A blue cloud
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空に浮かぶ月
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今日はアルバイトの娘が夏期講習とかでお休みなので、私が店に出ることになりエプロンを腰に縛り付けたところで、宅配業者が陽菜宛に段ボールを三つも送り届けて来た。
約束は二日の筈だ・・・、何か勘違いしていないか?
部屋を覗いても居ない、と言うことは店に居るに違いない。
とにかく恐がりの彼女は、誰か人が側にいないと落ち着かないらしい。
ま、今の彼女の状態じゃ分からないでもないが、人が大勢いた方が本人も安心なんだろう。
私は庭を横切りハーブガーデンの一角を通り過ぎようとしたとき、なんとも可愛らしい見覚えのある犬に出くわした。
「あれ?君はあのときのコーギー君じゃないの?」
彼は嬉しそうにしっぽをぶんぶん振って、私を見上げている。
すっかり元に戻って元気そうだ。
「こんにちは、月さん」
あら、驚き、滅多に外に出ないと言う深窓の令嬢ではないか。
彼女も元気そうには見えるが、外の光の中では透き通る程に色が白くて、お人形のようにどこか儚げに見えた。
「この前は助けて頂いてありがとうございました。今、お礼に伺おうとしていたところなんです。ラッシュもこの通り元気になりました。月さんのおかげです」
「とんでもないですよ、お礼なんていいのに、」
風呂敷で包んだ四角い箱を手渡され、恐縮しながらも頂くことになった。
「思っていたとおり素敵なお庭ですね、」
「残念ながら暑いから花も少ないのよ、」
「いいえ、その分ハーブとか沢山植えられているから良い匂いがしますよ、」
「もう少し涼しくなって、庭のテラスでゆっくり出来たらサンセットとか抜群に綺麗なの」
「素敵ですね、」
彼女は微笑んで、その頃に思いを馳せるかのように遠い水平線を見つめた。
「さ、暑いから中へどうぞ」
名残おしそうな彼女を店内に案内すると、店内では窓際の一角に雨衣と彼女と、陽菜、そして真昼まで、一同が同じテーブルに付いていて、私はぎょっとした。
「な、なに、作戦会議でもしてるわけ?」
「麗奈ちゃんが、お礼が言いたいって雨衣さんとエリカさんに連れてきて貰ったんだって、」
陽菜が説明をする。
「そんなに気を使わなくても良かったのに」
「いいえ、月さんには怖い思いまでさせてしまって、申し訳無いと思ってるんです」
雨衣が不機嫌そうにチラリと私を見た。
きっと詳細を妹から聞いたのだろう、大の男をやっつけようとするなんて、冷静になって考えてみると確かに無謀な行為だとは思う。
「それに一度こちらに伺いたかったんです。思った通りの素敵なお庭でした」
「そう言って頂けると、花さんが喜ぶわ、ありがとう」
麗奈は嬉しそうに微笑んだ。
「月ちゃん、いえ、店員さん、みんな揃ったからそろそろ食事出して頂戴って言って来てくれる?」
陽菜が偉そうに私を顎で使う。
「あ、そうだ月ちゃんは、エリカさんとは初対面じゃない?」
「えーと・・・」
私が、どう説明したらいいのか、答えに詰まっていると。
「いえ、確か、花火の夜にお会いしましたよね?挨拶はできませんでしたけど」
「そうですね」
戸惑いながら私は微笑む。
美人さんは、覚えていてくれたんだ。
「雨衣さんの彼女の東条エリカさんです、私の大学の先輩にあたるの、こちらは私の姉の宗谷月です、名字が違うのは話せば長くなるから今日は省きます」
陽菜は完全にこの場を仕切っている。
「陽菜から噂は聞いてました、雨衣君の彼女はとても綺麗な方だって、よろしくお願いします」
私の差し出した手を軽く握って、彼女は微笑んだ。
本当に綺麗な人だ。
輝いている。
それは幸せだから?
「こちらこそ宜しくお願いします。私こそ、陽菜ちゃんにこんな素敵なお姉様がいたなんて驚いてます」
ここでも褒め殺しかい?
「真昼は向こうに行きましょ、」
テーブルの下、寝ころんでいた犬と遊んでいた真昼は、不服そうに私の顔を見た。
「いいじゃないか、」
そう言ったのは雨衣だった。
私は彼と真昼の関係を、誰かが気付かないよう心配しているのに、平然とそう言う彼が癪だった。
私と菊さんがテーブルにそれぞれ器を並べている間も、陽菜は相変わらず喋り続けていたが、その代わりにと言ってはなんだが、雨衣と妹さんはあまり会話をしてはなさそうでも、東条エリカも会話に加わってテーブルはそれなりに楽しそうだった。
「どうして今日はここにいるの?」
突然、雨衣がそう言った。
「今日はアルバイトの女の子が休みなの」
「月さんお仕事は?」
悪気なくエリカは聞いてきた。
「ぷーさんですって、言いなよ、」
雨衣は絶対面白がっていた。
「あ、ごめんなさい」
エリカが慌てて誤った。
「あんたが、余計なこと言うからエリカさんが気を使うでしょ、」
「あなたこそ、別に気にしてないでしょ、」
ん?
確かに。
「もう、いいから、お子ちゃまはさっさとご飯食べなさい、」
こいつと話していると、何故だかムカついてくる。
「はいはい、おばさん、」
「おばさんですって!?」
「僕がお子ちゃまなら、あんたはおばさんでしょ、三十歳独身、彼氏とは別れたばかり、ただいま無職、おまけに子持ち、」
偉そうにどうだと言わんばかり、みんなの前で履歴書公開してくれた訳だ。
私の怒りは頂点に達して、雨衣のつま先を思いっきり踏んづけた。
意表を突かれた雨衣は、痛がって思わず席を立ちそうになる。
「痛っ、」
「おばさんをなめると、痛い目に合うわよ、」
私は眼を飛ばしてその場を去った。
雨衣が痛めつけられた場面なんて見たことないのだろう、みんな私を見て驚いていたが、意外にも麗奈が笑っていて、それがまたみんなの興味を引いていた。


一頻り食事が終わって、みんながコーヒーを飲んでくつろいでいた。
余程、犬が好きなのだろうか、真昼は側から離れず、頭をずっと撫でている。
その横で麗奈が何やら話しかけながら笑っていた。
変な気分だった。


真昼と同じ血の流れる、もうひとつの家族だ。


これ以上、高畑の遺伝子が顕著になりませんようにと、私は見ていて祈りたい心境だった。
「骨折してたらどうしてくれる?あんたの重い体重のお陰で、」
雨衣が、カウンターに来て腰掛けた。
「知るか、」
私は素知らぬ顔して、他の客の為にコーヒーを入れていた。
「素っ気ないな、事件の報告、聞きたくないのかな、」
もったいぶって雨衣が言う。
こらえきれずに私は顔を上げた。
「何かわかったの?」
「原浩二、彼にはアリバイがあった。この前、あんた達と飲んだ夜は、ずっと一緒だったんだろ?途中で抜け出したりはしていないよね?」
「そうね、あまり覚えてないけど・・・」
私は少し顔を顰めた。
「だろうよ、」
馬鹿にしたように、雨衣は眉尻を上げた。
「麻美さんの方は覚えていて、長時間席を立つようなことはなかったって言ってたし、オレが着いた時には既に酔いつぶれてるような状態だったから、アリバイはほぼ完璧かな、」
「そう、良かったわ、疑っていては顔を合わせずらいもの、でも、じゃあ、誰が犯人だと言うの、」
雨衣は肩をすかして、お手上げのポーズを取った。
まったく、何が事件の報告よ。
どこが優秀な人材なのよ。
「今度、ゴルフに行かないか?」
唐突な話題の変えっぷりに、肩透かしをくらう。
何ですって?
「はぁ?ふざけてるの?どの口が言ってるの!ぶっ飛ばすわよ」
雨衣は、ケラケラと声をたてて笑った。
「本気なんだけどな、」
「あんたは本気でも、私はあんたを殴りたい心境よ、」
「過去の苦い思い出を、払拭するためにもさ、」
どんな顔して言っているのやら、マジと雨衣の顔を見る。
「ぜーたいやだ、あそこは嫌な思い出しかないでしょ、あんたのおかげでね、」
「何年、アルバイトした?」
「中学の時のボール拾いのアルバイト入れたら、六年くらいかしら、知り合いのキャディさんも沢山いるのよ、」
「だったら尚更、今僕と一緒に行って仲直りをアピールしてこようじゃないか?」
「あんた選挙でも出るつもり?自分のイメージを一新したいんじゃないの?」
雨衣はケラケラと声を上げて笑った。
「悪いけど、あれから何度も行ってるから、最近じゃ良い人で通ってるよ、」
「ちっ、」
「あ、舌打ちしたな、」
真昼の様子を伺う為に、ちらりと目線を外した瞬間を、雨衣は見逃してなかった、彼の頭に電球が灯ったようだ。
「いいのかな?君は僕に逆らえないと思うんだけど、」
「脅迫するつもり?」
真昼のことを言ってるのは明らかだ。
「君がいいなら別にいいよ、弁護士たてられて真昼は取られるだろうけどね、」
カウンターを乗り出して、私は雨衣の頬を捻ろうと手を伸ばしたが、その手を反対に捕まれた。
癪な事に、余裕で笑っている。
「ちょっとー、ふたりで何やってんのよ、」
側に来た陽菜が目を丸くしてふたりを見た。
掴んだ手を雨衣が離す行動は、彼女の目には奇異に写ったたに違いない。
「なんでそんなに仲いいの?」
「だれが?」
「ふたり」
不服そうに陽菜が言う。
「誰がこんな傲慢なクソガキと、」
「そんなこと僕に言って良いのかな?おばさん」
く・・・、くやしい!
「わかった、陽菜と行ってくれば?」
「いいよ、じゃ、三人で」
聞いてない。
あくまでも私を連れて行く気だ。
「なんの話?」
陽菜は訳がわからず、きょとんとしている。
「明日、ゴルフに行く話」
「明日ー?」
「行く!」
陽菜は即答する。
「エリカさんは?」
「彼女は仕事でしょ」
素っ気無く雨衣は答えた。
「行けるのは、ぷーさんの君だけ、」
「何の話?」
麗しのエリカが微笑みながら側にやって来た。
「みんな楽しそうだけど?」
「明日、ゴルフに行こうってことになったんだけど、エリカさんも行かない?」
陽菜の問いかけに、エリカに少し動揺が見えたような気がしたが、それは一瞬で直ぐに温厚な元の彼女に戻った。
「明日は仕事だから行ってらっしゃいよ、それに夏は暑すぎて体力的にも無理よ」
忘れていた。
確かに、死にそうに暑いに違いない、どうして私が雨衣と一緒に行かなきゃいけないのよ、あの因縁のゴルフ場に・・・。


私の心は、窓の外、燦々と降り注ぐ太陽よりも、早くに沈んでしまった・・・。










 









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