A blue cloud
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空に浮かぶ月
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その夜、約束通り浩二は待っていてくれた。
スタッフは全員お揃いの黒いTシャツを着ていて、忙しそうに立ち回っている中、私達を見つけてくれるなり手招きしてくれ、ロープをそっと上げてくれた。
「ありがとう、又今度お礼するね」
「おう、楽しんでってくれ」
「自分家みたいね」
手を振る浩二に、私はクスッと笑いかけた。
「そうさ、この辺りは庭だからね、そう言えばさっきお前の妹や、雨衣達も来たよ、雨衣の彼女は美人だよなぁ」
「お似合いよね、」
その時、丁度音楽が始まり歓声が聞こえて来た、私達は浩二に別れを告げて人混みをかき分け中に入って行く。
「後ろの方でいいんじゃない?ゆっくりできるし」
「そうだね、何か飲み物貰ってこよう」
前はノリノリの若い連中でごった返していた。
勿論、砂浜オールスタンディングで、ワンドリンク付きだ。
陽菜や雨衣たちが、どこにいるかなんてわかりはしない。
私達は人もまばらな少し後ろになったが、隣の人とは踊っても距離が保てそうな位置に陣取った。
曲はいかにも真夏のビーチに相応しいソフトレゲエで、陽の沈み掛けた夕暮れの砂浜を暑く盛り上げる。
時折、海を渡って来た風が頬を撫でて、潮風が香る。
「楽しい?」
敦が聞いた。
「すごく楽しい」
私は答える。
満足そうに敦が前を向く。
「あなたは?」
「勿論、君といるから十倍楽しいよ」
自分の物だと言わんばかりに、私の腰に手を回して引き寄せる。
私は何も言わずにそのままにしておいた。
その方が気持ち良かったのだ、誰かに守られている感覚、誰かに必要とされている感覚・・・。
そして、ゆっくり敦の唇が降りてきた。
ちょっとドキッとしたが、優しいディープキスに酔いしれた。
「君は僕と別れたこと後悔していないの?」
「何て答えて欲しいの?」
私は笑った。
「僕はすごく後悔している」
「やめて、そんな話、もう終わったことだから・・・」
私は急に真剣な眼差しを向けてくる彼の瞳を、はぐらかそうと指で彼の唇についた口紅を拭いた。
「僕が離婚したら、君は僕の元に戻って来てくれるだろうか・・・・」
本心で言ってるのだろうか?初めて彼からそんな言葉を聞いた。
「本気だよ、」
私の目に涙が溜まる。
彼の顔は真剣だった。
「遅いよ敦・・・、もう、遅すぎる・・・」
私は彼の胸に顔を埋めた、零れる涙を隠すために・・・。
「そっか・・・」
敦はため息をつきながらも、意外にもあっさり認めた。
そんな気がしていたのだろうか?
もっと早く言ってくれていたら、ここに私はいなかっただろう。
彼の胸を名残惜しむかのように・・・、たくましい彼の背中を指で覚えておこうとするかのように・・・、私達は暫く抱き合っていた。
「彼らがいるよ」
徐に敦がそう言うので、誰だろうと顔を上げたら、斜め後ろに雨衣達がいた。
エリカがこちらを見て手を振った。
ぎょと思っても後の祭りだ、又、雨衣にすべて見られていたかと思うと顔が赤くなるのが自分でも分かった。
彼らは数人で来ているらしく、音楽に合わせて踊っている、賑やかで楽しそうだ。
雨衣が笑って踊っている。
意外なようで、そうでも無いかも、彼は親の金で人を操り、遊びほうけて来た人物だ。
「彼が気になる?」
「え?」
彼はお見通しだと言わんばかりに、悪戯に笑った。
流石小説家、人間観察に優れている。
確かに私は雨衣の目を気にしている。
又、嫌口叩かれるからだ。いや、それだけだろうか・・・・。
雨衣と私の間にはいろいろ問題があって、一言では語れなかった。
「敦は、今まで離婚しなかったんだから、奥さんを大事にしてあげて、」
「それでいいの?」
「いいのよ」
横を向いて彼は笑った。
「じゃ、別れのキスをして、彼が焼けるくらいとびきりのキスを」
「どうして彼なのよ・・・」
抗議しかける私に、彼の唇が降りてきた。





次の日の朝、陽菜はまだ寝ていた。
敦は空港に向かう途中で、店にコーヒーを飲みに来た。
いつもなら雨衣が座る窓際の席で。
「ここは良いところだね、海も空も青くて、空気も新鮮だし」
「でも、あなたの長居は無用よ」
「きついなあ、さっさと退散するかなぁ」
敦は笑いながら背伸びをした。
その時、丁度雨衣が店に入ってきた。
私達に気づいているはずなのに、気づかない振りをしているのか、カウンターで自前の携帯マグにコーヒーを入れるよう注文している。
「雨衣、二日酔いでしょう?コーヒーだけしか注文しない日は決まって二日酔いなんだから」
花さんがからかうも頭が痛いのか、額に手を当てて苦笑いを返している。
図星なんだろう・・・、あれから彼らはどうしたのだろう。
街に繰り出したのかな、なんて私はぼんやり考えていた。
「そろそろ行くよ」
敦がそう言って席を立つ。
店を出る途中、二人は軽く会釈を交した。
外は、日差しがきつくなってきた。
照りつける影が濃い。
「来月になったら編集長が連絡してくると思うから、それまで次回作を練っといた方がいいよ。」
「まだ信じられないわ」
「最初に言った通り、今回の件には僕は関与していないからね、君は疑ってるかもしれないけれど」
「確かに、都合良すぎるかなって思っているわ」
「僕以上に君の性格を分かってる人間はいないと思うよ、そんなこと発覚したら君は二度と小説なんか書かないだろうからね。あくまでの編集長の意向さ」
この人は、昔からそうだったけど、さわやか過ぎて憎めない人だ。
おまけに小説家、故か、持って生まれた感性なのか、人間観察に優れていて私の心をいつも見透かす。
彼が車のドアに手を掛けた所に、雨衣が店から出てきた。
「東京でまた会おう」
「ええ、元気で」
「彼女のこと頼みますね」
不意に声を掛けられた雨衣は、意表を突かれたような顔をして目を上げ、敦を見てから視線を私に送って寄越した。
「僕に頼まれても・・・、彼女の方が強いですから」
と、真面目な顔で答えている。
敦も、そうだと言わんばかりに笑って頷いた。
「何いってんのよ、あなた警察官でしょ、」
「そうなの?驚いたな、警察官には見えないな、」
敦は雨衣の上から下まで、ブランド物で着飾った姿を一瞥して言った。
「正式には鑑識です、主にラボが主体ですけど、ある程度自由に捜査も任されています」
「君、彼に協力してもらって恋愛小説より、探偵もの書いた方がいいんじゃない?」
雨衣は意味が分からず、驚いた顔をしている。
「近々、新人小説家が誕生するからね」
と、敦が私を指さした。
当然、雨衣はその言葉を信じて良いのか戸惑っている。
「じゃ、また会おう!」
敦は手を軽く振って、元モデルらしく格好良く車に乗り込むと、引き際良く去って行った。
「誰が小説家だって?」
私が自分を指さすと、雨衣はチッと舌打ちした。
「もう、無職なんて言わせないから、」
「彼のおかげか・・・」
私は雨衣のお腹を拳で殴った。
「いてっ、」
「そんな事が通用する世界じゃないの、売れなければさっさと消えて行くし、実力が無いと続けられないでしょ」
「実力があると?」
嫌な視線を送ってきた雨衣を私は睨んだ。
「早く仕事に行きなさいよ、遅れるわよ」
こいつは完全にバカにしているし、絶対に敦の口利きだと思っている。
そんな疑いの目をしていた。
車に乗り込もうとして、雨衣は突然振り向いて言う。
「昨日、やたらいちゃついていたな?公然猥褻罪で捕まえるぞ」
「あんたもね、」
昨夜、私がこっそり彼らを見たとき、偶然にもエリカとキスするところを見てしまった。
なぜか胸が痛んだのは気のせいだろうかと、自問したのだった。
雨衣は”見ていたのか”とでも言わんばかり冷笑を浮かべたが、それについては何も言わず車に乗り込んだ。
そのガラス窓を私はノックした。
「ねえ、事件はどうなったの?全然教えてくれないんだから」
「花束には、無数の指紋や、DNAが検出されてね、彼女、授賞式のあと近藤啓太達が職場の連中といたテーブルと合流したらしく、みんなと飲んでいたろう?写真取りまくりの、踊りまくりの、今、ひとつひとつ検査している途中さ、」
「近藤啓太が犯人じゃないの?」
「ま、一番の容疑者ではあるんだけど、いずれの夜も婚約者の早川祥子のアリバイ証言があるんだ」
「じゃ、浩二は?彼もまだ疑われているの?」
「アリバイはあるけどね・・・」
「けど?」
しつこく聞き過ぎたのか、話は終わりと言わんばかりに、黙ったまま雨衣はブルーのサングラスで瞳と私をシャットアウトし、エンジンを掛けるとそのまま発進した。


無視かい?
なんか、ムカツク・・・。

 














 










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