A blue cloud
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空に浮かぶ月
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今、私に出来ることは何もない。


取りあえず離れに戻り、部屋を片づける事にした。
整理整頓は頭を働かせる重要なポイントだ。
部屋が気持ち良く片づいていると、仕事も捗るというのは私の持論だ。
でも、今は無職だけど・・・。
山のような段ボールは、私の十年分の東京の思い出で、青春が詰まっている、と言っても過言ではないだろう。
かなりいらない物は捨ててきたつもりなのに、昨夜から少しずつ整理している割には一向に作業がはかどらない。
この家は数年間、他人に貸していたので、コンパクトだが簡単なキッチン、バストイレ付きで、とても便利なのが嬉しい。
東京から送ってきた家電製品はすでにすべてが稼働していて、冷蔵庫には冷たいビールが冷えている。

う〜〜ん快適、快適。

家自体はとても古いので建て付けが悪く、南の窓を開けようとしたらギギッと甲高い音を立てて、数カ所剥げたペンキのカスが落ちてきた。
でも、私は再びこの景色にお目にかかれてとても満足していた。
その後数時間、片付けに没頭し、陽が傾き部屋が大方片付いた頃、インターホンがあるにも関わらず、真昼が夕食の迎えにやって来た。
「つきちゃん、バーバがごはんだって」
「あ、いけない、夕飯私が作るつもりだったのに」
「バーバがハンバーグ作ってくれたよ。ボクだいすき!」
可愛い手を繋いで庭を抜ける。
庭は鬱蒼と茂ってはいたが、周りからは隔離されていて真昼が自由に遊んでも何の心配も無かった。
祖母の配慮で外に通じるフェンスの鍵は、子供の手が届かない所に設えていたからだ。
「月ちゃん、このお花いいいにおいがするよ」
真昼はバラに顔を近づけてそう言った。
些細なことだけど、自然の移ろいを感じることは良いことだ。
花の匂い、海の匂い、風の匂い、ここは総べてが息づいている。
伸び伸びとした表情を見せている真昼が、来週には大都会に帰って行くと思うと、とても残念に思う。
しかし、夕暮れの海辺のなんと暑い事か、西日はまだ容赦なく照りつけており、街を焼き尽くす勢いで仄いていた。
私達の食事は店舗の裏側、キッチン兼リビングのテーブルで一緒に取っていた。
元はここの離れで生活していた祖母だったが、店舗の方に居を構えた方が都合が良いと生活をそちらに移すと共に、離れを若い転勤夫婦に貸し出していたが、数年前に彼らが再び引っ越して行ってからは空き家になっていた。
庭は自由に出入りできたが、庭を散策したい客が誤って離れに立ち入らないよう、日中は小さな木のフェンスで仕切られていた。
でも、木は生い茂り、その小道はひっそりと隠れていた。
ただ雨の日は厄介で、傘に枝が引っかかり、葉の上で大きくなった雨粒が、ざらざらと音をたてて落ちてくる。
しかし、店に用の無い日は東に設えてある玄関から外出することも可能なので、プライベートもしっかり守られていてとても便利なのだった。
夕食が終わりかけた頃、ノックもせずにいきなり現れたのは義妹の陽菜だった。
「行儀の悪い娘ね。ノックぐらいするものでしょう?」
祖母が注意した。
血相を変えた妹は私を見て、それから真昼を見た。
「帰ってたの?」
陽菜は相変わらず高慢ちきな態度に、派手な衣装で、長い髪や化粧を綺麗に整えてはいたが、顔面は蒼白だった。
「昨日ね」
「ニュース見た?殺人が起きた家って、あなたの家でしょう?」
「そう、私が遺体を見つけたの」
陽菜は平然と言う私に眉を顰めた。
しかし、その様子にはいつもの蔑んだような様子は見えなかった。
「彼女は友達だったのよ、誰があんなことを?」
そう言うことか・・・。
「それはまだわかんない」
「雨衣君が調べているそうよ」
祖母が口を挟んだ。
「え?そうなの?」
何だか急に表情が変わったのは気のせいか?
「まさか花さんの弟さんが殺したってことはないわよね・・・?あそこに住んでいたんでしょ?ニュースでレポーターが小父さんを探しているって言ってたから・・・」
流石の傲慢女も、花さんには遠慮がちに訪ねた。
「だから分かんないって言ってるでしょう?住所不定の男だからどこで何をしているやら、どうせ、どうなってるか母さんに聞いてこいって言われて来たんでしょう?」
つい声を荒げてしまって、花さんから注意を受けるも、陽菜が黙った所を見ると図星らしい。
「全く、世間体ばかり気にして、自分の身ばかり守る人だわ、目と鼻の先に住んでいるのにここには寄りつきもしないでしょう?聞きたいことがあれば自分から来れば良いのに、」
「田中まりは私の親友だったの!ママの悪口ばかり言わないで」
「悪いけど、私の母でもあるのよね、私は一生認めないけどね」
「もうよしなさい」
祖母は席を立って皿を片付けに入った。
「努叔父さんが殺人犯だったら一生悔やむでしょうね、宗谷家と関わりを持った事が生涯の汚点だと」
「もう!月ちゃんとは話になんない!」
子供のように地団駄踏んで、急に真昼に向き直った。
「誰よ、このガキは?」
真昼は祖母が持ってきてくれた手作りのバニラアイスを嬉しそうに頬張っていた。
「かれんの息子、真昼、陽菜おばさんに挨拶なさい」
「かれんちゃんの?え〜いつ結婚してたの?こんな子供までいたなんて、知らなかったわよ、」
「言うもんか」
一同が湿を打ったように黙った。
私の母への憎しみは深い。
収入の殆ど無かった画家である父と、周りの反対を押し切って学生結婚した母は、まだ八つの私と十の姉を置いて、さっさと自分は何の苦労も要らない、歯科医の嫁になった人だから・・・。
私は姉も祖母も、どんなに辛かったかよく知っている。
父もそんな母と同じ街で暮らすのが耐えられなかったのか、私達を祖母に託して外国に旅立って行った。
「それに、誰がおばさんですって?」
気を取り直したのか、急に思い出したように陽菜が怒って言った。
「正真正銘おばさんじゃない、」
私がほくそ笑む度、陽菜の怒りのボルテージは上がって行った。
「こんにちは」
にこにこと挨拶をする真昼の可愛い笑顔に、陽菜は少し癒されたのか素直に挨拶を返して、かれんはどうしたのかと問う。


簡単に説明をして、私達も一緒にアイスを食べ始めた。


その時はまだ、この夏が、とんでも無く熱くなるのを知らずにいたのだった・・・。









                                                 







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