A blue cloud
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空に浮かぶ月
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私と姉には両親がいない。


私が八歳の時に両親が離婚した。
母は直ぐさま地元の歯科医と再婚し、父は放浪の旅に出た。
時折届く絵葉書が異国での暮らしぶりを伝えてくれるだけで、殆ど音信普通と言って良いだろう。
そんな流浪の画家に息子を育てて、未だに悔やんでいる祖母の花さんは、喫茶店をきりもりしながら、私たち姉妹を大学に行かせてくれようと、昼夜問わず一生懸命働いて育ててくれた。
私は少しでも家計の負担を減らそうと思い、十二年前高校最後の夏休み、ゴルフ場でキャディのアルバイトをしていた。
その玄関先に外車で乗り付けた彼の父親と、まだ中学生だった高畑雨衣は、倉庫からキャディバッグを出すよう鷹揚に言いつけ建物の中に入って行った。
高畑親子の前に、支配人が自ら頭を下げて挨拶に来る。
倉庫の鍵を取りに行く途中、立て続けにお客がやって来て、車のトランクから降ろすのに手間取り、高畑親子のバッグを出すのが少し遅れた。
すると、階段の上に突っ立った高畑雨衣が、私を見下ろし、腕組みしたまま賜った。
「さっさと持って来いよ、バカ」
私は聞き間違ったかと思ったが、確かにその少年は綺麗な顔に侮蔑を浮かべてそう言ったのだ。
しかも、その日は神様が私を罰するように、たまたま高畑親子をコースへ連れて行く羽目になり、雨衣は相変わらず機嫌が悪く、勿論、腕も調子も悪く、当然、そのしわ寄せはキャディに向く。
 ボールがどのくらい切れるかと問われ、私はカップぎりぎりを勧めた。
すると、少し強かったパターはカップの淵を掠めて、一メートル先で止った。
「だめだ、今日はキャディが悪いんだ。パターがちっとも入らないし、ラインが合わないや」
「お前のパターは強すぎるんだよ、そんなに強くちゃボールも切れないさ」
その後に、一族怒濤で姉の結婚を反対した張本人になった人だとはいえ、この時ばかりは庇ってくれた父親に感謝したものだった。
心の中ではこのクソガキ!って何度思った事か、重い空気はそのままで彼らのラウンドは終了してしまった。
私はクソガキの機嫌を損ねたまま、キャディ室で休憩を取っていたらマスターから呼び出し受けて、速攻、クビ宣告。
クソガキは帰り際アンケートに私の悪口を散々かき立て、支配人と仲の良い父親を使って私をクビにするよう懇願したらしい、何てクソガキ!
父親も父親だ、何て育て方したんだろう、甘やかすにも程がある!




ああ嫌だ、思い出してもムカツク。
程なく機内で飲み物が配られた。
「オレンジジュースでいい?」
「うん」
真昼がカップを零さないよう手を添えてあげると、私を上目遣いで見た。
縫いぐるみのように持って歩きたい程可愛い。
完璧、叔母バカだ。
「何 ?」
「ボク、月ちゃんがママだったらいいな」
「嬉しいこと言ってくれるなぁ、どうして?」
「だって、ママはすぐ怒るんだもん、それにいつも居ないし・・・」
これは未婚の母の辛いところだ。
言いわけをした所で幼いこの子にはまだわからないだろうし、ここは責任無い叔母の立場を満喫させてもらおう。
「今晩一緒に寝ようね、寂しくないよう、本も読んであげるから」
「うん」
真昼は嬉しそうに微笑んでジュースを飲み干した。




空港のロビーを出て、タクシーに向かう途中で、先に降りた雨衣がピカピカに磨かれたプラチナシルバーの四駆で私たちの目の前を通り過ぎて行った。




素知らぬ顔で・・・。




携帯の事で怒っているに違いないが、完璧無視は腹立たしい、絶対私たちに気づいているはずなのに、会釈ぐらいしろよ!って気分で再びムカツク。
「総合病院までお願いします」
タクシーの運転手さんにそう告げると、私たちはまず祖母が入院している病院に向かった。
そうです、そこは自ずと知れた高畑総合病院、近くにも遠くにも高畑は影響あり、どこも息が掛かっているってことで、それならば一番近いここにしたって訳・・・。
まあねえ・・・。
 大きくて立派な石墨の門構え、七階建ての病院は権力を誇示しているかのように、聳え立っていた。
ガラス張りの一階は吹き抜けで、病気で沈みがちな患者に明るい光を注いでくれるような近代的な作りだった。
受付にはアナウンサーばりに知的でてきぱきとした女性が、慣れた笑顔を振りまいていた。
「宗矢花様は、先ほど退院されましたが?」
「え?本当ですか?骨折だと聞いたのですが?」
「ええ、もう四週間が立ちましたので、先生から許可が下りましたので」
「あれ?月じゃないかい?」
振り向くと、そこに白衣を着た高畑高士が笑顔で立っていた。最後に会った時はまだ研修生だったはずだが、今は堂々として医者らしい。
「高士さん!久しぶりです。お元気でしたか?」
「こっちの台詞だよ、何年ぶりに帰って来たのさ、」
「お正月には帰って来てますよ。ところで祖母はもう、自宅に帰ってもいいんでしょうか?あの人、我儘だから・・・」
「少し早いかなとも思ったけどね、まあ、言う事を聞かないことは知ってるからね」
私たちは昔を思い出してクスリと笑った。
「おや、その子は?」
彼は物珍しそうにしゃがみ込むと、真昼の顔をのぞき込んでいた。
「真昼、ご挨拶なさい」
「こんにちは」
真昼がにっこり笑うと、高士さんの形相も崩れた。
「可愛いなぁ、君の子供?結婚していたんだ?」
私は笑ってごまかした。私の子供にしといた方が無難だと思ったからだ。
「こっちにはいつ?」
「今帰ってきたばかりなの、」
「里帰りってとこかな?」
再び笑ってごまかすしかない、これ以上、詳しく聞かないでくれって、私は心の中で叫んでいた。
嘘つきになるのが嫌なのだ。
 その時、彼を呼び出すアナウンスが館内に響いた。
「ごめんね忙しくって、じゃまた!」
彼はそう言って行きかけ、ふと立ち止まったが、思い直した様に手を振って別れを告げた。
きっとかれんの事を聞きたかったに違いない。
四年前まで付き合っていた彼女の話は、三十台にになれば昨日のことのように、気になる程近い過去だろう。
 彼の両親に頭も、器量も良い姉が気に入られなかったのは、単に本人の問題では無く、家柄を尊重する金持ちの考えそうな事だと思った。


きっと姉ならこんな病院の院長夫人でも務まる筈なのに、人間は人柄では駄目なのか?
振り向いて大きな建物を見返すと、改めてそう思った。























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