A blue cloud
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空に浮かぶ月
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次の日の朝、早速、雨衣が車で迎えに来た。
我儘振りは健在なのか、こうと決めたらあくまでも実行する小憎たらしい男だった。


運転席から降りて来ると、陽菜と私のバッグを後ろに積んでくれたが、彼のバッグが無い所を見ると、倉庫に預けているのだろう。
「陽菜、ちゃんとボールもティーも、持ってる?」
意外にも優しく雨衣が声を掛けてている。
「持ってるわ。でも、下手だから許してね、」
「どのくらいで回る?」
「ん、前回百六十だった」
仰け反りそうになる私を尻目に、陽菜は悪びれず堂々と答えた。
「おばさんは?」
ペチッと私の平手が雨衣のおでこを叩いた。
「痛っ、」
「おばさん、おばさん、言うんじゃない!だいたいあんた年幾つよ、」
「二十六」
「四つしか違わないでしょ」
「四つもだよね、陽菜」
「そうよ、小学二年生と六年生、中学二年と高校三年、この差は大きいでしょ、それに三十過ぎたら、もうおばさんよね〜」
この二人は結託するつもりだ、人をからかって遊んでいる。
だからガキと遊ぶのは嫌なのよ、すぐ年の話になるから・・・。
なんて心で悪態を吐いていたら、車は五分も経たないうちにゴルフ場に着いた。
玄関前に乗り付けると、キャディさんが荷物を取り出しに近寄ってきた。
「いらっしゃいま・・・あれ?月ちゃん?」
よく見ると学生時代面倒見てくれた、五歳上の遠藤麻里さんだった。
八年経ったのにちっとも変わらないと本人に告げたら、大げさねと気持ちよく笑っていた。
しかし、隣の雨衣に気が付いて、急に真顔になると目を見開いた。


そうだろう、理由を聞きたいのは十分わかる。


自分をクビにした男と同じ車でやって来たのだから。
「高畑様、こんにちは。」
麻里さんは態と声を大きくした。
「こんにちは、今日はよろしくお願いします」
雨衣はそう言うと、軽く会釈した。
「こちらこそ、ようこそいらっしゃいました」
彼が車を駐車場に持って行った間に、麻里さんが近寄って来た。
「なになに、どういうこと?あんなに嫌ってた相手だよね?」
「話せば長い話になるんだけど、またゆっくり話すわ、ところで今日付いてくれるキャディさんは誰だろう、」
「私、わたし!」
麻里さんが、目を丸くして自分を指さしていた。
「きゃー良かったー、じゃ、後でね」
雨衣が階段を登ってくるのが見えたので、私達は早々に話を切り上げた。
急がなくても、話す時間たっぷりありそうだ。


フロントの花形は八年も経てば全員入れ替わっていて、知った顔は一人もいなかった。
カードを貰い一旦更衣室に行って荷物を預けて出てくると、雨衣はスタート室の中の人と話をしている最中だった。
「おう、宗谷月!来たな、」
マスターは八年前と同じく、須藤仁四十五歳だった。
「どっかで聞いた名前だと思ったんだ、お前達仲直りしたの?」
「するわけないでしょう?マスターだって知ってるでしょ、こいつに苦い思いさせられたの、」
「しつこいんですよ、謝ってんのにまだ言ってるんです、」
「あのときは俺も若造で、何の力もなくて悪かったな、おまえには何の落ち度もなかったのにな」
急にしんみりと言うので気の毒になった。
「やめてくださいよマスター、全部この我儘皇子が悪いのです、とにかく、今日は楽しんで来ますので、よろしくお願いします」
私達はマスターと、笑顔で別れて麻里先輩が手を振るカートへと向かった。
見ると、バッグが四つ乗っている。
「遅れてすみません〜〜、」
ん?
どこかで見た顔だ。
「三人じゃなかったの?」
陽菜が不服そうに雨衣に尋ねた。
「高橋守、こっちが姉の宗谷月と、妹の野町陽菜、ふたりとも会ってる筈だけど?」
雨衣は簡単に紹介した。
そう言えば、土屋警部に、腰巾着のように付いていた新米刑事、腰が低くて、感じの良い青年だった。
陽菜も思い出したらしい。
相手が刑事だと知って少しほっとしたのか、それ以上陽菜は何も言わなかった。





バイザーを被りクラブで素振りする雨衣は、まるでプロの選手のように、様になっていて格好良かった。
「どう、スクラッチで?」
「誰に言ってるのよ、やだ、あなた学生の頃プロ目指していたでしょう?上手いに決まってる、」
「いつの話してんだよ、エブリワン?」
「エブリツー、エブリスリーでも良いわよ」
「バカ、エブリワンで我慢してやるよ」
そう笑ってボールをセットし始めた。
少し離れたところでは、高橋刑事が陽菜にグリップの説明をしていた。
「打つわよ、」
先輩が言いにくいだろうと思って、私はふたりを注意した。
昔の彼だったら少しの話声、物音ひとつで仕切り直すほど神経質だったからだ。
「いいよ、陽菜は素人みたいなものだから、教えてあげないと」
そう言いながら雨衣は素振りを一回して、その後直ぐにショットを打った。
ナイスショトだ。
私は思わず先輩の顔を見たら、”そうなのよ、最近は神経質ではないの”と言う風に目配せをした。
驚いた、普通の人でも嫌がるのに。


一番ホールは雨衣パー、私がボギー、二番ロングコースで雨衣バーディー、私がパーだった。
「良い勝負ね、月ちゃん」
「そう?ま、ハンデ頂いてるからね」
そして、みんなが茶店に入って行ったスキに、私達は話し込んだ。
「どうよ、高畑雨衣、いつからあんなにおとなしくなったの?」
「彼さあプロになりたかったけど、結局はお父さんに反対されてそっちの道は諦めたのよ、月ちゃんともめた後くらいかなぁ・・・。あの頃は認められたくて必死だったんじゃない?大病院の息子だから父親とすれば不安定なゴルファーより、医者になって貰いたかったんでしょうね。最近、こっちに帰って来たでしょう、たまに来るんだけど、すっかり人が変わっちゃって、若いキャディは中学生の時の彼を知らない子多いし、やさしいし、格好いいから付きたいって、今じゃここで結構人気者なのよ、」
変われば変わる物だ。
そうか、少しは彼も努力したんだ。
茶店からみんな出て来なくなったので、後ろも来て無いことだし、私達は久し振りで、つもる話がたっぷりできた。
「ニュースで、どうも月ちゃんの家じゃないかなと思っていたの、大変だったわね、そう言えば、昨日刑事さんがうちの男子社員に会いに来たわよ、何の話かはわからないけど」
「え?その男の子の名前は?」
「近藤啓太」
「ええ?どこの部署?」
「スタート勤務」
そう来たか、だから私を無理矢理連れて来たのね、この時初めて雨衣の意図が見え隠れした。
「あいつが、私を無理矢理私を連れて来た訳が分かったわ」
「私は嬉しいけどな、久し振りに月ちゃんに会えて」
「私も、やっぱ来て良かったわ、シャクだけど、あいつに感謝かな」
しかし、この暑いのに人を待たせて何をやってんだろう、あいつらはやる気あるのか?
「それにしても出て来ないわね、待ってて私がたたき出してやるから」
私がそう言って、カートから降りると麻里さんはクスクスと笑うのだった。


前半ラウンドは接戦の末、悔しいけど雨衣がひとつ勝った。
「百年早かったな、」
雨衣が得意げにスコアを見せびらかしながらそう言った。
「チッ、」
「あ、また舌打ちしてんの」
「後半頑張るから覚えてらっしゃい、」
しかし、暑い、くらくらする。
麻里さんに挨拶をしてクラブハウスの中へ入ろうと急いでたら、雨衣に呼び止められた。
「スタートに空き缶がいくつかあるだろう・・・ほら、あそこにも置いてある」
そう耳元でこっそり喋りながら中を指さした。
見知らぬ男の子がスタートの席に座っていて、その後ろに置いてあったコーヒーの缶が見えた、雨衣はそれを指して言っている。
「あれをこっそり貰ってきて、そして口止めしといて」
「誰に言ってんのよ、」
雨衣は麻里さんを顎で差した。
「意図は分かってるけど、」
「さすが」
「自分で言いなさいよ、マスターに頼んだら?」
雨衣が思いっきり睨んだので、私は渋々麻里さんに頼みに行った。
麻里さんは今日の掃除当番の子に、スタートのカンとキャディ室のカンは、分けて置くよう言っておくわと快諾してくた。
「そうならそうと最初から言ってくれれば良いのに、捜査の為だって、」
私はぶつぶつ言いながら雨衣と並んで歩いていた。
「もしかして、デートの誘いと勘違いして、がっかりしてんの?」
目が合った。
ちょっとドキッとした。
え?
動揺した?
私?
「図星?」
「な、何いってんの、それならそうで、エリカさんに罪悪感持たなくて良かったなと思ったの、それに”過去を払拭”とか”仲直りのアピール”だとか、あなたの調子の良い演説に騙されて、一瞬信じてしまった自分が嫌なの、」
「本気だよ、」
彼は真っ直ぐに私を見て言った。
意外にもそこに笑みは無かった。
「なによ急に、そんなマジ顔で、やだ」
「本気だよ、謝るよ、あなたを傷つけた過去のオレは本当に最低なやつだと思ってる、あなたが思ってるよりずっとね、」
「ボクちゃんは成長したんだね、」
雨衣の額に汗が光っていた。
私は持っていたタオルで拭いてあげようとしたら止められた。
「茶化すなよ、」
怒っている。
本気でそう思っているんだと思うと、私は凄く嬉しかった。
「わかった、仲直りしよう。この因縁の場所で、」
ふたりは微笑み会った。
そして何となく雨衣の手を取ると、一瞬、驚いたような顔をした彼を尻目に、その手を握って歩きだした。
「これに意味はあるの?」
「ない、強いていえば真昼と歩いている感じかな、」
雨衣が苦笑した。
本当はもう、この場所には来れないと思っていたので、来てみたら意外とみんなに受け入れてもらって嬉しかったのだ。


それと、ちゃんと向き合って自分の過ちを謝る、雨衣の意外な一面を見た事も・・・。
でも、理由は絶対に教えないつもりだ。


癪だから。











 









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