A blue cloud
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空に浮かぶ月
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「ちょっと、どうして仲良く手なんか握って来ちゃうわけ?」
先にテーブルに着いていた陽菜が、私達を見て不服そうに文句を言った。
「エリカ先輩に、言いつけちゃうわよ、」
「どうぞ、彼女はこのくらいでは怒らないよ、」
笑って雨衣が言った。
「ま、そりゃそうよね、どう考えたって月ちゃんには見込み無いわ、二十四歳花の独身弁護士、祖父に至るまで代々弁護士、かたや三十路女、無職、子持ち、家族に現行犯逮捕される伯父あり、」
ぶっと、高橋守が水を吹き出すところだった。
そして笑いながら”叔父さんは白でしたから”と訂正してくれた。
「それは私のキャッチフレーズか?みんなしてバカにして!」
憮然としながら、メニューに目を落とす。
雨衣は横で、くつくつと笑っている。
その、おでこを軽く叩いた。
「痛っ、暴力女かあんたは、」
「何笑ってんのよ、そのキャッチフレーズ作ったのはあんたでしょうが?」
「まあまあ、ここは冷静に、食事にしましょう。早く注文しないと時間余り無いですよ」
高橋守が仲裁に入る。
隠密捜査上、確かに騒ぐのはよろしくないだろう。
さっきまで、気分良かったのに陽菜のヤツ・・・。
しかも、横ではまだ雨衣が笑っていた。







「ファーーー!!!」
出足から麻里さんの美声を聞くことになるとは・・・。
「飲み過ぎなんだよ、」
雨衣が冷たく言い放つ。
「月ちゃん、どのくらい飲んだの?」
麻里さんが心配して尋ねる。
「瓶ビール二本かな?でもみんなも一緒に飲んだよ、」
「飲んでないですよ、僕ら警察ですからね、飲酒運転なんてもっての他です」
高橋守が真面目に答える。
どうりで、ボールが二重に見えるわけだ。
しかも炎天下、走ると目が回りそうだ。
陽菜を見ると、途中でへこたれるかと思いきや、以外と頑張ってボールを追っている。
でも、きゃーきゃーうるさい。
「近藤啓太は容疑者なの?」
私は、カートに乗りに来た雨衣にそっと尋ねた。
「酔っぱらいには教えないよ、べらべら喋られちゃ困るからね」
「もう、醒めたって、ちょっとでいいから、ね?」
雨衣はタオルで汗をぬぐいながら、私を見た。
「一緒に住んでいる彼女が、アリバイは証明しているけどね・・・」
「けど?」
「三ヶ月後に結婚するらしいいんだ、信憑性はいまひとつ」
「三ヶ月後に結婚する人が、前の彼女の復讐なんかすると思う?」
「そこなんだよね・・・」
「相手はだれ?」
「そこの茶店の彼女、」
おお、何と!
直ぐ目の前だ。
グリーンを早めにすませて、中へ入ろうと雨衣に言う。
「言っておくけど・・・」
「分かってる、余計なことは言いません」
お口チャックのジェスチャーをする。
雨衣は軽蔑したように目を細めて睨んだ。


近藤啓太の彼女、早川祥子は小柄で笑顔の素敵な女の子だった。
いかにも三ヶ月後の花嫁衣装を着るのを、とても楽しみにしているかのような、幸せ溢れんばかりの笑顔のどこにも曇はない。
「良い物がありますよ月さん、二日酔いに効くドリンクですって、」
高橋守が棚のドリンクを見つけて、嬉しそうに私に勧める。
「うるさい、ほろ酔いを楽しんでいるのに、醒ましてどうすんのよ、すみませんビールください!」
雨衣は顔を背けたが、その横顔は絶対に笑っている。
「月ちゃんたらもう、止めたら?午後はゴルフぼろぼろじゃない、雨衣さんに又負けるわけ?」
陽菜が嫌みを言う。
「あんたこそ、サークルはゴルフ部じゃなかったの?なんでそんなに叩くわけ?」
「もう、止めるもん、みんながあんな事になって、犯人捕まるまで、大学行くのも止める、」
誰の目にも、早川祥子の関心をひいたと思える程に、彼女の顔色が変わった。
陽菜が次のターゲットだと、彼女は気付いただろうか?
「さ、そろそろ行くぞ、」
良いところなのに雨衣が話を断ち切って、みんなを誘導し外へ追いやった。
ちぇっ!
いいところなのに。
「どうしてよ、」
「そろそろ、ぼろがでそうだったから」
「ぼろって何よ、上手い具合に話がすすんだでしょ?あの顔色見た?彼女絶対何か知ってるのよ、」
「あんた達姉妹の偶発的、絶妙な掛け合いはほんと神懸かり的とは思うよ、」
「ほらほら」
「得意になるな、」
そう言って睨まれた。




ショートで右にソケッて、松林の中から出て来た時には、もう既に五つ叩いていた。
言わんこっちやない、って風にみんな呆れて私を見ていた。
「何このシラッとした空気は?」
「みんな、君を怒らす言葉しか出ないので黙っているのさ」
雨衣がパターをしながら言い放つが、やはり入らず唸った。
「ぜったいあいつムカツクわよね、まだ皇子振りが抜けてないんじゃないの?」
麻里さんの耳元で、ヒソヒソ話をする。
「うるさい酔っぱらい、パターくらい静かにさせてくれ、」
そう喋りながら打つも、近かったので白いボールはすんなりカップに吸い込まれた。
「雨衣さん!ナイスパー」
陽菜も、高橋守も手を叩いて喜んで居る。
お前らは雨衣の手下か?
機嫌取ることしか頭にないのか?
「ところでレートは幾らなの?月ちゃんこのままじゃ破産よね」
陽菜が面白がって言う。
そうだ、聞いてなかった。
「一万」
雨衣が真顔で言う。
「ぎゃー、嘘でしょー」
つい、でかい声で言うと、雨衣に頭から抱えられ手で口を塞がれた。
で、グリーンからそのままカートまで引きずり出された。
「うるさいって、みんなに迷惑でしょ!」
「息が出来ないじゃないの!!!」
じたばたもがきながら、口を覆う手を無理矢理振り払う。
「それに、パターしてない!」
「もういいから、キャディさんカート出してください!」
私を後部座席の真ん中に挟んで、決して降ろさないよう、みんなの暗黙の了解が出来ていた。
「キャディやってた人の行動とはとても思えない、人の事を悪の帝王見たく悪口散々言っといて、」
そう言いながら、雨衣はスポーツドリンクの蓋を外して、私に飲むよう強制する。
「あ、間接キスだ」
「古いなぁ、年がバレるよ、今時間接キスなんて、それに、それはまだ飲んでないやつ、残念でした」
「ああ、がっかり」
一応対応してやった。
「月ちゃんたら、酔った振りして雨衣さんに介抱してもらいたいんじゃないの?」
前の席に座っている陽菜の頭をぽかりと叩いた。
「痛い、月ちゃんて口と手は早いんだから、」
再び、ぽかりと叩く。
「きゃー」
「可愛いふりするな、ってんの」
後ろからぽかぽか殴ってやった。
すると何度目かで、男二人に腕を押さえつけられた。
「ゴルフやるんですか?止めるんですか?」
高橋守が流石に、おろおろしながら尋ねる。
カートは次のロング、レギュラーティーグランド横で止まった。
「麻里さんほんとごめん。ほら、さっさと打って!」
男二人をカートから降ろす。
「月ちゃん大丈夫?」
麻里さんは冷えたタオルを出してくれた。
「ありがとう。ほんとごめんね、迷惑かけて」
ほんと、だめだ私・・・。
ちょっと浮かれすぎた。
これって最悪の客パターンじゃない。
あんなに嫌がっていたのに、自分がそれになり下がっちゃうわけ?
最悪。
それからはひたすら前に進むことばかり頭にあって、自分の番以外でも打てそうだったらさっさと打った。
空き気味だった前の組とも間は詰まり、静かな私とは対照的に、陽菜は高橋守に教えて貰いながらミスするとぎゃぁぎゃあ言いながら騒いでいる。
私はと言うと、真剣さが増した分だけスコアはボギーペースに戻って行った。
「急に、トーンダウンした理由は?」
陽菜がバンカーに捕まっている間、グリーンで待っている私の側にやって来た雨衣がそう尋ねた。
「麻里さんに迷惑かけたなと思って、反省しているの」
「そんな言葉が聞けるとは」
クスクス笑ってる。
「ところで賭はどうなるの?」
「ちゃんと払ってもらうよ、ショート抜きにしても、もう、あなたに勝ち目ないでしょ」
「無職の私からがっつり取ろうってわけ?しかも、レート一万のぼったくり。お金無いから、なんなら体で払おうか?」
「結構です、」
雨衣、即答。
麻里さんがくすくす笑っている。
「あなた達っていつからそんなに親しくなったの?ちょっと驚いたわ」
「え、別に親しくも、友達でも、何でもないですけど?」
雨衣は真顔でその通りと頷いて、麻里さんが”あり得ない”って風に、私達の顔を交互に見た。



雨衣はみんなのカードを持ってフロントに行くと、全員の分を支払ってくれた。
高橋守はやたら恐縮していたが、陽菜は男におごらすのが当然かのように、ありがとうと一言言っただけであった。
「どうしてあなたが払ってくれるの?」
「僕が払うと安くて済むし、あなたにはまだ仕事が残っているでしょ、」
「あ、カンか」
「行ってきて」
偉そうに、顎をしゃくった。
「分かったわよ、じゃ駐車場で」
雨衣は頷いた。
だいたい何で私がこんなことしなきゃいけないのよ、警察の仕事でしょ。
かって知ったる何とやらで、裏から回ってキャディ室の下に降りて行くと麻里さんに呼び止められた。
気が利く麻里さんは、カンがそれと分からないよう、見えない様に更に袋で覆ってくれていた。
「今日は楽しかったわ、でも麻里さんには迷惑掛けたみたいでほんとにごめんなさい」
「迷惑だなんてちっとも、私こそ楽しかったわ。又来てね」
「ええ、じゃ行くね。我儘皇子が待ってるから」
私達は手を振って別れた。
毎日通ったアスファルトの道路や、地下の荷物置き場が以前と変わらないままだったし、従業員がキャディ室に出入りする度に開け放されるドアから洩れてくる喧噪・・・、そんな、何もかもが懐かしかった。




「でも、そのいくつもあるカンの中で、どうやって近藤啓太の物だと見分け付けるわけ?」
私は、家の前でキャディバッグを降ろしながら尋ねた。
「先週、ここの商社会コンペがあってね、夜の飲み会に出席したんだ。そこにマスターと、もうひとりスタート勤務の女の子が来てたんだけど、近藤啓太だけ来て無くて、DNA及び指紋を取り損ねたってわけ、でもその方法については合法の範囲でと付け足しておくよ、」
「なるほど、だから私を利用したってわけか」
「人聞き悪いな、一仕事してくれたから、せっかく負けをチャラにしてあげようと思ってたのに、」
あ、そうだったの?
それならそうと、早く言えよ。
「月ちゃんたらあんまりよね、ゴルフ代まで払わせといて、賭もチャラにしてもらうつもり?」
「じゃ、せめて夕飯食べてく?」
上目使いで一応機嫌を取っておく。
「いいよ、これからラボに行かないとね、」
「大変ね、」
「もし、陽菜に何かあったら大変だろ?速く犯人捕まえないとね」
陽菜は”きゃ〜”と奇声を上げて雨衣に抱きついた。
「雨衣さん陽菜の事、心配してくれるの?嬉しい!」


馬鹿かあんたは・・・。









 










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