A blue cloud
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空に浮かぶ月
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8




次の日、午後のビーチはイベントで人が押しかけそうだから、午前中に真昼を連れて海にやって来た。
夜、一緒に花火を見られないので、その穴埋めのつもりだったが、特設会場では毎年恒例のマーメイドコンテストをやっており、司会者は汗だくで次々と美女達にポーズを取らせ、軽妙な切り口で周りを湧かせていた。
私は、暑いのを我慢して、いつもより少し念入りに真昼と遊んだ。
普段なら買ってあげない駄菓子や、早々に出店している屋台のフランクフルトを美味しそうに頬張っている。
自分は散々食べたのに、子供には一切ジャンクフードを与えない姉は矛盾している。
これを見たら激怒するに違いない。
この子が少しずつ成長して、父親に似てきたらどうしよう、今でさえ姉に似ているとは思えない。
ずっとここに居て欲しかったけど、やはりそれは無理かも知れない、私は漠然とそう考えていた・・・。
 




「きゃぁ、月ったらそうして見ると、伊達に東京で十年も暮らしていたわけじゃ無いのね、とても綺麗よ、」
迎えに来てくれた麻美が、私を見るなり開口一番そう言って喜んだ。
「あなたもよ、とても三十には見えないわ」
「褒め殺しは止めましょう、バカみたい。でも、今日のあなたはほんとうに綺麗よ、浩二も惚れ直すかもね」
「何言ってんのよ、」
「あら気が付かない振りはおよしなさいね、高校の時からあんたのことずっと好きだったんだから、あんたが東京の大学に行くと知ったときはがっかりしていたわ」
薄々は気が付いていたが、別に彼から告白された訳でもなく、それにあの頃の私は大学に進学することで学費をどうしようか頭を悩ませていたので、恋愛どころでは無かったのだ。
切なく淡い思い出だ。
今日の私は久しぶりに綺麗に化粧をし、髪を結って、よく橘敦とデートしたセレブな店に行くような格好をしていた。
彼に合わそうと洗練して見える努力をしていた。
でも、実際の私は部屋着のようなTシャツにジーンズが、一番寛げることが分かっていた。
その無理が、疲れになって溜まっていったのかも知れない。 
幼い頃から外国暮らしの多かったインターナショナルな彼と、海や山で魚や昆虫を捕って、真っ黒になるまで遊んだ私とのギャップは大きすぎる。
私は時々、無性にここに帰って来たくなった。
ここは私が、私自身でいられる唯一の場所なのだ。


私達は麻美がいつも止めている業者専用の駐車場に車を止めた。
入り口付近は溢れんばかりの人でごった返していたが、警備員の誘導で業者パスを見せると意外とすんなり中へ入ることができた。
「役得役得!高い店舗料を取っているのだからこのぐらい、良いことがなくちゃね」
辺りはほんのり薄暗くなりつつあった。
カラオケ大会までには時間があったが、砂浜では場所取りに成功した人々が酒盛りをして騒いでいた。
私達がレストランに入って行くと、原浩二が直ぐに気が付いて、笑顔で手を振り合図した。
店内はほぼ満席で、テラス席にも人が溢れていた。
歩いて席に向かう途中、先を行く麻美が急に立ち止まったので私はぶつかりそうになり文句を言う。
「ちょっと!・・・急に、」
「あれ、高畑雨衣じゃない?」
麻美の目線の先を辿ると、窓際の席でアペリティフを飲んでいる雨衣と彼女が居た。
「挨拶してこようかしら」
「よしなさい、邪魔よ」
私達がもたもたしている内に、彼女が麻美に気が付いて手を振った。
そして雨衣もちらりとこちらを見た。
麻美は挨拶に彼らのテーブルに向かい、私は雨衣を無視して自分達のテーブルについた。
「おおー久しぶりじゃん、月!ま、座れ、座れ!」
地方公務員しているたけるが、こちらが気恥ずかしくなるくらい大げさに歓待してくれた。
男女五人ずつの未婚者ばかりと言うのは偶然だろうか、意図的だろうか?
集団お見合いじゃないんだからさ・・・、ともすれば・・・なんて麻美の考えそうなことだ。
暫くして麻美がテーブルに着き、みんなで再会の乾杯をした。
ひとしきりみんな最近の近況報告をすませたころ、やはり麻美があの話題を振ってきた。
みんなは遠慮して、その話題には触れないようにしてくれていたのに・・・。
「さ、みんな聞きたくてうずうずしてんのよ、事件のあらましを喋っちゃいなさいよ」
「ニュースでやってたでしょう?あのとおりよ」
ここでべらべら喋る訳にはいかない。
すぐ近くに警察関係者がいるじゃない!
「月ちゃんが発見者だってね、」
高校時代より、少しぽっちゃりした遠藤香奈が興味津々尋ねた。
「俺死体って見たことないけど、どんなだった?」
酒店店主、大野武が尋ねた。
「みんな、もう良いじゃないか、月ちゃんが困ってるだろう?それに、あそこに高畑雨衣がいるから喋りにくいんだよ、彼は刑事みたいなものだからね」
浩二の助け船に感謝した。
「あの高畑一族の?確か弟はアメリカに留学していなかったっけ?」
武が不思議がる。
「去年帰って来てる。市内に四国随一の鑑識ラボができただろう?そこのチーフに抜擢されたんだ。いわゆる引き抜きってやつ。なんでもかなり優秀らしいよ、他の都市からも鑑定依頼がひっきりなしに届くらしい」
「チーフって、彼奴年幾つ?」
武が聞く。
「今年、二十六歳なんじゃないか?確かオレらより四歳下じゃなかったかと思うけど、」
流石に公務員、その辺りはかなり詳しい。
そして更に続ける。
「今までの鑑識と違ってさ、聞き込みとか身辺調査とかオールマイティに首を突っ込めるようになっていて拳銃も所持しているし、超エリートってこと、別格だよね。確かにかなり忙しいらしいけど、その分給料も良いし、」
「あいつは金には困らないだろう、子供のいない伯父さんがあいつを跡取りにって、ゴルフ場を譲るつもりらしいよ」
「所詮貧乏人の俺たちには、関係ないはなしさ〜飲もう飲もう!飲まなきゃやってらんないでしょ、」
どこまでも優雅な話だ。
庶民の羨望の的であることには違いない。
ここにもいた。
住む世界の違う人達が・・・・。
やがて花火が始まり、人々がテラスに詰めかけた。
ここの花火は砂の流出を防ぐ為に設けられた、南の岸壁から打ち上げられる。
その為、空は勿論、海にまで光の欠片を映して、それは万華鏡のように綺麗に揺らめく。
その美しさは評判で、大勢の人がそれを見たさに押しかけて来るのだ。
雨衣達をちらりと盗み見したら、二人は仲良さそうに微笑んでいた。
少し羨ましいのは、自分の恋が成就しなかったからだろうか・・・。
そういう風に優しく笑いかけてくれる人が恋しいからなのか、酔いが回ってきて思考が鈍る。
どのくらいふたりを見つめていたのだろうか、ふと、我に返ると雨衣と目が合った。
何考えているのだろう。
気のせいか責められているような気がして、私は視線を無理矢理反らした。









寝返りを打つと頭が割れそうに痛かった。


外が白々と明けて来た。
私はゆっくりと目を開けて、ここが寝室であることを確認すると夕べの記憶を辿ってみた。
あれから何軒かハシゴして同級生達は一人減り二人減り、最後のバーには麻美と浩二の三人でなだれ込んだ。
みんな上機嫌でウイスキーの水割りを飲んだっけ?
久しぶりに楽しい夜だったなぁと、思い返しながら寝返りを打とうとして、手にハンドバッグを握りしめていることに気が付いた。
え?
まさか、そのままベッドにダウンしたの?
鉛のような重い体を起こして見ると、服は昨日のまんま、頭はピンが取れてボサボサ、サイドボードの鏡を手にとって顔を見ると、思わずそむけたくなるような化粧の取れた酷い顔だった。
最悪、これじゃ百年の恋もいっぺんに冷めるわね、と思いながらシャワーを浴びようと、重い体にムチを打ちのろのろとベッドから起き上がる。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
どうしよう、こんな格好誰にも見せられない、第一、こんな朝早くからいったい誰よ!居留守を決め込もうとすると、わざとのように何度もチャイムを押す。
「誰?こんな時間に、睡眠不足で訴えるわよ」
と、ぶつぶつ言いながらドアを開けると、そこには清々しい出で立ちの雨衣が立っていた。
「ぷっ、」
雨衣は人の顔を見るなり吹きだした。
笑っているではないか!
失礼な!
「そんなことだと思ったよ、ハハハ」
人の顔をみてお腹を抱えて笑っている。
「ちょっと、失礼でしょ?なんか用?」
「わ、酒臭い、いったいどれだけ飲んだか覚えてる?」
この気分の悪さからすれば、沢山飲んだには違いないけど、覚えていない。
「花さんから連絡なかったら、放っておいたんだけどね、」
「どういうこと?」
「君が遅くまで帰ってこないから大丈夫だろうかって電話が入ったんだ、」
「私何時まで飲んでたの?」
「飲み屋街で拾ったのは、午前二時頃だったかな・・・」
「拾った?」
まるで野良猫か。
「覚えてないの?まだ屋台のラーメン食べるって管巻いていたから、拾ってきたのさ、勿論、二人にもタクシーを呼んであげたけど」
そう言えば、でかい声で叫んでいたような気がする。
「なに今頃赤面してんのさ、」
思い出したら顔から火が出てきた。
恥ずかしい!
「それよりその格好なんとかしたら?」
私は雨衣の視線の先、寝乱れた洋服を見下ろしてギョッとなる。
胸からブラジャーが見えている!
「ぎゃぁ〜〜〜」
走って中に駆け込んだのは言うまでも無い・・・。


外から雨衣の笑い声が響いていた。




 シャワーを浴びて、氷水を一気に飲み干した時には、少し気分も良くなり落ち着いた。
時計を見るとまだ七時前だったので、散歩がてら浜に降りてみようと思い立った。
きっと店で雨衣が食事をしていると思うと、今日はもう彼に合いたくなかったのと、昨夜の失態を報告されていたら、祖母にどんなに怒られるかわからなかったので、少しでも後に回したい気分だったからである。
念のため携帯と麦わら帽子を持って、庭から海へと通じる小道を降りて行った。
ガジュマルが木陰のアーチを作っていて、まだ冷たい風を孕んでいた。
砂浜に降りると潮風が気持ち良く吹いてきて、潮が少しだけ鼻につく。
磯に近づくとカニが驚いて一斉に岩陰に隠れる、水たまりには呑気な魚が取り残されていて、次の潮が来るまで待っていた。
今度、ここに真昼を連れて来てあげよう、プライベートビーチのように人影は全くなかった。
とぼとぼと、五十メートルくらい歩いただろうか?
こんもりした奇岩の横に、何か白いものが見えた。
何だろうと思いつつ、急ぐ散歩でも無かったので、ゆっくり近づいた。
残り十メートルの至近距離まで来て、私はギョッとした。


足だ!


白い蝋人形のような足・・・。


どうかマネキンでありますよう願いながら、爆発しそうに波打つ心臓を押さえながら、恐る恐る岩を回り込んで見てみると、私の心臓は凍てついた。


人間だ。


長い髪の若い女性で、ナイフが心臓に刺さったままだった。


震える指先で、雨衣の携帯番号を押す。
「下の砂浜に降りて来て!人が死んでる!」
やはり店にいたのか、数分もしないうちに、雨衣はやって来た。
「早く!こっち、」
私は雨衣を前に通すと、後ろからその腕にしがみついた。
そうしないと倒れてしまいそうだったからだ・・・。




砂浜に目を見開いたまま横たわる女性は、明らかに死んでいるようだった・・・。











 





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