A blue cloud
1
空に浮かぶ月
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4




遠くでパトカーのサイレンが聞こえてきた。


私は、我に返ったように、急に怖くなり、走って家の敷地から飛び出した。
そこへ、丁度四輪駆動の車がやってきて、すんでの所で轢かれそうになり、車から降りてきた人物は私に喚いた。
「何考えてんだ?急に飛び出して来たら、危ないだろう!」
聞いた事のある声に、顔を上げると、そこには何故か高畑雨衣が立っていた。
え?
なぜ?
ドアを乱暴に閉め、相変わらず切れそうに容赦なく、私を見る目つきは凍てつく程冷たい。
「どうしてあなたが?」
「殺されたいのかよ、」
雨衣は吐き捨てるようにそう言った。
「君が通報者か?」
「あなたが、どうしてここに?」
「あんたが通報者?」
明らかに苛ついている雨衣は、私の問いかけを完全に無視している。
文章にすればとんでも無く、かみ合って無いだろう。
どんどん、むかついてきた。
「先に私の質問に答えなさいよ、」
「それはこっちの台詞だ!さっさと答えろ、他に誰か人は?遺体はどこ?誰か見かけなかったか?それともおまえが犯人か?」
私を睨み付けたまま捲し立てた。
「失礼ね!ムカツク男だわ、だいたいあなたに何の権利があって・・・・」
言いかけた所で鑑識課らしいバンが一台と、パトカーが数台やって来て、二人の側で停まり、中から背広を着た年配の刑事らしい人物が近づいて来た。
「高畑君、帰っていたのかね?」
年配の男は彼に気が付くと、形相を一変し愛想良く話しかけてきた。
ん?どういうこと?
「ええ、家が近くなもので連絡を受けまして、直接来ました。」
「すまないね、まだ休暇中なのに」
おいおい世間話、している場合か?
連絡を受けて?
え?
「この人が通報者か?」
「素性を言わないんですよね、怪しくって、」
おまえ知ってるだろう?
ムカツク高畑雨衣は素知らぬ振りして、私を刑事の前に差し出したまま、自分の車に戻りトランクのドアを開けている。
そこへ近寄って行く、二十代の男女が彼を”チーフ”と呼んだ。
「すみません、休暇中に、お近くだったから一応報告した方が良いかと思いまして」
「いいよ、気にしないで」
そう言ったやりとりを、私は聞き耳をたてて聞いていたので、刑事の質問を聞き逃した。
「す、すみません、もう一度お願いします」
「あなたが通報者ですか?」
刑事が改めて訪ねた。
「ええ、ここは私の実家でした。伯父が売ったと聞いて最後に一目見ようと思ってやって来たのですが・・・中を覗くととんでもない事になっていて」
「お名前は?」
「宗矢月です」
雨衣は白いボックスを手に、私など全く無視して男女を従え家の中に入って行った。
「あの・・・、彼は?」
「高畑ですか?鑑識です。アメリカ仕込みの鑑識能力は超一流でしてね、」
刑事は感心している様子で、何気に自慢げに聞こえるのは気のせいだろうか・・・。しかし、あの態度は如何なものか?一般市民の善良な通報において事件が発覚したと言うのに、感謝どころか不審者扱いされるとは。
それにしても、ふぅ〜ん、一応真面目に働いているんだ。
少し、意外だけど・・・。
しかし、何故彼は鑑識に?
父親やお兄さんと同じ医者の道を歩かなかったのだろうか?
十年前のやんちゃな彼の姿が脳裏を掠めた。
「警部、」
その時、家の中からさっき雨衣と一緒に入って行った男の子が呼んだ。
彼は今行くと伝えて再び私に振り返った。
「お急ぎでなければ、これから警察署でお話を伺いたいのですが?」
厄介な事になったもんだと私は天を仰いだ。
取りあえず、祖母に頼まれた買い物を届けてから、午後になって行くと伝えた。
ここの所有者でもある祖母が警察官の来訪に卒倒しないよう、先に説明をしといた方が良いような気がしたからである。
憂いの我が家は、黄色い進入禁止のテープが張り巡らされ、入り口には警察官がふたり配置されていた。
まるで映画の撮影現場のように、とても現実味に欠けていた・・・。




事の顛末を簡単に祖母に告げると、案の定目眩がすると言って側の椅子によろよろと腰掛けた。
「誰がそんな恐ろしいことを?あの子が・・・?」
「それはまだ分からないわ、多分叔父さんの居所を尋ねられると思うけど、どこに居るのか分かるの?」
祖母は首を振って項垂れた。
私は店のコーヒーを祖母のために発てていた。
香ばしく懐かしい臭いが店内に充満する。
エアコンで冷えた室内とは対照的に海はギラギラと反射して目に痛い程だった。
その時、さっきの刑事さんと、その後ろに何喰わぬ顔をした高畑雨衣が現れた。
「先ほどはありがとうございました。あのお家の所有者がこちらの宗矢花さんだと聞きましてね、こちらに伺わせて頂きました。あなたも警察署まで来られるのは面倒だと思いましてね、お時間はよろしいでしょうか?お話を伺いたいのですが?」
雨衣は祖母を見て会釈をした。
「あなたが居てくれると心強いわ、お花ありがとう。私の好きなオールドローズだわ、良く手に入ったわね」
何だと?
まるで恋する乙女の会話ではないか?
二人はそんな仲なのか?十五で人の人生自在に操るような傲慢なこの男と?
あれ笑ってる、傲慢男の笑顔を初めて見たかも。
「おおかたは月から聞きました。どうしたことか途方に暮れております」
祖母は刑事に向き直ると二人に椅子を勧め、私にコーヒーを入れるよう催促した。
二人は知り合いなのだろうか?
何となくそんな気がする。
慣れているのだ。
って、私は事件より雨衣の事を考えているなんて、不謹慎なと自分に言い聞かせた。
私はコーヒーカップを差し出しながら、女性の身元は分かったのかと刑事さんに尋ねた。
「捜索届けが出ておりました。バッグはそのまま手つかずでありまして、免許証から田中まり二十歳、大学生です。死亡推定は二週間ほど前で、腐敗が進んでおりましたが間違いはないだろうと思います。が、現在ラボで解剖に入りました。心当たりは?」
私と祖母は横に首を振った。
なぜ見ず知らずの女子大生が、私の実家で殺されなければならないのだろう?
取りあえず一番怪しいのは浮浪のギャンブラー、とっとと姉名義の家を売り払った男だ。
しかし、どこに居るのやら・・・。
「あそこを管理されていたと言う、努氏の居所は分かりますか?」
またもや私と祖母は首を横に振るしかなかった。
私に至っては、ここ十年くらい会ってない。
更に三十年程会いたくない。
死ぬじゃん。
彼らはそれから私達の家族構成と、近況を詳しく聞いて帰って行った。
祖母は雨衣に別れ際、明日から店を開くからいつでも食事にいらっしゃいと誘っていた。
私が明日は無理だと言っても聞き耳持たず、こうと決めたら意見を曲げない人だった。
「このお花、退院祝いにって今朝お花屋さんから届いたのよ、素敵でしょう?」
祖母は少女のように微笑んだ。
「雨衣はね、お父様の希望だった医者になるのを止めて鑑識の方の道を選んでから、どうも家族と上手く行ってないらしいのよね、東京で大学を卒業したと同時にアメリカへ留学して暫くここには帰って来なかったわ。去年だったかしら、ここにも国立最新鋭の新しい鑑識のラボができて、チーフとして迎えられたそうよ。この上の方に新しいお家が建ってるでしょう?あれは彼が建てたの、ひとりで住んでるわ。だから食事は時々家に食べに来るのよ。」
我儘王子になにがあったかは知らないが、少しは人生苦労した方がいい。
じゃないと人の痛みは分からないだろうから・・・。
あの夏、私がどんなに一生懸命学費を稼いでいたのだとか・・・、知る由もないだろう。
「でも、本当にあの子が殺人なんか犯していたら大変な事になっちゃうわよね、あなたますますお嫁に行けなくなっちゃうわ」
「私のことは放っておいて!」
「放っておける年でもなくなって来てるのは確かね」
「花さんはいつからそんな干渉主義になったのよ」
全く、当分の間は恋愛のことなど考えたくもない、風の吹くままここに帰ってきたのだけれど、ここはここで大風が吹いていた。
「ほんとうに叔父さんの行きそうな所知らないの?私、探してみようかな?丁度今無職でヒマだし」
「よしなさい、警察に任せるのよ、首を突っ込むんじゃありません。そんな事を言い出すんじゃないかと心配してたのよ、真昼は裏でお昼寝中だから、今のうちに少しでも離れに帰って部屋の片付けでもしたら?」
とんだ邪魔者扱いに、文句を言いながら私は花の散ってしまったローズガーデンを抜けて歩いていた。
遠く実家の山の方を見やると、TV局のマークが入った車が坂道を、猛スピードで登って行くのが見えた。
早速、夕刻のニュースで伝えるつもりなのだと思うと、当事者になって初めて気が付くのだが苛ついた。


神経を逆なでするのだ、そんなにスピードを出さなくても良いものを・・・・。












                       













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