉄の味が舌の上で広がった。
それから、シンや取り巻きの女の子が次々と、ボールを拾っては私に投げつけ始めた。
息を呑んで見ている級友達・・・、唯一、歩美が抗議するも男の子達の手で、行く手をふさがれて身動き取れない。
そして、以前、骨折した方の足にボールが当り、激痛に失神しそうになる。
余りの痛さに涙が出そうになり、そして、遠い過去の記憶が一気に蘇る。
「やめて!!」
サクラが泣いて叫んでいる。
でも、サクラもコウの仲間に身体を押さえられ、身動き出来ない。
なんて卑劣な奴らだろう。
やがて、彼らの手を振り払った歩美が、走って体育館を出て行くのが見えた。
誰かを呼んで来てくれるのだろうか?
何発か頭に当たり、少し意識が朦朧とする。
そして、絶え間なく亜里沙の残酷な笑い声が聞こえていた・・・。
何時まで続くのだろう・・・、遠退きそうな意識の中でそんなことを考えていた・・。


その時、どさっと言う音がして私の足下にシンが倒れて来た。
え?
何?


ふと、顔を上げると、そこには瑠音が立っていた。
無表情なので何を考えているかは見当もつかず、黒い羽を背負った美しい小悪魔のように恐れ多く、そして、不気味な事だけは確かだ・・・。


次の瞬間、いきなりコウの胸ぐらを掴んだかと思うと、その頬を殴り、更に腹部に蹴りを食らわせたので、コウまで呆気なく吹っ飛んだ。
相手が無抵抗だとはいえ、一発で急所を突く術は、意外にも喧嘩慣れしている。
ただの、ヒ弱い美少年じゃ無かったの?


みんなが声を失っている。

コウやシンは勿論、亜里沙まで驚愕の表情をしていた。



そして瑠音は振り向くと、ゆっくり私に近づいて来た・・・。















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